05.川原を探索

 川原沿いに、下流方面へ歩くこと三十分。

 増水した時に流されたのなら、探し物は川の中だけとは限らない。

 じっくり川原を探索しながらなので、距離はそれほど進んでいない。


「みんな今頃、課題の話し合いしてるのかなぁ……」


 優奈先生が思い出したように呟く。

 昨日の通話で、そのあたりのことも可憐から聞いているようだ。


「そういえば、何なんですか? その、夏の課題って……」

「ん? 綾瀬くん、去年やらなかったの?」


 やばっ……。

 また、うっかり変な質問してしまった?


「う~んと、どうだったかなぁ……そういえば去年は、夏風邪をひいてずっと寝込んでいたような、いなかったような……」


 元の世界と同じなら優奈先生は今年赴任してきたはずだし、去年の俺のことも知らないはずだ。


「そうなんだぁ。簡単に言うと、適当なダンジョンを選んで攻略して、そのレポートを書くっていう宿題だよ」

「それって、戦闘班単位でやるんですか?」

「うんうん。でもD班は回復役ヒーラーがいないし、私も戦闘実習以外は手伝えないから、回復はポーション頼りになっちゃうね」


 そっか。優奈先生は参加できないのか。

 がっかりしたような、ホッとしたような……。


「そのうち、組み替えでもないですかね? 戦闘班……」

「もうクラス替えもないし、基本的にはこのまま卒業までずっと一緒ね。先日、突然組み替えがあったのは……なんでだろうね? 例外中の例外」


 となるとやっぱり、回復系の使い魔も欲しいよなぁ……。

 どんな魔物がいるのか、今度調べてみよう。


「課題の場所がどこであれ、安全第一でくれぐれも無理はしないように、しっかりみんなをまとめてね」

「なんで俺が?」

「だって、綾瀬くんが班長でしょ?」


 あそっか。


 気が付けば、川の行く手からこれまでとは違った、強く水のつかる音が聞こえてきた。近づいてみるとやはり――滝だった。

 滝の周囲は断崖絶壁。直接降りるのは無理そうだ。


 マップを確認すると、降りるにはかなり大回りして迂回しなきゃならなそうだけど……仕方ない! やるしかない!


 そう思って来た方向へ戻ろうとした時、リリスの声が響く。


「ねえ、紬くん! あれ!」


 リリスの指差す方向へ視線を向けると……あ、あった!

 水が落下を始める直前の岩の亀裂に、縦笛がすっぽり収まっている!


「あったぁ~!!」


 実は、ここまで来て見つからなかった時点で、かなり厳しくなったな、と少し諦めの気持ちも芽生えかけていたんだけど……。

 それが、こんなギリギリで見つかってくれるとは!


「持ってるな、リリス!」

「でもあそこ、かなり取り難いね……」


 確かに……。

 滝に向かって水が集まっている場所なので、水位が高く流れも速い。


「私、ちょっと行ってみるよ」


 優奈先生が何を血迷ったのかスカートをめくり始める。

 これまでの体たらくを踏まえた上で、どうしてここで転ばないと思えるのか理解に苦しむ。


 下手したら滝に落ちるぞこの人!


「ちょっと待って、先生! 先生は間違っても近づかないでください!」


 慌てて、優奈先生から目を逸らしながら制止する。

 無防備にはだけられたラップスカートの隙間から、マシュマロのようにふわふわっとした太ももが覗いていたからだ。


「だって……綾瀬くんロングパンツだし、捲るの大変でしょ?」

「大丈夫です。裾が少し濡れるくらいどうってことないですし、いざとなれば脱いだって構わないんですから!」


 何かと心臓に悪い優奈先生を制止して、もう一度笛の方を眺める。


 さて、どうしたものか……。


 縦笛のある岩まで、水面から頭を出している大きめの岩も何個かある。

 しかし、濡れた岩を飛び石代わりに使って、もし足を滑らせて転びでもしたら、それこそ全身ずぶ濡れだ。


 水深は最も深いところでも五十センチ程度だし、素直に歩いて行った方が無難か?


 かばんとリリスポーチを川原に下ろし、ベルトに手をかける。

 と、その時、目の前をスッと青い影が横切った。


 ブルー!?


 笛まで五メートルはあろうかという川の中、ところどころ頭を出しているいくつかの岩を飛び石代わりにして、縦笛の引っかかっている岩にふわりと舞い降りる。

 さらに、小さな口に笛をくわえると、ヒラリヒラリと岩を伝って戻り、俺の足元に縦笛を置いた。


 こいつ、しっかりと俺たちの会話を聞いて理解してたんだ!


「おお~! すごいぞブルー! やるなブルー!」


 ブルーを抱きかかえぐしゃぐしゃと撫でてやると、ブルーも嬉しそうに目を瞑る。

 その瞬間、ブルーの体がかすかに光り、少しだけ大きくなったように感じた。


 もしかしてこれが……成長したってことか?

 そっか。立夏も普通のペットと同じように、って言ってたな。

 きっと、魔物を倒すだけじゃなく、使役者との絆が強まったりした時にレベルのようなものが上がっていくのかもしれない。


 使い魔を使役することに慣れてないのですっかり忘れていたけど、よくよく考えてみればメイド騎士モードのリリスを使ってもよかったじゃん!


 そんなことを考えながらブルーを地面に降ろした時だった。


「きゃあっ!!」


 突然、激しく水面みなもを叩く音とともに、背後で優奈先生の悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返ると、視界に飛び込んできたのは――。


 川の中の優奈先生。

 しかも、なぜか尻もちをついている。


 なぜ尻もちなんか? いや、それ以前に――、


「なんで川の中にいるんですかっ!? 」


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