22人目 父の実家        ★★★★★

 茨城町いばらきまちという片田舎。そこが私の父の実家だった。三百六十度が自然に囲まれ、どこからか漂ってくる肥溜こえだめの臭いがつんと鼻をつく、牛の声しかしない辺境。

 私はが嫌いだった。


 盆が来るたび、両親とともに父の実家へ顔を出した。が、なぜか従弟いとこたちは私に冷たかった。腐っても親戚のはずなのに、声を一切かけてこない。挨拶もしてくれない。それどころか、子供部屋で別の親戚とずっとファミコンをやっている。私が子供部屋に顔を出しても、ガン無視される。

 ――父の実家は、常に空気が淀んでいたのだ。


   * * *


 その理由を知ったのは、父が他界してからだった。

 ある時、母は遺品を整理するかのように――父の実家について語り出したのだ。


「お父さんの実家は、揃いも揃って創価学会の信者だったの知ってた? 私も結婚した当初から、しつこく勧誘されてたの。でもほら……私って気が強い性格だから、『他人の宗教をけなして、自分たちを良く言うのはやめた方が良い』って、ハッキリ断ったことがあってね。それで、それから……」


 要するに、そこから母に対する露骨な村八分が始まったのだ。

 従弟たちが、私をシカトしていた理由はそれではっきりした。が引き起こした――それも大人の感情が絡んだ『当てつけ』だったわけである。

 だが当時の私は、メンタルが強かったのか、それともただのアホだったのか、

『従弟とは趣味が合わないから遊んでもつまんない』

 と判断し、片田舎をひとりぶらついて時間を潰していた。


 よく、『宗教と食生文化だけはけなしてはいけない』なんて風に言われる。まったく正論だと思うし、私もそんな無粋な真似は絶対にしない。宗教の使い方を間違えるのは、いつも一部の人間なのだ。

 父が十年以上前に他界し、錆びた鎖が千切れた今では、父方の実家の親戚の顔は誰ひとり思い出せない。むしろ、その方が幸福ではないか。


 宗教は自由だ。

 ただ、他人に迷惑をかけてまでやる宗教なんてテロと大差がない。

 ふたつの意味で、である。


                                   了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます