第5話 狙われる正義

 とある倉庫に茜夏と茜奈の二人はいた。そこは事業に失敗した企業が倒産したために今は誰も使っていない。高窓から光が入り昼間はかなり明るく、夜もまた月の光である程度室内が照らされるため、電気が通っていなくても問題はなかった。


 そもそもここに住もうというわけでもないため必要などない。


 外で風が吹いていることが、換気扇が回っていることでわかった。


「ようやくお出ましとは言い御身分じゃねえか」


 倉庫内にいる一人が言った。甲高い声が特徴だが、男である。さらに髪は左右で色が異なり、右が赤、左が緑と奇抜だ。茜夏たちは彼と何度か仕事をしたことがあり、その残虐性を目にしている。ここではシグナルと呼ばれている。考えるまでもなく、髪の色からきているのだろう。その名前で呼ばれるから、髪の色を変えた可能性もあるが。


 茜夏はアクセル、茜奈はトリックと名前が与えられている。


 茜夏たちはいわゆる雇われ兵だった。仲介屋にどこの誰が依頼したかわからない仕事内容を聞かされ、それを完遂させ報酬を得る。この街の二大組織の一つである「事務所」と同じような方式だ。無論、事務所に所属していたわけではないため、風の噂で聞いた程度の情報だ。


 ただし「事務所」は表にもその存在を明かし、裏でも動いている――狭間にあるような組織であるため、茜夏たちが雇われている組織とは違う。彼らの所属する組織は完全に“裏”だ。表にその名前を明かすこともなく、ひっそりと、べったりと、この街に存在している。簡単にいえば、「裏組織」だ。


 主な仕事内容といえば、特定の人物、団体の排除である。その人物、団体がこの街でどんな影響を与えているのか理解していなくても、茜夏たちは報酬のために動く。


 茜夏もそれなりに人の命を奪っている。


 茜奈にいたっては、茜夏の比ではない。


 彼女の場合、その《特異体質》が仕事量を増やしているといっていい。《欠片持ち》のように瞳に欠片が宿らないその体質は、証拠を残さず、特定も難しいため、都市警察の捜査から逃れることが容易だ。


 しかも、あろうことか、彼女の持つ能力は命を消滅させることに特化していた。多少条件はあるものの、そのデメリットすら凌駕するメリットがある。


 とはいえ、問題は彼女の人間性なのだが、茜夏が上手くコントロールをしているため、それもまた、ないに等しかった。


 ただし茜夏の監視下を離れた場合はどうにもできない。彼女だって一人の人間であるため、自分の意思を持ち、心を持っている。今朝のように行動することもあった。


 今朝からのことについては話を聞いていた。誰と会ってどうしたのかも。


「聞いてくれ! 実はあの美少女に助けてもらった!」


 茜夏のもとに戻ってくるなり、彼女は嬉々とした表情を浮かべ、嬉々とした声で叫ぶように言った。けしてそれは一人の相手に出す声量ではない。


「名前は秋雨ちゃんというんだが、それがもう可愛くて可愛くて食べてしまいたかった」


「そもそも“あの”の意味がわからねえよ。どれだよ」


「ほら、茜夏が関わりたくないって言ったグループの」


 たしか四人くらいのグループだったはず、と茜夏は記憶していた。もちろん記憶したくて記憶したわけじゃない。あの中にいた一人が異質すぎたため、刻み込まざるをえなかったのだ。


 四分の一の確率で、茜奈が関わってしまった可能性がある。


「どいつだ」


「一番小さな子だ」


「そうか」


 直接関わらなかったのは喜ぶべきかもしれない。だが間接的に関わってしまったことを思うと、むしろ喜べない。あれだけは別格だ。触れれば、こちらが酷い怪我をする。痛い目を見る。


 そしてここから茜奈のその美少女についての語りが始まり、茜夏はそれを適当に相槌を打って聞き流したのだった。


 人前で能力を使わなければ、茜奈がどこの誰の前で裸になろうと、その誰かを食べてしまっても構わない。彼女も切り札としての自覚くらいはあるだろう。そうでなければ、今まで闇の中で生きていなかった。


「まあいいじゃない。うちらだって来たのさっきじゃん」


 褐色肌の彼女が言った。髪は暗い金色で髪を後ろで束ねている。彼女はこの中で一番年下であるが、この仕事を初めて四年は経っているという。年齢が二桁になった年に、人を殺めている計算だ。彼女はウィンクと呼ばれていた。人懐っこいところもあるが、やはりこの年齢でこの世界で生きていることもあり、なにか裏があるような気がしてならなかった。


 茜夏は、ここのメンバーを信用していない――できるはずもない。


「先輩の俺が先に来てんだ」


「心の狭い先輩だねぇ」


 ウィンクはけたけたと笑った。


「礼儀を慮ってるんだ。そう思うだろ、お二人さん」


 シグナルの振りに、茜夏と茜奈は無言の返答をした。シグナルは渇いた舌打ちをし、ウィンクはさらに大笑いをした。


「まあいい。通信すんぞ」


 シグナルは通信機の電源を入れる。通信機は大型のものではなく、かろうじて持ち歩ける程度の大きさだ。シグナルはマイクを持ち、メンバーが揃ったことを伝えた。そのあとマイクを地面に置いた。これで誰が発言しても向こうに声が届く。


〈さっそくだが、仕事の依頼が来ている〉


 スピーカーから声がする。音声ソフトのような声だ。


〈きみたちにはこれまで、数多くの仕事をしてもらったが、今回はかなり大きな仕事だ〉


「大きな仕事っていうと、組織丸ごと潰すとか?」


 ウィンクで言う。


〈近いな〉


「今までの傾向から考えて、雪柳研究所あたりか」とシグナル。


 雪柳研究所は、この街で《欠片持ち》について研究している。少数の研究員でありながら、その全員が精鋭であるため、噂では《欠片持ち》の解明はほとんど終わっているとも言われている。また噂には、研究所では現在、《欠片持ち》を人工的に作りだす研究が行われている、といのもあった。


 都市警察とも繋がりがあり、捜査協力として《欠片持ち》が能力を発動したときに周囲に発生させる波長を感知できる装置を提供している。この情報は以前に、依頼で殺害した男の部屋にあった書類に記載されていたことだ。信憑性はあるのかもしれない。


〈いや、違う。今回きみたちには、都市警察の上層部、および所属する能力者を始末してもらいたい〉


 倉庫内の空気が一気に変わった。ウィンクですら軽口をたたかない。いや、たたけないのだろう。都市警察はこの街の防衛システムといっていい。それを崩そうというのだから、今回の仕事の異常さは考えなくてもわかる。


 余程の恨みでもあるか、これからなにかを成し遂げるために、都市警察の存在が邪魔なのか、それは不明だ。どちらでもありえるし、どちらでもいい。それは、ここに集まるメンバーの総意だ。どんな仕事であれ、完遂してみせなければならない。


「どこのどいつだ、そんなイカれた依頼してくんのは」


 シグナルが言葉を溢した。


「先輩、怯えてるんすかぁ?」


「てめえも黙り込んだじゃねえか」


 シグナルが蹴る素振りを見せて、届いてもいないのにウィンクがそれを避ける動きをした。


 茜夏の肩を、茜奈が人差し指で突(つつ)いた。振り向く。


「なんだよ」


 茜夏は小声で訊いた。


「この依頼、いつもとは雰囲気が違う」


「そんなことはわかってる。どっかの金を持ったアホが気まぐれで依頼したのかもな。酔った勢いとか」


 それなりの報酬金を出すことができないのならば、仲介屋を通して依頼をすることはできない。人の一生を奪うのだから、当然の額を請求される。逆に考えれば、彼らに依頼をするのは、ほとんど富裕層の人間だ。ボランティアでやっているわけじゃないため、弱者を助ける真似はしない。強者が強者であり続けるために、障害となりうる壁を排除するのだ。


 ただ、裏組織と関わるということは、デメリットもある。依頼をすることで弱みを握られたと同義だ。形式的に信頼関係を築いてはいるが、それは幻想以外のなにものでもない。信用をしてはならない。


 そのリスクを背負ってなお依頼をする顧客がいるから、茜夏たちは仕事にありつけているわけだが。


「かも、しれないな」


 茜奈は頷いた。


「なにかひっかかるのか?」


「まあ、嫌な予感はする――予感というか、空気だな。仕事の内容だけでこう思うのはおかしな話かもしれないが、今までとは違うのははっきりとわかる」


「なにが違う」


「今までの仕事内容は、なんとなくだが依頼主の姿を想像できたんだが、今回のはまるで見えない。人かさえ怪しいくらいだ」


「人じゃなかったらなにが依頼をするっていうんだ」


 まさか幽霊とでも言うのか、という言葉を茜夏は口に出さなかった。あまりにも馬鹿馬鹿しく、恥ずかしさしかない。


「わからない。だけど、こうも考えられる。恨みや妬み、敵対心という感情が雀の涙ほども込められていない。だからこそ異質に感じる」


「感情なしでの依頼なんて無理だ」


 たとえ酔った勢いだとしても、そこには楽しさ、面白さを求めた心がある。人間の行動の裏では必ず心が関与している。心は感情を生み出し、感情は世界に動きを生み出す。すべての行動の根源には心という不確かな器官が存在しているのだ。


 無感情で依頼をするということは、その依頼にはまるで意味がない。しなくてもいいはずの仕事が舞い込んできたことになる。


「うん。だからこそ、あまり関わりたくないのだが」


「それはできないな」


 やれやれ、と茜奈は嘆息して会話を切り上げた。彼女の「欲」を抜きにした勘はわりと当てになるため、茜夏はその警戒を憶えておくことにした。


 茜夏たちが会話を切り上げたのとほぼ同時に、シグナルたちの言い争いも終わっていたようだ。ウィンクが笑顔をこちらに向け、シグナルが呆れた顔をしている。


「お話しは終わりか?」とシグナル。


 茜夏は黙ったまま頷いた。別に動作を見せる必要はなかったのだが、偽りでも、演技でも、それなりにメンバーの一員であることを示すこともたまには必要だ。


 茜奈の方は相変わらずシグナルとは話さない。これは所属した日から徹底していることだ。シグナルがどんなに言葉を投げかけても、無視を決め込む。その代わりに茜夏が答えることもあった。


 並みの人間であれば、茜奈は除名されていただろう。しかし彼女の態度が許されるのは、その並みの人間ではないからだ。手放すことを躊躇われる人材だからこそ、今まで自由に生きていけたともいえる。


 自由という不自由の中で生きていけた。


 茜夏と頷きを見て、シグナルは仲介屋に話しかけた。


「内容は把握した。それで、何人消せばいい。さすがに都市警察そのものを潰すまでやれと言われると、こっちも骨が折れる」


〈そこまで無茶は言わない。クライアントは、最低でも五人と言っている〉


「内訳は?」


〈能力者は最低でも二人だそうだ〉


「二人――ね。決して楽じゃない仕事だな」


〈そんなことはないだろう。そっちには《能力者殺し》がいる。彼女に任せておけばいいだけの話だ。まあ、そうなると、他のメンバーの仕事がなくなるわけだが〉


「私はやるよ」


 ウィンクは言った。


「いっぺん、都市警察の奴らを吹き飛ばしてみたかったんだよね」


〈わかっていると思うが、あくまで水面下で、荒波を立たせないで完遂してもらう。始末したあとのことはどうでもいい。重要なのは〉


「過程を見られないこと」


 シグナルが言葉を引き継いだ。


〈……そうだ〉


 追って資料を送る、と言い残して通信は切れた。


 からからと音を立てて回る換気扇の音が倉庫内で響いていた。


 シグナルが手を叩いた。それは開始の合図だ。


「とまあ、そんなわけで都市警察に手を出す。あそこには何人くらい能力者がいるか知らねえが、なんなら全員殺しちまっても構わない」


「とかいって、先輩が殺されたりして」


 ウィンクは笑う。茶々を入れるのが本当に上手い。おそらく口から生まれたのだろう。


「……とにかく、資料が来るまではなんとも言えないが」


 シグナルは言う。


 あくまで淡々と。


「見つけたら適当に殺せ」

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