第20話 男爵と王子
開いた扉の前に立っていたのは、ジークフリード・ザイザール。この国の第三王子だった。その美しさは眩しい限りで、ワグナーに抱えられた状態でも、ため息がでて見惚れてしまうくらいだ。
ミモザとカシスが慌てて伏礼し、ワグナー男爵は渋い顔でジークを見ていた。
「ダン、ディタを離して」
ダン? ダンって誰?
ワグナーは肩をすくめると、私をそっと床に下ろした。
「可愛いディタ、無事かい? 」
「ジーク……王子」
「ジークと呼んでよ。ダンがこの館を訪れていると聞いて、まさかと思って来てみて良かった」
ジークは部屋に入ってくると、真っ直ぐ私の前まで歩いてきて膝をついた。私の手をとり、手の甲にキスをする。
「まさかって何だ? それに、そいつは俺の今晩の相手だ」
「さすがダンだね。ディタの魅力に気がつくなんて。でもダメだよ。僕が先約で、最初で最後の相手になるんだから」
立ち上がると、ジークは私の肩に手を置き、ねぇと顔を覗き込んだ。
「最初も最後もいりません! 私は誰の相手もしないんだから。第一、ワグナーさん! 私の言動が失礼に当たるってミモザは色々申し出をしたようだけど、あなたは私のことで不愉快な思いはしていないでしょう。そんな狭小な人間には見えないわ」
「確かに、俺の懐は深いぞ」
「じゃあ、ミモザの申し出は必要ないじゃない」
「でも、くれるというものは貰う主義なんだ」
「私をあなたにあげるなんて、ミモザは一言も言ってないし、カシスのことはあなたが自分から断ったわ。だから、あなたが今晩手に入れられるのは、この館での今日の代金が無料ということだけよ」
「ふむ……。まあ、そうかもしれないが」
「あなたは、私を不敬罪で告訴でもするつもり? それなら、王子の前で起立しているあなたもよっぽど不敬じゃないの」
自分のことはおいておいて(この場で立っているのはジークはむろん、私とワグナーだけだったから)、ワグナーを責め立てた。この時は二人の関係性を知らなかったからなんだけど。
「ジークに伏礼しろと? 」
「しないの? 」
ジークは吹き出すように笑いだした。
「ダン、ディタはね、僕のことすら知らなかったくらいだから、堪忍してやってよ。それにもしディタが不敬罪に問われることがあっても、僕がすぐに恩赦を出すけどね」
「おまえが興味を持った娘と聞いて見てみたかったんだが……、なかなか面白い娘だ。俺も断然興味を持った! ジーク、俺に譲れ」
「ダメだよ。ダンでもそれは無理」
なんか、男爵と王子という関係の割には、凄く親密な雰囲気が流れてるんですけど……?
確か男爵って、爵位の中ではかなり下だったんじゃ?
私が胡散臭そうに二人を見ていると、ジークがクスクス笑いながらワグナーの肩に手をかけた。
「ダンはね、僕の叔父さんなんだ。国王の末の弟だね」
「えぇ?! なんで国王の弟が男爵なのよ」
「それは色々あってね……」
後で聞いた話し、ワグナーが男爵に爵位を落とされたのには諸説あり、一番有力なのは女好きが過ぎて王宮の女性全員に手を出したからとか、国王の愛妾と恋仲になったとか、女性に絶大な支持を持つワグナーを王が疎んでとか……、まあ女性関係の噂ばかりだった。
真実はわからないが、ワグナーは王位継承権から解放され、好き勝手生きている……というのは、確かな真実のようだ。
「それに、今は僕の師なんだ」
「えっ?! 」
何を教わってるのよ?!
思わず顔がひきつり半歩下がる。
「何を想像している? おまえは本当に十一のガキなのか? 喋る内容といい、貧民のガキだとは思えないんだが」
ワグナーの鋭い眼孔を、私はあえて真っ向から見返した。目をそらしたりしたら食われてしまいそうだったから。そして気がついた。容姿は全く違う二人だが、その目の色が同じであることに。
この世界の人間なら、この瞳の色を見ると反射的に畏敬で震え上がるようだが、私には効果がなかった。
「見た通りですよ。ただの黒髪の子供です」
「十一? この間聞いた時は十歳じゃなかった? 」
この間って、半年たってるんですけど。王族の時間は平民とは違うように流れるんだろうか?
ジークは、私の年齢がいつの間にか一つ上がっていたことにショックを受けたようだ。
「この間、誕生日きましたから」
「誕生日? 教えてくれなかったじゃないか。いつなの? 」
「十一月ですよ」
「何日? 」
何日だっけ?
ど忘れして答えられずにいると、答えたくないととらえたのか、ジークはキョロキョロと見回し、カシスに目を向けた。
「君、ディタのお姉さんでしょ?顔が似てる。ねぇ、ディタの誕生日を教えて」
「……! 」
いきなりジークに声をかけられたカシスは、顔を上げて見ていたのを咎められたのかと勘違いし、慌てて床にこすりつけるように顔を伏せた。
「やだなぁ。二人とも立ってよ。ここは正式な場じゃないんだから。僕が勝手に押し入ってしまったんだし、伏礼をとる必要なんかないよ。で、ディタの誕生日は?」
ジークに手を差し出され、カシスは伏礼のまま後ろに飛び退った。その素早さと奇妙な動きに、ワグナーが笑いだす。
「アハハ、なるほどこの娘の姉だけあるな。その体勢で、よくそれだけ機敏に動けるな」
笑われて、カシスはさらに縮こまったように小さくなる。
そんなカシスに歩み寄ったワグナーは、力業でカシスを持ち上げ立たせた。
「王族が立てと言ったら立つもんだ。それも礼儀だ。あと、聞かれたことにはすぐ答えろ」
「はい!! 十一月二十三日です!」
今度は直立不動で天井を凝視して叫んだ。
「ほら、これが平民の態度だ」
ワグナーが私の方を見て言い、私はそれがどうしたと無視しながらカシスの元に小走りで行く。そしてわざとらしく、ワグナーが触れた場所を埃を叩くようにはらった。
「女性の身体に許しもなく触るもんじゃないわ。それも礼儀よ」
「俺が触ると皆喜ぶがな」
「残念ながら、私達は例外みたいね。ね、カシス? 」
カシスは会話を振られてうなづくこともできず、ただ顔を赤くして(多分、息止めてる? )いた。
「ちょっとカシス! 息、息して!! 」
「プハーッ!! 」
カシスは息を思いきり吸い込んだ。
「だって、同じ空気を吸うのもまずいのかと思ったからさ」
「空気は平等にあるのよ。こんなロリコン王族達と同じ空気を吸いたくないっていうのはわかるけど」
大概に失礼な口を聞いているという自覚はあったが、私は二人に怒っていた。
自分の思うままに女性を扱う俺様なワグナーと、私のことを半年も放置して今さらやってきたジークにだ。
「ロリコンって何だ? 」
「ロリータコンプレックス。小さな子供が好きな変態のことよ」
「小さな子供? 誰のことだい?」
ジークに手をとられて顔を覗き込まれると、ついつい顔が弛みそうになる。
「私よ! 十一は子供でしょ」
「僕の前にはレディしかいないけど」
「おまえは見た目は小さいが、十一なら許容範囲内だ。生理がきてればいっちょまえの女だろ」
「……まだよ」
「 ? 」
「初潮はまだきてないの! 」
私は赤くなって唇を噛む。
この世界にきてから、毎月くる月のものを見ていない。ということは、まだこの身体は正真正銘の子供だということだろう。
「マジか?! おまえ、栄養足りてないんじゃないか? 」
「ダン、それは栄養の問題なの?なら、至急滋養のあるものを……」
「個人差よ! しっかり食べてますから」
ここにくる前は知らないが、ミモザの館に来てからは三度三度食事はとれていた。
「まあ……、そういう女もいるのかもな。俺の母親は、十二で俺を産んだがな」
ワグナーの父親鬼畜過ぎ!
って、前国王か……。
「ディタ、お誕生日おめでとう。僕は、君がまだ(初潮がきてなく)でも、いつまでも待つからね」
爽やかな笑顔で、何を言ってくれてるんでしょう?
待つって、何をですか?
待たれても良いことなんか、一つもないですから!!
「どうも……。あんな面倒なのは、ずっとこなくていいです」
「マジなガキだったとはな……。まあいい。女になったら相手してやる。ミモザ、さっきの話しは無しにはならんぞ。今日はこの館を貸し切りだ。端から抱いてやる」
ワグナーは私の頭をグシャグシャと撫でると、高らかに笑いながら部屋を出ていき、ミモザは慌ててその後を追いかけていった。
鬼畜の子は鬼畜……。
ワグナーは言葉の通り、片っ端から娼婦達の部屋を訪れ、矯声を響き渡らせていった。
「ディタ、君の作った石鹸を見たいな」
とりあえず、ワグナーの魔の手から逃れたことにホッとしたジークは、ディタの手を握って言った。二人っきりになりたいとの意思表示だった。
「わかったわ。カシス、部屋に戻って、しっかり施錠するのよ。私の声がしない限り開けてはダメ」
「わ……わかった! 」
カシスは礼をするのも忘れて部屋から飛び出していく。
「可愛らしいお姉さんだね」
「手出さないでね。カシスには普通に幸せになってもらうんだから」
「僕には君しか見えないよ」
この嘘つき!
今日の今日まで放置した癖に!!
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