第4話 天ヶ瀬の暴走を阻止せよ! その1

ーー放課後。

俺と天ヶ瀬は一緒にいた。 


「先輩、一緒に帰りませんか?」

「あ、あぁ、いいよ。」

俺には断る理由がなかった。

それに、天ヶ瀬に聞きたいことが山程あるしな。


「天ヶ瀬、今日は何で田原にあんな事を?」

帰り道、天ヶ瀬と並んで歩きながら、俺は聞いた。

あんな事と言うのは勿論、盛大な蹴りと保健室でのあの言葉だ。


「先輩は覚えてらっしゃらないかも知れませんが、私は貴方に助けられたのです。」

そう言うと俺の方を向き、こう続けた。


「二年前に。」


二年前…………。


あぁ、俺が高校入りたての頃かな、近くにある中学校の女の子を助けたことがあったな。 


複数人の男に路地裏に連れて行かれている所を見て、咄嗟に助けに行ったんだっけ。


その後、どうなったかよく憶えてないんだよな……。


「じ、じゃあ、あの時の女の子が!?」 

「はい、私です。あの時は、ありがとうございました!」

俺の問いに、万遍の笑みを浮かべながら彼女はそう答えた。


「実は俺、あの時の事、よく憶えてなくて……。」

頭を掻きながら俺がそう言うと天ヶ瀬は


「やっぱり、そうだったんですね。」

とだけ答えた。


「何か知っているのか?」

まぁ、その現場の当事者だから、知らない筈はないか……。


「先輩が助けに来て下さった直後、不良達に……先輩は倒されてしまいました。」


ーーーあれ〜?


全然格好良くないぞ……。


「でも、その前に警察に電話をして下さいましたよね。そして……。」

続けて

「不良のリーダー格の男の脚をずっとしがみついて離さなかった。 どんなに殴られても踏みつけられても……。」


そんな事してたのか、俺は。 我ながら恥ずかしい……。


「その男は到着した警察に捕まって連れて行かれましたが、貴方はそのまま病院へ。 結局、名前も何も聞けず終わってしまいましたが……。」 

そんな事が……断片的にしか憶えてないな……。


だが、彼女が嘘を付いている様にも見えないし、嘘をつく理由がそもそも無いな。


「でも、助けてもらった時に着ていた制服を見て、私もそこに入学すれば、あなたを見つけられるかも、と思ったんです。」

まさか、そんな理由で進学校を決めてしまうとは……。


でも、彼女の眼差しは真っ直ぐ俺に向けられていた。そこには嘘偽りは無い様に見えた。


「それから私は、貴方を護るべく武術を習い始めました。元々空手はやっていたので、他にもキックボクシングや、ジークンドー、ブラジリアン柔術、コンバットサンボ……それから……。」

あれ?話が段々とおかしな方へ向かってきたぞ……?


「ちょ、ちょちょっと待って!整理させてくれない?」

俺は武術を並べる彼女を両手で制した。


「つまり、天ヶ瀬は二年前に不良達に襲われそうになってるところを俺が助けに入って、で、天ヶ瀬は俺を護る為に武術を習い始めたと。」


「はい、その通りです。」


「でも、待って!俺がやられたのは分かるけど、でも天ヶ瀬が俺を護る理由にはならないでしょ?」

サッパリ分からない。何がしたいんだ、この子は。何が目的なんだ、一体。


「そんなの、決まってるじゃないですか!」

凄まじい剣幕で怒り始める天ヶ瀬。


さっきの田原の時の殺気オーラは感じられなかったが、別の何とも言えないオーラを纏いながら続けた。


「貴方を護りたいのは、あ、あな、貴方を、貴方にひ、一目惚れしてしまったからに決まってるじゃないですかぁ!!!」


……………………え?


聞き間違いじゃないよね……。


彼女が、お、俺に一目惚れ………。

学園一のアイドルとも称される彼女が……。

成績優秀、容姿端麗、学園一の美女の彼女が……一目惚れ…。


「あ、ありがとうございます……。」


顔を真っ赤にしながら俯く彼女に俺は何とも簡単な返答をするものだと呆れてしまった。


「あ、あの!」

「あ、あの!」


二人同時にお互いに声を掛けた。

ラブストーリーとかの定番でよくあるやつだ! 


「あ、先輩からどうぞ!」

促されるままに、


「俺の事を護ってくれるのは有り難いんだけど、やっぱり危ないと思うんだよ……。」 


キョトンとする天ヶ瀬。


「危ないって……私がですか?」


そう!天ヶ瀬があまりにも強過ぎて、しかもトドメまで刺そうだなんて言い出す始末。


このままだと、本当に死者が出てしまう!


「ご心配頂きありがとうございます!ですが、大丈夫です!今の私には殆ど敵などいませんから!」


そうそう、天ヶ瀬が相手ならどんなクズ野郎共が相手でもボコボコに…………ん?


違う違う!そうじゃない!天ヶ瀬の心配じゃなくて、寧ろ相手を心配してしまうわ!


「え……とね、言い難いんだけど、天ヶ瀬は強過ぎるし、本当にトドメを刺して相手を殺しちゃうかもしれないんだ!」


「…………。」

天ヶ瀬は黙って俺の話を聞いている。


「だから、約束してほしい。トドメを刺して殺すとか言わないと。」

俺は真剣に天ヶ瀬を見つめてそう言った。


「嫌です。」

はっやーーーーーーい!!

お断りの言葉が早過ぎる!!


「私はこれからも貴方を護り続けるし、相手が先輩に危害を加えるというのならば、容赦は致しません。」

キッパリと言い放つ。天ヶ瀬はどうやら本気の様だ。


「どうしよう……。」


俺と彼女、天ヶ瀬の奇妙なお付き合いが幕を開けた。


家に着いて、自分の部屋に入り、いつもの場所にカバンを置いた。


椅子に腰掛け、一息つく。


なし崩しみたいな感じになってしまったが、このまま天ヶ瀬を放っておくのはあまりにも危険すぎる。


「けど、どうすりゃいいのか。」

背もたれに体を預け、物思いにふける。


彼女の危険な所は、トドメを刺す、殺すなどという危険発言だけではない。


今日からとはいえ、彼氏の忠告を一蹴する程の決意、覚悟。


本当にトドメを刺すことも、俺の為であれば厭わない筈。


「……ん?俺の為であれば……?」

そうか、これだ!これしかない!


この方法なら、彼女を止める事が出来るかも知れない!

試して見る価値はある!


俺は明日の天ヶ瀬戦に向けて、早めの就寝を取る事にした。


「ーーー寝れん。」


ー翌日。


「行ってきます!」


台所で家事をする母親に声を掛け、玄関を開けた。


そこにはーーー。


「おはようございます、先輩!」

天ヶ瀬がいた。 


え、なんで俺の家をご存知で?

まさか、これが世に言うストーカーというやつでは? 嫌、怖い。


じゃなくて。


「天ヶ瀬、なんで……ここに?」

俺の問いとほぼ同時に

「先輩と一緒に学校に行く為に決まっています。私達、付き合ってるんですから。」


うん、そうだね。でもチガウヨ?


「いや、俺が聞きたいのはそういう……。」

言い終わるが前に、天ヶ瀬は俺の手を引いて歩き出す。


「今日、私達のクラスに転校生が来るらしいんですよ。」

流石。天ヶ瀬は何でも知ってるな。若干怖いが。


「そうなんだ。誰か聞いてるの?」


「はい。確か、刈谷詩穂かりやしほっていう方でしたね。」

刈谷詩穂……何処かで聞いたことがあったような名前だな。どこだっけ?


「いつも歩いている道も、天ヶ瀬と歩いていると違った景色に見えるから不思議だよな。」


そう言って天ヶ瀬を見ると、天ヶ瀬は俯いていた。


「何で先輩は、そんな歯の浮くような言葉を平気で言えるんですか……。」

俯きながら天ヶ瀬がそう呟く。


あぁ、照れてくれたのか。


「ごめんな、無意識なんだよ。」


「……ずるいです。」

赤くなりながら俯く天ヶ瀬はやはり普通の女子高校生なんだ。あれさえなければ。


「でも、もう6月になるのに転校生ねぇ。何かあったのか。」 


「分かりませんが、暖かく迎え入れないと、クラスの中で浮いてしまいます。」

確かに、時期が少しズレちまってるからなぁ。


とかなんとか話しているうちに学校に着いてしまった。 話し相手がいるとこうも早いもんなのか。


「じゃあ、また後でな!」

「はい!」

俺達はそれぞれ、上履きに履き替え、教室へ向かった。


「おい、田崎!」

後ろから突然声をかけられ飛び退く俺。


そこには昨日、天ヶ瀬から強烈なハイキックを食らった田原がいた。


「そんなにビビる事かよ。」

相変わらずの目つきで俺を見てくるた田原。


体格はデカく、筋肉も凄い。厳つい顔つきで、喧嘩もめっぽう強い為、皆から恐れられている。


身長も180センチとデカイため、威圧感が半端ない。


「な、何だよ、何か用か?」

俺は後退りしながらそう言うと


「昨日の事、今までの事、全部!済まなかった!」

田原が頭を下げて、何と謝罪してきたのだ。


え、何いきなり、怖い。


「どうしたんだよ、田原。いきなり。」

俺が声をかけると田原が震えながらこう言った。


「実はあの日の夜、天ヶ瀬から呼ばれて、田崎に謝罪しろって言われて、断ったらボコボコにされて……。」

どおりで体中にアザが出来てる訳だ。


いくらなんでもこりゃ、やり過ぎだ。


「田原自体の意思はどうなんだよ。」

俺の思いがけぬ意見に田原は一瞬ポカンとしたが


「天ヶ瀬にやられて気付いた。自分も同じ事を田崎にしていたんだって……。」


そうか……。


まぁ、俺はこいつから長い間、殴られ、蹴られ、虫を喰わされ、便器に顔を突っ込まされて、散々イジメられてきた。


だから、痛い程コイツの気持ちが……………わかるわけねぇだろぉ!


足りないわ、アホ!ちょい蹴られただけじゃねーか!

とは言えないのが、いじめられっ子。


「大変だったな。で、天ヶ瀬は何か他にも言ってたか?」

ズタボロ田原に問いかける。


「うーん、後は…………この事チクッたら殺すって……。」

訪れる沈黙。 何もかもが手遅れだった。


………………………田原、お前、馬鹿なの?


俺はふと廊下の角に目をやると、凄まじい眼光の天ヶ瀬が覗いていた。


が、俺と目が合うや否や、ササッと隠れてしまった。


「田原、今日はダッシュで帰れ。」

俺はそれだけ言い残し、教室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る