第4章

第21話 拒絶する白色

 姫ノ宮学園の敷地の広さから、日神ハルという一人の少女を探し出すのは、不可能に近い。余程の運を持っているか、姫ノ宮学園が成そうとしている魔術の仕組みを理解している者だけが、そこに辿り着くことができるだろう。


 だから、月宮は日神ハルを探すのを諦めていた。どれだけ必死になって走っても、血眼になったとしても、月宮に日神を見つけることはできない。そう悟ったからだ。


 一つ、家屋を切断し、破壊した。


 学園内は気持ち悪いほど静かだった。なにも起きていないかのように、誰も住んでいないかのように、静まりかえっている。姫ノ宮学園からの襲撃もなく、あるのは月宮が破壊した家屋が崩れていく音だけだ。そしてそれが終われば、また静寂が戻ってくる。この繰り返しである。


 このような状況では、普通、目立つことは控える。争いを避けて、できるだけ所要時間を短縮し、目標まで辿り着く。


 いつもの月宮ならば、そうしただろう。


 だが、月宮はそうしない。


 できるだけ場を荒らしたい。侵入者の存在を知らせたかった。そうすれば、そのうち月宮を倒そうと、殺そうとする者が現れるはずだから。何人来るのかはわからない。できれば日神の逃走を妨げている者に現れて欲しかった。警備が薄くなれば、日神を助け出しやすくなるはずだ。


 日神に辿り着けるのは、彼女しかいないと確信している。しかし彼女は疲労をしていて、まともに動ける状態ではない。誰かがサポートしなければ、どうしようもない、ただの女子高生以下の人間だ。街にいる女子高生の方がまともに動ける。


 一つ、一際大きな建物を切断し、破壊する。


 周囲の建物にも被害が及び、いくつかの家屋が潰されたが、それだけだった。ただ無機物がその機能を果たすことなく壊れていくだけだ。これだけの被害があっても、姫ノ宮学園の関係者は一人も現れない。


 いくつか目の建物を切断したとき、月宮の目にようやく人間の姿が映った。しかも、どうやら月宮の目的の人物らしい。纏っている雰囲気で、実力者だということがわかる。


「僕たちの家を破壊するのは、やめてくれないか」


「言われなくてもやめる」


 月宮はダガーナイフをホルスターに戻した。


「お前が、水無月ジュンで間違いないか?」


「間違いない。僕が水無月ジュンだ」


 月宮は水無月を観察した。肩口まで伸びた茶色の髪。整った顔立ちは、どこか日神に似ているような気がした。見た目で判断するわけではないが、その線の細い体からは、如月のいう実力者には見えない。それこそ、駅前の商店街で見た普通の女子高生たちと変わらない。両腕には包帯が巻かれていた。


 とはいえ、長月にも似た感想を持っていたので、当然それは当てにならない。長月は自分の背丈よりも大きなハンマーを二本も操っていたのだ。ときに振り回し、ときに飛び上がり、ときに造作もなく投擲してきた。


 そして一番、気にしなければならないのは、その右手に握られている剣だった。形からして両刃剣のようだが、そんなことはどうでもいい。刀身が一メートルあるかないかくらいであろうことも、度外視する。注目すべきはその色だ。


 白。


 上から下まですべてが白い。少しでも色の褪せているところがあれば目に着いてしまうほど、その剣は白を主張していた。月の光を跳ね返し、まるで剣そのものが光を発して輝いているように見えた。


「イチジクと戦ったようだけど、どうだった?」


 水無月は訊く。


「香車って感じだ」


「そうだな。イチジクは力に頼り過ぎているところがあるから、もう少し戦略――頭を使うことを、考えることをした方がいい。柔軟な思考ができていない。まずは口調を直すべきだと、僕は思う」


「同感だな」


「イチジク、トモ、メイ。誰に会ってないんだ?」


「メイって奴だ」


「……そう」


 水無月は暗い表情を見せた。


「そういうことなのかもしれないな」


「なにを言ってるんだ?」


「なんでもないさ」


 水無月は白い剣を構える。


「なんでもない。だから、当初の予定通り、殺し合うしかないんだ」


 最初に仕掛けたのは、月宮だった。いつも通りダガーナイフを能力で作りだし、水無月に向けて放った。とりあえずの様子見である。水無月がどんな動きをするのかを見ておきたいからだ。長月が言うには、魔術は使えないらしい。しかし、魔術師と戦えるだけの実力がある。


 月宮は目の前にいる水無月ジュンを、まだ本物だとは思っていない。名乗るくらいなら誰にでもできる。名前は記号でしかない。そんな言葉を思い出していた。


 しかし、目の前にいる少女は、月宮にその存在を認めさせた。


 投げられたナイフは、一直線に少女を目指していた。少女の選択肢は、剣で弾く、剣で守る、回避する、普通に考えればその三つくらいだ。常人であれば、高い確率でそうするだろう。なにより危険が少ない。


 水無月は少ない動きでナイフの軌道から外れた。ナイフは目標を失い、そのまま通り抜ける――そのはずだった。水無月は飛んでいるナイフのグリップを器用に掴み、そして月宮に向かって投げ返した。


 その動作だけで、月宮は彼女を水無月ジュンと認めた。迷いなくナイフを掴み、投げ返すまでの動作が、一つの芸術のようだったからだ。


 月宮は、投げ返されたナイフを、水無月のように掴んで見せると、今度は彼女に向かって走り出す。ナイフを投げるだけでは、水無月を倒すことができない。どんな隙をついても、投擲という手段は意味をなさないだろう。


 水無月は走り出そうとはしない。ただ静かに、月宮の到着を待っている。


 そして、ナイフと剣が激しい金属音を立て、ぶつかり合う。


(おいおい……)


 月宮は目の前の現実に驚いた。月宮のナイフの刀身には、長月のハンマーを鉄屑に変えた能力が纏っている。本来ならば、剣とナイフがぶつかり合い、拮抗状態を作ることなどありえない。その白い剣を破壊し、水無月の攻撃手段の一つを奪えるはずだった。


 しかし、この状態はなんだ。


 壊れることも、傷つくこともなく、水無月の白い剣は月宮の能力を受け止めている。


 この白い剣は危険だ。月宮はそう悟った。


 ただの剣でないことは、その白すぎる色からなんとなく察していた。なにかしらの能力が備わっていると、魔術的要素が含まれていると。

空いている左手にナイフを作りだし、がら空きになっている水無月の右わき腹を狙った。


 しかし、水無月はそのことに気付いたのか、月宮を押し戻す。二人の間に距離ができ、月宮の左手にナイフが残っただけとなった。


 破壊できない剣なのか、能力が効かない剣なのか。


 月宮の能力では破壊できないほど、強力な魔術で守られているのか。


 なにかあるはずだ。破壊できない理由が。


 あるとすれば、あの白色である。その剣が上から下まで、白一色である理由があるはずなのだ。世界から乖離されたようなその色が、月宮の目を奪い続ける。


 ふと、月宮の脳内にある言葉が過ぎる。


 錬金術。


 魔術の一部であり、世界で繁栄している科学の始まりと呼ばれる技術について、勉強させられたことがあった。もちろん、月宮の知識は広く、そして浅くの知識であるため、実際に錬金術そのものを行ったことはない。魔術は誰でも努力なしでできるが、錬金術は誰もが努力をしなければできないものだ。


 錬金術、そして白。


 白色は、錬金術では不老不死を表す色である。人間が「無意識に求めるもの」の一つである永遠の命。その意味を持った剣だとすれば、永遠に壊れることのない剣に成りえるのではないか。そしてその力が月宮の能力を上回っているのなら、破壊できないことにも頷ける。


 とりあえず、今のところは破壊できない白い剣を相手にしていると仮定すべきだ。他にもなにかしらの細工が施してある可能性も否めないが、その概要はまったく掴めない。


 水無月自身が魔術を使わず、使用している剣自体が魔術師と渡り合えるほどの力を秘めているのだとすれば、長月から聞いた話にも辻褄が合う。

次に仕掛けてきたのは、水無月だった。


 踏み込みで一気に距離を縮め、斬り上げた。その速さは長月のそれとは比べものにならない。距離を縮める速さもそうだが、剣を振るスピードも月宮が今まで見てきたどんな相手よりも速い。落ちてくる木の葉を斬れそうだと月宮は思った。


 斬り上げる瞬間に、月宮は後方へ少し下がり回避する。あまり距離を広げなかったのは、意味がないからだ。遠距離の攻撃は、月宮もできないわけではないが、得意でない。ナイフの投擲は無効化されることがわかっている。投げたところで、掴まれるのがオチだ。


 中距離は、先ほどの水無月の動きからわかるように、一気に間合いを詰められてしまう。


 水無月と戦うには、近距離――しかも、超近距離でしかまともに戦うことができない。白い剣は、月宮のナイフを違って小回りが利かない。その隙をついて、月宮は攻めるしかないのだが、水無月がそれをわかっていないはずがない。


 空振りに終わった白い剣は、月の光を浴び輝きながら、二人の頭上の高さにあった。つまり今なら水無月の腹部を守るものはない。攻撃を入れる絶好の機会である。


 一メートルもない距離から、月宮はナイフを投げる。一本では防がれるのが、目に見えている。だから、二本。それも左右の腹部を狙った投擲を放った。


 だが、その二本のナイフが水無月を傷つけることはなかった。


 水無月は鍔に触れていた人差し指を軸に、器用に白い剣を半回転させ、そのままナイフを砕きながら地面へと突き刺した。結局、左に放ったナイフは水無月の左手が、右に放ったナイフは白い剣が行く手を阻んだ。


 しかし、月宮は攻めの体勢を捨てなかった。白い剣はナイフを砕く勢いで振り下ろされたせいか、地面に深く刺さっている。あれならば、そう簡単に抜けることはないだろう。


 新たにナイフを右手に出現させ、水無月に切りかかる。月宮の思惑通り剣は抜けないのか、水無月は左手のナイフを防御に使ってきた。もちろん、水無月の持っていたナイフは裂け目が入り、砕けていく。


 水無月が後ろに下がったのかと思うと、そうではなかった。右手に持った地面に突き刺さった剣を軸に、月宮の後ろに回りながら、蹴りを入れた。


 月宮は背中を蹴られ体勢を崩し、地面に転がったが、それは受け身のためである。背を向けたままであれば、確実にやられる。故に、月宮は腕を上手く使い、体を反転させ、片膝をついた。そして水無月を視界に捉える。


 水無月の動きすべてが速さに特化していた。瞬きをすれば、すでに前の行動は終わっている。そんな速さである。動きに無駄がないのだろう。それ故に、彼女は無理なく、そして抵抗なく動けるのだ。


 水無月は白い剣を静かに引き抜いた。


 普通の剣ならば、耐えきれずに折れてしまいそうだが、あの白い剣は破壊できない――壊れない。多少、無理な動きでも、難なく熟してしまうだろう。剣の刺さっていた地面を見てみれば、地面の方が負け、抉れていた。


「なるほど。イチジクを倒しただけはある」


 水無月は剣に付いた土を振り払った。


「その能力も上手く使えているようだ。能力の使い方というよりは、能力を使うべき瞬間を弁えている」


「それはどうも」


 月宮は立ち上がる。


「その剣、便利そうだな」


「ああ、その通りだ。だが、メリットがある分、もちろん、デメリットもある。それがなにかは教えて……」


「くれないよな」


 月宮が先周りをした。


「――やらないこともないが、必要ないなら言わないでおこう」


「教えてくれるのか?」


 月宮は訊いた。


「お前が知って、どうこうなるものでもないしな。だからといって僕に害があるかと言えば、そうじゃない。奇病になることも、振るうたびに体のどこかに異変が起きるわけでもない」


「訊いても、意味ないな」


「当たり前だ。自分が不利になる情報を、わざわざ相手に伝えることはないだろ。お前だって、能力の全容を誰かに教えていないだろ?」


「そんな間抜けなことしないな」


 水無月は表情をあの一度以来、崩していない。月宮の能力を知っているのだろうか、ナイフが破壊されても、驚きの表情を見せていない。長月との戦いを見ていたからであろう。そんなことを言っていた。


 そう考えると、あのとき、三人の名前を出すのは少し不自然なような気がしてきた。長月と戦ったことは知っていたようだし、それならば、三人ではなく二人の名前で充分だったはずだ。


 そもそも十二人いるはずなのだ。水無月を抜いても十一人。名前の上がった三人を除き、八人。その八人はすでに死んでいることになる。日神の話で一人、殺されていることは知っていた。


 だとするとおかしいのは、他の七人がいつ殺されたのか、ということだ。


 日神が見た生贄となった人物を一人目とするならば、他の生徒を殺すのはおかしい。おかしいというよりは、腑に落ちない。


 他の七人はなにをしていた?


 姫ノ宮学園で待機をしていたなんてことはありえない。日神という重要人物が抜け出したのだから、捜索には全力を尽くすに決まっている。三人だけ行かせることはない。如月たちのように捜索に向かわせたはずだ。


 では、仮に、待機をさせておいたのなら、彼女たちはなにをしているのかという話になってくる。まだ生きているとして、どうして侵入者を殺しに来ない。魔術の邪魔をしようと、日神を奪いに来た者を、水無月一人に任せるのだろうか。水無月の強さに絶対的な信頼をしているとしても、複数で相手をすべきなのは戦いの定石だ。


 つまり、現時点で七人は殺されている――供物となった。


 殺された時期は、もっと前の段階であると考えるべきである。この現状を知っていて、まだ多少なりある時間がある状況で、そう早急になることはない。ここ二、三時間以内に殺されたという可能性は限りなく低い。


 待機をしていたのではなく、日神が脱走したときには、すでに如月たちしか残っていなかったとするならば、納得のいく理由になる。


 ……納得のいく?


 月宮は自分の言葉に違和感を抱いた。どこに納得のいく要素があったのだろう。どうして決め付けてしまうのか。


 考えることを止めようとしている。


 思考を拒否している。


 なにが違う。


 もっと根底から間違っている?


 根底とはどこだ。


 根底とはなんだ。


 水無月の持つ白い剣が光を反射し、世界から拒絶されていることを、あえて強調しているように感じる。白すぎるその剣は、自ら世界の一部であることを拒絶しているようだった。

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