過去の代償 7


ぇ…?

 

今、ケガしたって言った?


藍がケガしたって…?



「出血が酷いって?どういうことだよ! ぁ…意識は?意識はあるのか?親父! はあ?落ち着いてられっかよ!説明しろよ!」



嘘…!


そんな酷いケガなの?


葵さんが…こんなに取り乱すなんて…



藍…!



「葵さんの声、外まで聞こえてますよ。」



ぇ…?


今の声…



「しづ…き?…紫津木なのか…?」



一条さんが席を立ち、扉のノブに手をかけると、葵さんが、「すみません」と扉の前に駆け寄って、一条さんよりも早く扉を開けた。



「…紫津木、何でここに?…つか、ケガは? うわっ!包帯が血で赤くなってるじゃないか!」



えっ?!


藍の姿は、内開きの扉の影になっていて見えなかったが、

血で赤くなってる…て、言ったよね…今…。



「ちゃんと処置してあるのか? 何でこんな事になってるんだ?」


「葵さん?」


「誰かにやられたのか? ケンカしたって、こんな事、一度も無かったじゃないか!」


「葵さん!落ち着けって!オレは、大丈夫だから。」



藍の声だ…


不思議と、藍に『大丈夫だ』て、言われると、そんなような気がしてくる…。



藍…


ほんのさっき別れたばかりなのに、


その瞳に、オレを映して欲しくてたまらない…



「あっ…社長ですか? 紫津木です。はい。今、葵さんと一緒です。大丈夫です。大したことありません。 例のモノ、持ってきましたよ。 任せて下さい。必ず説得してみせます。はい。失礼します。」



葵さんの携帯だったのか、紫津木から受け取って胸ポケットにしまっている。



「何の話だ?」


「それより、オレも入っていいかな?」



え…っ?


ぁ…そうだ…オレ…隠れなきゃ…!



「そうだな…少し待て。」



葵さんは、一旦扉を閉めると、オレの方を見た。


そうだよね。…隠れろ…て、事だよね…。


そんなオレに一条さんは、隠れられる場所に誘導してくれた。


父さんの執務机の下だ。



「狭いですけど、我慢していて下さいね。」



小声で、切なそうに呟くと、葵さんに、目で合図を送った。



カチャッ



「失礼します。」



藍…!



「如月社長、弊社の所属モデル紫津木藍です。」


「まあ、かけなさい。」


「失礼します。」


「そのケガの説明をしろ。何があったんだ?」


「葵さん…きちんと後で説明するから、まず話をさせてくれ。」


「その前に私から、一つ訊いてもよろしいですか?」



一条さん…?



「この社長室までは、どうやって?

自由に入って来れないようになってると思うのですが…?」


「ああ…それは…その前に愛は?」



心臓が跳ねた。


外にまで聞こえそうな煩い鼓動…。

藍の口から自分の名前が出ただけなのに…


鎮まれ!



「別室で待たせてあるよ。」


「そうですか…実は、あまり使いたくなかったんですが、急いでいたので、使ってしまいました。」

 

「何を?」


苛ついた声色の葵さん。

珍しい…。



「受付嬢を墜とすのに、紫津木藍を取引材料に使った。」


 

水を打ったように静かになった部屋


どういう…意味?



「まっ…さかお前、ヤったのか?」



…え…っ?



「ヤるわけねぇだろ。流石にこんな短時間じゃ無理だ。」



そこ?…ていうか、敬語じゃなくなってるよ。



「じゃ、何したんだ?」


「彼女の名誉の為に、詳しくは話せませんが、責めないであげて下さい。 オレが悪いので…。」



何か…ムカつく。



「そうですか…。」



一条さんは、深いため息と共に呟いた。



「お前、そういう事、止めたんじゃなかったの?」


「ああ…でも、愛のためなら、自分の身体ぐらい、いつでも売れる。」 


「は?」


「オレと別れろって、責められてる気がしたから、かなり急いだ。」



藍…



「愛には、この事内緒な。」



聞いちゃいました!



「紫津木…あのなあ…」


と、呆れ口調で一旦言葉を切ると



「そんな口止めしたって、目の前に、愛のお父さんがいるんだから無駄だぞ。」


「…っ!」

 


再び沈黙…


どうする?藍?



「酷いっスよ。誘導尋問じゃないっスか?」


「お前が悪い。」



葵さん、一刀両断ですね。

さっきまで慌てていた人は、どこへ?



「すみません。私も変な事を訊いてしまって。 まさかの答えだったので、驚きました…。」



だよね…



「…それで? 紫津木君は、私に何か話があって来たんじゃないのかな?」


「…はい。こんな話を聞いた後では、信用度ゼロだと思うのですが…、今、愛さんとおつきあいさせていただいています。」



藍…!


 

「それは、愛から聞いたよ。」


「そうでしたか…。

自分は、まだ高校生で、子供です。仕事も、まだ中途半端です。 なので、高校を卒業して大人になって、認めてもらえるような仕事が出来るようになったら、ご挨拶に伺うつもりでした。

それが、このような形で知られてしまった事については、申し訳なく思っています。」



藍…そこまで、考えてくれてたんだ…



「君は確か、清涼飲料水のCMにも出ていたね。」


「?…はい。」


「それに、海外から大きな仕事の依頼もあるんだろ?」


「それが…何か…?」


「紫津木君にとって、愛は足枷なんじゃないのか?」


「それ…どういう意味ですか?」

  


声のトーンが低くなった。


藍、父さんの事、睨んでないよね…?



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