23人目 遅すぎた謝罪      ★★★★★

 これは手前味噌である。

 私は二十代の頃、どこの小売店・百貨店でも『有能アルバイター』だった。レジ打ち、品出しを行うのは当たり前で、ある時は商品の包装をしたり、ある時は発注をしたり、ある時は酒のメーカーさんと新商品の陳列について、棚を割り振ったり――

 ほかには、お客さんとのコミュニケーション、ヒマな爺さん婆さんの話し相手、店内をうろつく――要は、社員の手が回らない時に動いていたので、私が居なくなると業務に支障が出てしまった。


   * * *


 某スーパーにて。

 高校生のアルバイター、パートのおばちゃん、夜間店長など、誰とも仲良くやっている中、ある社員の男が別の店舗から異動(社員からチーフとしての出戻り)してきた。こいつの通称を――前歯の一部が虫歯で黒ずんでいたので、『おはぐろTypeA』としておこう。

 さて、このスーパー。年に一度、超大安売りの日があり、大々的に広告を出し、店頭でイベントをやるのが定番だった。

 イベントが近づく中、おはぐろTypeAは私を呼び出し、

「イベントの日は人が足りないから、朝から晩まで一日働いてもらうから」

 と、当然のようにシフトを組み替えてきたのだ。

 だが私は、ただのアルバイターである。どうして社員の都合に付き合い、時間を浪費しなくてはいけないのか? そもそも、おはぐろTypeAとの信頼関係がない中で、強引にシフトを組み替えられれば、誰だって嫌悪を禁じ得ない。

「いや、勝手に決められては困ります。そんな長い時間、働く気はないんで」

 私はキッパリと断りを入れると、おはぐろTypeAは不服そうな顔で、いつまでも陳腐な恨み言をブブツブと――。そもそも、アルバイターが十二時間の労働を注がないと店が回らないこと自体、ちゃらんぽらんなわけで。


 イベントが過ぎた、数ヶ月後。

 猛暑――酒が飲める、酒が飲める、酒が飲めるぞー、という日が続いた。必然的に酒の発注量が増え、品出しの量も比例するのである。

 痩身の私はへーこら言いながら、酒が積まれたカゴ車を必死になって引いて、商品を陳列していった。酒担当は私ひとりなので、昼から出勤してどうにか夕方には終わる時間配分だった。

 すると仕事の最中、私は突如おはぐろTypeAにバックヤードへ呼び出された。なにか業務の相談だろうか。そう思って首を傾げていると、

「なんだあのカゴ車の引き方! ダラダラ仕事してんじゃねえよ!」

 矢庭に恫喝どうかつされ、チューできるくらいの距離まで詰め寄られたのである。彼の虫歯が急接近し、鼻が曲がる。

 どうやらおはぐろTypeAは、私の仕事に対する態度が気に入らず、一言もの申したかったようだ。文句を抑え、たったひとりで酒の仕事を担っている私の態度が気に入らないとは、まるで愉快な話である。

「お前この前、やる気ないって言ってたよな! やる気ねえなら辞めちまえよ!」

 こちらの思惟を度外視し、おはぐろTypeAの脅威、大音声だいおんじょうが続いた。

 ――私はふと思った。この男、なにかに似ている。なにかに。

 そうだ、このマスコミが使う偏向報道の3ステップである。


① 都合の良いところだけ切り抜く

② 自分の良いように解釈する

③ 挙句は捏造して、マウントを取ってゆく


 おはぐろTypeAには、私が口にした、

『そんな長い時間、働く気はない』

 という言葉が、

『やる気ない』

 という怠慢に脳内変換されたようだ。本気でこいつの頭の作りが知りたい。

 だが、ここまでくると、売り言葉に買い言葉だった。もはや話が通用しない相手だと判断し、私は空笑いを繰り返しながら「じゃあ辞めます」と即答してやった。

 すると返ってきたのは、実に巫山戯ふざけた物言いだった。


「なに笑ってんだよ! 辞めるって言ったからには、ちゃんと今から一ヶ月は勤めろよな! そういう決まりになってんだよ! わかったな!」


 辞めちまえだとか、今すぐは辞めるなだとか。

 こいつは、自分が不利になってもなお嘘をつき続ける韓国人かよ。

 まあ、名前もそれっぽい――(以下略)


   * * *


 いわれのない罪で怒鳴られた私は、怒りも治まらぬままその日の昼食を取っていると、おはぐろTypeAが姿を見せた。

 なにかと思えば、

「さっきは言いすぎた。悪かったな」

 実に軽薄な謝罪だった。

「良いですよ気にしなくて」

 おはぐろTypeAの言葉に、私はふたたび

 そう。良いのである。

 だってこの関係は虫歯のように簡単には治せないのだから。

 もう、なのだのだから。



                                   了

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