02.キスしてよ!

「キスしてよ!」

「……ふぇ?」

「私に、キスしてみなさいよ、って言ってんの!」

「はあ? な、何がどうしてどうなったらそうなるんだ?」

「なんの下心もなくキスができるなら、私にだってできるでしょ!?」

「そ、そんな無茶苦茶な……」と、リリスも俺の肩からずり落ちそうになり、慌ててよじ登る。


 華瑠亜かるあ自身も、自分が何を言っているのか分かってないんじゃないか?


 真夏の林道にいながら、冷えたイグアナのように体が固まってしまう。

 そんな俺の様子に、華瑠亜もさらにイライラを募らせて――。


「ほらっ! やっぱりできないじゃん! 何も意識しないで、キ、キ、キ、キスするなんて、土台無理なのよ!」


 言い終わるや否やくるりと回り、こちらへ背を向ける華瑠亜。


「だから、キスじゃないって何度も――」

「もう行きましょう! みんなが待ってるわ」

「このまま戻っても、またみんなに気を使わせちゃうぞ?」


 俺の言葉に、再びキッと眉を吊り上げて振り向く華瑠亜。


「はあ? みんな? みんなって何よ! みんなのために仕方なくあたしと仲直りしようってこと? あーそう! あーそうですかっ! あたしの気持ちなんて関係ないんだ!?」

「だ、誰もそんなこと言ってないだろ! 何だよおまえの気持ちって!」

「そのうち、口くらいは利いてあげるわよ! 友達としてね! 千パーセント、友達として!」


 それだけ早口で言い終わると、華瑠亜が再び前を向いて歩き始める。


 ――次の瞬間。


 ほとんど無意識だった。

 華瑠亜が歩き始めた直後、考えるより先に、俺は素早く彼女の左腕を掴んで引き戻していた。

 ここで解決しておかなきゃまずい!……と言う防衛本能。

 腕を引かれた華瑠亜が後ろへ引き戻されるように体の向きを変え、長いツインテールがその華奢な体に巻きつく。


「な、なに?」


 びっくりした表情で顔を上げる華瑠亜。

 それを見下ろす俺。

 視線が交わった刹那――。


「っ!!」


 一瞬だった。

 ほんの一瞬、唇と唇が触れたことすら分からないくらいのライト過ぎる接吻くちづけ

 しかし、それでも……。


 呆然とした華瑠亜の顔が、やがてみるみる高潮する。

 いや、華瑠亜だけじゃない。

 俺も同様に顔が熱くなるのを感じて、それでも必死で平静を装いながら、


「こ、これでいいか?」


 こんなことで立夏りっかに対する下心がなかったことの証明になるなど、アクロバット理論もいいところだ。

 しかし今は、そんな理屈をこねてどうにかなる場面でもない。


「な、な、な、何すんのよっ!?」

「おまえがしろって言ったんだろ!」

「そ、そうだけど……普通、本当にする!?」


 手で口を押さえながら抗議の声を上げる華瑠亜。声が、少し震えている。

 俺と同じように平静を保とうとしているようだが、その声色には明らかに動揺が滲んでいた。


「知らねぇよ、普通がどうかなんて。言っておくけど俺、言葉の裏を読むとか、そんな器用なことできないからな」

「う、うん……」

「おまえが言った解決策なんだからな? これで納得ってことで、いいんだよな?」

「うん……」

「じゃあ、さっさとみんなに追いつこうぜ」

「うん……」

「……って、おい? 突っ立ってないで歩けよ!?」

「うん……」


 なんだかすっかりしおらしくなってしまった。

 毒気を抜かれたようにたたずむ華瑠亜の手を引いて、急いでみんなの跡を追う。


「だ、大丈夫なの? あんなことして?」と、耳元で囁くリリス。

「さ、さあ……。ただ、仲直りし損ねてあんな状態をまた引っ張るなんて、さすがに勘弁してくれって思ったら、体が勝手に……」


 華瑠亜の機嫌を直すことだけを考えた、咄嗟とっさの行動だった。

 しかし今、鼓動が早鐘のように鳴り響いているのは、林道を小走りで駆けているせいだけではないだろう。


 今頃になってめっちゃドキドキしてきたっ!


               ◇


「おっ! きたきた!」


 紅来くくるが、遅れて姿を現した俺たちに気が付いて手を振ると、それを合図に他の三人も一斉にこちらへ顔を向ける。


「悪い悪い……待たせたな」


 遅れて俺の肩越しに華瑠亜も現れると、皆の注意もそちらへ集まる。

 可憐かれん、紅来、立夏りっかはもちろん、うららも朝から俺たちの様子がおかしいことには気付いていただろうが、華瑠亜の表情から、ギスギスモードが解消されたことは直ぐに察したようだ。


 それどころか、ボ――ッとして少し上気したように頬を赤らめている華瑠亜。

 そこにまた別の何か・・・・を嗅ぎ付けるのは……やっぱりあいつ・・・だ。


「おいおい、どんな手を使ったのよ?」


 紅来が、すかさず俺の腕を取って皆から離れながら尋問を開始する。


「別に、何にもしてないよ。話をして、誤解を解いただけで……」

「誤解って?」

「だから、その……立夏の件とか、特に下心はないとか、そう言うこと」


 少なくとも、立夏と同じ部屋だった三人は全部話は聞いているだろうし、もう隠す必要もない。


「そんなの、立夏から全部聞いてたし、華瑠亜だって誤解してなかったでしょ?」

「まあそうなんだけど……理屈と感情は別ってこと、よくあるだろ?」

「なら、つむぎが解消したのは理屈じゃなくて感情ってこと?」

「ま、まあ、そうかな? 人の不満なんてさ、だいたい理屈より感情じゃね?」

「だぁーかぁーらぁー!」


 俺の脇腹をぐりぐりと拳で小突きながら紅来が続ける。


「その感情ってやつを、どうほぐしたのか聞いてんじゃん!」

「だから、丁寧に説明して、華瑠亜にも理解していただいて――」

「それで解消できないから感情なんだろ! まさか、またキスでもしたんじゃないでしょうね!?」

「ま、またって何だよ! そもそも立夏のだって、キスなんかじゃ……」

「何を話したのか、そういうのは全員で共有すべきじゃない? 同じD班なのに、みんなに聞こえないところでコソコソってのは、私は良くないと思うなぁー」

「みんなから離れてコソコソと言われても……」


 おいっ! おまえもなんか言え!と、リリスに視線で合図を送ると、


「な、何もなかったわよ、つ、紬くんと華瑠亜ちゃん! き、き、キスなんてまさか、そんなことするわけ……ね、ねえ?」


 ねえ?……じゃねぇよ!

 バレバレじゃね――かっ!


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