第70話 釣り対決で。

「えー、ではらちが明かないので、釣り対決をします。釣り方は自由、制限時間は60分、対象魚はシロギスのみとします!」

湯川姉の仕切りのもと、奈緒ちゃんと天ヶ瀬さんの釣り対決が行われる事になった。


「大きさや重さは関係ありません。何匹シロギスを釣ったかで勝敗を決めます。見事、勝利した方には今日は彊兵君と過ごす権利をゲット出来ます!」

記憶喪失と言う名の優柔不断な俺が招いたデスゲームが始まる!


「彊兵君のアドバイスは不可とします!では、はじめ!」

湯川姉の号令と共に奈緒ちゃんと天ヶ瀬さんが砂浜から海に向かい、キャストする。

投げ方からして、奈緒ちゃんは釣り経験者だな……。 天ヶ瀬さんはまだ教えたばかりだから殆どがすぐ先に仕掛けが落ちている。


釣り竿も、仕掛けも同じ物だ。どれだけ、シロギスのいる場所を見つけ、沢山食わせるか。これしかない。

奈緒ちゃんは、さすが経験者といったところか。 手際よくキャストし、回収。餌の状態を見て、付け替えている。 

誘い方もシロギスの釣り方、ズル引きを駆使している。


ーーー解説しよう。 

ズル引きとは、竿を横に寝かせ、竿を後方へ引く。すると仕掛けの先に付けられた錘がズルズル引かれるので、ズル引き。

これによって起こる砂煙と音、動き、ニオイでシロギスが寄ってくるのだ。


「キタキター!!」

先に掛けたのは奈緒ちゃんだった。 しかも追い食いさせるつもりだ!

ズルズル……ピタッ……ズルズル……ピタッ。

繰り返し誘いを入れている。

「やったー!釣れました!」

5連針に付いていたのは4匹。出だしからこの釣果は、天ヶ瀬さんには痛いな………。


天ヶ瀬さんもタダでは済ませない!

2匹を掛ける。 虫に対する耐性も付いてきたみたいだな………。

ただ、やはり経験者の奈緒ちゃんの様に素早く餌を付け替えたり出来ず、次への動作が劣る。


ーーー30分経過。


奈緒ちゃんが12匹の釣果に対し、天ヶ瀬さんは7匹。

あと30分。潮の状況的にもあと20分がラストチャンスだな。恐らく最後の10分は釣れないだろう……。


ーーー50分経過。

この時点で、結果は明らかなものになっていた。

奈緒ちゃんが25匹。天ヶ瀬さんは13匹。

経験値の差が如実にょじつに現れた結果だった。

それでもあと10分、決して諦める事をせずにキャストを続けた天ヶ瀬さんはその努力の結果、18匹を釣り上げた。


「勝者は奈緒ちゃんです!」

湯川姉のジャッジの通り、完全に水をあけられた結果となった。


「先輩、申し訳ありません……。負けてしまいました。」

「いや、釣り初心者があそこまで釣り上げたんだ!俺は天ヶ瀬さんは頑張ったと思うよ。」

俺は天ヶ瀬さんは本当に頑張ったと思う。苦手な虫にも触り、まだ慣れない竿や仕掛けを使い、あそこまで釣り上げたんだ。


「彊兵先輩、勝ちました!」

誇らしげに両手を腰に当て、奈緒ちゃんが声を掛けてくる。

何だろう…………この複雑な感情は………。

「……おめでとう、奈緒ちゃん。」

「じゃあ、残りの時間は彊兵先輩と一緒ですね!」

そっか。勝ったらそうなるんだっけ……。

おかしいな、少し前だったら奈緒ちゃんと一緒ってなっただけで凄く嬉しかったのに…………何なんだ、このモヤモヤした感じは……。


天ヶ瀬さんは湯川姉とそのまま釣り道具を回収し、車へと向かって行った。

その後ろ姿が切なくて、見ているだけでも辛くて………。


ーーー俺は走っていた。


そして、気が付いたら天ヶ瀬さんを後ろから抱きしめていた。

「せ、せせ先輩??!!」

「彊兵君……………。」

「分からない………何か気が付いたら走り出していた。天ヶ瀬さんの後ろ姿が切なくて、恋しくて………。いつの間にか、こうしてた………。」


「彊兵……先輩………何で………。」

呆然と立ち尽くす奈緒には、次第に天ヶ瀬に対する恨みが積み重なっていった。

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