第10話 瞳が映す未知の域

 いつもの廃ビルで、咎波は充垣染矢を相手にしていた。煙草を燻らせながら、ハルバードの猛攻を軽々と避けている。ただしっかりと咎波の姿を視界に捉えていた。もう一時間ほどの時間が経とうとしていたが、開始直後とこのハイペースは変わっていない。


 そして、いつもの積み荷の上に琴音は座っていた。今は瞼が閉じられ、碧色の瞳は見えなかった。彼女は白いローブを身に纏っている。ところどころに金色の刺繍がされているものだ。暑くないのだろうか、と月宮湊は思った。


 ここ最近の月宮は、仕事がなかった。事務所に依頼はきているのだが、それが月宮に回ってこないのだ。つまり彼の仕事であったはずの依頼は、他の事務所員が受け持っていることになる。


 そんな状況になっているのは、これからこの街に訪れるという魔術師の討伐を、月宮が達成しなければならないからだ。この非番は、魔術師との戦いにおいて素人当然の彼に対するささやかな準備期間である。もし他の所員が任命されていれば、通常どおり仕事があったはずだ。


 魔術師と戦うのは、二度目になる。一度目は、姫ノ宮学園を利用して月宮に接触を試みた星咲夜空である。しかしあれは、傍から見れば、戦っていたというより遊ばれていたようだっただろう。なんといっても、星咲は一歩も動いていない。いや、一歩も彼を動かすことができなかったのだ。遊ばれるだけ遊ばれ、観察されるだけ観察された。


 いつ思い返してみても、姫ノ宮の一件は苦々しいものだった。


 それは、おそらく、駒として利用されていただけだからだろう。


 星咲夜空もそうだが、水無月ジュン、そして日神ハルは最善を尽くしたが、決して本気だったわけじゃない。そんな彼らに本気で挑んで、敗北した。それは、清々しくもあったとさえ思える。


 しかし、本当ならば敗北をしてはならないのだ。敗北は死を意味しているはずであり、月宮が存命しているのは、なにかの間違いとも言える。


 充垣のハルバードが、月宮の視界から消えた。なにが起きたのか理解できなかった。そして、次の瞬間には振り下ろされたハルバードが視界に映し出された。それは咎波には当たらずに、床のタイルを抉り取った。


「今のは、月宮には決してやらないものね」


 いつから見ていたのか琴音が言った。


「もしかしたら、いつかやられるかもしれないから、憶えておくといい」


「琴音には見えたのか?」


「月宮だけが見えてなかっただけ」


 そう、ここにいる琴音と充垣、そして咎波は月宮よりも二回り以上の実力を持った者たちだ。まだまだ、同じ土俵に立つことすら、今の月宮には叶わない。観戦のときでさえ、なにが起きているのかわからないのだから、彼らのレベルに達するのはまだ先だろう。


 しかも琴音に至っては、咎波曰く、人外である。月宮が手も足も出ない充垣、充垣の猛攻をいとも簡単に避ける咎波、その咎波が人外だと評する琴音。月宮の周りは、そんな実力者ばかりである。だからこそ、見て憶え、実際に手合わせをして感じ取り、技術を磨いていける。敗北を後悔するのなら、強くなれと言わんばかりの環境だ。


「充垣がそこそこ本気になって咎波を狩り取ろうとしているけれど、それでも充垣が咎波に勝てる可能性は微塵もない。まあ、まだまだってこと」


 琴音はフードを被る。気分の問題だろう。


「あれは、ただ振り下ろしただけなのか?」


「月宮はナイフばかり使うけど、なにか意味はあるの?」


 琴音は月宮の質問を無視して言う。彼女は自分のペースを決して崩さない。


「イメージしやすい……んだと思う」


 月宮は答える。ただそれが本心であるかどうかはわからない。いろんな理由を並べてはいるものの、実際はどうなのか、自分でも判断できないのだ。


「盾とか長剣に能力付与させた方がいいと思うけど。もしかして、本当はナイフしか出せなかったりする?」


「そんなことはないけど」


 月宮は自分の右手を見る。


「ただやっぱりナイフは身軽でいられるし、能力のことを隠しやすいということもある」


「月宮は次の段階にいくべきだね」


 琴音は静かに立ち上がって、月宮を見下ろした。その動作一つで、咎波と充垣の二人の動きが停止した。


「情報戦はたしかに大事だけど、月宮がこれから戦っていく相手はそんなことをものともしない。魔術師相手に、月宮の小細工は通用しないと思った方がいい」


「俺はどうするべきなんだ」


「経験を積むべき」


 琴音が積み荷から跳び下りた。ローブが微かになびく。


「今のままでも活かせてはいるけど、その能力の利点はさまざま武器を使い捨てにできること」


「つまり、あらゆる武器を使いこなせるようになれ、ということか」


「そう。月宮は暗器使いにあったことある? 事務所で一人いるけど」


「いや、まだだ」


「暗器使いは魔術を使わない。魔術を使えば、魔力反応のせいで不意を打てなくなって、その特性を活かせなくなるから」


 琴音がゆっくりと近づき、月宮との距離が二メートルほどになる。碧色の瞳が見えた。


「だけど、月宮にはそれがない。魔術師でもなければ、《欠片持ち》でもないから、相手に悟られることなく次々に武器を出せる」


「相手も対処し辛いわけか」


「たとえ相手に武器を奪われたとしても、もう一つの能力で破壊してしまえばいいだけ。つまり、武器を捨てても問題はないわけ。再利用だってできる」


「それで魔術師と戦えるようになるのか?」


「なれるし、なれない。魔術を見極める目がないと、完璧に対処できるとは言えない。あと十回くらい死ねば、辿り着くんじゃない?」


 すっ、と琴音は月宮に向けて手を差しだした。意図が掴めなかった。咎波たちが物珍しさからなのか、様子を窺っていたが、数秒もしないうちに続きを始めた。


「ナイフ」


「ああ、そういうことか」


 月宮は能力でナイフを二つ創り出した。一本を琴音に渡す。彼女が武器を持った姿を見るのは初めてかもしれない、と月宮は思った。


「今日は機嫌がいいのか?」


「そうね……。なんとなく、これからいいことが起こりそうだと思った」


 琴音はナイフを眺めながら言う。


「月宮はなにをしてきてもいい。盾でも、長剣でも、ハルバードでも、なんでも創り出していい。もう一つの能力を使っても一向に構わない。私は、ナイフ一本でどうにかするから、安心していい。ただし、殺す気でかかってこないと、殺す。ナイフ以外を使わなくても殺す。そう……、私に、このローブでもいいから傷をつけたら終わり」


「傷をつけるまで終わらないってことか」


 月宮は右手にナイフを、左手に長剣を持った。


「ええ」


 琴音はフードをとった。そして淡々と告げる


「傷をつけられないと私が判断したら、そのときは月宮の終わり」

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