第26話R

 僕が宿屋に帰ろうとすると受付のお姉さんが突然呼び止めてきた。なにか忘れ物でもしているのだろうか? 

「…なんですか?」

「…そういえば、あの人に聞けばなにかわかるかもしれません」

「…えっ? なにがですか?」

「世界の異変についてですよ! あの人は世界中を旅してますからね…」

「そんな人がいるんですね」

 なるほど…そんな人が…。もしかしたら、なにか手がかりがつかめるかも知れないな…。

「はい…。彼…はトップクラスの実力者なんです。…ところで話は少し変わるんですけど、何故か彼も貴方と同じようにステータスを非公開にしてるんですよ…。…なんでだと思います?」

「うーん…。やましい事でもあるんですかね?」

「やましいって…。…あっ、あなたもあるんですか!?」

 受付のお姉さんは席を揺らして立ち上がった。その反動で椅子がガタッと倒れ、僕は力の抜けた変な声を出してしまった。

「おっ、俺はないですよ! 例えばですよ! 例えばっ! 後は、あんまりステータスを公開する意味がないとか…」

 そういうと納得してくれたみたいで、お姉さんは倒れた椅子を起こして席についた。少し不満そうな顔には見えたが、その理由はすぐにわかった。

「まあ…確かにあの人は実績が凄すぎて仕事がバンバン入ってるんですけど…。でも…ステータスを公開する事は大事なんですよ…。信頼がお金になるんですから…」

「まあ…そうでしょうけど…。……そんなに公開して…逆に襲われたりしないんですか?」

「……ない…とはいいきれませんけど…。基本的なものしか公開されないですし…多分大丈夫ですよ。魔力量とか…力の強さとか…あくまで一つの指標ですから…。それに…もし…そんな事すれば…あの人にボコボコにされるでしょうね」

「あの人って…ステータスを非公開にしてる人ですか?」

「はい…。実は用心棒もやってるんですよ!」

「へぇ…ちなみにその人はいまどこに?」

「あそこのテーブルに座っている黒い服を着た髪の長い黒髪の人です。かなり気難しい人なんで注意してください」

 受付のお姉さんは後ろの角に座っている人を指差した。最初に来たときは人が多すぎて気がつかなかったが、どうやらここは簡単なレストランもやっているようだ。湯気の出ている焼いたばかりの肉や魚、そして、色とりどりの数々の酒…。それらを食い尽くす荒くれ者どもが勝利の美酒に酔いしれている。そんなガヤガヤとした場所の更に奥の方に彼は場違いな空気を出して座っていた。

「なっ、なるほど…。情報ありがとうございました…。少し話してきます…」

「はい。また、わからないことがあったら聞きにきて下さい。…あと、ご飯もいつかいきましょうね」

「はっ、はい…」



 さてと…話してきますといったものの、コミュ障の僕にいきなり話せといわれても厳しいな…。うーん…。まあ、仕事と思って諦めるしかないか…。

「はぁ〜…」

 僕は荒くれ者共に絡まれないよう慎重に通り過ぎた。…とはいっても…機嫌がいい奴らはそんなに恐くない。問題なのはこっちの方だ。角席のテーブルに一人で座っている彼の横に立った。

 この人がトップクラスの実力者か… 。年は二十歳ぐらいか? 僕よりも年下みたいだな…。いや、今は姿が高校生くらいだから年上か…。ややこしいな…。まぁ、立ってるのも疲れるし声をかけるか…。

「あっ、あの〜…。ここ座ってもいいですか?」

 目の前の人物がこちらの方をみると、綺麗な顔で中性的な人だった。黒い髪は艷やかに輝き、ギロリと向いた青い目は冷たさを放っていたが、その奥にある夜のような黒い瞳に僕は吸い寄せられ、ほんの一瞬目的を忘れた。

「そこにもあるだろ? あいてる席…」

「えっ? えっと…あっ、あの…実は君に頼みたいことがあるんだ!」

「…クエストか? クエストなら受付にいってくれ」

「いや、あのークエストというか…。聞きたいことがあって…」

「…喉が渇いたんだが、なにか飲み物持ってないか?」

「えーと、コーラくらいなら…」

「…ガキじゃないんだ。わかるだろ? ただのコーラに興味はない。帰りな…」

「いや、ただのコーラじゃないですよ。炭酸入りです」

「…タンサン? なんだそれ…。面白そうだな…。まあ、座れよ…」

 僕はバッグからコーラを取りだし魔法で冷やした後に、ボトルが少し膨らむまで炭酸をいれて渡した。イメージはやや強めの強炭酸にしておいた。流石にただのコーラを飲ますわけにはいかないだろう…。

「えーと…。これです…」

「…先に飲みな。毒入りだったら困るからな…」

「わかりました」

 僕は言われた通りバッグからコップを取りだし、キンキンに冷えたコーラを飲んだ。若干、炭酸も強い気もするし…これなら満足してくれるだろう。うーん…。おいしい…。

「…特に問題ないか……。このコーラがおいしかったらお前の話を聞いてやるよ」

「……はい…」

 彼はコーラのボトルを持ち一気飲みした。…なんだろう……。どこかで見た光景だ。…嫌な予感がする。

「ぶっ、ほっ、ごほっ、ごほっ…。なんだこれ…お前…変なもんいれ…。いや、これなかなか美味しいじゃないか…」

 僕はまた全身コーラまみれになった。顔のあたりがシュワシュワといっている。僕はボタボタとおちるコーラをテーブルに置いてあったタオルを手に取り、軽く拭き取った。

「……あの…。…なにかいうことは?」

「…おいしかった?」

「……」

「悪い、悪い…。冗談だよ。お詫びにタダでお願い聞くからさ…。…それと後で今のコーラをくれないか? …実はあまり酒は飲めなくてね」

「わかりました…」

「よし、ここじゃあれだ。私の家に行こう。…替えの着替えは持ってるか?」

「はい…」



「さぁ、入ってくれ…」

「お邪魔します…」

 部屋に入ると殺風景な部屋で家具も最低限の物しかおいてなかった。ただ、なんというか小物には子犬の絵が描いてあり、少し可愛らしい部屋だった。

「…浴室はこっちだ。服は洗っておくからカゴに入れといてくれ。タオルは好きに使っていい」

「はっ、はい…」

 浴室に僕は案内されシャワーを浴びて綺麗に流した後、タオルを手に取り身体を拭いた。

「今度は猫のタオルか…」

 …所々可愛らしい。…というかこのタオルほしい。

 僕はそんな事を思いながら替えの服に着替え、僕はリビングに向かった。



「…おっと、あがったのか?」

 髪を拭いていたタオルをボトッと床に落とした。しゃがみ込んでタオルを手に取ったあと、そのまま目の前にいる人物をまじまじと見た。

「ごっ、ごめん…」

「気にするな…。何枚も持ってるからな…」

 …彼…なのか?

 黒服を脱いでゆったりとした服を着てリビングでくつろぐその姿はまるで…

「…女の子なのか?」

 しかも、めちゃくちゃ美人だ。雰囲気だけじゃない。口調もさっきまではドスを聞かせていたが、よくよく思い出すとコーラをぶっかけられたあとからは…なんか…こう…違った気がする…。うまく言葉が浮かび上がらないけど……。

「それが聞きたいことなら答えるが…。…貸し借りはなしだぞ?」

「…やめときます」

「ふふっ…。…賢明だ。…で、なにが聞きたい?」

 僕は立ち上がり、目の前の茶色い椅子に腰掛けた。すると、テーブルの反対側に彼?が座った。なんだか最初にあったときよりも緊張する。しかも、よく見ると、ギルドにあった同じ机だ。…って、そんなことを気にしている場合じゃない。ただ…なんて質問するのがいいのか…。…とりあえず…そのままストレートに聞いてみるか……。

「…世界に異変は起きてないですか? 不思議なこととか…」

「異変か…。噂程度の話でいいんなら答えるが…。…それでいいかな?」

「…はい」

「じゃあ、まず…魔族の四天王の二人が倒された。なんてねっ…。はははっ…。これは流石にないよな?」

「はははっ…。そうですよねー。流石にそんな事ないですよね」

 情報…はやっ! …いやでもこの人ならなにか知ってるかも知れない。

 僕は愛想笑いが不自然にならないようテーブルにあったコップに手を付けた。ただの水だったが、誤魔化すには丁度いいだろう。

「後は最近魔力の流れがおかしいとか…」

「…流れがおかしい?」

「ああ、場所によっては魔力がだしづらいんだ。前はこんな事なかったんだが…」

「ちなみに、どこなんですか?」

「ああ、この前行ってきたんだが、コビットの王都付近だ。王都でいえばエルフの王都も最近変な感じがするんだが…」

「エルフの王都も?」

「ああ…。後は…最近みたこともない魔人がうろついているそうだ」

「…みたこともない魔人?」

 なんだか、怪しいやつだな…。どんなやつなんだろう…。

「…ああ、黒い鎧を着た恐ろしい姿の異形の魔人だ……」

「…へえー…それは怖いですね…」

 …おっ、俺じゃねえか! 魔人になったの完全に忘れていた…。

「…まぁ、今のところ実害はないから放置されているけど、なにかあれば私に討伐依頼がくるかもしれんな…。まあ、今知ってることはそのくらいだ…」

 なっ、なるほど…。三つの内、二つは僕に関係することか…。もう少し探って見るか…。

「ステータス…」

「…ん? なにかいったか?」

「いえ…水が…」

「もう飲んだのか…。入れてこよう」

 彼?が立ち上がって、後ろを向いたのを確認すると、マリシアウルネクストを即座に発動した。

「へぇー…。でも、悪いことしてないんなら倒す必要ないんじゃないかな?」

「私もそのつもりだ。変に魔族に目を付けられたら厄介だからな…」

「ですよねー」

 僕は視線を下にずらしてマリシアウルネクストが反応してないかを確認した。点滅してないところを見ると、とりあえずは大丈夫なのだろう。

「…ところでさっきから視線をずらしているが、なにかよからぬことをしているんじゃないよな?」

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