番外編

01 使いっぱしり

 概要


 人称・視点:三人称・レッシュ

 時系列:レッシュ達が日本に来て間もない頃。02あたり。

 あらすじ:

 日本にやってきて、平和な日々を過ごすレッシュは亮の頼みで蛍光灯を買いに商店街へと出かけた。

 無事に目的のものを買い求めて帰ろうとすると……。


 ★ ★ ★ ★ ★


 今日も富川探偵事務所は依頼人が来ないが所長の亮をはじめ、ここのメンツはそれを当たり前としている。

 亮や信司が「退魔師」として稼いでいるおかげで生活には困らないのだとは以前から知っていたが、ならなぜ、わざわざ探偵事務所を構えているのかとレッシュは不思議に思っていた。


「なぁ、なんで亮は探偵事務所やってんだ? 退魔で儲けてるなら探偵やらなくてもいいよな。趣味?」

「趣味というか息抜きというか、そういう面もあるけれど」


 亮が言うには、職業を聞かれた時に「退魔師です」と名乗ると間違いなく不審者扱いされるので表の職として名乗れる探偵事務所を開いているのだそうだ。


「でも探偵ですって答えても胡散臭い目で見られるよね」


 信司が笑うのに亮も「まぁね」と笑い返した。

 二人の答えに、なるほどと納得だ。


 さらに、“アンタッチャブル”としての一面を持つ亮は、たとえ家業が退魔師でなくとも普通の会社勤めなどできはしない。


 それにも納得だ。


「……で、両方の仕事がない時は、ヒマしてるってわけだな」


 レッシュがいうように、仕事がない時は亮達は思い思いの時間を過ごしている。談笑したり、テレビを見ていたり、インターネットでサイトを閲覧していたりとさまざまだが、最近ではみんなが顔を付き合わせて同じことをしている。

 携帯ゲームだ。同じソフトを持ち寄って通信プレイをしている。


 レッシュが後ろから覗く中、亮、信司、透の三人がアクションゲームに興じていた。三人のキャラクターが大型モンスターを取り囲んで攻撃をしている。


「なぁ、それっておもしろいのか?」


 レッシュが尋ねると、三人はいっせいにうなずいた。


「レッシュもやってみたらいいんだよ。ゲーム機とソフト買わないといけないけど」


 気が向いたらな、と返事をしつつ、レッシュは視界がちらつくことに気付いた。上を見ると、蛍光灯が一つきれかけている。


「亮、蛍光灯きれかかってんぞ。目ぇ悪くなるから、替えたら?」

「あ、うん。……悪いけど替えてくれる?」


 ゲームに熱中する亮は、蛍光灯の予備を置いてある場所を説明するのももどかしいという口調だ。

 やれやれとレッシュは肩をすくめて戸棚を見る。だが新しい蛍光灯らしきものは見当たらない。


「ないぞ?」

「あれ。買い置きなかったっけ。……悪いけど買ってきてくれる?」


 画面から目を離そうともしない亮に、またレッシュは肩をすくめた。


「はいはい。じゃ、行ってきます」


 レッシュは財布を掴んで外に出た。


 随分とこの辺りの地理には慣れてきて、繁華街へも迷わずにたどり着けるようになって来た。

 もしかして、おれが慣れるためにわざと使いっぱしりさせてるのかな、などと亮の考えを好意的に考えつつ、レッシュは電気屋で蛍光灯を買い求める。


 ぶらぶらと繁華街を歩きつつ、辺りを見回してみる余裕もできた。日本に来た頃は、いくら旅行で何度も訪れていたとはいえ、何かと緊張したものだ。


 ふと、背中に嫌な視線を感じて振り返る。三メートルほど後方に、顔を怒りに赤く染めた中年男が、じっとレッシュを見つめていた。


 日本に来てからは、見知らぬ男に恨まれる覚えなどない。レッシュは男の怒りの矛先が、自分ではなくてそばにいる誰かに向けられているのでは、と周りを見てみた。しかし男の視線は、そばを通り過ぎる人達ではなく、どう見ても自分に向いている。


「おまえ、あの探偵事務所の……」


 男がつかつかと近づいてくる。嫌な予感を覚えてレッシュは後ずさった。男はレッシュに追いついて胸倉を掴んでくる。


「え、な、何ですか」


 できるだけ外で問題をおこしちゃダメだよ、という亮の言葉を思い出してレッシュは無抵抗の意志を示すために両手を挙げた。蛍光灯が入った買い物袋がカサリと乾いた音を立てた。


「おまえらのせいで、俺は破滅だぁ!」


 男が殴りかかってくる。


「ちょ、まっ」


 からくも男の拳をかわし、服を掴んでいる手を払いのけてレッシュは後ろに飛びのいた。華麗に避けたつもりだったが、着地点にあった小石に足を取られてしまった。


「うわっ!」


 バランスを崩したところに、男が更に殴りかかってくる。不覚にも腹を殴られて、思わずしりもちをついてしまった。


「何をしている」


 騒ぎを聞きつけた警官が駆け寄ってきた。男は慌てて逃げ出そうとするがすぐに拘束される。

 やれやれと立ち上がってレッシュは立ち去ろうとした。


「あぁ、君、交番で詳しい事情を聞かせてもらおうかな」


 あわれレッシュも帰ることは許されずに交番へと連れて行かれることになった。




 中年男は、元妻が富川探偵事務所に浮気調査を依頼したために不利な条件で離婚を言い渡され、それを恨みに思っていた、とのことだった。


 レッシュはその調査に関わっていないのに逆恨みで殴られたのだ。完全に被害者ということで無罪放免となったが、随分長い間、交番に拘束されてしまった。

 探偵事務所に戻った時、出て行ってから一時間半も経っていた。さすがに亮達は心配していた。


「悪い。トラブルに巻き込まれた」


 レッシュが事の次第を説明すると亮は笑った。


「あぁ、あの昼間っから浮気相手とホテルに何時間もこもってたおっちゃんか。自業自得なのに逆恨みなんて、ますます破滅だね」

「こっちはとばっちりで、いい迷惑だよ」


 レッシュは買ってきた蛍光灯を机の上に置いた。


「遅くなったけど、買ってきたよ」

「ありがとう」


 信司が箱を開けて中を取り出した。


「あれ、これ、折れちゃってるよ」


 信司が割れてしまった蛍光灯を手に持って、あーあ、とため息をついた。

 どうやらしりもちをついた時に壊れてしまったらしい。


「……レッシュー」

「おれのせいじゃねぇだろっ」


 言ってみたが、割ってしまったのはレッシュの不注意であることに変わりはない。


「判ったよっ。もう一つ買ってくればいいんだろ」


 あわれ、レッシュはまた繁華街へと出かける羽目になってしまった。


 それもこれも、あいつらがゲームに熱中しているからだ。と、ぶつくさと文句を言うレッシュは、ふと考え付いた。

 そうだ、おれもあの輪の中に入ればいいんだ、と。


 レッシュは電気屋で蛍光灯と、亮達が遊んでいる携帯ゲーム一式を買い求めた。




 そして次の日から、富川探偵事務所内で雑用を言い付かるのがリカルドに代わったとか……。



(了)

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