第66話 決裂
日が昇り始め、夜の静けさが残る大地を多くの馬車や人の波が闊歩する。サイラスから出奔した戦士、魔術師、神官を含んだ五百六十四名だ。彼らの目的はサイラスを襲うといわれている
そのため、彼らは進軍している。だが、目的となる
五百人を超える人数の移動だが、すでに中間地点と目的地には簡易の休憩所をムスルフが設置している。予定では中間地点へ昼頃に到着して神官達により、馬と歩行での移動者を回復させて再度進軍。夕刻までに目的地へと移動を完了させることになっている。
進軍自体は驚くほど順調だった、本当にこれから恐ろしい
ここまでの移動を歩行していた移動者を優先して神官が魔法で回復させる。中間地点では約二時間ほどの休憩の後に再度進軍予定となっているが、予定よりも順調に進んでいることもあり、このままいけば夕刻までには目的地へと到着することが可能だ。
休憩所でカイ、リディア、ルーア、パフは食事をとる。カイ達四人はクーダの計らいにより馬車が一台あてがわれたこともあり、移動による疲労はほとんどなかった。唯一あったのは馬車による揺れからくる酔いにパフが苦しんでいることだ……。
「……うぅ……。気持ち悪いです……」
「大丈夫? パフ? 食事は無理でも水分だけでもとった方がいいよ?」
「……あぅ……。ありがとう……ございます……。カイさん……」
「けっ! 馬車で酔うなら言っとけよ!」
「……そう言われても……私、馬車に乗るの……生まれて初めてで……」
「えっ? そうだったの?」
「……はい……。奴隷だった頃は……常に歩かされていましたから……」
パフの告白に驚くと同時にパフのかつての境遇を思い出し悲しさと怒りがカイ、ルーア、リディアへ湧きあがる。その空気を察したパフは酔いによる気持ち悪さの中、無理に笑顔を作る。
「あっ……。で、でも……、みなさんと一緒にこうやって旅が出来るのは、とても楽しいです! だから……、その……」
苦しい中でも周囲を気遣っているパフ。カイはそんなパフの頭を優しく撫でる。撫でられたパフは頬を赤く染めて、尻尾を揺らして喜ぶ。そんな二人をリディアとルーアは笑顔で見ている。そして、食事も終了してパフの酔いもある程度回復したところでリディアが声を殺して話を始める。
「ここまでは、何事もなく進んでいる。おかしいところは何もないと思うが……。何か妙だと感じたことはあるか?」
問われたがカイ、ルーア、パフは顔を見合わせて全員が首を横に振る。
「すみませんが、俺も特に何も感じません」
「俺様もだ。つっても、妙なことっていうのが曖昧でわかんねぇー」
「……えーっと。特には……。でも……、あの、リディアさんに頼まれたことなんですけど――」
「こちらにいらしたんですね」
『――ッ!!!』
突如として声をかけられてカイ、ルーア、パフは驚く。しかし、リディアは声をかけた人物が近づいて来ていることを気配で察知していたので、特に驚きはせずにいつもの調子で返答する。
「何か用か……? クーダ」
リディアが振り向いた先には優しい笑顔を浮かべているダークエルフのクーダがいる。戦士だらけの場所にメイド姿のダークエルフというおかしな光景だが、特に誰も疑問視はしていない。彼女のことは、この依頼に参加している者なら誰もが知っているからだ。クーダは笑顔で頭を下げる。
「はい。急なご依頼をしてしまったのにも関わらず参加して頂いた感謝を述べさせて下さい。みなさま、本当にありがとうございます」
丁寧なクーダの挨拶にカイ、パフが慌てながら頭を下げようとするとリディアがクーダへと言い放つ。
「別に感謝される言われなどない。依頼を受けたから来ただけだ。それよりも、目的地の意図はなんだ?」
「意図ですか?」
「そうだ。
リディアからの疑問にクーダは困った表情を浮かべる。
「……大変に申し訳ありませんが……。そのことに関してはシルバー様のお考えです。私ではお答えすることはできかねます」
「そうか。ならいい」
答えはでないと判断したリディアは早々に話を切り上げるが、クーダはその場を去らずに笑顔で佇んでいる。
「あれ? あのー、クーダさん? まだ、何か御用なんですか?」
「はい。用事というほどではないのですが、よろしければカイさん、ルーアさん、パフさんともお話をしたいと思いまして……」
「えっ?」
「あん? なんで俺様達と?」
「えーっと。私は別に大したことはない荷物持ちなんですど……」
「リディアさんとはお話をさせてもらいましたが、お三人とは話をしていませんでしたのでよろしければ!」
丁寧な口調で軽く会釈をしながらクーダは説明する。カイ、ルーア、パフはクーダの真意を測りかねて少し困惑する。その様子を見ていたリディアが口を開く。
「カイと話すのは構わんが、ルーアとパフはこれから私と用事がある。だから、遠慮してもらおう」
『――ッ!!!』
突然のリディアからの言葉にカイ、ルーア、パフは驚愕する。その理由は単純に寝耳に水の話だからだ。これからどうするかなど、全く決めてなどいなかったはずだがリディアは当たり前のように話をする。恐らく何か理由があるとは予測できたが、理由はまったくわからなかった。三人の中でもカイが一番困惑する。なぜなら、ルーアとパフはリディアと一緒に行動するため、問題はないがカイはこれからクーダと一対一で話をすることになるからだ。
(嘘でしょう……。師匠……。俺……。うまく誤魔化せる自信ないですよ……?)
そんなことを考えながらリディアへと助けを求める視線を送ると、リディアは立ち上がる。
「では、我々は失礼する。行くぞ? ルーア、パフ」
「お、おう!」
「は、はい……」
リディアは平然とルーア、パフは少し困惑気味に立ち上がる。三人がクーダへ軽く会釈して去る。そして、去り際にリディアがカイへある言葉を伝える。
「カイ。私は二人と行く。二人のことは任せろ。あと、いつも言っていることだが、私は君を信じている」
「あっ……。は、はい! 師匠! 信じて下さい。それから二人のことをお願いします!」
たったの一言だったがリディアから言われた「信じている」という言葉でカイの迷いや不安は全て払拭される。出会ってから今まで一緒に行動してきた、カイとリディアの二人にしかわからないが、言いたいことは理解できたからだ。
リディア、ルーア、パフが去った後、残されたのはカイとそのカイを笑顔で見つめるクーダだけだった。カイはクーダを見てあることを思い出して尋ねる。
「あれ? そういえば、今日はあのオウムは連れていないんですか?」
「オウム? あぁ、コールのことですね! はい。コールは大人数に驚いたのか疲労が見えましたので、シルバー様のところにいます」
「そうなんですか。でも、本当に賢いオウムですよね。ただ喋るだけじゃなくて言葉の意味もちゃんと理解して喋るなんて……」
カイの言葉にクーダは満面の笑みで返答しながら感謝する。
「ありがとうございます! カイ様。コールは私の自慢なんです! あの子にはいつも助けてもらってますから……」
コールを褒められてクーダは本当に嬉しいという笑顔で話しながら、少しだけ寂しげな瞳を見せる。しかし、カイがそのことに気がつく前にクーダがカイへ尋ねる。
「……ところで、カイさんはリディアさんと旅をして長いのですか?」
「えっ? 師匠と……?」
「はい。不躾な質問で申し訳ありません。ですが、シルバー様があそこまで絶賛するあなた方に興味があります。それに、個人的にもカイ様には興味があるんです」
「えーっと。そんな大した話じゃないですけど……」
(これって、どう言えばいいんだろう……? 何か探られてる? でも、今の事じゃなくて昔のことを知りたいの? ……うーん。どうするか……。でも、師匠達は何かを探ってるんだろうなぁ……。師匠達を動きやすくするためにも、ここは話をしてクーダさんを足止めしよう)
考えをまとめるとカイは話を始める。リディアとの出会いからの話を……。
◇◇◇◇◇◇
一方、カイと別れて行動しているリディア、ルーア、パフは三人で中央のテント付近へと移動していた。その途中でルーアが疑問を口にする。
「おいおい。どこ行くんだよ?」
「……シルバーのところだ」
「あん? あのかっこつけ野郎のところ? なんで?」
「クーダに関してはわかった……。後はあいつだからだ」
「はぁー?」
リディアからの返答を聞いてもルーアは意味がわからずに首を傾げる。そうこうしているうちに中央のテントまで進んできていた。しかし、当然のように中央テントにはサッチを含む多くの護衛がテント周囲を囲んでいる。護衛が多くいる理由は、このテントにいるのはシルバーだけではないからだ。今回の依頼を金銭的に支援して依頼主であるムスルフと息子のマールもいるためだ。リディアがどのようにシルバーと接触しようかと考えているとサッチがリディア達に気がつく。サッチは前日の件があるため、リディアを睨みつけながら敵意をむき出しにして尋ねる。
「これはどうも、リディア殿。このようなところに何かご用ですか? ……まさかとは思いますが、ムスルフ公にまで金銭をたかるおつもりですか?」
サッチからの言葉にリディアは特に変化がないが、ルーアとパフの表情は明らかに変化する。一方的にリディアを責めるような発言が気に入らなかった。ルーアがサッチへ文句を言おうとするが、その前にリディアが口を開く。
「お前の言いたいことはなんとなくわかるが……、ここで話すことか?」
「……私はね……。あなたやカイ殿を尊敬していた! 憧れていた! サイラス剣闘士大会の優勝者、準優勝者。我々にとっては目標とする存在! そんなあなたが、昨日のような振る舞い! 金銭に汚い人間とは腹立たしいのだ!」
不満から怒りへと変化していくサッチに周囲の護衛が落ち着くように諭すが、サッチはその言葉に耳を貸そうとしない。サッチ達がごたついているところにリディアがルーアとパフにだけわかる様に小さな声で指示を出す。
「ここは、気にするな。お前たちだけで……。シルバーの元へ行け。ルーア。パフを守れよ」
「へっ! 任せとけって!」
ルーアとパフはリディアの指示に従いこっそりと護衛達の間を縫うようにして中央のテントへと向かう。入り口には他の護衛がいるため、ルーアとパフは見つからないように裏手へと移動する。
が、ルーアとパフは何かにぶつかり地面に倒れる。
「いて!」
「きゃっ!」
「くそ! 誰だ! こんなところに突っ立ってんじゃ――」
「ルーアさん? どうしまし――」
ルーアは文句を言っている途中で、パフはそんなルーアを見上げた時に気がつく。自分達がぶつかった人物に……それは、
「侵入者! 侵入者!」
オウムのコールが連呼した「侵入者」という声に気付いた護衛がシルバーの元へと集まる。ルーアとパフは慌てるが護衛達の動きをシルバーが手を上げて制する。シルバーの行動の意味を悟った護衛は戦闘態勢を解く。そして、シルバーはパフを気遣い右手を優しく差し出す。まるで、悪漢から救ったヒーローのような光景だ。
「あ、ありがとう……、ございます……」
(……怖そうに見えるけど、優しい人なのかな……。あ、そういえば……、リディアさんから頼まれたことを……。えーっと、コールちゃんは……。あれ? 昨日と違う……。私の勘違いだったのかな……? えーっと。じゃあ、この人は……)
パフはシルバーから伸ばされた手を掴もうとしながら、リディアから頼まれていたあることを同時に行っていた。そして、そのことでパフは気がついてしまう。シルバーの正体に……。
「――ッ!」
パフは優しく差し出されたシルバーの手を思い切り弾くと自力で飛び上がるようにその場から飛び
「い、いやぁ……、た、助けてーーーーーーーーーー! カイさーーーーーーん! リディアさーーーーーーーーーーーん!」
◇◇◇◇◇◇
リディア達と別れたばかりのカイ。
「と、いうわけで、師匠に剣を教わっているんです」
カイはリディアとの出会いと剣を教わっている理由をクーダへと話す。話を聞いたクーダは申し訳ないような表情でカイに謝罪する。
「……そうだったのですね。申し訳ありません。カイ様。そのような辛い事情があったのに……私は何も考えずにお話を聞いてしまいました……。カイ様を傷つけて……」
「い、いえ、気にしないで下さい。……別にクーダさんのせいじゃないですから……」
クーダからの謝罪にカイは慌てた様子で気にしないように話す。そんなカイにクーダはまた感謝を伝える。その後、クーダから思いがけない申し出がくる。
「ありがとうございます。カイ様。……カイ様がリディア様を信頼していらっしゃることがよくわかりました。そんなカイ様にこんなことを言うのはどうかとも思いますが……。カイ様。よろしければ私達の元で修行をしませんか?」
「はぁーーーー!?」
あまりにも突然のクーダからでた申し出にカイは素っ頓狂な声を出して驚く。驚いたカイを置いてクーダはカイの目を見ながら話を続ける。
「驚かれるのも無理はありません……。ですが、先程のカイ様から聞いたお話ではカイ様は強くなりたいと希望されています。シルバー様はお強いです。リディア様もお強いとは思いますが、シルバー様はリディア様とはまた違う強さをお持ちです」
「違う強さ……?」
「はい! ですから、カイ様が強くなるためにも悪くないお話だと思うのです!」
クーダからの提案。それは、強さを求める者にとっては願ってもない願いだろう。圧倒的な力を持つシルバーの元で修行ができる。上手くいけばシルバーと同様の力を身に着けることができるかもしれない。そんな魅力的な申し出に対するカイの返答は早かった。カイは当然のように――
「お断りします」
「えっ……?」
迷いの全くないカイの即断にクーダは驚くと同時に言葉を失う。
「……クーダさん。俺は強くなりたいです。でも、ただ強くなりたいんじゃないんです。俺は――」
カイは思い出す。自分が強くなりたいと願ったあの日を……。
リック村の惨状……。
死んでいった村人……。
救ってくれたリディア……。
「――俺は、リディアさんのように強くなりたいんです! だから、リディアさんから……師匠から他の人に師事を仰ぐことはできません!」
「……で、ですが――」
「助けてーーーーーーーーーー! カイさーーーーーーん! リディアさーーーーーーーーーーーん!」
話の途中に響いた絶叫にクーダは驚いたように顔を声の方へと向けるが、カイは即座に反応して高速移動でパフの元へと向かう。
◇◇◇◇◇◇
ルーア、パフと別れたばかりのリディア。
「あなたに恥はないのか! あんな方法で金銭を要求するなど!」
「あんな方法……。確かに私が行った言い方や方法は誤りだ。しかし、そんな条件を考えもせずに受けたのはクーダ自身だ。私は強制も脅迫もしていないぞ?」
「そういう問題ではない!」
サッチは感情が昂り冷静に話ができる状況になかったが、リディアとしては注目を浴びているおかげでルーアとパフが自由に動けるだろうと状況に満足している。そんなとき……
「助けてーーーーーーーーーー! カイさーーーーーーん! リディアさーーーーーーーーーーーん!」
パフの絶叫にサッチを始め護衛の多くが何事かと周囲を警戒するが、リディアは瞬時にパフの元へ高速移動で向かう。そこには怯えるパフと困惑するルーア、周囲を囲んでいる護衛に首を傾げるシルバーの姿があった。リディアはパフを庇うようにパフの前に出る。次の瞬間にはカイがパフを守る様に自分の背でシルバーから隠す。カイとリディアが来てくれてパフは安心したのかカイへとしがみつき恐怖で泣きだす。ルーアは遅れてカイ達の元へと飛んでいくが状況が理解できないでいる。しかし、それは手を弾かれたシルバーも同様だった。シルバーは首を傾げながらパフを兜の下から見つめる。そして、周囲で見ていた護衛も意味がわからなかった。倒れた少女に優しく手を差し伸べただけのシルバーになぜ少女があそこまで怯えるのかが理解できないでいる。
混乱している場へサッチを先頭に多くの護衛が集まる。少し遅れてクーダも到着する。しかし、誰もこの状況を理解できないでいた。サッチは最初から見ていた護衛に話を聞く。一方のパフは怯えながらもリディアの服を掴み頼まれていたことの結果をリディアへと耳打ちして伝える。パフから聞いた内容でリディアは全てを理解する。だが、リディアがシルバーへ詰め寄る前にサッチが声を荒げる。
「全く! どういうつもりなんだ!」
サッチの怒声にリディア達は怪訝な表情になるが、サッチはおかまいなしに感情を昂らせて怒鳴りつける。
「なんのことだ」
「その少女のことだ! 今、部下から話を聞いた。聞けば、そこにいる
全ての非がパフにあるとサッチは断罪するような口調で訴えるが、リディアはパフを庇うようにしてサッチへと伝える。
「それは違う。パフをここへと誘導したのは私だ。だから、パフを責めるのはやめてもらおう。責めるのなら私にしろ」
リディアの言葉にサッチはついにキレた。
「ふざけるな! 遊びじゃないんだ! これはサイラスを守るための作戦なんだぞ! ここに来た大勢の者はサイラスを守るために集まったんだ! あんたみたいに金目的じゃないんだよ!」
「うるさいぞ! 何を騒いでいるのだ!」
場があまりにも騒がしくなり、テントの中で休んでいたムスルフとマールが現れた。クーダはムスルフとマールを見るなり、
「おい! 貴様! それは事実か!」
「それ? それとは何のことだ?」
「サッチが言ったことだ! 依頼料が金貨二百枚で、そこにいる
「事実だが、何か問題でもあるのか?」
全く悪気のないリディアの態度にムスルフ、マール、そして、周囲にいた護衛は不快気に表情を変化させる。
「貴様は……誇りがないのか! サイラスを守るためにシルバー殿やクーダ殿は来てくれたのだぞ! そんな者から詐欺のような方法で金銭をだまし取るとは恥を知れ! 貴様に命じる! この場で昨日受け取った金貨を全て返却しろ!」
ムスルフの……この作戦の依頼主からの命令。本来であれば従うべきかもしれないが、リディアの答えは決まっている。
「断る」
「なっ! き、貴様! わ、私の命令を……依頼主でもあり、貴族でもある私の命令に逆らうというのか!?」
「そうだ。ここで、はっきりさせておこう。私はお前に雇われてなどいない。今回、ここへ来たのはクーダから直接依頼をされたからだ。だから、お前に従うつもりなどない。そして、クーダにも事前に言ってあるが、私は作戦に参加することを承諾などしていない。私は同行を承諾したのだ。お前らのくだらない作戦に従う理由もない」
余りに一方的なリディアの主張にムスルフ、マール、サッチだけでなく。周辺の護衛からも非難の声が浴びせられる。
このことが原因となり、リディア、カイ、ルーア、パフは集団から出て行くように勧告される。その言葉にリディアは全く動じることなく一言だけ言い放つ。
「わかった。クーダ。すまないが、私達はここまでだ。だが、前金に関しては返却しない」
そんなリディアの言葉に周囲からは罵るような罵声が飛び交う。
「金の亡者!」「見損なったぞ!」
「何がサイラスの英雄だ! 恥を知れ!」
「帰ったら、お前の本性をばらしてやる!」
◇
こうして、カイ、リディア、ルーア、パフの四人はサイラスへと帰還するべく来た道を戻ることになる。行きとは違い馬車は無いが、サイラスから約二十キロ程しか離れていないので特に問題はない。問題があるのは、カイ、ルーア、パフの感情面だろう。一方的にリディアが責められるのをとても歯痒い気持ちでいたが、リディアが我慢している姿、リディアの想いを汲んで何も言わずにいた。だが、帰るだけになったことからカイがリディアへと気持ちを伝えようとする。
そこへ、声がかけられる。
「待って下さい! みなさま!」
声に驚いて振り返るとクーダが悲しげな表情で佇んでいる。クーダを見たリディアは睨みつけるような視線を飛ばす。
「なんだ。何かようなのか?」
「お願いします! 私達にお力をお貸し下さい! ムスルフ様、マール様、サッチ様は私が説得します! ですから……」
懇願するクーダを尻目にリディアはカイへと身体を向ける。
「……カイ」
「は、はい」
「ルーアとパフを連れて少し離れていてくれ」
「えっ……。師匠……?」
「二人を守ってくれ……」
「はい! 師匠!」
カイはリディアの指示に従いリディアとクーダから距離をとる。離れて行くカイへクーダは名残惜しそうな視線を飛ばすがカイは視線には気がついているが立ち止まることなく離れて行く。そんなクーダにリディアが言い放つ。
「無駄なことはやめろ」
「えっ……? 何のことですか?」
「とぼけるな。さっきもカイに対してだけ『
「――ッ!」
リディアの指摘にクーダは驚く。そして、リディアを見据えながら口を開く。
「そうですか……。気がつかれていたのですか……。すごいですね。リディア様。ばれないように魔力を外へ出さないようにしていたんですけど……。どうして、わかったのですか……?」
「くだらん。演説の最中にも大勢の人間へ使用しているのを見ている。それに魔力を隠していようが違和感は残る。そこから容易に想像がついた」
「そうですか……。でも、意外ですね。そのことをみなさまの前でご指摘しなかったのはなぜなんですか?」
「意味がないからだ。私がそう主張したところで、貴様が否定をすれば貴様に魅了された人間は貴様を信じるからな」
リディアの指摘にクーダは口元を小さく開けて笑う。その笑みは今までのクーダではありえない笑み、含み笑いのような笑みだ。
「ふ、ふふふふ。そうですね……。あの人達は気がつかないでしょうね」
「そろそろ真実を話す気になったか?」
「はい? 真実ですか? 真実とはなんですか?」
「貴様等の本当の目的だ」
殺気を含んだリディアの視線に晒されてもクーダは余裕を崩すことなく対応する。
「仰っている意味がわかりません。私が『
「そうだな。では、貴様等の不可解な点を指摘させてもらおう」
「不可解な点……ですか?」
リディアの言葉にクーダは眉をひそめる。
「そうだ。そもそも、なぜ貴様等はサイラスから戦士達を遠ざけようとする。
「そのことですか……。解りました。特別にリディア様にはお教えしましょう。それは、シルバー様のお力に関係しています。シルバー様はなんとなくですが、
「ふん。不可思議な力があると言われてしまえば、理屈では論破できないと考えたのか?」
「それは考えすぎでは? この世界には理屈で推し量れないことは数多くありますよ? その一つとお考え下さい」
クーダは丁寧にお辞儀をして話を終了させようとするが、リディアの指摘はまだ終了してはいなかった。
「何を終わらせようとしている? これからだぞ、本番はな」
「本番ですか?」
「そうだ。昨日、貴様は誤魔化したつもりだろう。だが、私は気がついていたぞ」
「……なんのことでしょうか?」
「昨日、貴様は手持ちの金貨がないと外へ一度出たな」
「はい。そうです。ムスルフ様とマール様にお金を借りる必要がありましたから」
「それは、ただのいいわけだろう? あの時、貴様が金を持っていたかどうかは知らないが目的は違ったはずだ」
「……何を仰っているのか――」
「とぼけるな。貴様が帰ってきた時には、オウムがいなかった。なぜだ?」
「オウム……。コールのことですね? コールはペットです。それに、オウムなのですから空を飛びます。外に出て気持ちがよくなり空を飛んでいたのですよ」
「違うな」
確信めいたリディアの言葉にクーダの瞳にも力が入る。
「なぜ、そう思うのですか?」
「その前に、パフが何かを言いかけていた。貴様はその邪魔をした。そして、そのことをパフからもう一度指摘されるのを恐れたから戻ってきた時にオウムを連れて来なかったんだ」
パフの指摘……
クーダの邪魔……
その時の会話とは……
『コールちゃん。すごいですね! ……あれ? でも、少し変わったオウムさんですね』
『はい。ここまで言葉を理解して話すことのできるオウムは――』
『あ……、いえ。言葉の方ではなく。この子の匂いが――』
『あっ! 申し訳ありません。リディア様! 前金の金貨四百枚ですが、今は手持ちが三百五十枚程しかありません。外の馬車でムスルフ様とマール様がいらっしゃるのでお借りしてきます。少しだけお待ち頂いてもよろしいでしょうか?』
『……別に構わん』
『では、すみませんが少し失礼いたします』
思い出したようにクーダは答える。
「パフ様の指摘というのを確認したのですか?」
「あぁ、当然だ。私は気がついていた。だから、あの後でパフに聞いたのだ。何が気になったのかと――」
リディアの言葉にクーダの眉が動揺したように跳ねる。
「――聞いたらパフはこう言った。『大したことじゃないんですけど……、あのオウムさん動物特有の獣臭が全くなかったんです』だそうだ。パフは見ての通り獣人だ。ハーフとはいえ人間とは比べ物にならない嗅覚を持つ。そのパフが感じたのだ間違いはない」
「……そう……ですか……」
クーダは少しだけ下を向く。しかし、すぐに顔を上げて満面の笑みで答える。
「それは当然ではないでしょうか? コールは私のペットですよ? 毎日のように綺麗にしてお風呂へ入れてあげていますから匂いがとれたのでしょう」
「そうきたか。だが、まだおかしなことはあるぞ」
「なんでしょうか?」
「今日、改めてパフにオウムの匂いを嗅いで確認してもらったが、今日は獣臭があったそうだ。しかも、不自然な程にだ」
「それも当然では? いくら綺麗にしていてもコールは動物ですから、洗った後に匂いが戻ったのですよ」
「なるほど。では、貴様に関してはどう説明をする?」
「……私に関してですか?」
「あぁ、パフに確認をしたが、貴様からは森の匂いが全くしないそうだ。ダークエルフは森で生まれる種族なはずなのにだ」
自分の指摘に対してクーダは自信満々な表情で答える。
「当然ですよ。私はダークエルフですが、今は主人に仕えるメイドです。森にはもう何十年も帰っていません。さすがに匂いは消えるでしょう」
「それもそうだな」
「ふふ。これで、リディア様の疑問も解けましたね?」
論破できたと確信するクーダだが、リディアは最後の質問をクーダへする。
「まだだ、肝心な疑問が残っている」
「肝心な疑問ですか?」
「そうだ。なぜ、さっきパフがあそこまで怯えたのかわかるか?」
「パフ様が怯えた理由ですか? それは解りかねます。ですが、失礼を承知で申し上げるのなら、あのように怯えてしまうのはパフ様が子供だからでは?」
「残念だが、パフは貴様が思うような臆病な子供ではない。パフは勇気のある私達の大切な仲間だ。パフが怯えた理由はあの男の――シルバーの匂いも嗅いでもらったからだ」
リディアからの言葉を受けて、笑顔だったクーダの表情が崩れる。みるみると目が見開かれ驚愕の表情へと変化する。そして、呟くように小さな声を漏らす。
「……シルバー……様の……匂い……を……?」
「そうだ。パフからの答えを聞いて私も驚いたが理解した。あの男の異常な部分をな……。まぁ、それはいい。パフから聞いたぞ。あの男からは○○がしたそうだ」
最後のリディアからの指摘を受けたクーダは驚愕の表情から諦めたような表情になり顔を下へと向ける。そして、か細い声で呟く。
「……そうですか……。それでは……もう……ここまで……ですね……」
最後の質問を受けてクーダは自分達の秘密を暴かれたと諦める。
しかし、次にクーダが顔を上げた時の表情は真剣そのものだった。
「わかりました……。リディア様。あなた様には真実をお伝えします。そう、真実を私達の真の目的を――」
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