第61話

「…まあ、いいか……」

 僕は城の壁から抜けだして周りを見た。

「…ん? なんだこれ?」

 目の前に長くて白い紐状のものが急に落ちてきた。僕は上を見上げると、それは三階の窓の奥から垂れていた。どうやらカーテンをつなげているようだ。

「こういうシーンってゲームだと大抵脱出とかなんだよな…。脱出…三階…」

 なんとなくだがゲームでは、上の階に王家の人間が住んでるイメージがある。

「まさかな…」

 そう…そのまさかだった…。上の階からあのお姫様が紐を伝って降りてきた。女の子は、スルスルと降りていき護衛もつけずに森の中に入ろうとしていた。 

まあ、普通に考えれば護衛も付けずに冒険にいくのはかなりまずいことだろう。なにしろ前例がある。

「全く、アリスみたいなやつだな。おい、危ないぞ! …って、ぶっふ! いったっー…」

 僕は聞こえるはずもないのに反射的に降りて止めようとしたが、見えない壁みたいなものにぶつかった。目の前を見ると、ステータス画面が自動的に開かれていた。

「なになに…活動限界距離です。なんだこれ? 活動限界距離を広げるにはタイマーをセットして下さいだと…。そんなこと書いてな…」

 いや…書いてあったかも知れない。ステータスを強化してから、プレイデットは効果がわかっているあまり使いたくないスキルだったのでさらっと説明を見てしまった。なるほど、探索距離を伸そうと思えばタイマーを短くしなくてはならないみたいだ。なんとなくだが命を守る為のセーフティー機能のような気がする。

「まあ、いいか…。解除っと…」

 今はそんなことどうでもいい。僕はパッと起き上がり窓を開け飛びだした。

「確かあの辺だったよな…」

 僕は空を飛びながらお姫様が森の中に入った辺りに降りた。森の方を見ると永遠に続く木々は知らないものを寄せ付けない恐ろしさを感じた。僕は木の葉のような絨毯を歩きながら森の中に恐る恐る入った。


「…ん? みつけたぞ!」

 声をかけるとお姫様は僕に気付き、更に森の奥に進んでしまった。

「おい! にっ、逃げられた…」

 …しまった。声をかけるんじゃなかった…。これはステルスゲームだ。お姫様に気付かれてはいけない。そっとゆっくりと忍び寄りお姫様を捕まえる。なんか悪者みたいだな…。

「さて…蛇のように追ってみるか!」

 まあ、あんまりアクションゲームは得意じゃないんだけど…。

 僕はふわふわと浮き、大きな木の影に隠れながら進んだ。こうすることで足音もしないし、普通は上から追ってくるなんて思いもしないだろう。ただ、お姫様の方も警戒しながら進んでいるから、なかなか近づき辛いが…。

「あの手でいくか…」

 こういう時の対処方はあえて追うのではなく先回りをするというのも一つの手だろう。お姫様の行動パターンは大体読めた。

「あそこの茂みに隠れるか…」

 僕は木の陰に隠れながら、さっと前にでて素早く地面に降りて茂みに隠れた。恐らくこの広い場所にくるだろう。

 …よし、誰かきたみたいだ。足音がする。…今だ!

「おい!」

「きゃあーーー!」

 そんなに驚くことないだろ…。ちょっと傷ついた…。…ん?

 お姫様の方を見ると僕の方を見ていなかった。お姫様の目線の先には紫や黄色の傘を持った一メートルぐらいあるキノコのモンスターが数匹立っていて今にもお姫様を襲おうとしていた。僕は急いで前にでてお姫様の身体を掴み空を飛んだ。

「はっ、はなせー! このキノコがー」

 お姫様は目をつむって暴れていた。僕はお姫様に殴られたり蹴られたりしながら、必死に話しかけた。

「おっ、おい、俺はキノコじゃない! あっ、暴れるな…。落ちるぞ!」

 僕の声でお姫様はゆっくりと目を開けた。

「あなたはシオンさまの…。さっきのキノコ達はどこにいっ…。……って、きゃぁあああー! 落ちるぅううー!」

 お姫様は下を見ると更にジタバタと暴れだした。僕は頬に何度もパンチがあたった。

「いたっ…! おっ、落ちないから暴れるなって…! 落ち着けっ…! …このまま城に帰るからな」

 下手に降ろしてまた逃げてもらっては困る。

「…城に戻るのもいやー! 離せー!」

「…じゃあ、離そうか?」

 僕は諦めた声で少しだけ手の力を緩めた。すると、お姫様の顔色は変わり、ガシッと僕の体を掴むと再び地面を見た。

「…離さないで下さい」

 かなり、冷静になったようだった。

 はぁ…。大人しくなったようだな…。

「じゃあ、帰るからな…」

 お姫様は黙ったまま、コクっとうなずいた。僕はお姫様を抱き抱えたまま空を飛び城に戻った。


「…あれ? ここじゃなかったかな…」

 周りの風景は似ているような気はしたが、そこにはとてつもなく大きい真っ赤なキノコが生えていた。

「うそっ…。なに…これ…」

 お姫様の絶望した顔を見ると、ただ事では無いことがわかった。僕は隠れながら、ゆっくりと茂みに降りた。

「…ここは城があった場所で間違いないんだな?」

 泣きながらお姫様は無言で首を縦に振った。

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