19人目 ママは〇〇ない     ★☆☆☆☆

『ママ』と一言で表しても、様々な意味があります。

 例えば実母、例えばスナックのママ、例えば原文ママ(?)、例えば――


   ✽ ✽


 実家近くに、ひとりで店をやりくりしている、美容院のママが居ます。

 私が幼少の頃からやっている、地域密着型のお店で、予約システムはなく、先着順に髪を切ってもらえる、そんな田舎ならではの場所です。

 その道、何十年のママなので腕は確か、かつ良心的な価格も相乗し、開店時刻に顔を出しても、おばちゃんがすでにパーマをかけていたり、別のおばさんが待っていたりと、フライング気味も割と許されるローカルルールで繁盛していました。

 ――田舎のオバサマたちに、朝の早さで勝負を挑んでも勝ち目はありません。逆に言えば、ピークさえ過ぎてしまえば空いているので、私はうまを過ぎてから足を運んでいました。


 このママの特徴を強いてひとつ挙げるとすれば、という点でしょうね。割と年齢は高いはずなのですが、トレンドには乗っており、

『こないだの駅伝、青学が一位でしたねー』

『ミサイルがまた飛んでくるみたいでー』

『なんかトランプさんがねー』

 ふんわりとした口調とは裏腹、話題が尽きないのです。

 その節々に入るのが、小さな『ボディランゲージ』。

 無論、ボディランゲージが入る間は、危ないので切りません。

 ハサミを止めての『ボディランゲージ』です。

 ――切りません。

 午後は待っているお客さんが居ないので、おしゃべりが一五パーセント増し。

 ――なかなか切りません。


『あゝ、今日も帰るの十四時半過ぎだな』


 こちらもまったく急かさない、のんびりとした田舎の美容院。

 心地良い昼下がり、まぶたが閉じそうないつもの席。

 思い起こしてみれば高校時代、オシャレの『オ』の字も知らない思春期の私が、床屋に行くのをやめ、姉に付き添ってもらい初めて訪れた美容院でした。それから茶髪に染めて、平然と学校に行って、先生に即見つかって、家に帰されて――


 散髪は、割と行くまでが面倒で――いざ来店して椅子に座ると、帰りたくない雰囲気があって――この、田舎の美容院のママには、今日もあすも――むしろ生涯現役で居てほしい、なんてワガママにも似た私の願望が、あったりなかったりして。


 窓の外の風景は変わっても、この美容院の中はと変わりません。

 鏡の隣に貼られている、様々なヘアスタイルをした美女たちのポスター。

 窓辺のミニコンポから流れる、耳に触らない選曲。

 小さな本棚に櫛比しっぴする漫画本のセレクション。

 そして終わらないママのおしゃべり。

 ――ママは切らない。


 ふとしたトリガーで故郷あのまちが脳裏を過るのは、私がそれだけ馬齢ばれいを重ねてしまったからでしょう。

 帰省した際に来店して、穏やかな口調の、

「いらっしゃい」

 なんて、ありきたりな挨拶をまた聞きたいものです。


                                   了

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