9人目 Mくんの帰還      ★★★★★

 私には、幼稚園から高校まで同じ学び舎だった、Mくんという友人が居ます。

 彼は昔、と悶着を起こし、あらゆる知人を巻きこみました。

 そんなサイコな女性に関わる話です。



   1 出会い


 当時二十一歳のMくんは、アルバイト先でその女と知り合いました。歳は七つも上でしたが、休憩時間を通じてふたりは会話するようになってゆきました。

 ある時、女が家庭の事情で悩んでいるのを知り、

『気晴らしに、遊園地でも行きません?』

 彼は冗談交じりにデートに誘うと、女は意外にも気乗りしたのです。もっとも他意はありませんでした。女には旦那と子供が居るのですから。

 けれど時が移るにつれてふたりの距離は縮まり、女は家庭から逃げたかったのか、あるいは止まり木だったのか、Mくんの家に入り浸るようになってゆきました。



   2 本質


 ふたりの密会が続いて数年――

「私、今日は飲み会に行くから」

「了解」

「は? なんで止めないの? 私、飲み会の流れでほかの男とセックスしちゃうかもしれないじゃない! それにMだって飲み会でほかの女と会う気でしょ!」

 女のが、徐々にあらわになっていったのです。

「仕事の飲み会くらい行くだろ。じゃあなにか、女の子の連絡先を消せってか?」

「そうよ! ほかの女と連絡を取るなんておかしい!」

「ほら、お望みどおり消してやったぞ。これで満足か?」

「男友達からも、ほかの女と知り合えるじゃない! 連絡先、全部消して!」

「いい加減にしろ! だったら携帯なんて要らねえよ!」

 口論の際、頭に血が上ったMくんは携帯電話を破壊し、知人全員の連絡先を失いました。端末を破壊した心の裏には、

『メンタルに爆弾を抱えている女ゆえ、知人には会わせられない』

 という配慮があったとか、なかったとか。



   3 虚偽きょぎ


 女の奇行はNowでing形でした(作者は英語レベル1)。

 Mくんの仕事が長引いた際、いつもより遅く帰宅すると、作った料理がぶちまけられ、割れた食器が散乱し、女はどこかに逃亡していたり――

 趣味に干渉し、彼の本やゲームを無断で捨てていたり――

 旦那と別れると言いつつ、いつまで経っても離婚しなかったり――

 そんな中、ついに女は「デキちゃった」という告白をしたのです。Mくん本人も、【不安材料腰にぶら下げた僕の心にかみついた】(※1)というフレーズに身に覚えがあったので、ケジメという心を固めました。

「わかった。一緒にその病院へ行こう」

「いや、それはできない」

「なんで? じゃあ病院教えろよ」

「〇〇病院」

 ですが覚悟の半面、Mくんは女の言葉や態度に疑念を覚えました。後日、教えられた病院へ向かうと、そこはなんと――ただの内科だったのです。



   4 離婚届


「――ちょっとMくん! 普通は内科なんて行かないわよ!」

「その女、大丈夫なの?」

 事の次第をアルバイト先のおばちゃんたちに話すと、一様に心配されてしまい不安と不満が増すばかり。それもそのはず、女は産婦人科なんて行っていなかったのですから。要するに妊娠は嘘だったのです。また、一向に離婚届を出さない女に、痺れを切らしたMくんは、「離婚できないなら俺の家には住まわせない」というカードを切りました。一方、女は「離婚届は出した」の一点張り。 

「なら証拠を見せてくれ」

「やっぱり実家の役所で出すわ」

 噛み合わない意見にうんざりしていたMくんは、別の日――女の携帯電話を盗み見しました。そこで現旦那とのメールを読むうち、やはり離婚届は出していないという事実を知ったのです。

「――こんな関係はお互い良くない。離婚できないなら、俺たちは終わりだ」

 Mくんは限界を覚え、そこで別れを切り出しました。

「ひどい! ひどすぎるわ!」

 けれど女の心は、どこまでも彼にあったようです。あるいは彼の『金』か――



   5 離別


 別れ話の翌日。

 女は、Mくんが働いている飲食店に突撃してきて、店内でわあわあと騒ぎ立て、彼の仕事が終わるまで店に鎮座したのです。もはや営業妨害。

 終業後、彼は裏口から逃げるように岐路につきました。が、家には帰りたくない。ふと頭を過ったのは父親でした。最も迷惑をかけてしまった人物――だからこそ実家に帰って、改めて話をしようと思ったのです。

 Mくんが最寄駅へ自転車を走らていると、見覚えのあるヘッドライトが近づいてきました。あの車は――? 考える暇もなく、車体は走行中の自転車へ、側面から衝突してきたのです。


『ハンマーGク〇ッシュ!』


 当然、運転手はあの女。彼が持っていた別の端末に追跡機能がついており、それを頼りに自転車ごとスクラップしようとしたのです。

 怖すぎて笑えません。



   6 帰還


「止まってM! 話を聞いて!」

「話すことはない!」

 サイコ女VSなぜか生きているMくん、無制限一本勝負――そんな、やんごとない雰囲気を察した近隣住民が警察に連絡し、ほどなくパトカーが二台やってきて、ふたりは別々に事情を聞かれました。

 女は被害者面し、『あいつが悪い』の繰り返し。一方、Mくんは警察に、

「男女のもつれに我々は介入しないからねー。あとは自分らでなんとかしてねー」

 と丸投げされる始末。いやこれ、殺人未遂では?

 まあ、彼も被害届は出さなかったようですがね。


 この件が原因で、ふたりの関係はついに終幕。

 私は二十代半ばくらいでMくんと再会し、事の顛末てんまつを聞きました。

 この話の内容には、どこかしらがかかっているでしょう。友人ゆえに擁護はしたくなりますが……私は、彼が完全に被害者だとは思っていません。

 もはや、生きて帰ってきてくれただけで充分です。


   ◇


 平和になった現在。彼とは、酒を片手にお城の話題で盛り上がっています。

 ちなみにMくんが推すのは、愛知県の犬山いぬやま城。私が推すのは福井県の丸岡まるおか城。

 どちらも甲乙つけがたい、『最古』と言われている(いた)現存天守です。

 良かった、元カノが『サイコ』なだけに上手くつながりました。


                                   了


(※1)

 日本のロックユニット、B'zが1993年にリリースした12枚目のシングル、

『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』より、

 歌詞を抜粋。

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