第23話 最期の言葉

 白い剣の突きをナイフの刃の側面で受け流しつつ、月宮は水無月の懐へと足を踏み入れる。


 何度目の展開だろうか。すでに水無月と数百以上、斬り結んでいるが、決着が着く気配はない。月宮が受けた攻撃といえば、白い剣の特性を生かしたあの蹴りだけだ。一方の水無月は未だに一撃も受けていない。月宮の攻撃を難なくかわしている。


 お互いに致命的な一撃を受けていない、与えていない。


 月宮の左手に持ったナイフで、水無月に一撃を与えようとする。


 その瞬間、体を突き刺すような殺気が月宮を襲う。


 月宮は、水無月から距離を取る。月宮のいた場所には剣が刺さっていた。ただの突きだったが、月宮の動きに合わせ、振り下ろしたのだろう。


 これも何度もあったことだ。水無月の殺気に気圧されてしまい、あと一歩が届かない。並大抵の殺気ではない。月宮のような人間だからこそ感じるのだろうが、一般人でも充分に気付くレベルの殺気である。あのような殺気を外で感じてしまえば、心が負け、外を歩くことに恐怖を抱くようになるだろう。


 嫌な汗が、月宮の背を濡らす。背中だけではない。体中から汗が噴き出してきている。悪寒を感じるだけならばまだいい。しかし水無月の殺気は気力を殺いでくる。


 薄々気付いていた。


 自分と水無月の実力の差が一回りも、二回りも違うことが――水無月の方が自分よりも圧倒的に強いということが身に染みていた。


 最初に気付くべきだった。自分よりも実力者であることを、一目で気付かなければならなかった。ただ強いと察するだけでなく、どのくらい強いのかを測れない月宮の弱さが招いたことだ。


 しかし、わかっていたところで月宮は水無月と戦うしかない。日神を助けるためには、如月が日神を助けるための時間を稼ぐには、そうするしかない。


 時間は迫ってきているはずだ。水無月が焦らないのは、時間が来る前に、水無月自身がその場で命を落とすだけだからだ。そうすれば、魔術式の一部となる。時間稼ぎをしている点は、月宮と同じである。水無月も、そのときまでの時間を費やさせようとしているのだ。月宮に、日神に辿り着く時間を与えない。


 月宮が水無月に勝つには、あの身体能力を削ぐしかない。白い剣を持っていない状態でも、彼女なら月宮と充分に戦えるだろう。あれを持っていようが、持っていまいが関係ないのだ。それだけ水無月は強い。


 問題はどうやって削ぐか、だ。


 正攻法は通じない。それはわかっている。狙うは、奇を衒ったような方法である。もちろんそこに内容が伴っていた方がいい。その方法自体に幾重もの意味があれば、それに越したことはない。


 水無月が間合いを詰め、斬りかかる。彼女の剣捌きは、時間が経つに連れ精度が増していた。前よりも速く、そして鋭い。下手をすれば、その様式美に見とれたまま、斬り殺されかねない程だ。


 当然、月宮はこの一撃を避ける。ナイフでの防御はあまり好ましくない。それだけでなく、水無月の剣撃は月宮のナイフでは耐えきれないのだ。長月のハンマーのように、無残に砕け散る。


 そして避けたと同時に迫る二撃目。水無月の動きは人間のそれとは思えないほど、しなやかだった。臨機応変が効き過ぎるくらいだ。避けられたとしても、そこから軌道を変え、斬りつけてくる。関節の柔らかさなどがあってこそ成せる技だ。


 この、一瞬も気を抜けない状態が続く。


 水無月の連撃をかわし、そこから針の穴を通すかのような合間を縫って、水無月に反撃をしなければならない。


 そしてその先にあるのが、すべての選択肢を潰してくる殺気だ。その殺気に当てられてしまえば、本能的に距離を取ってしまう。経験を積んでしまっているからこそ、無闇に突っ込むことができない。


 ふと、水無月が月宮の名前を呼んだ。


「お前は、どうして強くなろうとしたんだ?」


「守りたいものを守れなかったときの辛さを知ったからだ」


 月宮は水無月の剣撃をかわしながら言う。


「なるほど。それは後悔をバネにしているんだな。後悔をしたから、もう後悔はしたくないと強さを求めた――うん、いい答えだ」


「それが、今、関係あるのかよ」


「いや、ただ殺し合っているだけっていうのも、つまらないものだなと思って。それに、お前のような奴とは一度くらい話しておかないと後悔する」


「それは光栄だな」


 月宮は上半身を反らし、横に振られた剣を避ける。


「僕が強くなろうと思ったのは、お前と同じように守りたいものがあったからだ。それはハルであり、トモたちであり、学園生活そのものでもあった」


 白い剣での突きを掠め、ナイフが折れた。長月のハンマーでの風圧は鈍器のような荒々しいものだったが、水無月の剣が生み出すのは静かな風圧だった。


 ナイフは何度でも能力で取り出すことができるが、問題は月宮の体力の方だった。気を張っている時間が長いせいか、通常の何倍も体力を使っている。疲労が蓄積されれば、いつか必ずミスが出る。そこを水無月が見逃すはずがなく、一気に決着をつけにくるはずだ。月宮は体力の限界を悟られないようにしなければならない。できることならば、話しかけないで欲しかった。


「みんなを守りたかった。だから僕は強くなければならない。仲間と戦うことより、一人で戦うことを選んだ。量より質といった感じだ。僕は体質のせいで魔術が使えない。極めるなら剣術や武術しかなかった」


「そしたら、こうなったのか」


 月宮は水無月の足を払おうとしたが、ジャンプでかわされる。しかもそれはただのジャンプはなく、回転の加えられたものだ。水無月の反撃が襲いかかり、月宮はそれを、ナイフを犠牲にすることで逃れた。


「強さを求めた結果がこれだ。そして僕は、これ以上強くなることができない。完璧になったわけじゃない。自分より強い者と戦えば、負けるに決まっている。そして多勢にも勝てない」


 月宮は水無月の剣をかわす。


「終わってしまったんだ。僕の成長はここまでなんだ。今の状態が僕の限界点。これ以上強さを求めれば、自己崩壊を起こし、弱くなっていくだろう」


 水無月は月宮のナイフをかわす。


「トモのように、魔術に特化しているのならば、まだ救いはあった。別の方法で強くなれるからな。それこそ僕のようになることだってできる。イチジクだってそうだ。もう少し器用に生きれば、今よりずっと強くなれる」


 金属のぶつかり合う音。


 幾度も鳴り響く。


 そのたびにナイフを壊れ、二人の足元にはその残骸が散らばっていく。


 終わらない攻防。


「それがわかってるのなら、どうして量を――仲間と戦うことを選ばないんだ」


 月宮は痺れを切らして言う。


「お前は強い。強くなったんだ。求めていた質に達したんだ。だったら、今度は」


「ああ、わかってる」


 水無月は被せて言った。


「そうするべきだった。そうすれば上手くいったのかもしれない。だけど、僕には、僕たちには時間がなかった」


 時間がなかったとは、魔術のことだろうか?


 だとすれば、時間は足りている。ないわけではない。この日を迎えられたのなら、充分ではないのか。


「すまなかったな。部外者であるお前を巻き込んで」


 月宮は、水無月の意図が見えなかった。


 耳を疑った。


 どうして謝っているのだろうと不思議に思った。


 巻き込んだ?


「本来なら、僕たちだけで終わらせることができればよかった。だけど、さっきも言った通り、僕では多勢には勝てない。時間もなかった」


 月宮は異変に気付く。


 水無月の攻撃が、当たらない。


 避けているわけではなく、水無月がなにもない空間を攻撃している。


 まるで、演技を見せているかのように。


「僕が手を差し伸べてしまったのは、悪魔だったんだ。『悪魔』というのは、おかしいか。『神』だったのかもしれない。まあ、それはどちらでもいい。僕の望んだ結果を叶えられるのだから」


 月宮は、水無月の動きに合わせるように、避ける振りをしていた。


 反撃をする気が起きない。


 なぜかはわからないが、水無月の言葉を聞いておかなければならない気がした。


「こんな終わりだが、姫ノ宮学園はどうしても嫌いになれない。ここがなければ、家族を得ることができなかった。本当に感謝している。家族と呼んでくれたハルたちを愛しく思う」


 水無月の左手が、月宮の肩を掴んだ。


「お前の戦いはこれからだ。今までのは――いや、これから起こることも茶番劇でしかない。お前が腹を立てることはないんだ。ただ、守りたいものがあるのなら、真剣にその茶番と向き合え」


 そして、と水無月は月宮の体を引き寄せ、



「               」



 と、囁き、月宮の体を力強く押した。


 月宮は唖然としながら、少しずつ離れていく水無月を視界に映していた。その顔を脳裏に焼き付けていた。その時間は長い一秒だった。ほんの少し体が地面を離れ、後ろに仰け反りながら再び地面に足が着くまでのその時間が、とても長かった。


 月宮は、走馬灯を見るかのように思考する。


 どうして水無月が途中から演技のようなものを見せたのか。


 どうして語り始めたのか。


 どうして勝てる戦いに勝とうとしなかったのか。


 それだけじゃない。


 姫ノ宮学園のこと。


 如月トモたちのこと。


 水無月ジュンのこと。


 日神ハルのこと。


 それらすべてのことに整理がついた。


 水無月の表情が、彼女の髪で隠される。


 そして、その体には、一本の腕が不自然に伸びていた。水無月の体を貫通しているだろう腕が抜かれ、水無月の体が奥へと投げ捨てられる。


 白い剣が、持ち主の手から離れ、高い音を立て地面に伏した。


 その頃には、月宮は地面に着地し、その腕の持ち主を見据えていた。


 黒いフェルト帽、カッターシャツ、黒いネクタイ、黒いスラックス、靴までも黒く、その身には黒いコートを纏っていた。その中性的な顔は、笑顔を浮かべている。


「こんばんは。月宮くん」


 雲に隠れることなく、不気味に月が映えている空の下、星咲夜空は現れた。

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