12人目 隣人は密かにシコる   ★★★☆☆

 人間は、ストレスを溜めこまないように生きるのが大事です。浮世には様々なストレスのコントロール法があり、それらを試している方も少なくないでしょう。

 ストレスサーモメーターで、度合いを測るも良し。

 エクスプレッシブ・ライティングをするのも良し。

 また、自慰じい行為もそのひとつだと思います。


   ✽ ✽


 数年前。ゴールデンウィークを利用し、東京観光をした時の話です。

 現地で友人のMくんと落ち合い、南千住みなみせんじゅ駅付近の格安ホテルへチェックインしました。三帖さんじょうは確保された部屋でしたが、ベッドやテレビが設置されているため、自由に使えるスペースではバーピーをするのも困難でした。

 なにせ、数週間前に急遽決まった観光だったので、宿を選べなかったのです。トイレ、洗面台、浴場は共有でしたが、部屋が奇麗だったので、これといった不満はありませんでしたが。


 その晩。居酒屋をハシゴしてほろ酔いになって、ホテルへ戻って――翌日は、別の友人『Aさん』と落ち合う約束があったので早めに布団に入りました。

 いつもどおり寝つきの悪い私は、しばらくベッドでごろごろしていると、隣の部屋から、どっかんがっちゃんと物音が聞こえてきました。

『まあ、安いホテルならこんなもんだろう……』

 客質および壁の薄さには、諦めというか悟りがあったので、湧き上がる怒気を抑えました。ですが隣人の物音は静かになるどころか、どんどんエスカレートしてゆくのです。テレビの音でまどろみから覚め――時計を見ると二十三時過ぎ。

 やはりイヤホンは必須だったか、と私がカバンからオーディオプレーヤーを取り出したところ、次に聞こえてきたのは、

『アンアン、アンアン――』

 情事でよく耳にする、女のでした。

 男性専用ホテルだったので、デリヘルを呼んでいるとは思えません。発信源はテレビのスピーカーでしょう。薄い壁を突き破ってくる欲求解消音は、逆に欲求を押しつけられているようでした。ヤるなら、もっと密かにヤってほしいものです。丸聞こえなんですよ、女優の演技が。こっちが悶々しちゃうよ!


 zzz...

  zzz...

   zzz...


 翌朝。

 音楽を聴きながら朝日を浴びた私は、まぶしさとともにイヤホンを両耳から外しました。昨晩とは打って変わって、部屋はスズメの鳴き声ひとつ聞こえません。

 すぐにMくんに起床の連絡を取ったあと、ホテルを出る準備を始めました。さて、朝飯はなににしようか、今日は戸越とごし銀座のどこを見ようか――なんて考えていた矢先、廊下をドタドタと歩く鈍重な足音が、鉄のドアを貫通してきました。

 何事……? 歯を磨くがてら廊下に出て、音の発信源を確認すると、恰幅の良い男が、先ほどと同じ足音を響かせて私とすれ違ってゆきました。消えていった先は、私の隣の部屋です。

「あんなオジサンだったのね……」

 GWまで出張に駆り出されているサラリーマンでしょうか? 溜めこんだストレスが窺えます。

 歯を磨き終えて部屋に戻ると、先ほどまで静かだったそこには、昨晩と同じ喘ぎ声が隣からアンアン、ヤンヤン、カンカン、バンバン――

 一晩では観きれなかったのか? カードの残量が余っていたのか? 八時からモーニング喘ぎ声の実況生中継はーじまーるよーぉ!

 もうやめて……! 高速バスで叫んだ心の苦情が、そのままリピートされました。

 隣人にとってはストレス解消かもしれませんが、こっちは逆です。

 内容が気になっちゃうよ。というか朝から元気だなあオッサン。


   ✽ ✽


「――あぁ、廊下でバタバタやってる人居たねえ。足音うるさい人」

 チェックアウト後、Mくんにあらましを話すと大いに笑いこけていました。彼も多少なりとも騒音の被害に遭っているはずなのに、このあっけらかんとした反応――

「そいつが大音量でAV観てたんだよ、俺の隣の部屋で! 昨晩も今朝も!」

「あははは! さすがねえ。でもオレの隣はうるさくなかったけど」

「Mくんの隣は俺だからね! そりゃ静かだろうね!」


 皆さんも旅先の部屋では、ぜひ密かにください。

 また、騒音が苦手な方はイヤホンをご持参くださいな。

 いや。むしろ私も、Mくんのように図太い神経を見習うべきなのかな……。

【6人目 遅刻魔三十年目】

 へ続きます。


                                   了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます