07-5 さりげなく名を呼ぶ

「あっ、青井っ、いつの間に後ろに。それに冗談にマジで否定しなくてもいいだろ」


 驚くレッシュの横をすり抜けて、早速子供達が結にじゃれつきに行っている。やっぱりパパが大好きなんだな、と、少しだけうらやましくなった。


「おまえと咲の年の差を考えろ。父親としては冗談でも笑えないぞ」


 結がまたソファに座って子供達の相手をしながら微苦笑する。


「年の差? 咲子が二十歳になる時、おれは……、五十近いのか。うわー、リカルドとジュディよりひらいてんだな。確かに笑えねぇな」


 結が、そうだろうと言わんばかりにうなずいている。


「でも、青井って咲子がどんな相手を紹介するって連れてきても、むすっとしてそうだよな」

「あ、それわたしも思う」


 レッシュのからかいに照子が笑って賛同した。


「奥さんにまで言われてら」


 結は咲子の頭をなでながら「そんなことないぞー」などと、そらぞらしい声でごまかしている。


 大人達の笑い声が落ち着き始めた頃、淳が不思議そうな顔でレッシュを見つめてきた。


「ねぇ、レッシュおにいちゃん。どうしてパパのこと青井ってよぶの?」

「……へっ? どうしてって言われても、……初めて会った時からだから考えたこともなかったよ」

「だっておにいちゃん、ほかの人は、なまえとかあだなとかでよぶでしょ? どうしてパパだけみょうじなのかなっておもって」


 そう言われてみれば、結と章彦だけは「青井」「黒崎」と苗字を呼び捨てにしている。

 最初が敵対関係だったからなのかもしれない、と思い当る理由はある。今はこうして家に訪れてプライベートな時間まで過ごすほどの仲だが、だからと言って呼び方を変えようとは、今までは思わなかった。


「まぁ癖みたいなものだから、そう気にするものでもないよ、な?」


 レッシュは結を見て、なんとなく同意を得るように語尾をあげてみた。


「そうだな。俺も特に気にしたことはないな」

「ふぅん。おともだちなのに、パパだけちがうって、おもしろいね」


 友達、か。

 ふと不安になる。自分は結の友人でいいのか、と。


 結にはアメリカにいた頃に酷いことをした。仕事上だけでなく、私情の上でも結と敵対し、まさに血みどろの闘いにもつれ込んだ。


 結はそのこと自体を気にしているそぶりはないが、もしかして時々見せるレッシュへのよそよそしい態度は、本当はレッシュの存在を快く思っていないからなのか、と後ろめたさから心がざわめく。


「……なんだ? 神妙な顔で」


 結に問われて、レッシュは、はっと顔をあげた。


「あぁ、いや。おれはおまえの友達、で、いいのかな、ってな」


 ぼそりと返すと、結はなぜだか笑った。


「ちょっと前に、リカルドも同じことを言ってたよ。おまえも、気にしてたんだな」

「リカルドが……」


 レッシュには判る。リカルドが何をどう気にしているのか。彼の性格や幼少からの境遇を考えると、色々と気に病むことは多かろう。


「気にするなというのも無理かもしれないが、俺は今のおまえもリカルドも、友人だと思ってるよ」


 結の言葉が温かく響いてレッシュは口元をほころばせた。


「ありがとな、……結」


 さりげなく名を呼ぶと結は少し驚いた顔をして、また笑った。


「んー、やっぱちょっとなんか違和感ってか、今さらハズいってか……。そうだ。いい呼び名があるぞ」

「なんだ?」

「お義父さん、なーんてな」

「ふ、ざ、け、る、な」

「あ、やっぱダメ? おれも言ってみてこれはないわって思った」

「まったく、すぐに調子に乗りすぎるからな、おまえは」


 結が呆れて肩をすくめるのでレッシュもまねてみた。


「まぁそう言うな友よ。……これからもよろしくな、結」

「あぁ。こちらこそ」


 今までなんとなく友人らしい振る舞いをしてきた二人が、真に友と呼べるようになった瞬間かもしれない、とレッシュは思った。


「ねーねー、なんのはなし?」


 理解できない話に退屈したのか、淳が結とレッシュを交互に見て尋ねる。


「男の友情について、かな」

「ともだちのはなし? あ、そうだ、ぼくねようちえんでね――」


 淳が学校での話を始めると、とたんに賑やかになった。


「ママー、おやつー」


 咲子は照子にしがみついておねだりだ。


「はいはい。レッシュくんも食べてってね」


 照子が咲子の手を引いてキッチンへと向かった。


 青井家の賑やかな午後のひと時に加わって、レッシュは改めて平和な暮らしを再び手に入れた幸せを感じるのであった。


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