第67話 真実……作戦開始

 リディアからの追求に、クーダは真剣な表情になり真実を告げる。そんなクーダからの言葉をリディアは黙って聞いている。


◇◇◇◇◇◇


 一方のカイ達はリディアから言われたように、二人から距離をとりながら周囲を警戒する。目に見える範囲、気配にも敵らしき者は確認できない。ルーアも空から周囲見渡しているが、特に異常はない様子だ。そんな中、パフはまだ動揺した様子でカイの近くにいる。


(パフ……。何があったんだろう……? 何かあったんだろうけど……。パフが言わないなら俺が無理に聞くのもかわいそうかな……)


 そんなことをカイが考えていると。怒声がカイ達の元へと届く。


「ふざけるな!」


 驚いたカイ達は声を出した方を向く。怒鳴り声の主はリディアだ。


◇◇◇◇◇◇


 険しい表情でリディアはクーダを睨みつけている。今にもクーダを斬りつける寸前のような状態だ。それでも、クーダは落ち着いた様子で佇んでいる。


「落ち着いて下さい。リディア様。真実を知りたいと仰ったのはリディア様ですよ?」

「だからなんだという! そんな話をされて、貴様の……いや、貴様等の目論見もくろみを黙って見過ごすとでも思っているのか!」

「……そうは言いますが、それではどうされるのですか? リディア様。私は――」


◇◇◇◇◇◇


 カイ達はリディアとクーダの話し合いの様子を遠目で観察をする。先程までとは違いリディアが興奮している様子を感じ取ったカイは緊張を高める。


(なんだ? 内容はほとんど聞こえないけど……、師匠が怒っているのは確かだ……。何か起こるのか?)


 周囲に目をやりながら気配も探るが、敵とおぼしき姿は影も形もなかった。しかし、遠目ではあるがリディアの様子を見る限り何かが起き始めているとカイは警戒を強める。


 何事もなく時間だけが経過していく。そして、クーダと話をしていたリディアが足早にカイ達の元へと戻ってくる。戻ってくるリディアの表情はとても険しく何かがあったのは明白だった。


 リディアはカイ達と合流するとクーダとの会話について説明をすると思いきや全く違うことを口にする。


「……カイ、ルーア、パフ、すぐにサイラスへと帰るぞ」

「えっ? あ、は、はい。師匠……」

「なんだよ。その前にあの姉ちゃんから何を言われたか説明しろよ」

「り、リディアさん……」

「説明はするが、それは後だ。とにかく一刻も早くサイラスへと帰る。そうしなければまずいことになる」


 険しい表情で語るリディアを見てカイ、ルーア、パフは息を呑む。


「カイ、ルーア、パフ。鞄の中に大切な物を入れているか?」


 突如として全く違う種類の質問されて三人は顔を見合わせる。しかし、リディアの言葉から時間がないということは理解できるため、三人は手短に答える。


「特には……。剣は持ってますし……。『防御くんⅡ』も手首にある。ドランさんの鎖帷子チェインメイルも身に着けてる。あっ! えーっと。ロイのお守り、お守りは……。あった。これで、よし!」

「私は特にありません……」

「俺様は、食い物全般だな! お前らに内緒で『ランページボア』の干し肉とムーの奴が焼いたクッキーだろう。それと――」

「よし。では、少しでも帰還の速度を上げるために鞄は置いていく。パフ。背負っている鞄を降ろせ」

「おい! 聞けよ! 俺様を無視すんな……って、何ー! 置いていくだぁー!」


 ルーア程ではないが、荷物を置いていくということにカイも少なからず驚く。


「あの……、師匠。特別な物ではないですけど……。予備で持ってるミスリルの鎖帷子チェインメイル回復薬ポーション、聖水とか、それなりに役に立つ物もあるんですけど……」

「すまない。必要な物は落ち着いた時に買い直してくれ。それよりも今は一秒でも早くサイラスへと帰還する。では、パフ。私に負ぶされ。かなり速度を出すから振り落とされないようにしっかりと掴んでいろよ! ルーア! 貴様は私でもパフでも構わんから掴め!」

「は、はい!」

「ちっ! 相変わらず人の話を聞きやしねぇー!」


 リディアはパフを背負い、ルーアはパフの背に掴まる。そして、最後にカイへ指示を出す。


「カイ」

「はい。師匠」

「君には長距離での移動では高速移動を使用するなと指示していたな?」

「はい」

「その指示を解除する。というより、すまないがサイラスまで頑張って私に高速移動でついて来るんだ。恐らくサイラスに到着するころには疲労で動けなくなるだろうが、すぐに回復魔法をかける。だから――」

「大丈夫です! 師匠! 俺、頑張ります!」


 リディアの言いたいことを察したカイは大きく頷きながらリディアの願いを承諾する。そんなカイを見てリディアは誇らしい気持ちになる。


「よし! では、行くぞ!」

「はい!」


 リディアとカイの二人は目に止まらぬ速度……高速移動で一路サイラスを目指す。そんなカイ達を見つめる人物がいた。ダークエルフのメイドであるクーダだ。クーダはカイ達の姿が見えなくなると微笑みながら一人呟く。


「仲間か。懐かしいわ……。もう、百年も経つのね……。早いもの……。もう、生きている者はいないかな……。アトラスは死んだ……。フリードは……生きているのかしら……? そして……、レオ……」


 少し顔を上に向けた後、顔を軽く左右へと振る。そして、最後に呟く。


「リディア様……。間に合うかしら……? まぁ、どちらにしても私は私のやるべきことをやるだけね……。さようなら。リディア様。また、会えることを祈っております」


 姿の見えない地平へ向けて丁寧に頭を下げて、クーダはその場を後にする。


◇◇◇◇◇◇


 夕暮れまでにまだ時間はあるが、日が落ち始める光景を見ながらサイラス中央門の兵士達は早く日が沈め、時よ経てと願う。そうすれば夜勤の兵士と交代になり、自分達の仕事が終わるからだ。


「さーってと。そろそろ交代かなぁー」

「おいおい! 少し気が早いぞ? 日が沈むまでには、まだ二、三時間はあるだろう?」

「はぁー、夢のねぇ奴だなぁー。いいじゃんかよ。今日は早く上がって一杯やりたいんだよ」

「夢って……、お前の夢は安いなぁー」

「ほっとけ――」


 と門番が話していると突如として人が出現する。


「はぁ、はぁ、なんとか間に合った……」

「り、リディアさん……。す、すぐに降ります!」

「あー……。俺様も腕が疲れた……」


 突然出現した人物に門番が驚くが、その人物がリディアだとわかり警戒を解く。しかし、突如として出現したことを尋ねようとするとリディアが口を開く。


「はぁ、はぁ、お前達! そこをどけ! 怪我をするぞ!」

『えっ?』


 門番が疑問を口にした瞬間に門番の前を何かが通り過ぎた。砂埃を巻き上げた何かは数メートル程の距離で止まり倒れている。


「……つ、着いた……。はぁ……はぁ……」

「えっ!? も、もしかして、か、カイさん? い、いつの間に……」


 門番からの疑問には答えずにリディアはカイの元へと近づくとすぐに回復魔法を使用する。


治癒魔法キュア


「……あ、……ありがとう……ございます……。師匠……」

「いや……、無茶をさせた……。すまない……。『治癒魔法キュア』である程度の疲労と体力は回復させる。大変だろうがすぐに行かなければならない場所がある。一緒に来てくれ……」

「はい!」


 返事をしながらカイは立ち上がりサイラスへと入ろうとする。そこへ、門番が遠慮がちに声をかける。


「あ、あのー……。何があったんですか……?」

「た、確か……、リディアさん達は……、ムスルフ公の依頼では? もしかして、全員がこれから帰還されるんですか?」


 門番の質問に対してリディアは答えずに一方的に指示を出す。


「丁度いい……。緊急事態を伝えろ」

「えっ? き、緊急事態……ですか?」

「そうだ。白銀しろがねの館へ。キーンとアルベインを呼べ! 至急だぞ!」

「えっ? えっーーーーーーー!? き、キーン兵士長とアルベインさんをですか?」

「そうだ」


 リディアは短く告げると足早に去ろうとする。そんなリディアの背に門番が叫ぶような声で伝える。


「り、リディアさーん! アルベインさんも忙しいですけど、キーン兵士長は予定が詰まっていると思いますよー!」

「緊急事態だ! 剣闘士大会優勝者のリディアがそう言っていると伝えろ!」


 そういうと有無を言わさずにリディア達は去っていく。



 リディア達は白銀しろがねの館へ到着すると足早に受付へと近づく。すると、懐かしい人物が出迎えてくれる。


「あれー? リディアさん達じゃないですか? お久しぶりです」

「あっ……。ルーさん」

「おっ! エルフの姉ちゃん」

「あの人は……」

「あっ……。パフは知らないか……。えーっと。白銀しろがねの館で二十年も働いているベテラン受付嬢さんで、俺達の依頼をよく担当してくれているんだ。最近は里帰りしていなかったけど――」

「はいー。お昼頃に帰ってきたんです。今日は仕事というよりは、勘を取り戻すために手伝っているんです! でも……、大きな仕事の依頼があったみたいで、ほとんど人が残っていないんです。あれ? そういえば、レイルちゃんからカイ君達も――」


 そんな話をしているとリディアが割って入る。


「すまない。久しぶりの再会で話したいことは多くあると思うが一刻を争う。ルー。お前にも力を借りたい」

「はぁー。私の力ですか? 何をすれば?」

「ギルド長に会いたい」

「えっ? ギルド長にですか?」

「そうだ」

「わかりました。調整しますけど……、あの方はお忙しいので時間が――」

「そうじゃない。今すぐに会わせて欲しい。緊急事態だ!」


 突然の申し出にルーは驚愕するがリディア、それにカイ達の表情を見て事の重大さを認識するとすぐに動き出す。


「……わかりました。ついて来て下さい」


◇◇◇◇◇◇


 ギルドホーム:白銀しろがねの館は五階建で内部には旅や冒険に必要な施設などが設置されている。


 地下一階:武器屋&防具屋 

 一階:受付、食堂&酒場

 二階:道具屋

 三階:訓練場

 四階:事務室、待合室、貴賓室

 五階:ギルド長の部屋、会議室


 一般人が訪れるのは、大抵が地下一階から三階までが主となる。この他にも医務室や娯楽室などが設置されている。リディア達が会おうとしているギルド長がいるのは五階奥にあるギルド長室となる。そこではギルド長であるスレイ・ケーネスが山のような書類に目を通しながらサインをしている。


スレイ・ケーネス:サイラスにあるギルドホーム、白銀しろがねの館のギルド長。少し癖毛のある黒髪、人当たりのよい笑顔で終始いるが、時折見せる眼光は鷹を思わせる程に鋭い。まだ、三十歳後半という若さでギルド長の座についている。常に正しくあれと自分にも他人にも厳しい。しかし、情にも熱く。ある程度ならばルール等を無視して弱者を助けることもしばしばある。


「ふぅー……。相変わらず、忙しいな……。だが、仕方がないか自ら選んだ道だからな……」


 机にある書類の山を見ながらスレイはぼやく。ギルド長であるスレイが忙しく書類仕事をするのには理由があった。それは、約十年前にスレイがギルド長になったことが起因している。前ギルド長はスレイの実の父親スルド・ケーネスだ。しかし、このスルドはお世辞にも善人とは言えなかった。白銀しろがねの館はケーネス家が代々ギルド長を務めている。そのため、スルドは特に何の努力もなくギルド長へと昇り詰めた。だが、スルドはギルド長の器ではなかった。スルドが興味を持ったのは金銭のみ……。ギルド長として、困っている人のためにという気持ちは微塵もない。そんなスルドの元には利益のみを優先するような、どうしようもない人間ばかりが集まり、白銀しろがねの館は裕福な者が優遇されるというギルドホームの平等な精神とは、かけ離れた組織へとなっていく。


 ギルド本来の困っている人を助ける。そんな精神のない白銀しろがねの館を改革したのがスルドの息子であるスレイだった。スレイは父の後を継ぐために白銀しろがねの館で働くことになるが、働いてすぐに父親の悪質な運営に気がつく。息子として、ケーネス家の一員として、父親に運営方法を転換するように説得をするがスルドは耳を傾けようとはしなかった。逆にスルドは口うるさい息子を疎ましく思うようになってしまい。スレイをギルドから……いや、ケーネス家から勘当して追い出してしまう。そんな途方に暮れたスレイに手を差し伸べたのは、サイラス貴族トップのアルベルト・ヴェルトだ。アルベルトは以前より、白銀しろがねの館を正しい状況に戻したいと願っていた。そんな折に、スレイの話を聞きつけて協力を呼びかけたのだ。その話にスレイは渡りに船と協力をする。ヴェルト家の後ろ盾があるのならば、後は証拠さえあればスルドを白銀しろがねの館から追い出すことが可能となる。


 証拠を探し続けるスレイとアルベルトの元に一人の女性から情報が渡される。今まで受けた依頼の内容をコピーした書類を保管していると。その女性とは、白銀しろがねの館で受付嬢をしているエルフの女性ルーだ。ルーからの情報は正確で、この情報を証拠にアルベルトが動く。そして、スルドとその取り巻きはあっけなく告発されて逮捕される。逮捕時にスルドはスレイに泣きながら助けて欲しいと懇願するが、スレイはそんな父親にあることを伝える。


「あなたに言うことは何一つない……。いや、一つだけあった。あなたをケーネス家から永久追放する。今後、ケーネスの名を名乗ることは許さん!」


 こうして、スルド・ケーネス……いや、ただのスルドは長年に渡りサイラス市民を苦しめ私腹を肥やした罪に問われ、懲役五百五十年の刑を言い渡される。そして、スレイが正式にギルド長へと着任することになる。しかし、長期にわたる不正が横行していたこと。思っていた以上に上層部の人間が関与していたこともあり、多くの雑務が残り人員が大幅にいなくなってしまう。そこから、今日に至るまで過去の不正を清算、人員の補充、市民への信頼回復などやることが山のようにできてしまう。


(全く……。あんな父親を持ったのが不幸だな……。しかし、ようやくここまできた。過去の過ちにより、当時は市民からの信頼は失墜していたが、現在は市民からの信頼も厚く。過去の過ちによる清算も五年ほどで終了させた。あとは、優秀な人員の補充だが……。これが、一番の問題だな……。優秀な奴ほど、腹黒い奴が多すぎる。優秀故にか、一般市民を下に見る傾向がある。一体何人を雇い入れて、何人を辞めさせたのか……。百からは面倒で覚えていないなぁ)


 そう、一番の問題は人員の確保だった。この問題が約十年経過した今でも完全には改善されていない問題だ。そのため、ギルド長のスレイが率先して書類仕事を行っている。そんな忙しい時間に前室の扉が叩かれ人が入ってきたことをスレイは認識する。


「うん……? 誰だ? 約束はなかったと思うが……」


 怪訝な表情を浮かべているスレイの元に、秘書となる女性がノックをした後に扉を開けて訪問者の情報を伝える。


「失礼します」

「どうした? 何か問題か? それとも来客か?」

「はい。あの……受付のルーさんが至急ギルド長へお会いしたいと……」

「ルーさんが? そうか、わかった。通してくれ」


 本来なら年上とはいえルーはただの受付嬢。ギルド長のスレイが敬称をつける必要は全くないのだが、不正の追及への協力や長年受付嬢としてギルドを支えてくれている存在としてスレイはルーへ感謝を込めて敬称を付けている。そして、それはギルドにいる多くの者が理解して尊重していた。


「失礼します。ギルド長、お忙しいところ申し訳ありません」

「全くだ――と、普通なら言うのですが……。ルーさんは特別に許しますよ。とはいえ、見ての通り仕事が山積みでしてね。手短にお願いできますか?」


 スレイは笑顔で机の上で山積みになっている書類を指差しながら、ルーへおどけた口調で説明する。しかし、ルーは真剣な表情でスレイへ伝える。


「手短にできれば、良いのですが……。事態は急を要するようです……」

「うん? それはどういう――」

「すまないが、邪魔をする」


 スレイとルーの会話が途中だが、リディアが乱入をしてくる。突然のことにスレイは目を丸くさせ驚く。しかし、スレイが口を開く前にリディアが声をあげる。


「お前がギルド長だったな。剣闘士大会で見た顔だ」

「え……、あ……、あぁ、わ、私がギルド長のスレイ・ケーネスだが……。君は……いや、あなたは確か……剣闘士大会で優勝されたリディア殿ですよね?」

「そうだ。私はリディアだ」

「えーっと。突然のことでよくわからないが……。何か私に用でも?」

「あぁ。サイラスに危機が迫っている」


 リディアの言葉にカイ、ルーア、パフ、ルーといった者の表情が驚愕に変わるが、スレイは呆れた表情に変化する。


(はぁ……。またか……。ムスルフ公といい。どうして、根拠もないのに危機、危機……と。とはいえ……、剣闘士大会優勝者だ……。無下には扱えないか。仕方がない。明日にでも少し時間をとって話を聞くか……)


「そうですか……。この間、ムスルフ公も似たようなことを仰っていましたが……。同じ内容ですかな? まぁ、詳しい話は明日にでも――」

「それでは間に合わん。それから言っておくが、その貴族と共にサイラスから出た者達はもう帰っては来ない」

「うん? 帰って来ない? 何かトラブルでもあったと?」

「トラブルの定義にもよるが、奴らは――」


 次にリディアが口にした言葉を聞いた者は一瞬で言葉を失う……。



「――奴らは全員殺される。もう救えない」

『――ッ!!!!!』


 「全員が殺される」その言葉の意味することは……。


 つまり、サイラスを出発した五百六十四名の全てがこれから死ぬということだ。多くの戦士、魔術師、神官を含んだ五百六十四名という尊い命が失われる。あまりの言葉に誰もが言葉を失う。そんな中で、ギルド長のスレイは重くなった口を開く。


「……か、確認させてもらう……。それは事実なのか? ムスルフ公が連れて行った人数は五百名を超えるはずだが……? その全てが戻って来ない。殺されたというのか……?」

「そうだ。だが、正確に言うなら今は生きているはずだ。しかし、これから殺される。残念だが救う手立てはない」

「……言っている意味は少しわからないが……、事態は急を要しているようだ……」


 スレイは近くにあるコップを手に取りお茶を一気飲みする。乾いていた喉を潤すと指示を出す。


「ネック! 今日の仕事は全てキャンセル! 明日以降の仕事も一時的に未定にしろ! それから、大至急! 貴族代表としてヴェルト家当主のアルベルト様、サイラス兵士長のキーン殿、神殿の神官長ホロ・ホープ殿、サイラス商会を仕切る二人パッセ殿とケイミー殿、そして、白銀はくぎんの塔へも誰か代表者を出してもらうように打診をしろ!」

「は、はい!」


 スレイからの怒濤どとうの如き指示に秘書のネックは焦りながらも従う。指示を出し終えたスレイは疲れたように椅子に腰かける。そんなスレイにリディアはあることを伝える。


「そうだ。キーンとアルベインなら、そのうちここへ来るはずだ。中央門の門番に言伝をしたからな」

「……そうですか。ですが……、詳細は話していないのでしょう?」

「あぁ、込み入った話になる。なるべく一度で済ませる方が効率はいいだろう」


 スレイは両手で顔を覆うようにしながら、疲労の色濃い顔でいる。そして、聞きたくはないがリディアへと尋ねる。


「……リディア殿」

「なんだ?」

「再度確認しますが……、五百名以上の人間が今は生きていて……、これから全員が殺されると……?」

「……そうだ。これから殺される」

「……そうですか……。なんということだ……」


 スレイは祈るように天を仰ぐ。


「し、師匠……。何が起こってるんですか……?」

「カイ……。これから起こることは、私達の想像を超える出来事だ……。私達は……いや、サイラスはこれから未曾有の危機に見舞われる」

「師匠……」


 リディアとカイの会話は終了して二人は黙って時が経過するのを待つことしかできなかった……


◇◇◇◇◇◇


 サイラスから五十キロメートル離れた草原地帯。ムスルフ公が目的地と決定した場所……いや、正確に言うなら、この場所を目的地としたのは白銀はくぎんの騎士であるシルバーだ。当初の予定通りに、ムスルフ公が率いる五百六十四名が到着している。そのため、周囲の草原に似合わない明りや人の声で賑わっているはずだ。だが、実際には明りがところどころに灯ってはいるが、人の気配など全くない。


 すでに、夜の闇に支配されているこの場所に人間は誰一人としていなかった。いるのは周囲を埋め尽くす不死者アンデッドと絶対的二人の強者とその副官だけだ。


 五大将軍の『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ。同じく五大将軍の『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン。そして、レイブンの副官であるリコルだ。


「ふふふふふ。作戦通りね……」

「うむ、うむ、うむ。壮観なり!」

「やりましたね! レイブン様! トリニティ様!」


 レイブン、トリニティ、リコルの三人は満面の笑みで不死者アンデッドの大軍を眺めていた。

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