16人目 女数学教諭       ★★★☆☆

 漱石そうせきの坊つちゃん、藤村とうそんの破戒、花袋かたいの田舎教師。

 教諭とは、近代文学で割と題材にされている職業です。また、現代でこそブラック企業の一角として君臨しつつ、一方で頭のおかしい教諭があとを絶ちません。

 かくいう私も、『教諭』という存在が大嫌いです(一部を除いて)。なにせ我々が思春期の頃も、教諭の無法地帯でしたので。


   ✽ ✽


 誰もが消し去りたい暗部あんぶであり、顔を覆いたくなる恥部ちぶ――それが中学生時代であります。ですが何より隠したいモノとは、イタイ教諭に教育され、そいつらに従っていた事実でしょう。


 数学教諭だった、通称『ヒステリック先生』の話です。

 メガネをかけたベリーショートの女で、普段は落ち着いた言動を匂わせているのですが、ひとたびキレると喚きたてる性格が災いし、生徒からうとましがられていました。なにより女声って通りが良いので、ストレスに直結しますからね。

 ある三年の候。四組の担任が私用で学校を休んでいた日があり、三組の担任だったヒステリック先生が、隣のクラスを掛け持ちで見ていました。

 この日も、教室、廊下、グラウンド、どこも普段と変わらぬ日常が流れ、四時限目が終わると、学校での最たる楽しみ――給食の時間がやってきました。腹減ったね。

 次第に校内にはおかずの匂いが漂い、胃液が体内で騒ぎ立てます。給食の準備は着々と進み、三年四組もご多分に漏れず、『いただきます』ができる状態になっていました。早く食べたいな。


 ここでひとつ補足です。おそらくどこの学校も同じだと思いますが、うちは担任が教室に来てから『いただきます』が行われていました。また、時間が来ても姿を現さない場合は、学級委員が職員室まで担任を呼びにいくシステムでした。

 というか時間内に来られないなら、一言残せよ……。


 この日、ヒステリック先生は自分のクラスではなく四組で食べるというので、まだ職員室で仕事をしていた彼女を、学級委員が呼びに行きました。すると、

『先に行ってて』

 のような、ふんわりしたニュアンスをもらったそうです。

 ですがこの学級委員は、

『先に食べてて』

 と解釈してしまい、クラスに戻ると生徒たちだけで『いただきます』をしてしまったのです。人間ゆえ、意思の疎通が上手くいかない時もあります。トホホ。

 生徒たちだけの給食が始まり、流れ出す校内放送。流行りのJポップが心地良く、生徒たち会話も弾んでゆきます。だのに……。

 数分が経過した頃、ヒステリック先生が四組に現れ、放った一言は――


「なんでアンタたち先に食ってんのよ! くぁwせdrftgyふじこlp――!」


 生徒たちだけで食事を始めていたことへの嚇怒かくど。こわいこわい。

 人語、はたまた数式にも似た、人知を超えた金切り声を吐き出しまくったあと、教室の扉を思いきり閉め、職員室へ引き返してしまいました。生理かな?

 一瞬は、水を打ったようにしんとした教室でしたが、やがてザワザワが戻ってきて、誰かの失笑を皮切りに、

「なんだあれ?」「またキレてんじゃん!」「良いから食おうぜwww」

 生徒たちは、ふたたび箸と口を動かし始めました。大事な食育の時間をほっぽり出して、わざわざヒステリック先生を追う理由なんてありません。真っ当な判断だね。


 ほどなく『ごちそうさま』を終えたあと、生徒たちは、自分たちの給食を片づけながら、ヒステリック先生の給食を持て余し――破棄を躊躇った委員長が、職員室まで給食を持っていってあげたそうです。あら律儀。

 まあ、ヒステリック先生がそれに箸をつけたかどうかまでは知りません。給食費払わされてるんだから、食ったのかな? 意地で食わなかったのかな?

 ちなみに午後のヒステリック先生の機嫌は、言わずもがな最悪だったそうで――


   ✽ ✽


 翌朝。四組の担任が出勤し、朝礼の際、

「お前ら。ヒステリック先生に、なんか言うことがあるだろ?」

 感得かんとくしろという雰囲気を押し出しています。

 ヒステリック先生? あぁ、昨日の給食のアレか――身に覚えるのある生徒たちは黙しました。しゃべったら負けかなと思っている。

「お前ら、先にメシ食っただろ。待ってなきゃダメだぞ」

 けれどこの話で最もキョトンとしていたのは、四組の担任でしょう。一日休んで出勤したら、『自分のクラスの生徒』と『隣のクラスの担任』との間に軋轢あつれきが生まれていたのですから。それもクソくだらない理由で。


「みんなで謝るんだ」という担任の発言のあと、前の扉からご本人ヒステリック登場。

 けれど、誰も自照する者は居ません。誰も発言権を得ません。

 朝っぱらから暗鬱な教室で、担任のアイコンタクトが委員長に向けられます。委員長は眉をしかめながらそれを汲み、生徒全員を起立させたあと、

「せんせー、すいませんでしたー」

 という、三十人の棒読み大合唱の指揮をしました。

「私も大人気なかったわ。でも、ちゃんとあういう場面は待たなきゃダメよ」

 引くには引けないヒステリック先生の持論が拡散し――

 これ以上、面倒事を生産しないようにする中学三年生の譲歩が生まれ――


 Q.ここは しょうがっこうていがくねんの きょうしつですか?

 A.いいえ どうぶつえんです


                                   了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます