第71話 開戦
サイラスから五十キロメートル離れた草原地帯にいる『
「ユダからの作戦を第二段階へと移行するわ。第二段階は、当然だけどサイラスへの進軍――」
進軍という言葉に興奮した様子でトリニティが身体を大きく大げさに動かしながら口を挟む。
「よし! よし! よし! 先陣は我に任せよ! 騎士たる我の勇姿をその目に焼き付けながら、我が後へと――」
「黙れ!」
説明の途中でトリニティが茶々を入れたことが気に入らなかったレイブンは怒気を含めて短く文句を言う。レイブンの言葉を受けてトリニティはオーバーなポーズで停止して黙る。その光景を見ていたリコルからは乾いた笑いしかでない。一方のブレイルの見た目は骸骨のため、表情は読み取れないが静かに佇んでいる。
「話の邪魔をするな! 次に邪魔をすれば、お前を滅ぼすわよ! わかった! トリニティ!」
「ふむ、ふむ、ふむ。理解したぞレイブン。謝罪をしよう。友たる汝を怒らせるのは本意ではない」
「ふん! それで話の続きだけど、進軍の指揮は私でもましてやトリニティじゃない。進軍する第一陣の指揮は……『
問われたブレイルは眼窩に浮かぶ冷たく青い球体を輝かせるとレイブンの前に跪くと口を開く。
「当然でございます! 我は『
「……そう。じゃあ、任せるわ。編成する
レイブンの命令を受けたブレイルは理解したとばかりに大きく頷き宣言する。
「はっ! 必ずや! ご期待に沿ってみせます!」
その言葉を最後にブレイルは姿を消す。そして、軍団を動かしてサイラスへと進軍する。その姿を眺め微笑みながらレイブンは呟く。
「さてと……、お手並み拝見ね。リディア、カイ。あなた達の力を見せてもらうわよ?」
◇◇◇◇◇◇
サイラスの中央門周囲には多くの兵士が陣取っていた。兵士一万三千百人が中央を厚くして左右へ展開、魔術師五百人と神官三百名は後方や外壁の上部に陣取り兵士の支援や後方から魔術による攻撃を行えるように配置している。兵士の指揮はキーン、魔術師の指揮はナーブ、神官の指揮はダムスが行い、軍の総指揮はクリエがとることになっている。この決定にクリエは文句があるので頬を膨らませている。
「もー! なんで私が総指揮官なのよー! 普通は兵士長のあなたじゃないの!?」
「いやいや、クリエ殿。あなたはハーフエルフとして私よりも長く生きていらっしゃる。その知識や経験を活かした采配をお願いしたいのです。それに、あなたなら魔術師として冷静に物事を判断できるはずだ。あと、状況次第で私は前線に出て指揮をとならねばならないかもしれない。しかし、魔術師のあなたが前線へ行くことはまずないでしょう? ですから、お願いします」
冷静に分析した結果でクリエが総指揮官に選ばれたことをキーンは丁寧に説明する。しかし、そんな会話に割って入る人物がいた。
「ふん! ハーフエルフにこの状況を任せていいものか……、正直不安は拭えないが……。愚痴を言ってもしょうがない。やるだけのことはやりましょう」
あからさまにクリエへの不満を口にしたのは神官長補佐のダムスだ。ダムスの言葉にクリエは不機嫌な表情で言い返す。
「何よ! その言い方! あなた、私がというよりもハーフエルフのことを嫌っているんでしょう!」
「……正確ではない。僕は種族統一されていない者達全般が好きではない!」
種族統一……ようするに人間は人間と、エルフはエルフと、子孫を残すべきという考え。人間とエルフ、人間と獣人などのいわゆるハーフという存在をダムスは嫌っている。
「何よその古臭い考え? 別にいいじゃないのよ! 誰と一緒になったって! あなたに関係ないでしょう!」
「関係ないだと!? これだからハーフエルフは……」
「なんですってー!」
「止めないか、君達。それにダムス君。君の考えが正しいのか間違っているのかは、正直わからない。しかし、今は有事なんだ。君個人の感情は置いて総指揮官であるクリエ殿には従ってもらえないか?」
キーンの言葉にダムスは少し考え込むとクリエに深くお辞儀をする。
「失礼しました……。確かに僕個人の感情をあなたにぶつけたことは大変にお見苦しい姿でした。謹んでお詫びを申し上げます。どうぞ許して下さい」
「むっ……。まぁ……、そこまで言うなら……別に……」
「ありがとうございます。……それでは、クリエ殿。確認をしたいのですが、よろしいですか?」
「うん? 確認? 何を?」
ダムスの言葉にクリエは首を傾けながら不思議そうな表情で聞き返す。
「現在の配置は兵士を前面へ、魔術師と神官は後方へというシンプルなスタイルです。この方法は基本的で理解できますが、後ろに配置した彼らにはどういう意図が?」
ダムスの疑問にクリエは悪戯っぽい笑顔で答える。
「彼らね。彼らは保険よ」
「保険?」
「えぇ、敵は魔物だけど、サイラスに侵入して兵力を奪っていった……。おかげで一般の冒険者、戦士、魔術師、神官を失った……。しかも、相手は兵士、神殿、
説明の途中で空に異常が発生する。上空から眩いような輝きが起こると、空一面にある人物の映像が映し出される。それは……『
突然のことに全員が目を奪われ何事かと上空を見上げる。それは、サイラスにいる兵士や避難途中の市民も同様だ。多くの者が注目する映像から声が聞こえる。
『聞こえるかしら? サイラスにいる哀れな人間達。まずは自己紹介をさせてもらうわね? 私の名はレイブン。先日、そちらにいった時にはクーダというダークエルフに化けていた者よ。そして、後ろにいる
上空からの説明に困惑、恐怖などの感情が向けられる。そんな状況だがレイブンは一方的に話を続ける。
『私達の存在を明かすわね。私達は魔王様に仕える五大将軍が一人『
映像に映ってる
『いかにも! いかにも! いかにも! 我こそが魔王様にお仕えする最強の騎士! 五大将軍が一人『
『――と、いうことよ。まぁ、簡単に言うと魔王様のご復活を祝した見せしめを込めて、これからサイラスには滅んでもらうわ』
魔王復活という衝撃の発言をした直後、簡単にサイラスを滅ぼすというレイブンの言葉に多くの者が恐怖と混乱をする。しかし、レイブンはそんなことを気にせずに宣言する。
『じゃあ、始めましょうか? 戦争開始よ!』
戦争開始……。
その言葉とほとんど同時にクリエへ『
「えっ!? サイラス周囲に空間の歪み? しかも、同時多発的に!?」
報告と同時にクリエは敵のとった行動を理解する。クリエが後方をみると黒い穴のようなものが出現する。そこから
◇◇◇◇◇◇
サイラスから約十キロメートル程の小高い丘でブレイルが配下の
「くくく! 下らぬ配置だ……。あれでは後方が弱点と宣伝しているようなものではないか? 我の魔法により配下を転移させた。そして、混乱したところで正面からも攻撃をしかける。それで、サイラスは瓦解する!」
ブレイルが勝利を確信して骸骨の口元を歪める。
◇◇◇◇◇◇
中央部隊の後方に突如として出現した
「やっぱりね……。そうくると思ったわ。お願いね! リディアさん! カイ君!」
その言葉とほぼ同時に左右からリディアとカイが躍り出る。そして、それぞれ一撃で
「大丈夫ですか? クリエさん」
「他愛のない相手だ」
「よーし! 俺様の作戦通りだな!」
カイ、リディア、ルーアが口々に話す。
「問題なし! ありがとう! カイ君! リディアさん!」
「こ、これは……」
「うん? 言ったでしょう? 彼らは保険よ。後方が弱いというのは解り切ってる。だったら、後方から潰そうとするのは定石よ。だから、彼らを配置したの!」
そういうとクリエは他の部隊に出現した
外壁上部に出現した
「死ぬがいい。愚かな人間よ!」
「おのれ! 喰らえ! 『
雷の槍がモルザを直撃――する前にモルザは最後に残った
風の魔槍:モルザの使用する武器。風の魔力を有していて、使用者の速度を飛躍的に上げる。また、槍には魔力が込められているため、実体を持たない存在へも
風の魔槍を使用したモルザの動きは一陣の風の如き速さだ。その速さは高速移動をしているリディアやカイに劣らない。城壁の
また、左右に出現した
オウカロウの呼吸気法による身体能力向上を行なっている肉体の硬質化だ。そのままオウカロウは自身の剛腕で
左側からは
迫りくる
こうして、ブレイルの奇襲作戦は失敗する。全ては相手の行動を読み切ったクリエの采配とカイ、リディア、アルベイン、フィッツ、モルザ、オウカロウといった強者による活躍だ。
「よーし! みんな! これで、敵は不用意に転移はできないわよ! 次は正攻法で来るはずだから、それぞれ役割をしっかりとこなしてね!」
少女のような可愛らしいクリエの見事な采配に周囲の兵士達の指揮は上がる。
◇◇◇◇◇◇
一方のブレイルは憤慨している。己の作戦を邪魔されたことが許せなかった。そのため、ブレイルは配下に指示を出す。
「おのれ……。部隊を進軍させろ! こうなれば、正面から突破してくれるわ!」
ブレイルの指示を受けた
◇◇◇◇◇◇
夜の闇が広がる草原を突き進む軍勢がサイラスへと近づく。その姿にサイラスを守護するために配置された兵士達も息を呑む。事前の情報で
『
『
後方からの魔法が
戦場は一瞬で混迷となる。
「おい! 大丈夫か?」
「な、なんとか……」
「お前達は下がれ! ここは俺達が――」
『
「なっ! ぎゃぁーーーーーーー!」
◇
前線を見守っていたクリエが状況を確認して表情を歪める。
「……くっ。やっぱり……、犠牲者は出るか……」
「クリエ殿……。今は、そのことを考えないでいい」
キーンの非情ともとれる発言にクリエはキーンを睨むが、キーンのある個所を見て何も言えなくなる。キーンは拳を握り込み、そこからは血が滴り落ちていた。悔しさのあまり己が傷つくほど拳を握っている。前線にいる兵士はキーンの部下だ。誰よりも辛いのはキーンだとクリエは理解する。
「わかったわ……。最善を尽くすわ。みんなのためにも……、『
≪ナーブ! 聞こえる?≫
≪はい! 先生! 聞こえてます!≫
≪準備はできてるわよね?≫
≪はい! いつでもいいです!≫
「ふぅー……。全部隊に後退するよう『
「はい!」
クリエの指示に従い魔術師が一斉に全部隊へと後退の指示を出す。その指示を受けた前線部隊は大急ぎで所定の位置まで下がる。当然だが
『
『
神官達と魔術師達による『
進軍ができずに
クリエは『
≪ナーブ! 今!≫
指示をされるのと同時にナーブが率いる魔術師五十名は上空から
◇◇◇◇◇◇
進軍した大多数の
「……ば、馬鹿な……。いつの間に上空へあれだけの魔術師を……」
「お、恐らくですが……。前もって配置していたとしか……」
「前もってだと? つまり、我の行動が読まれていた?」
優勢に事を進めていこうとしていた矢先に次々と状況が変化していく。そのため、ブレイルは苛立っていた。そんな時に側近の
「ブレイル様。ここは一度態勢を立て直すために部隊を下げてはどうで――」
話は途中だったがブレイルが進言をしている
「貴様……。今、なんと言った? 部隊を下げるだと? ふざけるな! 人間如きに我らが……いや、偉大なる我らが主であるトリニティ様の部隊が下がるだと! そんなことができるわけがなかろうが!」
怒りの咆哮を上げながらブレイルは
「いいだろう……。我が出る!」
骸骨の眼窩に浮かぶ青い球体を
◇◇◇◇◇◇
数千を超えた
≪おい……。クリエ≫
≪うん? もしかして、エルダー? 何よ。あんたから『
突然の『
≪ナーブ達を今すぐに避難させろ! 面倒なのが動き出した。早くしないと全員死ぬぞ!≫
緊急を要すると判断したクリエはすぐに『
≪ナーブ! 魔術師部隊の全員に緊急後退を指示して!≫
クリエの叫びにも似た『
『
突如としてナーブ達がいる上空の空間を爆音にも似た衝撃と雷撃が襲う。あまりの高出力なエネルギーなため、空が昼間のように一瞬だけ白々と光る。その場所にいた魔術師達はナーブも含めて消し炭になった……もしも、その場に留まっていたいたのならば……。
ナーブが率いる魔術師部隊五十名全員がクリエがいる本体である部隊中央に緊急転移をしていた。ナーブは息を切らせて青い顔をしながらクリエに感謝を伝える。
「あ、ありがとうございます……。クリエ先生。先生からの忠告がなかったら、今頃は……」
「いいのよ。それよりも大丈夫? 緊急だったから全員が私の作った
心配されたナーブは弱々しい笑顔を作りながら疲労した様子で頷く。そんなナーブを含んだ五十名の魔術師全員が同じ指輪を装着している。その指輪こそがクリエ作成の
逃亡ちゃん:クリエが研究中の
「しかし……、『
「えぇ……。僕も驚きました……。あれって、高位魔法ですよ?
「そうね。でも、実際に使ってくるのだから対処をしていきましょう」
(ちっ! 忌々しい魔術師共を殲滅できたと思ったが、全員が転移で逃げていたか……。まぁ、いいさ。確実に我が殺してくれる!)
ブレイルは正面に展開されている『
(配下が邪魔だな……。広範囲の魔法では配下を巻き込んでしまう……。仕方がない小技でいくか……)
『
『
『
『
「駄目ね……。前線の部隊を後退させて! そのかわりダムス! お願いね!」
「えぇ……。お任せ下さい。相手は何も考えずに攻撃しかしていません。その愚行を後悔させますよ」
何度目かの『
「くくくく。これで、邪魔な壁はなくなったな。お前ら! 進軍を再開し――」
『
ブレイルが配下に命令をしている途中に多数の雷がブレイルへと落ちていく。後方の高位神官達による魔法だ。
何十もの『
「ば、馬鹿な……、無傷だと? そんなはずは……」
ダムスの呟きに答えられる者は誰一人としていない。そんな時、ブレイルは後方を……サイラス城壁を眺める。先程の『
「面倒な……。ふむ……。仕方がない……。恐怖を与えろという命令であったので、あまり使いたくはなかったが……。こいつらは邪魔すぎる。一度、掃除をする必要があるな……」
突然、ブレイルは両手を合わせて魔力を集中する。高密度の魔力を集中しているため、大気に放電が起きる。その異様な光景を見たクリエの背筋に悪寒が走る。そして、クリエは叫ぶように命令を出す。
「全員! 防御魔法を展開! 最大魔力で!」
「消えろ!」
『
突如としてブレイルから放たれた魔法が防御魔法へと接触すると恐ろしい爆音と衝撃波が周囲を……いや、サイラスを襲う。爆音と衝撃波が治まると周囲は砂埃により、視界は塞がり多くの者が衝撃波の影響で地面に倒れている。
「くっ……。み、みんな……。被害状況を報告して……」
「か、確認できました……。全部隊……、無事です……。ですが、衝撃により、気絶者と吹き飛ばされて怪我を負った者が多数出ています……」
「オッケー……。今の攻撃で、その程度の被害なら上等よ……」
「せ、先生……、今のは……、まさか……」
「えぇ、信じられないけど『
クリエからの言葉にナーブは信じられないという表情で口を開く。
「嘘でしょう……。最上級魔法の一つですよ? 伝説にもなっている魔法です……。なんで、
「それは、わからないけど……。あれだけの魔法よ……。さすがに連発はできないはず。今のうちに態勢を整えつつ。あいつに追撃を――」
反撃をするための指示をクリエが伝令しようとしているとクリエの目に信じられない光景が映る。先程、『
「嘘でしょう! 連発できるの!? ……ま、不味い。……仕方ない。『
驚愕したクリエだったが、瞬時に思考を切り替えてある指示を『
「先生。それは……」
「空間座標を固定……フィールド展開……。ちょっと集中するから後はお願いね。ナーブ」
「はい! 先生! みなさん! もう一度、防御魔法を展開して下さい!」
ナーブの指示に従い全員が再度魔力を練って防御魔法を展開する。そこへブレイルが魔法を放つ。放たれた魔法は当然……。
『
破滅的な魔力の塊が防御魔法へ接触するとクリエが動く。
「甘い! 『
クリエの魔法で破滅的な魔力の塊が突如として消える。そして、その魔力の塊はブレイルの眼前に出現する。
「――ッ!」
突然のことに驚愕の声を出すこともできず。ブレイルは『
「ふぅー……。なんとか成功したわね……」
「お疲れ様です。先生」
「もぅー。疲れたわー……」
「い、今のはなんですか? クリエ殿」
何が起こったのか全く理解のできない様子のダムスが尋ねる。
「うん? あぁ、あれは『
「つ、つまり、相手の魔法を跳ね返した……?」
「まぁ、簡単に言うとそうなるわね」
「す、すごい! ならば、あなたには魔法が効かないということですか!」
興奮した様子のダムスにクリエが右手を振りながら否定する。
「あぁー。そんな便利な魔法じゃないわよ」
「えっ?」
「『
説明を聞いていたダムスは驚愕する。
(停止したからできた……? 停止と言っても……、あの一瞬で全てを解析したのか? 信じられない……。この人はまさに天才だ!)
そう、実際に『
「さてと……、おしゃべりはこれぐらいよ……。まだ、終わってないはずだから……」
「えっ?」
クリエの言葉の意味を理解できずにダムスが声を上げる。そのすぐ後に怒号が響き渡る。
「ふざけおってぇーーーーーーーーー!」
ブレイルの怒号を聞いてダムスは理解する。一方のクリエは「やっぱり」というような呆れた表情でブレイルを眺める。
(予想はしていたけど……。効いてないわね。魔法が効果ないのか……。恐ろしいまでの防御魔法を展開しているのかはわらないけど、魔法戦じゃあジリ貧ね。……でも、もう次の一手は打ってあるわ! お願いね! みんな!)
突如として前線に三人の人間が転移される。ブレイルからの距離は約一キロメートル。当然だがブレイルも視界にその三人が入る。ブレイルは睨みつけるように眺める。
「なんだ。貴様等は……」
「へっ! 俺達かよ? お前をぶっ倒す! 勇者様ってやつじゃねぇーか! 化けもん!」
ブレイルの前に転移して来たのは、フィッツ、モルザ、オウカロウの三人だ。戦いは加速していく……
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