第71話 開戦

 サイラスから五十キロメートル離れた草原地帯にいる『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ、それぞれの副官であるリコルとブレイル。四人が一堂に会してレイブンからの説明を黙って聞く。


「ユダからの作戦を第二段階へと移行するわ。第二段階は、当然だけどサイラスへの進軍――」


 進軍という言葉に興奮した様子でトリニティが身体を大きく大げさに動かしながら口を挟む。


「よし! よし! よし! 先陣は我に任せよ! 騎士たる我の勇姿をその目に焼き付けながら、我が後へと――」

「黙れ!」 


 説明の途中でトリニティが茶々を入れたことが気に入らなかったレイブンは怒気を含めて短く文句を言う。レイブンの言葉を受けてトリニティはオーバーなポーズで停止して黙る。その光景を見ていたリコルからは乾いた笑いしかでない。一方のブレイルの見た目は骸骨のため、表情は読み取れないが静かに佇んでいる。


「話の邪魔をするな! 次に邪魔をすれば、お前を滅ぼすわよ! わかった! トリニティ!」

「ふむ、ふむ、ふむ。理解したぞレイブン。謝罪をしよう。友たる汝を怒らせるのは本意ではない」

「ふん! それで話の続きだけど、進軍の指揮は私でもましてやトリニティじゃない。進軍する第一陣の指揮は……『深淵アビスリーパー』であるブレイル! あなたよ! どう? 引き受ける自信はある?」


 問われたブレイルは眼窩に浮かぶ冷たく青い球体を輝かせるとレイブンの前に跪くと口を開く。


「当然でございます! 我は『深淵アビスリーパー』! トリニティ様に生み出された最強の不死者アンデッドです! 必ずや勝利をレイブン様に……そして、主たるトリニティ様へと持ち帰ることをお約束します!」

「……そう。じゃあ、任せるわ。編成する不死者アンデッド軍はお前に任せる。全軍を連れていくも少数でいくもお前の好きにしなさい。ただし! 今回の戦いは我々の……魔王様の存在を明らかにしてから戦争をする! つまり、圧倒的で完膚なきまでの勝利をするのが条件よ? それと同時に人間達へ最大限の恐怖と絶望を与えなさい!」


 レイブンの命令を受けたブレイルは理解したとばかりに大きく頷き宣言する。


「はっ! 必ずや! ご期待に沿ってみせます!」


 その言葉を最後にブレイルは姿を消す。そして、軍団を動かしてサイラスへと進軍する。その姿を眺め微笑みながらレイブンは呟く。


「さてと……、お手並み拝見ね。リディア、カイ。あなた達の力を見せてもらうわよ?」


◇◇◇◇◇◇


 サイラスの中央門周囲には多くの兵士が陣取っていた。兵士一万三千百人が中央を厚くして左右へ展開、魔術師五百人と神官三百名は後方や外壁の上部に陣取り兵士の支援や後方から魔術による攻撃を行えるように配置している。兵士の指揮はキーン、魔術師の指揮はナーブ、神官の指揮はダムスが行い、軍の総指揮はクリエがとることになっている。この決定にクリエは文句があるので頬を膨らませている。


「もー! なんで私が総指揮官なのよー! 普通は兵士長のあなたじゃないの!?」

「いやいや、クリエ殿。あなたはハーフエルフとして私よりも長く生きていらっしゃる。その知識や経験を活かした采配をお願いしたいのです。それに、あなたなら魔術師として冷静に物事を判断できるはずだ。あと、状況次第で私は前線に出て指揮をとならねばならないかもしれない。しかし、魔術師のあなたが前線へ行くことはまずないでしょう? ですから、お願いします」


 冷静に分析した結果でクリエが総指揮官に選ばれたことをキーンは丁寧に説明する。しかし、そんな会話に割って入る人物がいた。


「ふん! ハーフエルフにこの状況を任せていいものか……、正直不安は拭えないが……。愚痴を言ってもしょうがない。やるだけのことはやりましょう」


 あからさまにクリエへの不満を口にしたのは神官長補佐のダムスだ。ダムスの言葉にクリエは不機嫌な表情で言い返す。


「何よ! その言い方! あなた、私がというよりもハーフエルフのことを嫌っているんでしょう!」

「……正確ではない。僕は種族統一されていない者達全般が好きではない!」


 種族統一……ようするに人間は人間と、エルフはエルフと、子孫を残すべきという考え。人間とエルフ、人間と獣人などのいわゆるハーフという存在をダムスは嫌っている。


「何よその古臭い考え? 別にいいじゃないのよ! 誰と一緒になったって! あなたに関係ないでしょう!」

「関係ないだと!? これだからハーフエルフは……」

「なんですってー!」

「止めないか、君達。それにダムス君。君の考えが正しいのか間違っているのかは、正直わからない。しかし、今は有事なんだ。君個人の感情は置いて総指揮官であるクリエ殿には従ってもらえないか?」


 キーンの言葉にダムスは少し考え込むとクリエに深くお辞儀をする。


「失礼しました……。確かに僕個人の感情をあなたにぶつけたことは大変にお見苦しい姿でした。謹んでお詫びを申し上げます。どうぞ許して下さい」

「むっ……。まぁ……、そこまで言うなら……別に……」

「ありがとうございます。……それでは、クリエ殿。確認をしたいのですが、よろしいですか?」

「うん? 確認? 何を?」


 ダムスの言葉にクリエは首を傾けながら不思議そうな表情で聞き返す。


「現在の配置は兵士を前面へ、魔術師と神官は後方へというシンプルなスタイルです。この方法は基本的で理解できますが、後ろに配置したにはどういう意図が?」


 ダムスの疑問にクリエは悪戯っぽい笑顔で答える。


「彼らね。彼らは保険よ」

「保険?」

「えぇ、敵は魔物だけど、サイラスに侵入して兵力を奪っていった……。おかげで一般の冒険者、戦士、魔術師、神官を失った……。しかも、相手は兵士、神殿、白銀はくぎんの塔にも協力を要請していた。つまり、実際はサイラスに存在する大多数の兵力を狙っていたのよ。そんな相手がまともに攻撃してくるとは思えないからね。きっと、何かしらの手段を用いてくる。この配置はあなたが言った通り基本的な配置よ。基本的であるがゆえにまともに正面から来るなら崩し難く、攻めづらい……。けれど、相手が私の予想通りなら、恐らく――」


 説明の途中で空に異常が発生する。上空から眩いような輝きが起こると、空一面にある人物の映像が映し出される。それは……『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティだ。


 突然のことに全員が目を奪われ何事かと上空を見上げる。それは、サイラスにいる兵士や避難途中の市民も同様だ。多くの者が注目する映像から声が聞こえる。


『聞こえるかしら? サイラスにいる哀れな人間達。まずは自己紹介をさせてもらうわね? 私の名はレイブン。先日、そちらにいった時にはクーダというダークエルフに化けていた者よ。そして、後ろにいる不死者アンデッドはトリニティ。彼はシルバーという騎士を名乗っていたわ』


 上空からの説明に困惑、恐怖などの感情が向けられる。そんな状況だがレイブンは一方的に話を続ける。


『私達の存在を明かすわね。私達はが一人『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン。そして――』


 映像に映ってる不死者アンデッドであるトリニティが叫ぶ。


『いかにも! いかにも! いかにも! 我こそが魔王様にお仕えする最強の騎士! 五大将軍が一人『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティである!』

『――と、いうことよ。まぁ、簡単に言うと魔王様のご復活を祝した見せしめを込めて、これからサイラスには滅んでもらうわ』


 魔王復活という衝撃の発言をした直後、簡単にサイラスを滅ぼすというレイブンの言葉に多くの者が恐怖と混乱をする。しかし、レイブンはそんなことを気にせずに宣言する。


『じゃあ、始めましょうか? 戦争開始よ!』


 戦争開始……。


 その言葉とほとんど同時にクリエへ『通信テレパス』が入る。それは白銀はくぎんの塔で周囲を監視している人物からだった。その人物からクリエに衝撃的な報告が届く。


「えっ!? サイラス周囲に空間の歪み? しかも、同時多発的に!?」


 報告と同時にクリエは敵のとった行動を理解する。クリエが後方をみると黒い穴のようなものが出現する。そこから不死者アンデッドが現れる。クリエ、キーン、ダムスが陣取る中央、魔術師と神官が待機している後方や外壁上部にも同じく不死者アンデッドが出現する。そう、複数同時による転移を敵は行ってきたのだ。


◇◇◇◇◇◇


 サイラスから約十キロメートル程の小高い丘でブレイルが配下の不死者アンデッドを転移させている。


「くくく! 下らぬ配置だ……。あれでは後方が弱点と宣伝しているようなものではないか? 我の魔法により配下を転移させた。そして、混乱したところで正面からも攻撃をしかける。それで、サイラスは瓦解する!」


 ブレイルが勝利を確信して骸骨の口元を歪める。


◇◇◇◇◇◇


 中央部隊の後方に突如として出現した不死者アンデッド骸骨スケルトン戦士ウォリアー八体は視界に入った人間を……クリエを狙って戦斧バトルアクスを振り上げる。その光景にダムスが恐怖した表情を浮かべる。キーンは槍を構えてクリエの前に出る。しかし、クリエは全く動じることなく悪戯っぽい笑みで言い放つ。


「やっぱりね……。そうくると思ったわ。お願いね! リディアさん! カイ君!」


 その言葉とほぼ同時に左右からリディアとカイが躍り出る。そして、それぞれ一撃で骸骨スケルトン戦士ウォリアーを一刀両断にする。斬られた骸骨スケルトン戦士ウォリアーは断末魔の叫びと同時に塵になり消失する。


「大丈夫ですか? クリエさん」

「他愛のない相手だ」

「よーし! 俺様の作戦通りだな!」


 カイ、リディア、ルーアが口々に話す。


「問題なし! ありがとう! カイ君! リディアさん!」

「こ、これは……」

「うん? 言ったでしょう? 彼らは保険よ。後方が弱いというのは解り切ってる。だったら、後方から潰そうとするのは定石よ。だから、彼らを配置したの!」


 そういうとクリエは他の部隊に出現した不死者アンデッドへ視線を送る。


 外壁上部に出現した不死者アンデッド死霊スピリット魔術師ウィザード六体。


死霊スピリット魔術師ウィザード中位不死者アンデッド死霊レイスが高い魔力を持って生まれた存在。多くの魔法を操る不死者アンデッド


「死ぬがいい。愚かな人間よ!」


 死霊スピリット魔術師ウィザードが魔法を魔術師や神官へと放とうとするが、目にも止まらぬ速さで割って入ったモルザの槍の一撃でことごとくが散っていく。唯一残った最後の一体がモルザへと魔法を放つ。


「おのれ! 喰らえ! 『雷槍サンダーランス』」


 雷の槍がモルザを直撃――する前にモルザは最後に残った死霊スピリット魔術師ウィザードを槍で突き刺して消滅させる。モルザが持つエメラルドの光沢を放つ魔槍によって……。


風の魔槍:モルザの使用する武器。風の魔力を有していて、使用者の速度を飛躍的に上げる。また、槍には魔力が込められているため、実体を持たない存在へも損傷ダメージを与えることができる。そして、所有者は風の魔法を使用することができる。ただし、条件がある。


 風の魔槍を使用したモルザの動きは一陣の風の如き速さだ。その速さは高速移動をしているリディアやカイに劣らない。城壁の不死者アンデッドを一掃したモルザはすぐに移動をする。


 また、左右に出現した不死者アンデッド。右側には出血ブラッディー魔獣ビースト二体と骸骨スケルトン動物アニマル十体が出現する。


出血ブラッディー魔獣ビースト:魔獣が不死者アンデッド化した存在。獰猛さが生前よりも増して凶暴さが上がる。流れ出る血液を硬質化させて弾丸のように飛ばすことも、身を守る鎧にすることもできる。


骸骨スケルトン動物アニマル:動物が不死者アンデッド化した存在。骨の姿は骸骨スケルトンと同じだが、元が動物であることから動きは機敏。


 出血ブラッディー魔獣ビーストが唸り声を上げて硬質化させた血液を飛ばす……が、その攻撃は一人の男がその身に受ける。本来なら人間の身体など容易に貫通させる威力のある攻撃を男は己の肉体で全て弾く。それはオウカロウだ。


 オウカロウの呼吸気法による身体能力向上を行なっている肉体の硬質化だ。そのままオウカロウは自身の剛腕で出血ブラッディー魔獣ビースト骸骨スケルトン動物アニマルを粉砕していく。


 左側からは悪魔デーモン骸骨スカル三体と骸骨スカルバード七体が出現する。


悪魔デーモン骸骨スカル:悪魔が不死者アンデッド化した存在。生前の知能は退化しているが、肉体能力は向上している。


骸骨スカルバード:骸骨姿の鳥。骸骨姿だが、飛行能力は変わらず有している。


 迫りくる悪魔デーモン骸骨スカルをアルベインが斧槍ハルバードで見事に撃破する。残り二体の悪魔デーモン骸骨スカルがアルベインへと向かうが途中でフィッツの攻撃により散っていく。そして、フィッツの肩を土台にしてアルベインが空中へと飛び上がり、空中にいる骸骨スカルバードを一閃する。アルベインの攻撃で翼を破壊された骸骨スカルバードは地面に叩きつけられ倒される。


 こうして、ブレイルの奇襲作戦は失敗する。全ては相手の行動を読み切ったクリエの采配とカイ、リディア、アルベイン、フィッツ、モルザ、オウカロウといった強者による活躍だ。

 

「よーし! みんな! これで、敵は不用意に転移はできないわよ! 次は正攻法で来るはずだから、それぞれ役割をしっかりとこなしてね!」


 少女のような可愛らしいクリエの見事な采配に周囲の兵士達の指揮は上がる。


◇◇◇◇◇◇


 一方のブレイルは憤慨している。己の作戦を邪魔されたことが許せなかった。そのため、ブレイルは配下に指示を出す。


「おのれ……。部隊を進軍させろ! こうなれば、正面から突破してくれるわ!」


 ブレイルの指示を受けた不死者アンデッド部隊がサイラスへと進軍する。


◇◇◇◇◇◇


 夜の闇が広がる草原を突き進む軍勢がサイラスへと近づく。その姿にサイラスを守護するために配置された兵士達も息を呑む。事前の情報で不死者アンデッドが来ることも、その不死者アンデッドが大群であることも理解していた。しかし、実際に数千にも及ぶ不死者アンデッドが進軍する姿に恐怖する者が多数でる。特に普段は兵士として活動をしていない者や新兵にとっては今すぐにでも逃げ出したいという衝動に駆られる。そこへ、魔術師や神官による援護射撃がくる。


火炎フレイム弾丸ブリッド

神聖セイクリッドアロー


 後方からの魔法が不死者アンデッドに直撃すると次々に不死者アンデッドが大地へ倒れ滅んでいく。その光景に兵士達は歓喜をするが、進軍する不死者アンデッドの動きには全く動揺がなかった。そう、不死者アンデッド……特に下級の不死者アンデッドには感情がない。そのため、ただ与えられた命令を遂行するために愚直に進軍を行う。その行動に兵士達は恐怖するが、勇気を振り絞り進軍してくる不死者アンデッドを迎え撃つ。


 戦場は一瞬で混迷となる。骸骨スケルトン、ゾンビなどの低位な不死者アンデッドは予備兵士や新兵でも十分戦うことはできた。しかし、骸骨スケルトン戦士ウォリアー死霊スピリット魔術師ウィザードが相手になると抵抗できずに殺されてしまう。そのため、兵士達は少数のチームを組みながら不死者アンデッドを相手にしている。


「おい! 大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「お前達は下がれ! ここは俺達が――」


アシッドスピア


「なっ! ぎゃぁーーーーーーー!」


アシッドスピア:酸を槍状にして放つ魔法。直撃すれば人間程度は骨も残さず溶けてしまう。



 前線を見守っていたクリエが状況を確認して表情を歪める。


「……くっ。やっぱり……、犠牲者は出るか……」

「クリエ殿……。今は、そのことを考えないでいい」


 キーンの非情ともとれる発言にクリエはキーンを睨むが、キーンのある個所を見て何も言えなくなる。キーンは拳を握り込み、そこからは血が滴り落ちていた。悔しさのあまり己が傷つくほど拳を握っている。前線にいる兵士はキーンの部下だ。誰よりも辛いのはキーンだとクリエは理解する。


「わかったわ……。最善を尽くすわ。みんなのためにも……、『通信テレパス』」


≪ナーブ! 聞こえる?≫

≪はい! 先生! 聞こえてます!≫

≪準備はできてるわよね?≫

≪はい! いつでもいいです!≫


「ふぅー……。全部隊に後退するよう『通信テレパス』を送って!」

「はい!」


 クリエの指示に従い魔術師が一斉に全部隊へと後退の指示を出す。その指示を受けた前線部隊は大急ぎで所定の位置まで下がる。当然だが不死者アンデッドは追従する。しかし、不死者アンデッドの進軍は光の壁に阻まれる。


ホーリーなるウォール

魔法マジック障壁バリア


ホーリーなるウォール:聖なる力による光の壁を生み出す。邪悪なる存在。いわゆる悪魔や不死者アンデッドは通過することができない。


魔法マジック障壁バリア:魔法を防ぐことのできる障壁。使用者の力量で防ぐことのできる魔法は変化する。 


 神官達と魔術師達による『ホーリーなるウォール』と『魔法マジック障壁バリア』により、不死者アンデッドは進軍ができない。正確には、進軍できない原因は『ホーリーなるウォール』の影響だけだ。『魔法マジック障壁バリア』は魔法を防ぐことしかできないため、現状ではなんの役にも立ってはいない。では、なぜクリエは『魔法マジック障壁バリア』を張らせたのか……。それは、次の一手のためだ。


 進軍ができずに不死者アンデッドは『ホーリーなるウォール』の前に大挙する。それこそが、クリエの狙い通りとも知らずに……。


 クリエは『通信テレパス』でナーブへ指示を出す。


≪ナーブ! 今!≫


 指示をされるのと同時にナーブが率いる魔術師五十名はから不死者アンデッド達へ『爆裂火炎メガフレイム』を撃ち込む。突如として上空から多数の『爆裂火炎メガフレイム』を撃ち込まれた不死者アンデッド達は瞬く間に滅んでいく。本来なら『爆裂火炎メガフレイム』の余波が地上にいる兵士へも被害を及ぼすが、事前に張っていた『魔法マジック障壁バリア』で兵士への被害は全くない。


◇◇◇◇◇◇


 進軍した大多数の不死者アンデッドが炎に包まれて滅んでいく様を見せつけれられたブレイルは呆然としたように呟く。


「……ば、馬鹿な……。いつの間に上空へあれだけの魔術師を……」

「お、恐らくですが……。前もって配置していたとしか……」

「前もってだと? つまり、我の行動が読まれていた?」


 優勢に事を進めていこうとしていた矢先に次々と状況が変化していく。そのため、ブレイルは苛立っていた。そんな時に側近の死霊スピリット魔術師ウィザードがブレイルへと進言する。


「ブレイル様。ここは一度態勢を立て直すために部隊を下げてはどうで――」


 話は途中だったがブレイルが進言をしている死霊スピリット魔術師ウィザードの頭部を鷲掴みにする。


「貴様……。今、なんと言った? 部隊を下げるだと? ふざけるな! 人間如きに我らが……いや、偉大なる我らが主であるトリニティ様の部隊が下がるだと! そんなことができるわけがなかろうが!」


 怒りの咆哮を上げながらブレイルは死霊スピリット魔術師ウィザードの頭を握り潰す。そして、あることを決意する。


「いいだろう……。我が出る!」


 骸骨の眼窩に浮かぶ青い球体を爛々らんらんと灯らせた『深淵アビスリーパー』のブレイルが自ら討って出る。


◇◇◇◇◇◇


 数千を超えた不死者アンデッドが炎に包まれて滅びる姿を眼前で見ていた兵士達はにわかに活気づく。もはや不死者アンデッドの軍勢はまばらになり、数百体程しか存在していない。しかも、直撃はせずとも『爆裂火炎メガフレイム』の余波が影響してしまい無傷の不死者アンデッドはほとんど存在しない。多くの兵士が自分達の勝利を確信する。そんな時にクリエの元に意外な人物からの『通信テレパス』が入る。


≪おい……。クリエ≫

≪うん? もしかして、エルダー? 何よ。あんたから『通信テレパス』するなんて珍しい――≫


 突然の『通信テレパス』、しかも白銀はくぎんの塔で最高の魔術師からの連絡に疑問を投げかけようとしたクリエだったが、エルダーはクリエの問いを無視して手短に用件を伝える。


≪ナーブ達を今すぐに避難させろ! 面倒なのが動き出した。早くしないと全員死ぬぞ!≫


 緊急を要すると判断したクリエはすぐに『通信テレパス』でナーブ達へ通達する。


≪ナーブ! 魔術師部隊の全員に緊急後退を指示して!≫


 クリエの叫びにも似た『通信テレパス』が送られた直後に声が響く。


渦巻ヴォルテック爆雷デドネイション!』


 突如としてナーブ達がいる上空の空間を爆音にも似た衝撃と雷撃が襲う。あまりの高出力なエネルギーなため、空が昼間のように一瞬だけ白々と光る。その場所にいた魔術師達はナーブも含めて消し炭になった……もしも、その場に留まっていたいたのならば……。


 ナーブが率いる魔術師部隊五十名全員がクリエがいる本体である部隊中央に緊急転移をしていた。ナーブは息を切らせて青い顔をしながらクリエに感謝を伝える。


「あ、ありがとうございます……。クリエ先生。先生からの忠告がなかったら、今頃は……」

「いいのよ。それよりも大丈夫? 緊急だったから全員が私の作った道具アイテムの『逃亡ちゃん』を使ったんでしょう?」


 心配されたナーブは弱々しい笑顔を作りながら疲労した様子で頷く。そんなナーブを含んだ五十名の魔術師全員が同じ指輪を装着している。その指輪こそがクリエ作成の転移ワープ道具アイテムである『逃亡ちゃん』だ。


逃亡ちゃん:クリエが研究中の道具アイテム。自由な転移を可能にするための試作品。現状は自由な転移はできないが、決められた場所への転移を瞬時に行える。ただし、魔力消費が著しい欠点があるので高位の魔術師しか使用できない。また、転移距離も二十キロメートル以内と決められている。それ以上の距離が離れると転移ができない。


「しかし……、『渦巻ヴォルテック爆雷デドネイション』を使用できる不死者アンデッドがいるなんてね……」

「えぇ……。僕も驚きました……。あれって、高位魔法ですよ? 不死者アンデッドが使うとは信じられません」

「そうね。でも、実際に使ってくるのだから対処をしていきましょう」


 不死者アンデッドが高位魔法を使用したことに驚きを隠せずにいたナーブだが、クリエの言葉で冷静さを取り戻して分析を始める。一方のブレイルは強い不満を感じている。


(ちっ! 忌々しい魔術師共を殲滅できたと思ったが、全員が転移で逃げていたか……。まぁ、いいさ。確実に我が殺してくれる!)


 ブレイルは正面に展開されている『ホーリーなるウォール』と『魔法マジック障壁バリア』を睨みつけると魔法を放とうとするが、一瞬だけ躊躇する。


(配下が邪魔だな……。広範囲の魔法では配下を巻き込んでしまう……。仕方がない小技でいくか……)


ウィンドウ爆弾ボム


ウィンドウ爆弾ボム:手のひらサイズの小さな風の玉をぶつける魔法。小さな玉だが、ぶつかると弾けて爆撃のような衝撃を与える。その威力は魔力に依存するが、大岩などでもかるく粉々にする威力はある。


ウィンドウ爆弾ボム』『ウィンドウ爆弾ボム

ウィンドウ爆弾ボム』『ウィンドウ爆弾ボム


 『ホーリーなるウォール』と『魔法マジック障壁バリア』に向けて執拗に『ウィンドウ爆弾ボム』をブレイルはぶつける。そのため、障壁の耐久力が弱まり消滅しようとしている。


「駄目ね……。前線の部隊を後退させて! そのかわりダムス! お願いね!」

「えぇ……。お任せ下さい。相手は何も考えずに攻撃しかしていません。その愚行を後悔させますよ」


 何度目かの『ウィンドウ爆弾ボム』が障壁を直撃すると障壁が硝子が砕けるような音と共に砕け散る。その様子を見てブレイルは満足したように骸骨の口元を歪めさせて笑う。


「くくくく。これで、邪魔な壁はなくなったな。お前ら! 進軍を再開し――」


ホーリーなる落雷ライジング


 ブレイルが配下に命令をしている途中に多数の雷がブレイルへと落ちていく。後方の高位神官達による魔法だ。


ホーリーなる落雷ライジング:名の通り、聖なる力を込めた雷を相手へと落とす魔法。聖なる力を込めてはいるが、単純に物理的な攻撃にも流用できる。人間が喰らえばひとたまりもない。


 何十もの『ホーリーなる落雷ライジング』を一身に受けたブレイルは絶命して滅んだ……かに思われていたが、ブレイルは砂埃を払うような仕草をするだけで損傷ダメージを追った様子もなく無傷で存在する。その姿を見たクリエ達は驚愕する。その中で一番驚愕しているのは神官長補佐のダムスだった。ダムス自身も『ホーリーなる落雷ライジング』を習得しているため、魔法の威力は理解している。そのため、全くの無傷でいるブレイルが理解できないでいる。


「ば、馬鹿な……、無傷だと? そんなはずは……」


 ダムスの呟きに答えられる者は誰一人としていない。そんな時、ブレイルは後方を……サイラス城壁を眺める。先程の『ホーリーなる落雷ライジング』を放った神官達は城壁周囲……つまり、最後方に配置されている部隊だからだ。


「面倒な……。ふむ……。仕方がない……。恐怖を与えろという命令であったので、あまり使いたくはなかったが……。こいつらは邪魔すぎる。一度、掃除をする必要があるな……」


 突然、ブレイルは両手を合わせて魔力を集中する。高密度の魔力を集中しているため、大気に放電が起きる。その異様な光景を見たクリエの背筋に悪寒が走る。そして、クリエは叫ぶように命令を出す。


「全員! 防御魔法を展開! 最大魔力で!」

「消えろ!」


殲滅爆撃カタストロフ


 突如としてブレイルから放たれた魔法が防御魔法へと接触すると恐ろしい爆音と衝撃波が周囲を……いや、サイラスを襲う。爆音と衝撃波が治まると周囲は砂埃により、視界は塞がり多くの者が衝撃波の影響で地面に倒れている。


「くっ……。み、みんな……。被害状況を報告して……」

「か、確認できました……。全部隊……、無事です……。ですが、衝撃により、気絶者と吹き飛ばされて怪我を負った者が多数出ています……」

「オッケー……。今の攻撃で、その程度の被害なら上等よ……」

「せ、先生……、今のは……、まさか……」

「えぇ、信じられないけど『殲滅爆撃カタストロフ』でしょうね……」


殲滅爆撃カタストロフ:最上級魔法の一つ。高純度の魔力を塊にして放つ魔法。威力は魔力により上昇するが、最低でも大きな街を消滅させる程の威力を持っている。


 クリエからの言葉にナーブは信じられないという表情で口を開く。


「嘘でしょう……。最上級魔法の一つですよ? 伝説にもなっている魔法です……。なんで、不死者アンデッドがそんな魔法を……」

「それは、わからないけど……。あれだけの魔法よ……。さすがに連発はできないはず。今のうちに態勢を整えつつ。あいつに追撃を――」


 反撃をするための指示をクリエが伝令しようとしているとクリエの目に信じられない光景が映る。先程、『殲滅爆撃カタストロフ』を放ったブレイルがまた同じ姿勢で魔力を練っていたのだ。その光景にクリエは驚愕する。


「嘘でしょう! 連発できるの!? ……ま、不味い。……仕方ない。『通信テレパス』」


 驚愕したクリエだったが、瞬時に思考を切り替えてある指示を『通信テレパス』で伝えるとクリエも集中するように両手をかざして構える。その姿を見たナーブはクリエのやろうとしていることを理解する。


「先生。それは……」

「空間座標を固定……フィールド展開……。ちょっと集中するから後はお願いね。ナーブ」

「はい! 先生! みなさん! もう一度、防御魔法を展開して下さい!」


 ナーブの指示に従い全員が再度魔力を練って防御魔法を展開する。そこへブレイルが魔法を放つ。放たれた魔法は当然……。


殲滅爆撃カタストロフ


 破滅的な魔力の塊が防御魔法へ接触するとクリエが動く。


「甘い! 『質量ベクトル転移ワープ』!」


 クリエの魔法で破滅的な魔力の塊が突如として消える。そして、その魔力の塊はブレイルの眼前に出現する。


「――ッ!」

 

 突然のことに驚愕の声を出すこともできず。ブレイルは『殲滅爆撃カタストロフ』の直撃を受ける。破滅的な破壊がブレイルを襲う。凄まじい爆音と衝撃がクリエ達の元にも届くが先程の直撃に比べればどうということはない。


「ふぅー……。なんとか成功したわね……」

「お疲れ様です。先生」

「もぅー。疲れたわー……」

「い、今のはなんですか? クリエ殿」


 何が起こったのか全く理解のできない様子のダムスが尋ねる。


「うん? あぁ、あれは『質量ベクトル転移ワープ』。まぁ、転移魔法の応用みたいなものよ……。人間や物体じゃなくて質量……、魔法やエネルギー体のようなものを転移させる魔法よ」

「つ、つまり、相手の魔法を跳ね返した……?」

「まぁ、簡単に言うとそうなるわね」

「す、すごい! ならば、あなたには魔法が効かないということですか!」


 興奮した様子のダムスにクリエが右手を振りながら否定する。


「あぁー。そんな便利な魔法じゃないわよ」

「えっ?」

「『質量ベクトル転移ワープ』は普通の転移魔法よりも集中力がいるのよ。生命体や物体は基本的に形を変えないけど……。質量はすぐに形を変化させるから転移させるのにものすごい集中力がいるのよ。今のもみんなが防御魔法を展開してくれたから一瞬だけど『殲滅爆撃カタストロフ』が停止したでしょう? その一瞬で『殲滅爆撃カタストロフ』の質量を解析して飛ばしたの……。一人じゃ絶対に出来ない芸当よ……」


 説明を聞いていたダムスは驚愕する。


(停止したからできた……? 停止と言っても……、あの一瞬で全てを解析したのか? 信じられない……。この人はまさに天才だ!)


 そう、実際に『殲滅爆撃カタストロフ』を同じ条件で飛ばしてみろと言っても、百人いて百人の魔術師が失敗する。一瞬で質量を解析する頭脳と魔法の才があって初めてあの芸当は可能なのだ。ある意味であれはクリエのオリジナル魔法とも言える使用方法なのだ。


「さてと……、おしゃべりはこれぐらいよ……。まだ、終わってないはずだから……」

「えっ?」


 クリエの言葉の意味を理解できずにダムスが声を上げる。そのすぐ後に怒号が響き渡る。


「ふざけおってぇーーーーーーーーー!」


 ブレイルの怒号を聞いてダムスは理解する。一方のクリエは「やっぱり」というような呆れた表情でブレイルを眺める。


(予想はしていたけど……。効いてないわね。魔法が効果ないのか……。恐ろしいまでの防御魔法を展開しているのかはわらないけど、魔法戦じゃあジリ貧ね。……でも、もう次の一手は打ってあるわ! お願いね! !)


 突如として前線に三人の人間が転移される。ブレイルからの距離は約一キロメートル。当然だがブレイルも視界にその三人が入る。ブレイルは睨みつけるように眺める。


「なんだ。貴様等は……」

「へっ! 俺達かよ? お前をぶっ倒す! 勇者様ってやつじゃねぇーか! 化けもん!」


 ブレイルの前に転移して来たのは、フィッツ、モルザ、オウカロウの三人だ。戦いは加速していく……

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