第269話

「……」

 奴はこの奥にいる…。絶対に…許さない…! でも、冷静になるんだ…。怒りで物事を進めるな…。俺の最終目的は奴を倒すことじゃない…。世界を救うことだ…。こういう時にはまず…現状の整理をするんだ……。

「…っ!」

「…大丈夫!?」

「ああ…。少し…体勢を変える…」

 シオンさんはズシリと僕によりかかった。僕はそんな疲れ切ったシオンさんの背中を見ながら回復魔法を発動して考え込んだ。

 まず…表のストックにはラタトスク…。裏のストックにはそれ以外…。いや…もう一つあったな…。まだ、発動してない未知のスキル…ヘイズルーン……。これは本当に死なない体を作るスキルなのか…? ……なにか…なにか…違う感じ気がする…。……いや…今は発動してないスキルなんて、考えても無駄か…。そんなことよりも……。

「……ステータス…!」

「…どうした?」

「…いや…ちょっと作戦をね……。…体は大丈夫?」

「ああ…。かなり元に戻ったよ…。…ありがとう……」

「いいって…」

 …ステータスは現れないか……。強化する為にラタトスクを裏側に持っていきたかったけど…これじゃしょうがない…。…なら、戦闘中はラタトスクを常に発動しながら、他の裏スキルをイメージしていくって感じか…。…でも…この状態になればどっちでも関係ないか…。…むしろ、リスクがないなら、全てのスキルを発動して戦ったほうがいいよな…。全然、記憶が消えないし…。

 僕がオレンジ色のオーラに包まれた手を見ていると、シオンさんは強く握った。

「…ゼロのことは君が気にすることじゃない……。私の魔法で死んだんだ…。君が殺したわけじゃない…」

「……」

「…やっと見つけた。…アルッ…なんで先に! ………なにかあった?」

「…いや…なにもないよ」

「そっ、そう…」

 アリスは僕の変化に気付いていたようだったが、何事もなかったように話を進めることにした。

「みんな…この扉の先から嫌な気配を感じる…」

「私も異様な光景が見える…。まるで世界が歪んでいるような…」

 でも…奴を倒したからって…世界の崩壊を防げるわけじゃない…。あるのか…。この先に未来が…。じゃなきゃ…俺のしてる事って……。いや…今はそんなこと考えてる場合じゃない…。奴にだって勝てるかどうか…。

「…みんな…こっから先は一秒たりとも気を抜かないでくれ……! ……あれ…シャルは…?」

「…えいっ! …隙あり!」

「…なっ! ちょっ…! …へっ、変なとこ掴むなって、シャル!」

 シャルは背後から僕の横腹を掴んでくすぐりだした。僕が振り向くとシャルはいつものイタズラをしたあとにみせるふざけた表情ではなく、瞬き一つしないで僕を見つめていた。

「……アルは背負い過ぎなんだよ。みんなに黙って無茶ばっかりしてさ…」

「…それは……。その…ごめん……」

「べっ、別に謝ってほしいわけじゃないんだよ…。ただ…その……。うーん…。言葉がでてこないよ…」

 シャルが言葉に迷っていると、アリスが前に出て話し出した。

「私達はアルの事を信じてるよ…。どんな結果になってもね…。でも…アルに任せっきりは違うと思う…。私達の未来は私達で守らないといけないんだから…!」

「…そっ、そうだよ!」

「…そのとおりだ!」

「そうだぜ…大将…!」

「……そうだな…!」

「そうだにゃ…! …へっ、へっ、へっくしょん!」

「ノスクのせいで…なんかしまらないな…」

 僕が笑いながらそう言うと、ノスクは頭を掻きながら謝った。

「ごっ、ごめんにゃ…」

「はははっ…。いいって…。…よし……。じゃあ、みんな…準備はいいな…。…いくぞ!」

 大きな青い扉を開けると階段が見えたが、二つの大きな石像が壊れて道を狭めていた。僕はその石像を乗り越えて、長い階段を上っていた。

 

 確かにアリスの言う通りかもしれないな…。もし…この戦いが無事に終わったら……俺は……元の世界に……。

 僕はその時、元の世界の事を思い出していた。いや、思い出そうとしていた。

「……」

「…どうしたの? 立ち止まって…」

 …戻るって…どこにだ? 俺は何を思い出そうとしてたんだ……。そっ、そうだ……。思い出した…。俺は…転生者だ……。なんなんだ…この感覚は……。

 今までの傾向で言えば、この世界にきてからの事を忘れるはずだった。だが、今回は違った…。僕は元の世界の事を忘れつつあったのだ。

「……」

 まさか…ゼロが使うなって言ってたのはこういうことだったのか…。

 僕はその時に想像してしまった。全ての記憶がなくなったとき、僕は一体何になってしまうのかと…。

 〈……教えてあげようか?〉

「…なっ!?」

「…アル、どうしたの!?」

「…今の声が聞こえなかったのか!?」

「…なにも……」

「…静かに……。なにか…様子がおかしい……」

 シオンさんだけはなにかを感じ取っていたようだったが、みんなの反応を見る限り聞こえたのは僕だけだったようだった。

 聞き間違い…? いや、間違いなく聞こえた…。

〈…そう…聞き間違いじゃない……。僕は今…君に語りかけている…〉

「…ウル!」

〈よくここまでたどり着いたね…。でも、驚いたなぁ…。こんなに早く来るなんて予想外だ…。…引き返すつもりはないかい?〉

「…あるわけねえだろ!」

「そうか…。なら…邪魔される前に…君と二人っきりで話がしたいな……〉

 僕の体は急に白く輝きだして宙に浮かんだ。僕は自分の体が空間移動しようとしているのがわかった。

「…っ! まずい…。みんな…絶対に死なないでくれ…。俺は上にいるっ!」

 僕は次の瞬間には光に飲み込まれていた。そして、光が消えると目の前には祭壇にウルが後ろを向いて立っていた。

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