第76話 始動

 戦争から一夜明けたサイラスの街中は閑散としている。昨夜の戦いに勝利しているが、敵の大将を討ち取れていないこと。また、魔王復活という衝撃がサイラス中に駆け巡っている。諸々の事情があり、多くの住民が地下壕に留まり続けている。そんな人通りが全くないサイラスの街中をカイ、リディア、ルーアの三人は歩いていた。三人は目的地である神殿に到着すると受付に尋ねる。


「あのー、すみませんが……。フィッツはどこにいますか?」

「フィッツ様……? あぁっ! 昨日、運ばれて来た! 彼なら、三階にある一番奥の個室で休んでいます」


 受付からフィッツの居場所を確認したカイ達は迷うことなくフィッツの部屋へと到着するが、部屋にある扉の前には兵士が物々しい雰囲気で扉を守っていた。その状況にカイ、リディア、ルーアが周囲を警戒する。


「えーっと……。すみません。フィッツに会いたいんですけど、可能ですか?」

「フィッツさんへの面会ですか……?」


 兵士はカイ達を見ると兵士同士で大きく首を縦に振ると扉を開ける。するとカイ達の目に飛び込んできた光景は、満身創痍でベッドへ横になるフィッツの姿……ではなく。鎖で無理矢理に寝かされながらもなんとかして抜け出そうともがいているフィッツの姿だった。カイ達が驚いていると、フィッツはカイ達に気がつき笑顔で挨拶をする。


「よう! カイ! それに、リディアさんにルーアもよく来てくれたな!」


 無理矢理に拘束されているような姿に見えるが、意外にもフィッツは笑顔で挨拶してくる。


「あ……、うん。フィッツ。意外に元気……? そうで良かった……」

「うむ。どうやら問題はないようだな」

「いや! オメーら! そうじゃねぇーだろう! 問題は怪我とかよりもフィッツの野郎の状況だろう!」


 ルーアのツッコミに同意しながらもカイとリディアにはフィッツがなぜ無理矢理ベッドへと寝かされているかがわからなかった。そこへ、最初から部屋にいた疲労しきっているダムスが説明をする。


「……それは、僕が説明します」



 不完全とはいえ、『深淵アビスリーパー』から『ウィンドウ爆弾ボム』の魔法を喰らったフィッツの怪我は軽くはなかった。そのため、戦闘終了後に神殿へと運ばれて治療が行われる。しかし、フィッツの体力は予想以上で神官達の回復魔法を受けてすぐに傷は治癒される。だが、気を使用しての戦闘による体力低下が著しいということで二、三日の安静となる。安静……。つまり、入院してもらうという説明をフィッツは受ける。


「何!? この状況で休めるわけねぇーだろう! 俺は行くぞ!」

「いや! フィッツ殿! 危険です! あなたは伝説にもなっている不死者アンデッドの『深淵アビスリーパー』と戦ったんですよ!」

「だから、何だ! あれ以上にヤバい奴が来るかも知れない時に休んでいられるかー!」

「ちょ……だ、誰かー! 手を貸してくれぇー!」


 このあと、フィッツは駆けつけた神官や兵士の手により押さえつけられることになる。



 そういった経緯があり、フィッツは無理矢理にベッドへと寝かされている。話を聞いたカイは苦笑を浮かべながら「フィッツらしい」と感じている。リディアとルーアも呆れた表情でいるがカイとほとんど同じことを考えている。


「そういうことなんですね……。お疲れ様です。ダムスさん」

「えぇ……。本当に大変でした」


 心底疲労した様子でダムスが感想述べる。その一方でフィッツは不満げな表情でいる。


「なぁー? もういいだろう? 自由にしてくれよ! まだ、敵はいるんだぜ? 俺も戦えるって」

「駄目です! 傷自体は完治していますが、生命力が著しく低下しています! あなたが思っている以上に身体へは負担がかかっています!」

「くそー! やっぱり……、奥義を使うのは……無茶だったかなぁ……」

「そういえば、フィッツが使ったあの技って……、死んだフィッツの師匠から?」

「うん? あぁ! 俺の師匠であるフリードから教わったんだ!」

「フリードさん。そういえば名前は初めて聞いたかも……。でも、あんな技が使えたのに剣闘士大会では使わなかったんだ」

「いやいやいや! カイ! あの技を見ただろう? あれは、殺傷能力が高すぎる! あんなの人間に使ったら凄惨な惨状になっちまうよ……」


 フィッツに言われてカイは『深淵アビスリーパー』であるブレイルが吹き飛んだ姿を思い出す。


(確かに……。あんな技を人間に使ったら大変だ……)


「そうだね。ごめんごめん。……でも、フィッツの師匠。フリードさんってすごい人だったんだ!」

「当ったり前だろう! なんつっても、俺の師匠なんだからな!」


 亡き師を褒められてフィッツの表情が満面の笑顔になる。


「ふーん。でもよう? そんなオメーの師匠を殺した奴って何者なんだ?」

「おい! ルーア!」

「なんだよ?」


 ルーアの無遠慮な発言をカイが咎めようとするが、フィッツが止める。


「カイ。いいよ。ルーアが疑問に思うのは当然だ……。俺も師匠が殺られた時は同じことを思った……。でも、相手の正体は昨日なんとなくだが察しがついた……」

「えっ!? 昨日……? 昨日、フィッツの師匠を殺した奴がいたのか!?」

「……いいや。でも、昨日の敵が言った言葉……。魔王復活。その言葉で察しがついた。なにせ……、俺の師匠であるフリードは百年前の勇者と共に魔王を討伐した仲間の一人だからな……」

『えっ!?』


 勇者の仲間という言葉にカイ、ルーア、ダムスが驚きの声を上げる。リディアは声は上げなかったが、表情が険しくなる。そして、いち早くダムスが声を上げる。


「そ、そうか! フリード……。どこかで聞いたことがあると思いました。拳聖フリード様! かつての勇者レオ・ブレイン様と魔王を倒したと言われる。あの……。御存命だったとは……。伝説では、勇者様と共にお亡くなりになったと聞いていましたが……」

「……あぁ。師匠からは絶対に口外するなって口止めされてた……。理由はよく分んなかったけど……。昨日の魔王復活……。師匠は魔王が復活するのを知ってたのかもな……」

「そ、そうだったんだ……。フィッツの師匠が勇者様の仲間……」


 衝撃な真実を知った一同。そこへ、ある疑問が飛ぶ。


「おい。フィッツ」

「うん? なんだよ。ルーア。さっきのことなら気にしてないぜ?」

「違げーよ! オメーの師匠って何歳だったんだ? 魔王を倒したのって今から百年ぐらい前だろう?」


 ルーアの言葉にカイも「そうだ」と言わんばかりの顔でフィッツを見る。


「師匠の年? さぁ? 聞いても百歳を超えてから数えるのが面倒だって言ってたから……。本人も正確な年は覚えてなかったぞ?」

「ひゃ……百歳以上……」

「……オメーの師匠も大概に化けもんだな……」


 ルーアの言葉にカイとダムスが同意を込めて何度も頷く。


「まぁ、年齢なんかどうでもいいんだよ! それよりも、恐らく師匠を殺したのは魔王の関係者に違いねぇ! そいつは、いつか俺がぶっ殺す! だから、俺も戦わせてくれよ!」

「なるほど……。フィッツさんの思いはわかりました……。ですが! それとこれとは話が別です! 今は安静にしていてもらいます!」

「なにー!?」


 ダムスからの拒否にフィッツは意外だと言わんばかりに驚愕する。フィッツとしては、自分の思いを伝えれば自由にしてもらえると踏んでいた。しかし、それが全く効果がないことが意外だった。そんなフィッツにカイとリディアが伝える。


「フィッツ。今は身体を万全な状態にしておいてよ。次は……俺と師匠が頑張る番だ!」

「そうだ。お前はよくやった。次は私達に任せてもらう」

「カイ……、リディアさん……」

「おい! おい! 俺様も忘れんじゃねぇーぜ!」


 遅れてルーアがカイとリディアの間に割って入るように宣言をする。カイ、リディア、ルーアの三人を見てフィッツは微笑むと納得したように休む。


「……わかった。後は任せたぜ。カイ、リディアさん。ついでに、ルーア……」

「うん! 任せて!」

「あぁ、任せろ」

「おうよ! ……って、誰がついでだぁーーーーーーーーーーー!」


 ルーアの絶叫後には、全員の笑い声がフィッツの病室に響き渡る。


◇◇◇◇◇◇


「どういうことだ!」


 突如としてレイブンの部屋の扉が破壊される。そんなことをすれば、レイブンに抹殺されるような無礼な行為だ。しかし、部屋にいたレイブンは扉を破壊した人物を見て腹を立てるわけでもなく。怯えるわけでもなく。当然というような表情を仮面の下で浮かべながら相手を見る。だが、側に控えている副官のリコルは恐怖のあまり顔色は青くなり震えながら入ってきた人物を見る。その人物は……、五大将軍を統括する『魔人王デーモンキング』ユダだ。ユダは烈火の如き怒りながらレイブンを睨みつけている。


「説明をしろ……。いくら貴様とはいえ、あまりふざけたことを言えばただでは済まさんぞ!」

「あらあら……。人の部屋の扉を破壊しておいて、その言い草……。失礼なんじゃないかしら?」


 茶化すようなレイブンの口調にユダは自身の剣を抜きながら最終通告をする。


「最後だぞ……? 説明をしろ……。さもなくば――」

「サイラスはトリニティが一人で攻め落とすそうよ。私も粘ったけど……、あいつの意思は変わらない。だから、私とリコルは手を引かせてもらったのよ。……どう? 納得してもらえたかしら?」


 いつも通りの口調でレイブンは淡々と説明する。リコルは強張った表情でレイブンとユダを交互に見る。


「……そうか。それならば仕方がない……。だが! なぜ! そのことを私に報告しない! トリニティを止めろとは言わんが! 私に報告をしなった理由はなんだ!」

「意味がないからよ」

「なに……? どういうことだ?」


 レイブンの指摘にユダは意味が分からずに聞き返す。するとレイブンは魔法である場所を投影する。それは、サイラスから五十キロメートル離れている草原地帯。つまり、トリニティが陣取ってる場所だ。昼間の日差しを浴びながら異形の不死者アンデッドである『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティは座して動かずにいた。その姿を見たユダはレイブンが言いたいことを理解する。


「なるほど……。確かに……。お前が報告をしなかった理由が理解できた……」

「でしょう?」


 トリニティを見たユダは瞬時に理解をする。その異様さと周囲の状況で何が起こっているのかを……。


(トリニティの奴……。私と戦った時以上の気迫だ。いや……、もはや殺気に近いな……。しかし、ほとんどの配下が滅んでいる。恐らくはトリニティの尋常ではない殺気と気迫で滅んだな……。なんて奴だ……)


 辺り構わずに殺気と気迫を撒き散らすトリニティのせいで、配下の不死者アンデッドはほとんど全滅していた。だが、そのことに気が付いているのか……。または気が付いていないのか……。トリニティは、何も動じることなく待っていた。


 戦いの時を……


 そんなトリニティを見たユダは確信する。


「いいだろう……。今のトリニティなら一人でサイラスを壊滅させるだろう。しかも、圧倒的にな……」


 勝利を確信するユダ。しかし、そんなユダにレイブンが異議を唱える。


「あら? もう、勝利宣言? 少し早いと思うわよ?」

「何を言っている。今のトリニティに勝つことのできる者などいるわけがない。例え勇者が現れたとしても、一度の戦いで勝つことは不可能だな」

「ふーん……。自信があるのね」

「当然だ。それほどまでに、今のトリニティは強い!」


(そう。今のトリニティは強い。恐らく、私でも全力を出さねば勝てない。……いや、下手をすれば敗れる可能性すらある……。それほど、今のトリニティは気迫がみなぎっている)


 トリニティを信頼するユダへレイブンはある提案をする。


「わかったわ。……じゃあ、ユダ。私と賭けをしましょうよ?」

「賭け……?」

「えぇ。あなたはトリニティの勝利に……。私は……人間の……いいえ。この地にいる恐らく最強の女戦士リディアの勝利に賭ける」


 レイブン言葉にユダだけではなくリコルも驚愕の表情をする。


「れ、レイブン様……?」

「いいのよ。リコル。……で、どうかしら?」

「……女戦士? リディア? 誰だそれは?」

「さぁ……、私もそれを知りたい」

「そいつは人間か?」

「えぇ、そうでしょうね。巧妙に姿を変化させているのでなければ……」

「人間が……今のトリニティを倒すだと? 不可能だ。例え勇者でも――」

「じゃあ、賭けは成立でいいかしら?」


 レイブンの言葉にユダは怪訝な表情を浮かべるが、少しだけ思案した後に小さく頷きながら口を開く。


「……いいだろう。その賭けを受けてやろう。私はトリニティの勝利に」

「ふふ。じゃあ、私はリディアの勝利に」


 仮面の下でレイブンは楽しそうに笑う。付き合いの長いユダは仮面の下にあるレイブンの表情を読み取る。


「何を考えているのやら……」

「気にしないでいいわよ。ただの気まぐれよ」

「ふん。……で? 何を賭けるのだ?」

「うん? あぁ、そうね……。じゃあ、勝ったら久しぶりにご飯を奢って」

「なっ!?」

「じゃあ、ユダ。どうせ、あなたもやることないでしょう? このまま、ここで観戦しましょう。トリニティの戦いをね?」

「……よかろう。見届けようではないか」

「決まりね。……あ、でも、その前に扉を直しなさいよ! あなたが壊したんだから!」

「ふざけるな! お前が報告をしなかったのが悪い! お前が直せ!」


 いつも以上に親密なユダとレイブンの会話にリコルは驚きながらも、レイブンが嬉しそうなのが理解できたのでとても嬉しかった。ちなみに扉は、ユダとレイブンが言い争いをしている間にリコルが魔法で修復する。修復に気が付いたユダとレイブンがリコルを褒める。そして、その後は三人で和やかにお茶を飲みながら過ごした。


◇◇◇◇◇◇


 サイラスから五十キロメートル離れている草原地帯。この場所には、戦いに待ち焦げれる人物が戦いの時を今や遅しと待っている。それは、五大将軍最強の騎士『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティだ。


(……落ち着け、落ち着け、落ち着け。まだ、向かうわけには行かん! 昨日の戦いの後、疲弊しているであろう所を襲うなど騎士として許されん! いや、それ以上にそんな戦いを我は望まん! 我が望むのは全力での戦い! あの女戦士……いや! 勇者との戦いは完全な状態でなければいかんのだ! 二、三日は間を開けるべきだろうが……。それは無理だな……。我の気持ちが……昂ぶりが抑えきれん! 日が沈みしだい向かうぞ! サイラスへ! そして、勇者との戦いだ! 誰も我を止めることなどできんぞ! 今の我を止めることは……、もはや魔王様とて不可能だ!)


 心の中で何度目かの葛藤が終わる。その瞬間にトリニティの殺気のこもった気迫が周囲に放たれる。そして、その気迫を受けた配下の不死者アンデッドは身体を保つことができずに滅びていく。このようなことが何度も繰り返されているため、トリニティの配下はすでに百を切っている。さらに、下級の不死者アンデッドはすでに一体も存在しない。残っているのは中位の不死者アンデッドのみだ。その不死者アンデッド達も自分の存在を保持するのが困難になり滅びそうになっている。それほどの気迫をトリニティは絶えず周囲へと放っている。


◇◇◇◇◇◇


 サイラス中央門付近。日が沈みかけて夕日が辺りをオレンジ色に染め上げる。美しい光景だが、現在のサイラスは警戒態勢の真っ只中だ。景色に見とれる暇もないほどの……。警戒している兵士、魔術師、神官の約二千人はサイラスから十キロメートル離れた場所で陣取りながら監視を続ける。クリエからの指示で戦闘は極力避けて、敵の足止めに専念するように言われている。そんなこともあり、緊張しながらも心のゆとりが保持できている。


 そして、何事もなく時間だけが経過する。日が完全に沈み闇がサイラスを支配すると。ある場所でついに動き始める。


◇◇◇◇◇◇


「……行くぞ! 行くぞ!! 行くぞぉーーーーーーーーーーーー!!!」


 『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティが叫びながら立ち上がる。すると残っていた約八十体の不死者アンデッドが全て消滅する。すると、その場にいるのはトリニティだけになってしまう。しかし、トリニティは全く動じることも臆することもなく一人で進軍を開始する。


 そして、惨劇を巻き起こす……。


◇◇◇◇◇◇


 夜になり、闇が支配して約二時間後に一報がクリエ達の元に入る。


不死者アンデッド襲来!』


 その通達を受けたクリエは本隊を率いてサイラスの中央門へと出陣する。陣形は前回と同じで兵士を前面へ、魔術師と神官は後方へと置く基本の陣形だ。しかし、今回は前面にいる兵士の中に兵士の姿をさせた魔術師と神官を忍ばせていた。こうすることで敵が前回と同じと高を括りながら攻めて来た時に意表を突く作戦だ。だが、その作戦は脆くも崩れ去る。なぜなら、今回攻めてきているのは軍隊ではなく。たったの一体の不死者アンデッドのみだからだ。しかし、この段階ではその事実をクリエは知らなかった。その理由は……、警戒部隊二千人が大混乱に陥っていたからだ。


「ちょっと……。何よ……。これ……」

「せ、先生……」

「こ、これは……」

「ば、馬鹿な……」


 一報が入った後から、警戒部隊との連絡が途絶えたことを不審に思ったクリエは部隊を配置するとすぐに警戒部隊を魔法で投影する。そこに映し出された映像を見たクリエ、ナーブ、キーン、ダムスは驚愕する。映し出されたのは、たった一体の不死者アンデッドに蹂躙される警戒部隊の映像だった。しかも、ただ敗北しているのではなかった。部隊のほとんどが混乱しているかのように行動している。逃げまどう者、無謀にも突撃する者、味方を巻き込み攻撃する者など。映し出された映像には狂気が映し出されている。そして、たったの一体で戦っている不死者アンデッドの姿を見て確信をする。それは、前日の映像に映った不死者アンデッド……。シルバーと名乗りサイラスへ侵入した騎士……。五大将軍と名乗る『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティに間違いなかったからだ。


 遅れて映像を見たカイ、ルーアもあまりの光景に驚愕する。しかし、リディアはトリニティを見て一人呟く。


「来たな。シルバー……」


 そんな呟きには誰も気がつかない。それ以上にクリエ達も混乱していたからだ。


「これって……。なんで、こんな……。ちゃんと、前もって逃げるように指示はしといたのに……」

「せ、先生……。それもそうなんですけど……。あの不死者アンデッド……『爆裂火炎メガフレイム』や『ホーリーなる落雷ライジング』を受けているのに無傷ですよ!」

「いや、それもそうだが……。魔法で同士討ちになっているぞ!? どうなっている!」

「これは……、現実か……?」


◇◇◇◇◇◇


 トリニティと対峙している者が混乱しているのは、全てトリニティの気迫にも似た殺気が原因だ。殺気を受けた兵士達は恐怖により正常な判断ができなくなり、逃げる、戦う、暴れるなど混乱していた。だが、トリニティにしてみれば目的は勇者との……リディアとの戦いだけだ。その邪魔となっているため、目の前にいる人間を斬り殺していた。


「邪魔だ! 邪魔だ! 邪魔だぁー! 我の邪魔をするな!」


 トリニティの一振りで数人の首を一撃で跳ね飛ばす。この現場にトリニティと渡り合うことのできる戦士はいない。そのため、トリニティにしてみれば苦戦することのない楽な戦いだ。とはいえ、膨大な数にトリニティは辟易する。


(面倒、面倒、面倒! 普段であれば、相手をしてやってもよいが! 今の我は気が短いのだ! ……仕方がない。好きな方法ではないが……あれをやるか)


 おもむろにトリニティは一本の剣を掲げると口を開く。


「ゆくぞ! ゆくぞ! ゆくぞ! 魔剣解放!」


 すると、トリニティの掛け声に従い持っていた一本の剣が真の姿を見せる。真の姿を現した紅い刀身の剣をトリニティは大地へと突き立てながら叫ぶ。


「燃やし尽くせ! 『灼熱バーンブレード』!」


 大地に突き立てられた剣が一瞬だけ眩く輝く。そして、次の瞬間には周囲は灼熱の炎に包まれる。そのため、残っていた警戒部隊は一瞬で燃え尽きて全滅する。


◇◇◇◇◇◇


 本隊にいるクリエ達は信じられないような光景を見せられて絶句している。しかし、すぐに戦いの準備をしなければならないため、沈む気持ちを奮起させて策を講じようとする。しかし、全く的確な策が思い浮かばずにいる。


(……どうすればいいの? 敵は強大……。しかも、数で押しても不死者アンデッド相手には意味がない! 体力という概念がないから疲労は期待できない。だとすれば――)


 思い悩むクリエにリディアが声をかける。


「クリエ。部隊を下げろ」

「……リディアさん」

「あいつ相手に数は意味がない。……私が戦う」

「師匠……」


 戦う決意をリディアは固める。


 一方のトリニティは……、警戒部隊を全滅させてサイラスへと視線を移す。しかし、そこに映った本隊を含む大部隊を見て声を漏らす。


「全く、全く、全く。まだ、いるのか……。さて、どうするか。全てを倒してもよいが……。今の我は勇者との戦いに焦がれているのだ。心にゆとりがない……。はぁ……、仕方がない。」


 ため息をついたトリニティは剣を一度鞘へと収めると六本全ての腕を上げて高らかに宣言する。


リビングきるデッド


 力ある言葉を合図に大地から赤紫色の煙が立ち込める。煙が死体を包み込む。その煙が収束すると周囲には約二千体の不死者アンデッドが姿を現す。その光景を見ていたクリエ達は何度目かの驚愕をする。


「なっ!? 嘘でしょう……」

「せ、先生! あれは……、何の魔法ですか? 触媒もなしにあれだけの不死者アンデッドを……」

「信じられん……」

「――ッ! ま、まさか!? 殺した警戒部隊を不死者アンデッドに変えた?」

「……恐らくそうでしょうね。魔法じゃなくて、あの不死者アンデッドの特殊能力だと思うわ……。でも、厄介すぎる! これじゃあ、こっちの兵が殺られる度に向こうの兵隊にされる……。どうすれば……」


 困惑するクリエ達を余所にトリニティは準備が整ったとばかりに口を開く。


「では、では、では、行くぞ? 我に続け!」


 『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティを先頭に約二千体の不死者アンデッドが進軍する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る