25人目 踵骨粉砕 看護師編   ★★☆☆☆

『部屋にカメラが仕掛けられてる……ここ、どこだよ! なんで天井に人の顔があるんだ! 腰に……腰に、爆弾が仕掛けられた! 中国人の工作員の仕業だ! 拉致されてベッドに寝かされてるんだ……ここどこだよ、ここはどこなんだよ!』

 深夜。は突然に両眼を見開き、薬の影響で朦朧とした意識の中、何十分もベッドの上でキョロキョロしていた。

 冗談ではなく、本気で上記の思考にいたっていたのだ。


 次第に心が落ち着くと、尿道の異物感が気になりだした。尿意はあるのに上手く排泄できない、尋常ではないもどかしさと恐怖が、秒針の音に共鳴して、薄暗いオレンジの部屋でずっと、ずっと――波打っている。

 個室の圧迫に耐えられずに上半身を起こそうとしたが、左半身――腰と足の切創、および損傷した骨に激痛が走り、電動リクライニングなしでは起き上がれなかった。

 それもそもはず。そいつは腰を切開されて骨の一部を切り取られ、それを骨折した左足へグチャグチャに埋めこまれているのだから。

 文字どおり身動きが取れないそいつは、人の声が、人の顔が、いや――『人』を欲していた。すがるようにナースコールへ手を伸ばし、夜勤の看護師を呼んだ。ほどなく入室してきた男性看護師に対して、

「で、出ないんで……抜いてください……」

 覚悟の一言を放った。

 今、そいつの尿道に深く埋まっているカテーテルは、いつかは取り除かなくてはいけない異物だ。遅かれ早かれ、一般男性がまず経験しないであろう重苦に耐えなくてはいけない時がやってくると悟っていたのだ。

「では抜きますねー」

 という、看護師の宣告のあと――抜けた。

(男性には刺激が強いので、ここでは簡易表現を使用した)


 まあ、あえて擬音祭を行うなら『ぎゅるんぎゅるん!』という、心身を抉るどよめきとともに、尿道に挿入されていた管が捻じれながら抜けてゆく感覚だと思ってほしい。あゝ……そいつは生き地獄を思い出すたびに、アレがキュン! としている。

 引き抜かれたそれは、無事に看護師が回収していったけれど、安心なんて微塵もなかった。なにせ管が抜けてゆく感覚は、痛みとともに尿道に残っているのだから。

 案の定、翌日も翌々日も、一日の中で排尿の時間が最も地獄で、食事および水分の摂取を拒否したくなるほどだった。けれど、そいつがどれだけイヤイヤしようが、催してしまうのだ。人間だもの。

 白虎隊の心持で、いざ! と息巻いてみても、

【①尿意 ②激痛 ③恐怖】

 の3パターンが、下腹部で延々とループする。

 だって男の子だもん。涙が出ちゃう。


   * * *


 さて。前置きが長くなったが、

踵骨しょうこつ粉砕 看護師編』

 とあるとおり、がかかとの骨を粉砕して入院していた時の、瑣末さまつな話だ。

 まず、入院している中で切実に思ったのは、看護師たちの給与はもっともっと上げるべき、ということだった。彼ら、彼女らがやっていることは、昼も夜もない、もはや介護と変わらないではないか。そういってしまえば、介護士だって同様に給与を上げるべきであるが。

 そいつは、看護師からIT業界へ移った人間と一緒に仕事をしていたことがあり、その元看護士から、年功序列で給料がなかなか上がらない――『ナントカの巨塔』よろしく、女性社会の看護師界にも派閥がある――ゆえに、業務に見合わない給料、および人間関係で辞めてゆくことがザラだと聞いていた。

 看護師たちの不遇は、想像以上に深刻なのかもしれない。退院後のそいつの心に突き刺さった衝動は、今でも真新しい。


 よく、『白衣の天使』なんてメタファーがある。けれど入院していたそいつは、男性看護師に最も気を許していた。これは色眼鏡かもしれないが、女性看護師は割とやることが雑なのだ(患者が何人も居るからしょうがないのだが)。

 殊に、『目の保養』として男性陣が興奮するであろうナースサンダルも、膝上ギリギリのスカートも、白いタイツも、もはや現代には存在しない。患者として生活していた側からすると、医療機関あそこは介護施設と変わりがないとさえ思えた。

 ――なにはともあれ、そいつが病院の世話になったのは事実だ。医療に携わる方々に対しては、こうべを垂れるしかできない。また、そいつでは絶対に務まらない仕事であると思い知ったのだ。


 ちなみにそいつは、左足が使えない数ヶ月間で、運動不足の肥満児よりも速く走れるくらいに、松葉杖さばきが上達した。

 松葉杖歩行検定があれば、二級くらい余裕で取得できる。


   * * *


  〈RESULT〉


 男性看護師に【お尻にチン痛剤♂】を打たれた回数---------------------------------5

 新人女性看護師にお浣腸された回数---------------------------------------------------1

 ベテラン看護師にお浣腸された回数---------------------------------------------------1

 寄ってたかって採血された回数-------------------------------------------------------20

 新人女性看護師の注射針エイムが悪くて血管を外された回数-----------------------4

 中堅看護師に点滴のテープを雑に剥がされぶっ飛ばしてやろうと思った回数------1

 新人女性看護師に、『ホステル2』で出てきたみたいな、超ヤバげなグラインダーでギプスを切断され、左足までもがれると恐怖した回数----------------------priceless


                                   了

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