5人目 最期の電話       ★★★★★

 今回は、紆余曲折うよきょくせつの結果、起こってしまった事件の顛末てんまつをしたためてゆきます。

 話の主人公は私の叔母おばさん。長い間、統合失調症とうごうしっちょうしょうわずらっておりました。


   ◇


 若い頃、叔母さんは神奈川にひとりで住んでいました。

 昭和五十年代後期になると、私の母は子供が生まれるため、私の祖母そぼの面倒を見てゆくことを条件に、夫婦で実家への永住を決めました。

 代わりに、妹であり、独り身でもある叔母さんは、実家には戻らないことを約束し、餞別として当時の五十万円をもらって家をあとにしたのです。

 ですが数年後。叔母さんは五十万円を使い果たし、精神安定剤が手放せない状態で実家に戻ってきました。神奈川あちらでなにがあり、なにがトリガーで、性格が崩壊してしまったのか? それは定かではありません。

 ひとつわかるのは、好いていた人にフラれたことのみ。


 実家に転がりこんだあと、叔母さんは働きもせず、元カレの実家に電話をしまくったり、来るはずのない連絡を一日中電話の前で待ち続けていたりと、すべての行動が常軌じょうきいっしていたそうです。

 また借金もしていたようで、取り立ての電話が頻繁ひんぱんにかかってきて、実家に迷惑をかけていたとか。


『あの奇行はさすがにヤバイ』

 これが、実家の判断でした。

 叔母さんはすぐに病院へ連れていかれ、そこで統合失調症と診断されました。


 私が生まれたあとは、狭い実家に六人暮らし。ですが、さすがに人が多いということで、穀潰ごくつぶし扱いを受けた叔母さんは、半ば強制的に家を追い出されました。

 先述したとおり、まともに働ける状態ではないので、生活保護で暮らしてゆくことになったようですがね。


   ◇


 叔母さんが越した借家は、常磐線じょうばんせん沿いにあるあばら家で、列車が通るとグラグラする、平屋が二軒隣り合った佇まいでした。

(ちなみにですが、隣の家には超貧乏子沢山一家が住んでいました)。


 私が思春期になる頃には、叔母さんは鬱屈うっくつした日々を送っており、睡眠薬が手放せなくなっていました。また、妙な新興宗教(詳しくは知りませんが)にも入信しており、心のよりどころが欲しかったのが安易に想像できます。

 それでも私が小さい頃は、しょっちゅう遊んでもらっていたので、

『気の良い普通のオバサン』

 としか思っていませんでした。


 働けなくなってからの叔母さんは、私の祖母――つまり実母に依存いそんしきっていました。それを顕著けんちょにあらわしていたのは、一日一回以上の電話です。

 実家に祖母が在宅している時は良いのですが、不在の際は祖母の声を聞くまでコールし続ける、若干ホラー状態でしたから……。

 あんまりうるさいと、電話線を抜くという強硬手段を取ることもありました。


 時が流れて数年後。いつものように祖母の部屋の電話が鳴り響きました。

 電話に出た私の母いわく、

『睡眠薬を大量に飲んでしまった。助けてくれ』

 という内容だったようです。

 その時は速やかに救急へ連絡し、病院へ搬送され、胃の洗浄を行い、叔母さんは一命をとりとめました。が、退院してからも祖母へのコールは収まりませんでした。

 下手に自殺未遂をされても敵わない――そうして叔母さんの電話は、極力取るようになったのです。


   ◇


 騒動から数ヶ月が経った秋の日。

 祖母が用事で家におらず、私の母も手が離せない時に電話がかかってきてしまい、誰も叔母さんに対応できない日がありました。

 ――翌日。

 毎日鳴り響いていた電話がぴたりとやみ、実家はいやに平穏になりました。

「今日は珍しく電話ないね。静かで良いね」

 なんて安堵混じりに家族で話していたのですが……。

 叔母さんからのコールがなくなった二日目の暮合くれあい

 実家を訪ねてきたのは、先述した新興宗教の関係者だったのです。


『〇〇さん(叔母)と連絡が取れないのだけれど、なにか知りませんか?』


 その言葉を聞いて、全身に鳥肌が立ちました。

 私はすぐ叔母宅へ電話したのですが、何回――何十回――コール音が聞こえ続けるだけの時間に耐えられず、ついに受話器を置いてしまいました。

 非常用に叔母宅の合鍵は実家に保管してあったので、私はそれを持って、仕事から帰宅した父とともに叔母宅へ向かったのです。


 叔母宅は電気がついておらず、チャイムを鳴らしても反応がありませんでした。就寝するような時間ではありません。動悸が治まらないまま玄関を開錠し、室内へ。

 暗闇の中、居間の中央には、敷きっぱなしの布団と、人がくるまっている形状が、ぼんやりと目に入りました。


 私のことを気遣ったであろう父が、先に家の中へ入り明かりをつけ、布団をめくると、肌色とは程遠い、紫色に変色した叔母がそうです。

 布団の半分は血に染まり、鼻をつく室内の異臭は、窓を開けた際、外へと逃げてゆきました。

 ――そこから先は、警察の仕事です。


   ◇


 死因は睡眠薬の過剰摂取。死後一日は経過しているとのことでした。

 あの電話は、助けを求めてかけてきたものなのか?

 あるいは、止めてほしくてかけてきたものなのか?


 どちらにせよ、遅かれ早かれあの人は……。


                                   了  

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