第53話 加茂八郎宗重

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 暗がりの坂道を、息を切らせながら一行が行く。氷狼神社の拝殿から本殿へ、上りの石階段を駆け上げる陰陽五家の大人達。その目の色は一様に苦悩に染まる。白い息も絶え絶えに、足取りも重いようではあったが、身体が悲鳴を上げる労苦に小言を言う者など誰一人いなかった。それもそうだろう。眼下では、今も可愛い我が子らが命を削りながら戦っているのだから。

 時より聞こえてくる大きな音と、身に感じる空気の振動がどれ程にこの者達の心を苦しめているか、それが分からない男ではない。それでも陰陽五家の大人達に言葉を掛け続ける男はつとめて明るく話し不安の色などおくびにも出さなかった。


「大丈夫じゃ、御子息らは選ばれし者じゃからの」

「選ばれし者? それはいったい?」


 加茂康則が額に汗を浮かべ尋ねるが男はニヤと笑みを浮かべるだけで答えなかった。


「岩井さん? あなた、どこかが……」


 二人の会話を聞いていた猿楽十和子が岩井悟志を見て首を傾げる。

 彼女が見ているのは三十過ぎの男。無精髭、緩んだ表情で掴みどころない振る舞いを見せるが、油断がならない切れ者との印象を周囲に与えていた警察官の男。

 十和子は眉根を寄せていた。目の前にいる男の様子が先程までと違うことを察知したのだろう。猜疑の目で男を見ていた。


「そうか、流石じゃの。猿楽殿はもうお気付きであるか。案ずるな。事情は話す。しかしそれは、とりあえず上に着いてからということでよろしいかな」

「はぁ……」


 男のはぐらかせる様な口ぶりに十和子は困惑を見せた。


 急ぐ一行が立ち止まる。石階段を登り切ったところで皆が大岩の上に満月を見上げた。


「……なんて赤い」

「まるで今宵の不吉を謳っているようだな」


 白雉恵子が呟き、康則が応える。


「岩井さん? あの……」


 再び十和子が問うてきた。しかし男は答えなかった。それは眼下に新たなる敵を見つけていたからである。


野火のび野孤やこか。なるほどの、ここで新手を打ってきたか。さてと、どうする? 桃花」

「岩井さん! あの!」

「おお、すまん、すまん。そうであった。それでは康則、猿楽殿、白雉殿、まずはあれを。今ならそなたらにもあれが見えるであろう」


 いって男は野火の群れに向けて指を差した。


「――あ、あれは何? 今度は何が……」


 恵子が頬を引きつらせた。


「岩井さん、これは一体?」


 康則は目を見開き声を震わせていた。


「うむ、あれは野孤どもじゃ」

「野孤?」

「まぁ、平たく言えば狐の化け物じゃよ」

「き、狐! 化け物! そ、それにしても、あれほどの数が全てが化け物だなんて……」


 恵子が信じられないと呟いた。

 だが十和子はその化け物どもに目もくれず再三に岩井の正体を問う。


「岩井さん、あなたは」

「うむ、そうであった。敵の軍勢も押しかけてきたようであるし」


 十和子の顔を見て頷いてから男は一同の顔を順に見ていった。


「お気付きの通り、儂は岩井悟志ではない」

 男は悠々と勿体付けてから、腕を組み胸を反らせて鼻高々に言い切った。


「……」


 場の空気が微妙に気まずいものになった。面白くなかった。これもドッキリであったのに……。それでも十和子だけは気を取り直し、ポカンと開いた口を直ちに閉じて再び真相を問いかけてきた。


「岩井さんじゃない? でも姿は……」

「これは岩井悟志の身体ではあるが、お前達に話しておるのは岩井悟志ではないという意味じゃ」

「まさか、父上のように鬼が……。そういえば父上が言っていた。岩井さんも鬼だと」

「おい、敵の話を真に受けるではない」

「はあ……」

「様々知りたい気持ちは分かるがの。そう急いてはならん。これは全てを話すとなると長い話になる。それに、今はつぶさに話している時間も無い。そこでじゃ、掻い摘んで状況を説明いたす。まずは岩井じゃが、こやつには少し眠ってもらっておる。今頃は夢の中でわしの記憶を辿って右往左往といったところかの」

「岩井さんが、眠って……」

「岩井は眠り、今は儂が岩井の身体を拝借しておる。して置かれた状況の説明であるが、端的に、頭ごなしに言うぞ。信じるも信じないも、これが現実じゃからの」


 男が一人ずつ伺って意志を確認すると。全員が頷いて答えた。


「さて、ことは千二百六十年を遡る」


 前置きをしてから男は陰陽五家に伝わる秘史を語った。

 これは古から続いてきた人と魑魅魍魎との戦いであり、陰陽五家は現代になって再びその舞台に上がることになった。


「ま、まさかそのようなことが……」

「驚くことも無理はないがの。しかしながら、実際にそなたらにはあの化け物どもが見えている。先刻も、鬼の眼を見ても気絶することも怖じることもなかった。それはそなたらの中に流れる血のせいじゃ。まぁこのことは、さっき朱鬼も言っておったがの」


「そ、それでは、樹達も」

「うむ。そうである。しかし彼らはそなた達とは少し事情が違う」

「……事情、でございますか」

「うむ。その事情というのはの、加茂樹も猿楽蘭子も白雉鈴も、そして鬼姫である真中唯も皆、それぞれ定めを背負った時を紡ぐ者であるということじゃ」

「……時を紡ぐ者? それはどういったものでございますか」

「加茂家、猿楽家、白雉家の子供達は、それぞれ古の神薙かんなぎの後継であるのじゃ。彼らは時を紡ぎ、因縁の歯車を回し、運命を切り開く者ということになるのじゃよ、康則」

「――古の神薙……」

「そうじゃ、そして今宵、この社には陰陽五家の最後の一人、犬童澪様も御出座しになっておる」

「犬童? 犬童家は確か滅んでいたのでは?」

「そうじゃの、康則の言う通りじゃ。確かに犬童家は滅んでおる。しかし、犬童澪様は五家に隠れて秘史を繋いできた上狛家に時を超えて降臨なされた」

「上狛? 時を超えて降臨? ――それはその方が古の時より転生されたということでしょうか?」

「ちょ、ちょっと恵子、転生って」

「十和子、こうなったら何が起こっても不思議じゃないわ」

「まぁ、似たような事ではあるが、それは転生というようなものではない。人は生まれ変わったりは出来ぬからな。じゃが転生のことは今は置いておこう、時間もない。おいおいということにしようかの」

「はあ……」

 十和子が煮え切らない表情で納得をする。


「では要点のみ続けるぞ。今宵ここに陰陽五家の神薙が全て出揃うことになる。そして、上狛の陰陽師達もこの場にて敵を迎え撃つ形で集まっておる。これが今、この場の味方の状況であるのじゃが、理解出来たかの?」

「味方、上狛、陰陽師……」

「そうじゃ」

 康則の呟きに男は頷く。


「上狛とは犬童家に代わって水を司ることになった陰陽家で、これは先代の桃花が作った。そこに集う陰陽師達はこの千二百六十年後に備えて密かに陰陽五家を裏から支えてきた」

「――待てよ……。上狛……上狛とはどこかで……そうか!」

「気付いたかの、康則」

「はい。水音ちゃんの名前が上狛であります。そして――」

「そうね! そして優佳の旧姓も上狛。康則さん、十和子、優佳が、唯ちゃんのお母さんが上狛だった」

「もう何年になるのかしら……あの可愛らしい舞姫様がここに来てから……」


 社の後継の者が皆、上狛の名を思い出したところで男が再び話し始める。


「今から十四年前、真中に一人の女児が生まれる。それが真中唯である。真中の家の事情は皆が知っているとおりではあるの。じゃが、ここからが少々ややこしい話になる」


 男が切り出した話に一同が無言で頷き傾聴する姿勢を取った。


「真中に生まれた唯はこの後、九つの時に朱鬼によって真中家から攫われる。そしてその五年後の今日という日に鬼姫として朱鬼と共にこの社に攻め込んでくる」

「――え? ちょっと待って、あなたの言っている事はおかしい。唯ちゃんは三つの時に加茂家に来た。その後、九つの時に誘拐されているのは同じだとしても、唯ちゃんはここから、加茂家の神楽の舞台から攫われてしまう……」

「そうじゃの。それは猿楽殿の申す通りじゃ」

「あなたの仰っている事と、十和子ちゃんが言っている事の違いに何かあるのでございましょうか?」

「うむ。実はわしが今申したこと、それが本来起こりうる事象であった。つまり、わしが言っていることが元々の時の流れであったということを申しておるわけなのじゃが」


「……いやしかし、それでは」


「うむ。康則が言わんとしておることは理解できるぞ。時の流れとは今が全てであるからの。あの時はこうであった。本当はこういうことであったといっても、今がこうなっているのだから、今更に実はこうでしたと言ってもそれは虚言や妄想にしか聞こえないじゃろう。しかし事はそうも言ってはおられぬ状況になってしまった。何故ならこの時の流れのズレが今宵起きるはずである「桃花の時渡り」という事象を大きく変質もしくは無い事にする可能性を示唆することになってしまった故にな」


「桃花? 時渡り?」


「桃花とは桃花の神薙のことである。そしてそれは現在、加茂樹のことを指す」


「樹が、桃花の神薙……」


「その桃花の神薙である加茂樹が今宵、鬼姫と相まみえる中で時を渡る。これが本来の時の流れじゃ。だが、そのことに勘づき、邪魔しようとする輩が現れた。そして今、このように時の必然が捻じ曲げられようとしておるというわけなのじゃ」


「あの……その「桃花の時渡り」でございますが、樹が時を渡る。そのことにどのような意味があるのでしょうか?」


「樹は、今から千二百六十年前の時に渡り、そこで先代の桃花との邂逅を果たす。先代はそのことにより未来に起こる戦いへの布石を打つ。樹は全てを知り、力を増して戻ってくる。これは全て、奴を滅ぼす為、奴との因果を断ち斬る為に必要な事なのじゃ」


「……樹が力を付ける為」


「そうじゃ。今の樹もその内に破格の力を秘めておるのじゃが、それでも奴には叶わぬ。であるからこれは人の世の未来の為にも必ず成し遂げなければならない必須のことであるのじゃ」


「お話は、何となくではございますが分かりました。置かれている事情も、しかし俄に信じられぬこともあります」


「証明せよ、と?」

「……」

「うむ、それはちと難しいのう……しかし、強いて言うならば、そのことは樹の中におる鬼が明かしておると言えるかの」

「……樹の中の鬼」

「そうじゃ、樹の中におる鬼こそが、『桃花の時渡り』における最重要の肝である」

「その鬼の正体とは?」

「今は言えぬ」

「それでは、万が一、時渡りが叶わぬ時は?」

「樹の時渡りが不首尾に終われば、樹の中の鬼が消える。もっともそれでも桃花の神薙としての樹は残される。じゃがそれでは、我等は奴と戦う為の要となる駒を失うことになる。そう文字通り鬼手を失うことになるのじゃ。そのような脆弱な状態で我らがどこまで抗えるのか、こればかりはやってみなければわからぬのう」

「……」


「さてと、そろそろよいか。残る詳細はこの戦いが終わった後でも良かろう。まずはお前達の身の安全を図らねばならぬ。皆、本殿の社に入りなさい。皆にはそこで待っていてもらう。勿論その場所は、このわしが封印を施すゆえに安全が確保される。ご安心頂ければよい」


 陰陽五家の大人達は男に促され本殿に入った。


「――おや?」


 本殿に足を踏み入れたその時、康則がその本殿の板の間に寝かされている少女を見付ける。


「どこの子かしら? どうしてこんなところで……」

 十和子が首を傾げた。


「急ぐぞ、どうやら大軍との戦いが始まったようじゃ、ここにもいつ敵が押し寄せるかわからぬ」


 男は横たわる少女を無視して本殿奥の風穴の前まで進んだ。

 本殿の最奥には封印を施された格子戸がみえる。扉は既に開かれていた。大人達は、その開かれた扉の奥へ入ると、男の背を通り過ぎて更に風穴の更に奥へ進もうとした。


「おお、そうであった。皆、そこではないこちらじゃ」

 男が慌てて止めた。大人達が男の声に振り返る。

 男は何もない岩の壁の前に立った。その壁の前で両手を持ち上げ呪を唱えると岩肌が渦を巻くように歪んで大きな穴が開いた。

 呆気に取られて皆が棒立ちになる。

 十和子が、恐る恐る先に踏み出して大きな開ける大空間を覗く。彼女はそこに置かれた物を目にして、あっと息をのんだ。後に続いた恵子もそれを見て固まった。


「――優佳!」

「――優佳さん!」


 十和子と恵子が声を揃えて驚きを声に出した。

 皆が目にしているそこには大きな四角い氷の中で柔和な笑みを浮かべて眠る真中優佳の姿があった。その姿は傷つき血と泥にまみれていた。


「これは、これはいったいどういうことなの!」


 十和子が男を睨んだ。


「事情は後じゃ」


 十和子の厳しい視線を受け止めた男は短い言葉で答えた。


「こんなことって……」


 拳を握りしめ、悔しそうに恵子が呟く。その恵子の肩に慰めるようにそっと手を乗せた康則が難しい顔をして男を見てきた。


「……あなたは一体何者なのでございましょうか。私は今、自分が正気でいられるのが不思議なくらいです。私には分からない。物事を整理して考えている暇もないという。だが我々は今、最低限知っておくべきことがある。それは、あなたが何者なのかということだ。あなたは敵なのか、それとも味方なのか」


 康則の訴えを男は黙して聞いた。

 沈黙が場の空気を重くする。皆が真剣な面持ちで男の答えを待った。


「儂の名は軽部八郎宗重かるべはちろうむねしげと申す。いや違うな。正しくは加茂八郎宗重である」


「か、加茂八郎……そ、それでは!」

「如何にも。儂がこの社の始祖である」

「ま、まさか、そんな……」

「まぁ、いきなり信じろといっても無理であろう。しかし今は信じてもらうより他はない。この場は、後できちんと事情を説明するとして飲み込んではもらえまいか」


 男は真摯な心で目を向け康則に自分の存在を打ち明けた。


「――わかりました」

 康則は、一考した後に頷いて見せた。


「ではよいか。皆の者、暫しの間ここで待っていてくれ。必ずことを成し遂げて救出に来るでの」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「――ん? まだ何かあるのか?」

「い、いえ、ほら、まだあそこに」


 十和子が外に向けて指を差した。


「そうよ、あの子も危険だわ! あの子もここに」


 恵子も十和子に続いた。


「――ああ、あれの、あれはよいのじゃ」


 八郎は然程のことでもないといったようにさらりと答えた。


「え?」

 恵子が首を傾げる。


「事がここに至れば、全ては始祖様のお考えのままに。きっと訳がお在りになる」

 康則が促すと、一同は了承した。こうして陰陽五家の者は、真中優佳の眠るその空間の中で時を待つこととなった。


「これで良し」


 一息ついた八郎は独りごち、次に風穴の奥に目を向け呼びかけた。


「次郎よ」

 八郎の呼びかけに応えるようにして緩やかに冷風が吹き出した。


「――まったく、お前までその様にして姿を現すとはな」

 次郎の声は呆れていた。


「まぁ、事がだいぶ差し迫ってきたということじゃ。それよりも下の方の首尾はどうじゃ」

「まぁ、朱鬼などはあの式神で十分であろう」

「そうか、しかしいつでも出られるようにしておいてくれよ」


「――はて、澪様は、余り手出しせずにと申されておったが?」

「おいおい、もう十分手出ししておる者が言う事か」

「フン!」

「まだ、拗ねておるのか。困ったやつじゃのう」


「気に入らんな。お前ら二人で何を企んでおるのじゃ、それにお前ら、澪様までたばかっておるようではないか。我が何も知らぬと思うな。ちゃんと訳を話せ」


 次郎は僅かに言葉に怒気を含ませて言った。


「訳は話すが、それはもうちょっと待ってくれ。今はまずもって桃花の時渡りが第一じゃ」

「フン! ならば好きにせよ。我はもうこれ以上は動かぬ」

 

 次郎は完全にへそを曲げてしまった。そんな神獣の様子に八郎はどうしたものかと腕を組み思案をする。

 

「そういうな次郎。しかし一つ言うならば、事はいずれお前達の裏切りにも関わってくるのだぞ」

 八郎は、次郎の弱いところを突いた。思った通り、途端に次郎が狼狽を見せた。八郎は眉根を寄せる。その件はあまり口には出したくなかった事だったが仕方がない。

 

「――な、お前、あれを裏切りというのか!」


 次郎が話に乗ってきた。次郎の狼狽ぶりを、やれやれ狼の狼狽とはダジャレにもならぬと心の中でひっそりと笑って八郎は話を続ける。


「まぁ待て、相変わらず慌て者じゃのう」

「……」

「まぁ、事は時渡りを無事に終えての話になるが、そこも含めてちゃんと考えての企てじゃ」

「……」

「澪様の名誉を回復させたいのは俺も同じじゃよ次郎」

「……そこまで言うならば聞いてやる。我に何をせよと」


 再び聞く耳を持った次郎に向かって八郎はニッと笑う。その様子に次郎が訝っているのが手に取るように分かった。


「まぁ、なんだ、お前は何もするな」

「はあ?」


 ククと思わず声が漏れる。


「いや、すまぬ。戯れ事じゃ。あ、いや、なにもするなというは戯れ事ではない。要するに我らが策を弄しているからといってそのことに気遣う必要などないということじゃ。次郎、お前はその場で好きにしてくれればよい。あとは桃花が何とかする」

「……また、小賢しいことを言うではないか」

「まぁそういうな、なにせこれは化かし合いじゃからの」

「――フン、まあよい。それでは好きにさせてもらう」

「あ、分かっているとは思うが、くれぐれも澪様を危機に晒さぬようにしてくれよ」

「なぬ! お前! それを我に言うか。そのような事は言わずとも無論のことだ!」

「――であるな。分かっておる。それと……」


「なんだ、まだあるのか」

「これにちょっと細工を頼めるか」

「チッ! 下らぬ。そのようなもので何をする気じゃ」

「まぁ良いではないか。座興よ座興」

「……」


 次郎は渋々ながらも頼みを聞いてくれた。八郎が両手を差し出すとその目の前で凍気を纏った青い光が瞬いた。

「恩に着るよ次郎」

「お前も戦場へ出向くのか?」

「ああ、当然じゃな。なにしろ澪様には儂からのサプライズが待っておるでの。感涙にむせび泣く澪様の様子が今から手に取るように見える。これは楽しみじゃのう」

「……」


 姿は見せていなかったが、次郎の開いた口が塞がらないといった様子が見て取れたようで八郎は満足した。


「サプライズのう……しかし八郎よ、その身体のままでよいのか? それは人の身であろう。まったく無茶をする」

「ああ、これか、いやいや、この者も血縁であるからな。そのことなら大事ない。では後はよろしく」


 次郎は再び奥へと戻った。その姿を見届け八郎は風穴に背を向ける。

 八郎は本殿の封印の間を後にした。

 本殿から出る際に板の間に眠る少女の方へチラリと目を向ける。少女は未だ深く眠っている様子であった。

 ガチャリ。八郎は後ろ手で本殿の扉を閉めた。

 その時、そっと少女の瞼が開いたのだが、その事に気付かぬふりをして八郎は眼下の戦場と向かった。

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