第32話R

「うーん…。あなたでいいわ…。アルが強いのは知ってるし…。なにより楽しいし…」

「そっか…」

 納得してくれたかどうかシオンさんの顔を恐る恐る確認すると、何故か目を見開いて驚いていた。なにか変な話でもしてしまっただろうか? 特に驚くようなことは話していないつもりだが、僕には検討もつかない。

「待ってくれ…! 今、空を飛ぶとか変なことをいわなかったか? なにかの比喩か?」

「…そのままですよ。魔法で空を飛べるんです」

 店の天井を指差すと、シオンさんはきれいな黒髪をクシャクシャにして、頭をおさえていた。どうやら空を飛べることに驚いていたようだ。まぁ…僕の世界で、そんな事できるやつがいたら、それ以上に驚く自信はあるけど…。この魔法が使える世界でも、ギルドの有名人が驚くくらいなら、やっぱりこの魔法は珍しいのだろう。

「…信じられん。そんな事ができる人間がいるのか? 魔法に特化したエルフ…魔族ならまだしも…人間が…」

「シオンさん、本当ですよ。私も一緒に飛んだんで間違いありません」

 シオンさんは少し黙り込んだ後にメニュー表を取り、呼び鈴を鳴らした。シオンさんの表情を見る限り、まだ完全には納得いってないようだったが、料理を頼むってことは少しは話が片付いたってことでいいのだろう。なんだか安心すると少し小腹が空いてきた。

「…先になにか頼もう。…君達、まだお腹に入るかい?」

「…まだ、俺は腹六分ってとこだな。アリスは、どうだ?」

「私も、もう少しなら入るわ。腹九分よ」

 もうギリギリじゃねえか…!

「なら適当に頼んでおこう。食べきれなかたら私が食べるから気にしないでくれ」

「わかりました」

 それから僕は食事を取りながら今までの経緯を説明した。当然、転生したことや四天王を倒したこと、アリスが実はお姫様ってことは隠してある。



「それでこのギルドがある街に… 。…アリス、どうしたんだ?」

 今度はギルドの話をしようとすると、アリスは胃のあたりを押さえて立ち上がった。お酒は飲んでないはずだが、少しふらついている。

「ごめん…。私…先に宿に帰るね。こっ、これ以上、食べれない」

 こいつ、無理して食べるから…。まぁ、それだけじゃないか…。

「一人で帰れるか? 無理そうだったら、俺も一緒に帰るぞ?」

「すぐ近くだし、大丈夫だよ」

「そうか…。じゃあ、おやすみ…」

「うん…。シオンさんも今日はありがとうございました。とっても、くるっ…楽しかったです」

「くるっ? ああ、私も楽しかったよ」

「それじゃ…」

 アリスはもの凄く悔しそうで苦しそうな複雑な表情をして、お店をでていった。口では大丈夫といっていたが、どうも大丈夫ではなさそうだ。やっぱり宿屋まで連れて帰ろう。

「シオンさん、すいません。アリスを送ってきます。ちょっとだけ待っててくれませんか?」

「わかった。料理を食べて待ってるから、気にしなくていいよ」

「ありがとうございます」 

 店から出てアリスを探すと、宿屋の方向へフラフラとお腹の辺りをさすりながら、かろうじて歩いていた。車のようなものは走ってないが、あのまま放置していたら危なかったかもしれない。


「…アリス、大丈夫か?」

「だっ、大丈夫よ。うっぷ…。今のは危なかった。ふぅ…。ははっ…。今、もうちょっとでで…ゔぇろろろ…」

「おっ、おい!?」

 サッとバッグから雑貨屋でもらった紙袋を取りだすとアリスの方へやり、背中をさすってやった。見てたら気持ち悪くなってきたが、脳内で綺麗な曲を流して画像も綺麗に変換して、しょうもない事でも考えよう。

 例えばアイテム画面になんて表示されているのかとか…。……うーん。…なんだろう? ちょっと気になってきたな…。

「…ごっ、ごめん」

「…だっ、大丈夫か?」

「うん。楽になったよ。…本当にごめんね」

「気にするなって…。ボディーガードなんだからさ」

「ありがと…。…アル、シオンさんともう少し話があるんでしょ? 私はもう大丈夫だから…。紙袋…かして…」

「気にするなって…。宿まで送るから…。…って、なんで泣きそうなんだよ!?」

「…ごめん。…アルの気持ちすっごく嬉しい…。でも、これ以上ついてこないで…。おっ、お願いだから…」

 アリスは目を赤くして、涙を流しかけていた。僕は妙にズッシリとした紙袋を渡した。

「わっ、わかったよ。はい、紙袋…」

「うん…。あと、今日の事は忘れてね…。おやすみ…」

「ああ、おやすみ…」

 ついてくるなといわれたが、流石に少し心配だったので、その場でアリスが無事に宿屋の中に入る事を確認した後に戻ることにした。


「宿屋に入ったみたいだな…。さて、シオンさんに会いに行くか…」

 一応言っておくが、お店に行く途中に好奇心に負けてアイテムデータを確認するなんていう最低な行為はしていない。…やはり、カオスはみるべきではないのだ。



「…うっぷ。じゃ、続きを…話しますね…」

「どうしたんだ? 顔色悪いぞ?」

「…最低な行為をした罰です」

「…全く君はなにをしてたんだ? まさか、さっきの子になにかしたんじゃ…」

「いえ、アリスは無事に宿屋に入りました」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「…俺が悪いんです。あんなものみるべきじゃなかった。戻れるならあの時の俺をぶん殴りたい…」

「…酔ってないよな? お酒飲んでないし…。まぁいい…。続きを聞かせてくれないか?」

「…はい」

 いつかアリスにそれとなく謝っておこう。…できればその時にぶん殴られたい。そんな最低な行為をした僕はアリスへの罪悪感を感じながら、ギルドに来てからの行動を説明した。

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