06.虫の知らせ

 翌朝、天候は生憎あいにくの雨。

 夏雨なつさめ特有の蒸し蒸しとした湿気に出鼻をくじかれる。

 テントでは泥濘ぬかるむので、全員、温泉施設と隣接している休憩所のロビーに集まっていた。


「今日は止めとくか?」


 面倒臭そうな勇哉ゆうやの声に、しかし可憐かれんが首を振る。


「いや、そんなに長期滞在はできないし雨具も持ってきている。決行しよう」


 ピシャリとした可憐の言葉で、緩みかけていた場の空気が引き締まる。

 ……と思った矢先、


「え~、私、嫌だなあ。ずっと蒸れ蒸れポンチョの中で過ごすなんて」と、リリス。


 このKYメイドが!

 本当にファミリアケースの住人第一号にしてやるか?

 リリスを睨み付けていると、隣に来て一緒にポーチを覗き込んできたのは立夏りっかだ。


「じゃあ、留守番してる?」

「おお、立夏ちゃん、話が分かるぅ~」

「いいのか? 俺の使い魔なのにそんなわがまま許して」

「雨で可哀想だし、それに、そんなに役に立ちそうにないし」

「うんうん♪ ……ん?」


 首を傾げるリリス。


「仕方ないなぁ。呑気に昼寝なんかしてて連れ去られたりするなよ?」

「はーい。お菓子、買っておいてね!」

「メイドのくせに、っちゃ、食っちゃ寝……」


 皆がロビーのテーブルに集まるのを待って、可憐がテキパキと指示を出し始めた。


「二班に分けるけど、回復術士ヒーラーの信二とポーション係のつむぎは別々にして、あとの四人はジャンケンで振り分け。それでいい?」

「えぇ~、それじゃあ俺、勝っても負けても男二人編成じゃん!」


 そういう部分での頭の回転だけはほんと速いな、勇哉こいつ

 ジャンケンの結果、各班のメンバーは、


 A班:塩崎信二しおざきしんじ回復術士ヒーラー)、雪平立夏ゆきひらりっか魔法使いソーサラー)、長谷川麗はせがわうらら幻術士イリュージョニスト

 B班:綾瀬紬あやせつむぎ魔物使いビーストテイマー)、石動可憐いするぎかれん剣士ソルジャー)、川島勇哉かわしまゆうや盾兵ガード


 という組み合わせになった。

 可憐がテーブルの上に拡げた地図に印をつけていく。


「A班はこの辺りの川辺、B班はこの辺りの林を探索。丸で囲んだ範囲を出なければどんなに離れても百メートル程度だ」

「魔物と遭遇したら?」と、信二が質問する。

「★3以下は各々おのおのの判断で殲滅か援護要請。万が一★4に遭遇した場合は、必ず救援要請して全員で対処するように」


 但し、★3でもゴーレム系やタートル系の場合は、捕獲成功率を上げるために全員で対処することも確認した。

 テーブルの上で、お菓子を頬張りながら地図を眺めていたリリスをポーチに入れ、荷物棚の下段の奥へ押しやる。


「じゃあ、紬は売店でポーションを十個ほど購入、勇哉は入山記録帳を付けておいて。帰還予定は午後三時で」


 という可憐の指示に従い、俺と勇哉がそれぞれ動く。


 ほんと、班長は可憐あいつでいいだろ?


 皆から集めたお金で体力回復薬ポーションを買い込む。

 痛み止めの効果も付いている高級品だ。


 ロビーへ戻るとA班はすでに出発していた。

 俺たちも、すぐに準備を済ませて外に出る。直後、頬に当たった生温なまぬるい雨粒になんだか気鬱きうつにさせられた。


 林に入ってしばらく進んだあと、


「この辺りが、目的のエリアだな」


 勇哉が、防水ケースに入れた地図を見て声をかける。


「じゃあ、少しずつ場所を変えながら待ち伏せしよう」


 可憐の声を聞きながら、何とはなしにA班がいるはずの方向へ目線を向けた。生い茂る木々と、雨粒が作り出すもやのせいで視界が悪く、A班どころか川すらまったく見えない。

 俺の視線に気づいたのか、可憐も少し表情を曇らせる。


「思ったより視界が悪いな。A班からあまり離れ過ぎないようにしよう」

「百メートルも離れてないんだし、心配いらないって!」と、気楽に笑ってみせる勇哉だが……。


 どうも先ほどから左脇腹がチクチクと痛む。

 虫の知らせじゃないが、昔から悪いことが起こる前はよくここが痛むんだよなぁ。

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