第七章 サイラスの殺人鬼 ~血の因縁と残された思い〜

第84話 新しい依頼

 リディアとトリニティによる死闘から早一ヶ月が経とうとしていた。サイラスの街も戦争による影響もなくなり、平穏を取り戻していた。しかし、そんな矢先に事件が起きる。


「ぎゃぁぁーーーーーーーー!」


 時間は深夜。人はまばらになり多くの者が床についている。そんなサイラスのある路地裏で男性の叫び声がこだまする。叫び声の後には、叫んだ男性が血塗れで横たわる。男性は殺されていた。一体、誰に……。


 凄惨な殺人現場から何者かがゆっくりと立ち去る。殺人者は去り際に時に一言だけ呟く。


『……罪を償え……。咎人とがにんめ……』


 小さな呟き。男か女かも定かではない。しかし、確実なことがあるサイラスに殺人を犯した者が存在するということが……。


◇◇◇◇◇◇


 男性が殺害された路地裏には、サイラスの兵士が集結している。多くの人間が密集する現場を指揮するのは新兵士長であるアルベインだ。そんな新兵士長の表情は険しい。


「またか……、これで何件目だ……?」

≪えーっと……。先週から数えて三件目だと思うよ? アルベイン君≫


 突如としてアルベインの頭に響いてくる声にアルベインは苦笑する。アルベインの所有する魔槍モルザ。元々は人間であったモルザの魂が宿った魔槍だ。だが、モルザは魔槍になってしまったことを特に気にすることなくアルベインと共に生活している。


「モルザ……。お前はどう見る?」

≪……多分、犯人は普通の人間じゃないよ……≫

「やはり、そう思うか……」


 アルベインとモルザは確信する男性を殺害した犯人は人間ではない。いや、ただの人間ではないと。殺害された男性に残された傷は異様だった。何か大きなもので裂かれたのか、または特殊な魔法なのか、何にしても一般人による仕業ではないと断言できる。


「困ったものだ……。せっかくサイラスも落ち着きを取り戻し始めたというのに……」


 アルベインがぼやいていると兵士の一人が駆け寄ってくる。


「兵士長! 報告です!」

「うん? あー。兵士長……。俺のことだったな。すまない。まだ、そう呼ばれるのに慣れなくてな」

「いいえ。お気になさらず。それで報告ですが……」

「あぁ、頼む」


 アルベインからの指示を受けた兵士は姿勢を正して報告する。


「はっ! 今回の犯人かはわかりませんが、路地裏の近くをうろついていた人物を見たという目撃者がいます!」

「目撃者? そうか! 話を聞こう」

「はっ! こちらです!」


 アルベインを始めとするサイラス兵士は、現在もサイラスで起こっている殺人事件の調査を行っている。この殺人事件に関わっていくことになることをまだ誰も知らない。


◇◇◇◇◇◇


 夜闇が支配する空に眩い光が差し込み始める。光と共に植物が花を咲かせ、鳥が目覚め鳴き始める。サイラスに朝が訪れる。穏やかな一日が始まる。そう、誰もが思っていた……。


 早朝、家の住人が朝食を終えて動き始めようとしていた時、扉を大きく叩く音に気がついた住人が扉を開ける。すると、扉の先には派手で煌びやかな衣装に身を包んだ若い男性がいる。その男性の後ろにはサイラスではない兵士十数名が待機している。訪問者達の姿を見た家の住人である……リディアはあからさまに不機嫌そうな表情になる。しかし、そんなことはお構いなしに派手な衣装の男性が立派な書状を取り出すと内容を読み上げる。


「今回のサイラス襲撃を見事退けた。勇者リディア殿! その功績を称え! レインベルク王城へと招待する! レインベルク王。フラム・ポン・エル・ベルク!」


 レインベルク王。このサイラスを含む周辺の街や村を束ねている王の家臣がリディアを勇者として王都へと招く書状を持って来たのだ。書状を読み上げたのは、青い綺麗な髪で端正な顔立ちの若き貴族。だが、口上のセリフとは違い表情はすぐれない。そんな貴族……、いや、王都代表へリディアは……。


「いい加減にしろ。興味がない。帰れ!」

「あぁーーー! リディア殿ーーー!! お待ち下さーーーーい!!!」


 使者からの懇願を聞いてもリディアは全く意に介さず乱暴に扉を閉めてしまう。その光景を見た貴族と後方の兵士は大きなため息をつき肩を落とす。


 一方、自宅ではカイ、ルーア、パフがリディアと外にいる王都からの使者を交互に眺める。リディアはいつも通りだが、窓から覗いて見る使者達には悲壮感が漂っている。


(あぁ、かわいそうに……。でも、あの人達もめげないなぁ……)


「なんだよ。また来たのかよあいつら?」

「そのようだな。全く面倒な……」


 ルーアの軽口に対してリディアは不機嫌に返答する。そんなリディアへ気を遣いパフが話を変えようとする。


「え、えーっと。で、でも、凄いですよね! 王国の貴族の人が毎日のように通って来て! それだけリディアさんに王都へ来て欲しいんですよ!」

「そ、そうだよね! パフ。それだけ師匠が凄いってことが王都でも――」

「ふん! 何を言うか! 初日のことを私は忘れていない! 早々にサイラスから出て行けばいいものを!」


 リディアの怒りの声にカイ、パフは押し黙る。怒りの収まらない表情のリディアは初日のことを思い出す。そう、今から二週間程前のことだ。


◇◇◇◇◇◇


 不死者アンデッド軍団との戦争に勝利したサイラス。そのことは、周辺諸国でも話題になる。約百年の間、平和が保たれていたのにも関わらず。突如として魔物が軍を成して攻め入ったこと。また、その魔物を統率する者が放った言葉。


「魔王復活」


 この言葉の真偽は定かではないが、多くの国に混乱と不安を与えることになる。しかし、不死者アンデッド軍団を退けたサイラス。そのサイラスに新しく勇者が誕生したことも大きな話題となり、人々に勇気と希望を与えていた。そのため、サイラスを治めているレインベルク王国では、勇者を王都へと……いや、王城へと招待する運びとなる。そのために王都から使者が来たのだ。


 そんな使者達はリディアの自宅を訪ねると、すぐに事情を説明する。


「――というわけだ。では、さっそく来てもらおう!」


 王都の使者は有無を言わさない横柄な態度でリディアを王都へと連れて行こうとする。しかし、リディアは当然のように言い放つ。


「断る」

「……はぁ?」

「うん? 聞こえなかったのか? 断ると言ったのだ。私は勇者ではない。ただの戦士だ。それから、私は王城になど用事はない」

「なっ! き、貴様! 何を言っているのかわかっているのか! これは、レインベルク王からの勅命なんだぞ!」


 顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす使者を至って冷静に見るリディア。


「それはさっき聞いた。だからなんだ?」


 リディアの言葉に使者は怒りをあらわにすると。後方に控えさせていた兵士に向かい命令を出す。


「この不届きものを捕えろ! 多少の手傷を負わせても構わん!」

『はっ!』


 貴族の命令に兵士達は瞬時にリディアを捕縛しようと動く。……だが、一瞬で兵士達の全てが大地へと横たわる。リディアの目にも止まらぬ攻撃で一人残らず気絶させられる。ありえない状況に貴族は目を点にして呆然とする。


「えっ……? う、嘘……。た、たったの一人で……王国兵士が……」

「ふん! 人様の家の前で騒がしくするとはいい度胸だ!」

「あ、ま、待ってくだ――」


 最後に残った貴族は言葉を言い終わる前にリディアに殴られ気絶する。殴られ大地に倒れ気絶する王都の使者は騒ぎを聞きつけたアルベインとサイラス兵士の手によって神殿へと運ばれる。あまりの状況にアルベインはひきつった笑顔でリディアへ尋ねる。


「……り、リディア殿?」

「なんだ?」

「悪漢を運んで欲しいと連絡を受けて来たのですが……?」

「そうだ。勝手なことを喚き散らしたと思ったら襲いかかってきた。まさに悪漢だろう?」

「いや……、彼らは王都から来た使者のようですが……」

「そのようだな。だが、王都の使者だろうが一国の王だろうが、人様の家を荒らしていいことにはならん!」

「……仰る通りで……」


 アルベインはリディアへと説明をしても理解されないと考え、王都の使者を運び出し早々に退散する。後日、このことはカイ達へアルベイン経由で伝わる。この事件当日はカイ、ルーア、パフの三人は出かけていたので、全くあずかり知らぬことだった。しかも、帰って来たカイから「何かありましたか? 師匠」という言葉にリディアは「うん? 特にはない。あぁ……、面倒な者が来たから追い払っておいた」と言っただけだ。リディアの言葉にカイは、サイラスの誰かが勇者であるリディアに会いに来たのかと勘違いをする。それというのも戦争後よりリディアは勇者としてサイラスでは認知されているため、外に出ると決まって大勢の人々に囲まれる。自宅にいても訪ねて来る人が後を絶たない程だ。そのためにカイは、そのことを深く追求しなかった。だが、アルベインから事の顛末を聞いた後、カイ、パフは驚愕のあまり気絶しそうになり、ルーアは一人で大笑いをする。


 そんな経緯はあったが、使者側としてもリディアを連れ帰らなければ自分達の面子が立たない。そのため、その後も連日のようにリディアを王都へと連れて行こうと説得を続ける。もちろん腕づくでは敵わないと理解したので、プライドをかなぐり捨て低姿勢でのお願いを続ける。しかし、初日にリディアを怒らせたこと、元々リディアが王都に行く気がないために交渉は難航している。


 王都の使者訪問後、扉がまた叩かれる。誰かが訪ねて来たのだ。そのことにリディアは睨みつけるように扉を見ると不機嫌な表情で扉へと近づき乱暴に扉を開ける。扉が開くと同時にリディアは文句を言う。


「一日に何度くれば気が済むのだ!」


 リディアからの文句を受けた訪問者のクリエとナーブは驚いたような表情で目を丸くして首を傾げる。クリエとナーブの姿を認識したリディアは瞬きを何度かした後に謝罪をする。


「……すまん。勘違いをした」

「えーっと。それなら良かったわ。とりあえず、リディアさん。お邪魔してもいいかしら?」

「あぁ、構わない」

「じゃあ、お邪魔しまーす!」

「失礼します」


 元気よく家に入るクリエと丁寧に入ってくるナーブ。二人に気がついたカイ、ルーア、パフも挨拶をする。


「あれ? クリエさん。ナーブさん。お久しぶりです!」

「なんだよ。王都の使者じゃなかったのかよ。つまんねーの」

「こんにちは、クリエさん。ナーブさん」


 クリエとナーブもカイ達に気がつくと、クリエは軽く手を振りながら笑顔で挨拶をする。ナーブは軽く会釈をしながら丁寧に応対する。


「やっほー! カイ君。ルーア君。パフ。みんな元気そうね!」

「どうも、カイさん。ルーアさん。パフさん。お邪魔します」


 久しぶりということもあり、全員が軽く挨拶を交わす。全員がテーブルを囲み軽く世間話をする。話の中でルーアから質問が飛ぶ。


「ところでよ? 眼鏡ちび達は何しに来たんだ?」

「ルーア! 呼び方!」

「あぁ、気にしないでよカイ君。私は気にしてないから」

「……すみません。クリエさん」


 ルーアの失礼な呼び方をカイが諌めるが、クリエが笑顔で許容したので話を進める。


「実はね……。リディアさんにお願いがあって来たの」

「私に? 何だ?」


 クリエはリディアを見ながら満面の笑みで提案をする。


「うふふふ。リディアさーん。近いうちに王都に行くんでしょう? その王都へ私とナーブも同行させて欲しいのよ!」


 クリエからの提案を聞いたリディア、カイ、ルーア、パフは唖然とする。場に微妙な空気が流れ暫しの沈黙が続くと満面の笑顔だったクリエが不思議そうな表情でリディア達を眺める。隣のナーブは、不穏な気配を察知してクリエにそれとなく伝えようとするが、その前にリディアが立ち上がり無言で自宅から出て行く。そんなリディアを全員が見送った後にカイが口を開く。


「……す、すみません。クリエさん。ナーブさん。実は――」


 カイはこれまでの経緯をクリエ達へと説明する。カイの説明を受けてクリエ達は微妙な空気になったこと。リディアが唐突に席を外したことを理解する。


「そっか……。そうだったんだぁ……。ごめんなさい。てっきり、みんな王都へ行くのが乗り気だと思ってたから」

「いや……、なんで俺様達が乗り気だと思ったんだよ?」

「うん? だって、王都へと招かれるのよ? しかも、王様からの招待で! つまり! 国賓扱いよ! 王都へ行けば! 王都の魔法図書館もある! 王都の魔法研究も覗けるかもしれない! まさに夢のようじゃない!」


 クリエが目を輝かせながら訴えているが、クリエが言った内容のほとんどがカイ達にとってはどうでもよかった。そのため、カイは微妙な笑顔で相槌を打つ。一方のルーアは遠慮なしに悪態をつく。


「けっ! 何を言うかと思えば……。全部テメーの見てえもんばっかじゃねぇーか! 俺様にとっては面倒なだ――」

「国賓扱いだから、きっと豪華な食事も食べ放題よ?」

「――……よし! 王都へ行くぞ! カイ!」


 クリエからの情報を聞いたルーアは目の色を変えてカイへ向き直り力強く王都行きを投げかける。そんな変わり身の早いルーアにカイを大きなため息をつく。


「はぁー……。ルーア……。お前って……。本当、欲望に忠実な奴だな……」

「あったり前だろう! 俺様は悪魔なんだぜ!」

「いや、そんな胸を張って開き直られても……」

「まぁまぁ、いいじゃないのカイ君。これで、あとはリディアさんを説得すればいいわけだし!」

「えっ! 師匠を説得? な、なんでですか? いつからそんな――」


 突然過ぎる話の流れのため、カイは狐につままれたように驚く。


「だって、私は王都に行きたい。ルーア君も王都に行きたい。パフも王都に行きたい。だったら、多数決で王都に行きたい私、ルーアくん、パフの三人に対して王都へ行きたくないリディアさん。カイ君は……どっちかはわからないけど、カイ君が反対でも三対二で王都へ行く方の勝ちでしょう?」

「なんですか? その理論は? ……でも、ナーブさんは?」


 カイはナーブの方へ視線を向けるが、くたびれたような笑顔で軽く首を横に振る。


「うん? ナーブ? 入れてもいいけど。ナーブは私の意見に反対する権利を与えてないから、私達が有利になるだけよ?」


 当然のようなクリエの言い分をナーブは、全く動じることなく受けて入れている。そんなナーブを見てカイは思う。


(……ナーブさんも大変だなぁ……)


「わ、わかりました……。ナーブさんについてはいいです。でも、パフが王都へ行くのが賛成っていうのはどうしてですか? パフは何にも言ってませんよ?」


 カイの言葉にクリエが不思議そうに首を傾げて答える。


「えっ? だって……、パフは――」

「あ、あの……。私は多数決に入れないで下さい! 私はカイさん達と一緒ならそれでいいんです!」

「うん? パフ?」

「どうしたよ。いきなり?」

「……ふーん。そういうこと……。まぁ、いいか。じゃあ、いいわ! パフのことは置いておくとしても! カイ君はどうなの? 王都に行ってみたいと思わない? しかも、王都に行くだけじゃなくて王城にも入れるのよ? 下手をすると一生に一度のチャンスかもしれないわよ?」

「そ、それは……」


 一生の一度のチャンス。確かにクリエの言うことはもっともだ。ただの平民であるカイが王城へと招待されることが、今後もあるかといえばそうはないだろう。正直に言えばカイは王都へと……王城へと行ってみたいと思っている。カイはリック村にいたころから勇者に憧れを抱いていた。そんな憧れていた勇者が自分の師たるリディアであり、勇者として王城へと招待される。まさに伝説の一端を間近で見るような思いだ。だが、カイには簡単に王城へと行きたいとは言えない理由がある。その理由は当然だがリディアのことだ。


(……王都へ行く。行ってみたいけど……。師匠は嫌がってる。多分、師匠は俺が頼めば王都へも行ってくれるとは思うけど……)


 そう、カイがリディアへと頼めば、リディアは断らない。リディアにとってカイは大切な家族であり、最愛の弟子。逆に言えば、カイにとってもリディアは大切な家族であり、尊敬する師。お互いに余程の無理難題を言われてもなんとかしようとする。しかし、だからこそカイはリディアへと頼みたくはなかった。この間のパレードへの参加もリディアは嫌がっていたが、カイが頼みこむことで嫌々ながら参加したのだ。それは、カイにとってあまり気持ちのよいことではない。師であるリディアが嫌なことを自分の我儘で無理矢理にさせたという罪悪感がカイにはあった。そのため、今回の王都行きでリディアを説得することに躊躇している。だが、カイの気持ちを知ってから知らずかルーアがカイに提案する。


「おい! カイ! オメーがリディアに頼めよ! そうすればあいつは絶対に王都へ行くから!」

「ルーア……。でも、それは……」

「その話は本当ですか!」


 唐突に第三者の声がカイ達の会話に乱入する。その声は家の外から聞こえてきた。カイ達が玄関の扉へと視線を向けると同時に扉が開かれる。そこにいたのは、王都からの使者である貴族だ。貴族は家に入るとカイ達の元へ近づくと……。突然、土下座をする。


「お願いします! どうか! リディア殿を説得して下さい! このままでは私は王都へと帰ることができません! どうか! この通りです!」


 あまりに清々しい土下座にカイ達は驚きも忘れて貴族を眺める。


「あ、あのー……、と、とりあえず……、座って下さい……」


 カイからの声かけに土下座をしていた貴族は席に着く。


 王都からの使者である貴族。名はアーロ・ポジー。王都にあるポジー家の次男だ。実はアーロにとって今回の仕事が貴族として最初の任務だった。次男ということもあり、アーロは今まで気楽な人生を過ごしていた。今回の任務も言われた通りに田舎者を王都へと連れて来るだけの簡単な仕事と軽く考えていた。しかし、その考えはリディアによって脆くも崩れさる。連日のように頼みこんでも上手く事が進まない状況に最初こそ憤りを覚えていたが、最近では精神的に疲労が溜まってしまい弱気になっていた。「このまま自分は王都に帰ることもできずに、このサイラスで一生を終えるのでは……?」などとも考えるように至っている。そんなときに、カイ達の話を立ち聞きして最後のチャンスに賭けようとしていた。


「お願いします! 私はもう王都に帰りたいんです! どうか! どうか! リディア殿を説得して下さい! お金でも、物でも、私にできることならなんでもしますからぁー!」


 涙目になりながら必死に懇談するアーロを見てカイ達も困惑する。


「わ、わかりました……。その、説得できるかは……、わかりませんけど、師匠と話してみますから……」

「あ、ありがとうございますー!」


 カイの言葉を受けたアーロは涙と鼻水を垂らしながらカイに抱きつく。カイは服が汚れると思いながらも困った表情で成すがままでいる。そんなカイとアーロをその場にいた全員が生温かい目で見守る。


◇◇◇◇◇◇


 アーロが落ち着いたところでカイ達はリディアを探しに街へと出る。正直、リディアがどこへ行ったのか見当がつかない。しかし、リディアを探すのはとんでもなく簡単だった。カイは移動途中にある店先の女性店主に声をかける。


「あのー、すみません」

「うん? なんだい? ってカイ君じゃない! なーに? うちの息子に剣を教えてくれる気になったの?」

「いえ。俺はまだ人に剣を教えるほどではありません。そうではなく。師匠を見ませんでしたか?」

「そうかい? 残念だねー。それで、リディアさん? えーっと。三十分ぐらい前にここを通ってたわよ。相変わらずいろんな人に囲まれてたわよ! まぁ、サイラスの誇る英雄で勇者様だからね!」

「三十分前か……。どこに行ったか。知りませんか?」

「さぁ? あっ! でも、確か周りにこう言ってたわよ。『邪魔だ! 道を開けろ! 私は依頼を受けに行くんだ!』って」


 女性店主の言葉にカイはリディアの行き先の見当がつき感謝を述べてから、その場を後にする。今のリディアは勇者としてサイラスで知らぬ者はいない。そのため、リディアの行き先に関しては大抵が誰かに聞けば教えてもらえる。しかし、カイには疑問が浮かぶ。


(依頼を受けに行ったの? 依頼を受けるなら一緒に行ったのに……。それに……。なんで、あのタイミングで依頼を受けに行くんだろう?)


 頭の片隅に疑問が燻ってはいたが、リディアが向かった場所がわかったのでカイ達もリディアが向かった場所へと向かう。そう、白銀しろがねの館へと。


◇◇◇◇◇◇


 白銀しろがねの館へ到着すると。リディアをすぐに発見する。リディアは受付でルーと話をしていた。そんなリディアとルーへカイ達が声をかける。


「師匠ー! ルーさん!」


 カイの声にリディアとルーが視線を向ける。ルーはいつも通りの笑顔だが、リディアは王都の使者であるアーロを見て露骨に不機嫌そうな表情をする。そんなアーロに敵意を込めた視線を飛ばしながらリディアは口を開く。


「貴様は……。性懲りもなく」

「り、リディア殿……。最初に私の態度がなっていなかったことは謝罪します。ですが、何卒! 王の招待だけはお受けしてもらえませんか?」

「断る!」


 気持ちのよいほどはっきりとリディアは拒否をする。その言葉を受けたアーロは泣きそうな視線でカイに助けを求める。カイは小さくため息をつく。


(はぁ……。困ったな……。でも、師匠も少し意固地になってる気がする。最初の経緯は間違っていたかもしれないけど……。今は素直にお願いしているんだからアーロさんの話を少しは聞いてもらおう……)


「あの、師匠――」

「王都へ行くことができないのには理由がある!」


 唐突にリディアは説明を始める。リディアはカイ達に一枚の紙を出して宣言する。


「新しい依頼を受けた! この依頼が解決するまで私はサイラスから絶対に離れん!」

「依頼ですか……? 何の依頼を受けたんですか? 師匠」


 カイの疑問にリディアはなぜか自信満々な表情で答える。


「受けた依頼は未解決の殺人事件を解決することだ!」


 あまりにも唐突な宣言にカイ、ルーア、パフ、クリエ、ナーブ、アーロ。その場にいた全員が一瞬だけ黙る。その後、全員が絶叫する。


『えぇぇぇーーーーーーー!?』


 かくしてリディア達はサイラスの殺人事件解決へと乗り出すことになる。

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