思い出 第四部
今日ある人物と面会するため、雨が降る街の中ある喫茶店へと向かっていた。
その人物の名は
俺がこの姫野さんと会うことになったきっかけは、つい先日友継さんたちとの会話が要因であった。
友継さんたちはいつものように綾さんの思い出を話していく中で姫野さんの名前をあげた。しかしながら、その声色はいつものような淋しげなものでも、嬉しそうなものでもなかった。
その声は怒気混じりの声色であった。
というのも、友継さんたちの話によると中学時代。その姫野さんに綾さんはいじめを受けていたという。
事の発端は綾さんが中学二年生になってしばらくした頃、家に帰ってきた彼女を真子さんがいつものように出迎えると、彼女の頬が赤く腫れていた。当然不思議に思った真子さんはそのことを綾さんに質問すると、綾さんは「友達と喧嘩した」と答えたらしい。
中学生にもなれば、喧嘩の一つや二つはおかしくない。ましてや、思春期真っ只中の娘。また、自慢の文武両道の娘ともなれば、色恋沙汰のもつれというのもあるのだろうと、その時の友継さんたちは考えたらしい。
しかし、それ以来しばしば綾さんは髪が乱れた状態で帰ってきたり、時にはびしょ濡れになって帰ってきたことがあったという。
流石にそこまでいくと思春期の喧嘩の域を越えていると判断した友継さんたちは、綾さんが学校でいじめられているのではないかと疑うようになった。
もちろん、綾さんにそういったことを受けているのではないかと友継さんたちは聞いてみたものの、彼女の口から出る言葉はいつも友達との喧嘩という一言だった。
友継さんたちは学校、そして中学校での親のつながりを通して一つの真実にたどり着いたのだった。
それが、姫野萃香という女子生徒によるいじめであった。
姫野さんはことあるごとに綾さんにつっかかり、彼女への嫌がらせをしていたという。
そのことを友継さんたちは学校へ告げ、それ以降綾さんに対するいじめはなくなり解決したという。
とはいえ、一時期ではあるものの、綾さんが姫野さんのいじめによって悩まされていたのは事実であり、苦しんでいたことには違いがない。
そんな娘の状況に気付いてやれなかった悔しさ。それと同時に、そんなことをした姫野萃香という女子生徒に対する怒りがあれから数年が経った今尚、友継さんたちの心にはあったのだった。
その話を聞いて、俺としてはもちろんその姫野萃香という人物に会いたくなった。これまで会ってきた綾さんの知人の人すべてが綾さんに対して少なからずプラスの感情を持っていた。
しかしながら、姫野萃香ただ一人だけ、綾さんに対して何かしらの敵対心。マイナスの感情を持っていたことは友継さんたちの話を聞けば明らかであった。
なぜ、綾さんのことをいじめていたのか。
そして、なぜそんなことが起きてしまったのか。
当時のことを知るために俺はすぐにでもその姫野萃香という人物に会いたかった。
俺はすぐにでも姫野萃香の居場所を知りたかったが、ずけずけと友継さんたちに聞くことはできなかった。自分の娘をいじめていた張本人。ましてや、友継さんたちは今でも彼女に対して怒りを覚えている。聞けるはずもなかった。
だが、俺はいつものように通う学校の中であることを思い出す。
それはつい先日に行われた全国学力テストで高得点を取ったある人物の存在。
そう、姫野萃香の存在であった。
俺も、友継さんたちの話を聞いた翌日学校でダラダラと授業を受けているときに気付いたが、俺の通っている嵯峨高校の三年に同姓同名の人物がいた。
その日の放課後に彼女のクラスへと向かい、帰り支度をしている彼女を見つけ、「園田綾という女性について話がしたい」と告げると一瞬驚いた表情をしたのち、一度俺を嘲り笑うような笑みを浮かべて、今日のことを告げられた。
俺としても数分程度で終わる話ではなかったのでその時の彼女の申し出に同意し、俺が今から向かう喫茶店で会うこととなった。
喫茶店の扉の前までついて俺はさしていた傘を閉じて、扉の付近に置いてあった傘立てに自分の傘を差し、店内へと入る。
店内ではゆったりとしたメロディの曲が流れ、コーヒーの匂いが心地よく漂っていた。店の大きさはそこまで大きくなく、わいわいするようなお店ではなく、いわゆる隠れ家的な佇まいをしていた。
すると、一人の男性店員が俺に近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「えっと、女性と待ち合わせをしているのですが」
「お名前を伺っても?」
「緑川健です」
俺の名前を聞くと納得したような表情を見せて、にっこりと笑った。
「あぁ。萃香ちゃんのお友達か。こちらへどうぞ」
俺は男性店員に案内されるがままについていくと、店の端っこの席に姫野さんが座っていた。
「萃香ちゃん。友達がきたよ」
男性店員の言葉を聞いて、初めてこちらを向いた姫野さんは俺の顔を確認する。
「ありがとうございます。祥平さん」
「いえいえ、ところで何かご注文はありますか?」
俺の目の前で優雅に紅茶を嗜む姫野さんのことを見れば、将兵さんの質問が俺に対して向けられていることは明白であった。
「じゃあ、コーヒーをひとつ」
「なにか、希望はありますか」
「希望ですか?」
俺のキョトンとする顔に祥平さんは慌てた様子で答える。
「あぁ、ごめんね。てっきり萃香ちゃんがこの店のことを勧めてくれてきてくれたかと。えっと、このお店ではコーヒーにこだわっていてね。その、緑川くんはなにかコーヒーの豆に希望はあるかな?」
「なるほど……。じゃあ、おすすめとかお願いしていいですか」
「かしこまりました」
オーダーを聞き終えると、祥平さんは僕たちに対して一礼してカウンターの方へと歩いて行った。
「座ったら?」
そんな祥平さんの後ろ姿を見ていた俺に対して姫野さんがそう問いかける。
その佇まいに、先ほどの祥平さんとの会話を見る限り姫野さんはこのお店に何度も来ているらしい。
俺は彼女の言葉通り、彼女と対峙する形で席に座った。
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