第107話 晩餐会
勇者リディアを歓迎するための晩餐会がレインベルク王城で取り行われている。王城のゲストルームでは豪勢な料理の品々が並べられ多くの貴族も参加している。目的は勇者リディアの歓迎……というよりは勇者を見てみたいという興味と王族主催のため顔を売るという意味合いが大きい。一方のカイ達はいつも通りの服装ではなく。剣闘士大会の前夜祭でアルベインからもらい受けた正装に身を包んでいた。クリエ、ナーブは
兎にも角にも慣れない正装に身を包みながらもカイ達も晩餐会に参加する。とはいえ、周囲は貴族だらけでサイラスの前夜祭のような明るい雰囲気とは違っている。多くの貴族達が遠巻きに勇者であるリディアへ値踏みをするような視線を飛ばしている。好意的でない視線にリディアは気が付いているが特に気にした様子もなくいつも通りに振る舞っている。だが、近くにいるカイの表情は曇っている。理由は責任を感じているからだ。
(……そうか。師匠はわかってたんだ。こういう場に出れば奇異の目に晒されることを……。トラブルに巻き込まれることを……。だから、パレードにも乗り気じゃなくて、アーロさんの要請も頑なに断っていたんだ……。でも、俺が無理に師匠を……)
落ち込んでいるカイの元にルーアが両手に抱えきれない程の食事を持ちながら飛んでくる。
「ほぉい(おい)! ふぁに(なに)してんだ? ふぉんな(こんな)にぷいもん(くいもん)あるのによー!」
「……ルーア。食べるか……喋るか……一つにしてくれ……」
口の中に入りきれない程の食物を詰め込んだルーアが喋りかけてくるが、カイには言っていることが半分も理解できない。いつも通りのルーアにカイは軽く頭を抱える。カイからの指摘に対してルーアは口の中の食物を流し込むと両手に食べ物を抱えた状態で口を開く。
「ふぅー……。だからー。何してんだよ? いっぱい食い物あんだからよー! 食べようぜ!」
「……あぁ。あとでな……」
軽い口調のルーアに対してカイの口調は重い。だが、何を思ったのかルーアは持っている食べ物を無理矢理にカイの口に放り込む。突然のことに驚いたカイは喉を詰まらせかけながらも飲み込む。
「おほっ! ごほっ! ……ルーア! いきなり何すんだよ!」
「けっ! ガラにもなく落ち込んでんじゃねぇーよ! いいか! オメーが何考えてんのかしらねぇーけどな。オメーがそんな顔をしても何も解決しねぇーぞ! それよりも、オメーがそんな顔をしてるとリディアの野郎が余計に心配するぞ……」
「えっ……」
ルーアからの指摘にカイはリディアへと視線を移す。よく見るとリディアは多くの貴族に話しかけられてはいるが、全く相手をせずにある一点を見ていた。ある一点……カイを見ている。
(師匠……)
「けっ! ここまで来たんだ。もう、なるようにしかならねーんだ。だったら楽しめよ! その方がペチャパイも安心すんぜ」
「そっか……。そうだよな! ありがとう……。ルーア。心配してくれたんだな?」
笑顔で感謝を伝えるカイだが、ルーアは顔を赤くしながら空中へと浮かび否定する。
「けっ! だ、誰が心配なんかするかよ! オメーが落ち込んでようが、ペチャパイの野郎がどうなろうが俺様の知ったことじゃないんだよ!」
「はいはい。わかったよ。……本当にお前は……」
「けっ! まぁ、オメーもペチャパイも俺様の部下だ――」
照れ隠しのようにルーアが早口に悪態をついていると。突如として金属製のお盆が恐ろしい速度でルーアを直撃する。金属音が周囲に響くとほぼ同時にルーアは地面へと墜落する。驚いた様子で周囲の人々がルーアを見た後、お盆が飛んできた方を……いや、お盆を飛ばした人物であるリディアを見る。リディアの横には、唐突にお盆を奪われたメイドが驚きのあまり瞬きを繰り返している。困惑しているメイドにリディアが謝罪する。
「すまない。口うるさい羽虫の処理をするのに君の道具を奪ってしまった。弁償するので金額を言ってくれ」
「えっ……? いえ、あ、あのー、あれは支給品ですので……。私の物では……。それに壊れたわけではないですし……」
「そうか。では、弁償が必要な場合は遠慮せずに言ってくれ」
「は、はぁ……、あ、ありがとう……ございます……?」
淡々とした口調で話を進めるリディア。一方で周囲の人間はリディアがとったあまりの行動に委縮する。だが、カイ、パフ、ナーブは見慣れた光景のため疲労した様子で溜息をついている。唯一クリエだけは無邪気に笑っているのでナーブに
(……師匠……。場所を選んで下さいよ……。はぁ……。あっ……。ルーアは大丈夫か?)
心配するカイを余所に顔を真っ赤に紅潮させたルーアが勢いよく飛び上がる。
「ふざけんじゃねぇーーーーー!」
(あっ……。生きてた……)
この後、怒り狂うルーアと受けて立とうとするリディアの説得にカイが苦心することになる。
◇
「くそ! あのペチャパイ!」
「る、ルーアさん。そんなこと言っていると……。また、リディアさんに……」
「うるせー! 今度は返り討ちだぁー!」
怒りの収まらないルーアはパフの説得にも耳を傾けずに怒鳴り散らす。そこへクリエとナーブが加わる。
「まぁまぁ、ルーア君。落ち着いて」
「そ、そうですよ。な、何と言いますか……。ルーアさんの日頃の行いのせいかと――」
「んだとぉー! この野郎!」
「す、すみません……」
「もう! ナーブも馬鹿ね! そんな正直に言ったらルーア君が怒るのは当り前じゃない! ねぇ! ルーア君」
「テメーも同じだろうがぁ!」
「あれ? そう?」
「はははは……。でも、ルーアさん。優しいんですね……」
「あん? 何がだよ?」
首を傾げながら疑問を口にするルーアに対してパフは優しい微笑みを浮かべる。
「……だって。ルーアさん。カイさんとリディアさんのことを心配してあんなことを言ったんですよね? ルーアさんはカイさんとリディアさんを本当に大切に想っているんですね」
「なっ!? べ、別に俺様は……」
「そうよねー! ルーア君てばいいところあるわよ。悪魔にしておくのはもったいないわね。どう? サイラスに帰ったら私の実験で天使にできるか試してみない?」
「お断りだ! ……それに俺様はあいつらのことなんて……」
「わかってますよ。でも、ルーアさんのおかげで……。邪魔な貴族の人達も離れて行きました。今はカイさんとリディアさんのお二人です。少しお話をさせてあげましょう」
「はい!」
「そうね」
「けっ! ……全く。世話のかかる奴らだぜ……」
ルーア、パフ、クリエ、ナーブの四人と少し離れたベランダ付近でカイとリディアは話をしている。
「はぁ……、師匠。ほどほどにして下さいよ。確かにルーアの奴が悪いんですけど、ここは王城ですからあんまり騒がしくしてしまうと兵士の人が――」
「カイ。大丈夫か?」
「えっ……? 何がですか?」
「君は私のことで何か思い悩んでいるのだろう?」
「――ッ!」
心の中を言い当てられてしまい焦るカイ。一方でリディアは冷静にカイへ問いかける。
「安心していい。私は大丈夫だ。あのような扱いには慣れている。私は普通の人とは少し違うからな……」
「……そ、その……、でも、俺が師匠に無理なお願いをしてしまったから……」
俯き加減に申し訳なさそうに語るカイにリディアは平然と答える。
「それは違う」
「ど、どうしてですか? だって、師匠はこうなることがわかってたんでしょう?」
「確かに、このような扱いを受けることはわかっていた。しかし、君やパフのためなら問題ない」
「師匠……」
少しだけ目を閉じたリディアは軽く空を見上げる。日は完全に落ちているため、満天の星が広がる。
「孤独だった私にとって君やパフは大切な家族だ。家族のためならこの程度のこと。なんでもない。……だが、カイ。君が悲しい表情をしているのは……私には辛い。カイ。君には常に笑顔でいて欲しい。……すまない。私は我儘を言っているな……」
初めてできた家族への想い。リディアからカイへの想い。素直な気持ちをぶつけられたカイは自分の軽率な発言を後悔する。しかし、それ以上にリディアからの言葉が嬉しかった。血のつながりもなく生まれも育ちも違う自分達を家族と称してくれるリディアに感謝の念しかない。カイも素直な気持ちをリディアへと伝えようすると。音楽が会場に流れる。音楽に釣られて会場へと目をやると幾人かの男女が手を取り合い踊っている。
「あれって……」
「ダンスだな。こういった催しものでは珍しくないと聞く」
「へぇー……」
(……ダンス。そうだ! 師匠と! ……って、いやいや! 俺は踊りなんてできない……。でも、師匠とダンス……)
頭を振りながら悩むカイにリディアは気がつく。
「うん? 興味があるのか? では、一緒に踊るか?」
「えっ!? い、いいんですか?」
「あぁ、構わない。他の者と踊るのはごめんだが。君となら……カイとならいい」
「ぜ、是非! あっ……。で、でも、俺……踊ったことなんてないから……」
「問題ない。私が教えてやる。さぁ、手を取れ」
「師匠……」
差しだされたリディアの右手に手を伸ばすと第三者から声がかけられる。
「こちらにいらしたのですね。勇者殿」
「えっ?」
「……誰だ?」
濃い青色の長髪、整った顔立ちの若い男性がリディアとカイに笑みを浮かべながら近づいてくる。
「失礼。私はホス・カダーと言います。カダー家の跡継ぎと言えばおわかり頂けるかと――」
「知らん」
堂々と名乗るホスの発言をリディアは一刀両断する。一瞬だけホスの表情は歪むが気を取り直し笑顔に戻る。
「――……そうですか。それは大変に失礼を……。しかし、やはり勇者様は政治というものを理解されていないとみえる」
「政治などに興味はない」
「フッ。そうでしょうね。ですから、陛下に対してもあのような言動をしてしまうのでしょう。全く勇者といえば聞こえはいいですが、これではその辺りにいる蛮族と違いがないのでは?」
リディアとカイの二人と会話しているにも関わらずホスは会場中に聞こえるよう大袈裟に騒ぎ立てる。リディアを馬鹿にする言葉が聞こえ周囲の貴族達も同調するように
「まぁ、腕は立つようですが……。猪剣士と言わざるを得ないのではない――」
「ちょっと! いい加減にして下さい!」
「カイ。構うな」
「いいえ! 師匠! この人の言っていることは間違いだらけです! 師匠がこんなことを言われていいわけないです! 師匠は命を懸けて大勢の命を救ったんです!」
「フッ。それもどこまで本当だか……。
リディアを陥れるような発言に当のリディア本人ではなくカイが猛抗議する。
「師匠を馬鹿にするな!」
「カイ!」
「くっ……。し、師匠……」
「それぐらいでいい。君の気持は嬉しいが……。そんな男でも貴族だ。面倒なことになる。やめておけ」
「……はい」
「フッフフフ。別にいいですよ? 田舎者の勇者のお弟子さんだ。言葉遣いも態度もなっていないのは存じてますからね」
「くっ!」
カイに対しても馬鹿にする言葉を浴びせるホスだが予定外のことが起きる。唐突にホスの襟が乱暴に掴まれる。掴んできたのはリディアだ。
「……貴様。もう一度言ってみろ?」
「し、師匠!?」
「な、何を……。て、手を離さんか! 私を誰だと――」
突然のことに狼狽しながらもホスはリディアへ抗議をする。しかし、リディアはホスの抗議など気にも留めずに襟を掴んでいる手に更なる力を込める。
「ぐえっ! こ、この……」
「私を馬鹿にするのは構わん。好きになように言えばいい。だが、どんな理由があるにせよ。カイを馬鹿にすることは……師である私が許さん!」
掴まれてる手を強引に振りほどこうとするホスだが、尋常ではないリディアの腕力を前に為す術がない。周囲の貴族からもリディアの行動に対して非難が飛ぶ。
「な、何を。無礼者め!」「何てひどいことを……」
「誰か! 兵士を早く!」「あの
慌しくなる状況にもリディアはどこ吹く風というようにいつも通りでいる。兵士がリディアを止めようと手を伸ばすが、近づこうとした兵士は有無を言わさずに蹴り飛ばされる。
「なっ!? き、貴様! 抵抗するか!」
集まった兵士がリディアに対して剣や槍を構え始めると、カイも自身の剣に手を伸ばそうとする。しかし、リディアが空いている手でカイを制止させる。一方で武器を構える兵士達を睨みつける。
「来るなら構わんが……。命の保証はしないぞ? お前達の腕では私を倒すことはできない」
ただ睨みつけられているだけだが、兵士達はリディアの気迫に押されて後ずさりする。そうこうしている間にも襟を掴まれているホスの意識が遠のいていく。意識が途切れ気絶する直前にホスは乱暴に地面へと落下する。リディアが手を離した……わけではなく。ある人物がリディアの手を無理矢理に掴みホスを解放したのだ。
「貴様……」
「それぐらいにして頂きましょうか? 勇者リディア殿。陛下のいる王城で、これ以上の狼藉を黙って見ているわけにはいきませんのでね」
ホスを助けたのは青い鎧に身を包む騎士団長のオーミックだ。信じられないことにオーミックはリディアの尋常でない腕力に対して自身の腕力で対抗していた。
「やるな……。ここまで一瞬で近づいてきた身のこなしも見事だが、私の力に力で対抗するか」
「お褒めに預かり光栄ですが、そろそろ抵抗するのはやめて頂きたいのですが?」
リディアとオーミックは静かに睨み合いをしながら互いを牽制し合っている。一触即発になりかねない場面ということもあり周囲に緊張が走る。だが、助け出されたホスが空気を読めずに喚きだす。
「げほっ! ごほっ! く、くそ! 兵士共! この狼藉者を捕えろ! 抵抗するなら殺してしまえ!」
ホスからの指令に兵士達は困惑しながらも動き出そうとする。しかし、兵士達が動き出す前に凛とした声が周囲に響く。
「おやめなさい!」
『――ッ!』
制止を促す声に兵士達は即座に従う。なぜなら、命令をしたのは自分達は仕えるべき者の血脈に連なる者だからだ。兵士達を止めたのはアメリ・ポン・エル・ベルク。この国の王女だ。
「あ、アメリ様……」
「皆さん。これ以上はおやめ下さい。騎士団長もやめて下さい」
「ご命令であれば……」
アメリからの指示を受けたオーミックはリディアを掴んでいた手を離すとアメリに対して礼の姿勢をとる。一方のリディアはオーミックの動きを視線で追ってはいたが、敵意がないと判断して視線をアメリへと移す。
「申し訳ありません……。リディアさん。私共の家臣がご迷惑をおかけしました。主賓としてお呼びしたにも関わらず……。この不手際は父に代わり深く謝罪いたします」
申し訳ないという表情でアメリはリディアに対して頭を下げる。その行動に周囲がざわつく。当然と言えば当然の反応だ。一国の王女が貴族でもないものに頭を下げる。いや、例え相手が貴族や対等の王族であってもおいそれと頭を下げることは本来できない。特にこのような公の場では多くの目があるために弱腰と揶揄されかねない。
「ひ、姫様……」「何と……」「……全く困った方だ」
周囲から漏れ聞こえる非難めいた言葉をアメリは聞き流してリディアを見つめる。
「お許し頂けますか? リディアさん」
「……あぁ。私の方こそ失礼をした。このような場所でとる態度ではなかった。謝罪しよう」
「うふふ。では、おあいこということで」
「そうだな」
リディアとアメリは互いに笑みを覗かせ、いざこざは水に流されると思っていたが……。
「お待ち下さい! 姫様!」
一人の貴族が二人の話し合いに水を差す。その貴族は先程リディアに襟を掴まれていたホスだ。
「ホス卿。何でしょうか? 私の決定に不服があるのですか?」
「……いえ。姫様のご判断に異を唱えることなど致しません」
全く納得などしていないことを滲ませるような渋い表情と口調でホスは言い切る。
「ですが、このままでは私としても納得ができません!」
「……では、どうすれば納得するのですか?」
「僭越ながら勝負をさせて頂きたい!」
「勝負? 王の前で殺し合いをするというのですか?」
「まさか……。そうですね。一種の余興ですよ。私も剣には覚えがあります……。勇者殿には勝てないでしょうが、どれほどの実力かをこの目で確かめたい! そのためにも模擬戦にて剣を交えることをお許し願いたい!」
「模擬戦……。どうしますか? お父様」
突然の申し出にアメリは困ったような表情で横にいるこの国の王である父親へと確認をする。
「ん!? あ、アメリよ。わ、私に聞いているのか?」
「はい。先程のことは私の独断でも問題はなかったでしょうが……。王であるお父様の御前で戦いをするというのは、お父様に判断をしてもらうしかありません」
「う、うむ。そうだな……。どうするべきか……」
「認めて頂きたい! 陛下! このままでは我がカダー家にとっても由々しき事態! どうか!」
「な、なるほど……。確かにそうかもしれん……。うーむ。ゆ、勇者殿は構わないかな……?」
遠慮がちと言うよりは不安そうにレインベルク王であるフランはリディアへと尋ねる。だが、当のリディアはいつも通りに返答する。
「いいだろう。それで、その男の気が済むのであれば付き合ってやる。だが、手加減はせんぞ?」
射抜くようなリディアの視線を受けてもホスは涼しい顔で受け流す。
「えぇ。構いませんとも……。しかし、勇者殿。私が貴族だからといって油断せぬ方がいいですよ? あなたもご存じのスターリン・デイン殿。私は彼と互角と言われる程の手練れですよ?」
「そうか」
自慢とも脅しともとれるホスの言葉をリディアは全く気にしない。一方のホスも淡々と準備を始めるべく兵士や使用人へと指示をして戦いの舞台が整っていく。
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