第58話 矯正

 スターリンを捕らえたレイブンは、スターリンへ拷問を執り行う。まず、スターリンに仮初かりそめの不死を与え、死ねない身体へと作り変えた。そんなスターリンへあらん限りの苦痛を与え続ける。泣こうが、喚こうが、精神が崩壊しようが、スターリンを生かし続けて拷問を続ける。この拷問はレイブンが死ぬまで続くだろう……。


 そんな拷問部屋からレイブンは出てくる。あとの拷問は配下の魔物へと託す。そこへリコルが駆け寄ってくる。


「レイブン様ー!」

「うん? リコル。どうしたの?」

「いえ。ただ、お疲れではないかと……」


 リコルがレイブンの元へと来たのは、レイブンの身を心配しての行動だった。リコルの気持ちを理解したレイブンはリコルの頭を優しく撫でながら仮面の下で優しく微笑んでいる。


「問題ないわ。リコルこそ、大丈夫? 無理をしては駄目よ?」

「はい。レイブン様!」

「そう。それなら良かった。……私はこれからユダのところへ行くわ」

「ユダ様の所へですか?」

「えぇ。それで、リコルには準備しておいて欲しいことがあるの」

「準備ですか? 了解しました! 何なりとご命令して下さい!」


 張りきるリコルを見てレイブンは仮面の下で微笑む。


「お願いね。まずは――」



 五大将軍を束ねるリーダーである『魔人王デーモンキング』ユダは報告を受けていた。報告をしているのは同じ五大将軍の『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンだ。

 

 レイブンの報告しているのは、今回のスターリン捕縛に関しての詳細と結果報告だ。概ねの話はユダも把握をしているが細かな部分は報告されていなかった。そのため、レイブン自らが報告を行っている。


「――これで報告は終了よ。何か聞きたいことはある?」


 報告を聞き終えたユダは確認をする。


「特にはないが……。捕らえた男は貴族だといったな?」

「えぇ、そうらしいわよ。でも、それが何か問題?」

「いや……、問題ではない。ふふふふ。使えると思ってな……」

「何のこと……?」


 質問に対してユダは明確には答えずに含み笑いをするのみだった。そんなユダの態度にレイブンは少し苛立つが、今回のことは自分のわがままから始まったと反省もしているため、感情を押さえて冷静に対処することに決めた。しかし、レイブンには確認したいことがあったので、ユダへと質問をする。


「……ところでユダ。聞きたいことがあるんだけど?」

「ん? なんだ?」


 レイブンは仮面の下で少しだけ息を吐きユダへ質問を突きつける。


「あなたが管理していた。聖剣『ホーリーなるソウルセイバー』はどこにあるの?」


 レイブンの質問にユダは表情を険しくする。ユダはレイブンを睨みつけるように正面から見据える。


「……その話をするということは、どこにあるのかを知っているのではないのか?」

「……えぇ。でも、一応は確認をとろうと思ったの……。けど、その言い方で確信ができたわ。……なぜ、あの剣を人間に託したの?」

「簡単だ。勇者を炙り出すためだ」

「魔王様の命令……?」


 ユダは少しだけ何もない空中へと視線を泳がせた後で吐き捨てる様に答える。


「あぁ……。半分はな……」

「半分……? じゃあ、残りの半分は……?」

「魔王様からは、どちらでも構わないと言われていた……。あの剣を人間に渡そうが……。渡すまいが私に一存するとな……」


 ユダの答えを聞いたレイブンは仮面の下で表情を険しくして詰め寄る。


「だったら、何で! 何で、あの剣を人間に! アレは私達にとって――」

「呪われた剣だ!」


 レイブンの訴えは途中だったがユダは我慢できずに口を挟む。


「あんな剣があったから、私達は……いや、俺達は!」

「そう思うならなおのことでしょう! アレでは魔王様を倒すことはできないって知っているでしょう!」

「あぁ! 知っているさ! 何しろ、あの聖剣は他ならぬ!」


 聖剣の正体を告げたユダの言葉を最後に静寂が訪れる。


 ユダはレイブンを……。


 レイブンはユダを……。


 お互いに譲れない決意を込めて睨み合う。そして、どちらからともなく。視線を外す。


「……わかっているなら……。なんでよ……。あの剣は私達が管理するべき――」

「魔王様のためだ」

「嘘をつかないでよ……。何を考えているの? 本当はあなた――」


 話しの途中だったがユダは手を出してレイブンの発言を止めさせる。そのまま軽く首を横に振る。


「それ以上は言うな……。俺は……いや、私はお前を殺したくない……」

「……わかったわ。この話はおしまいね……」

「あぁ、そうだな……」


 二人は聖剣『ホーリーなるソウルセイバー』についての話しを終えた。しかし、レイブンの話はまだ終わってはいなかった。レイブンはユダへもう一つの用件を伝える。


「じゃあ、話は変わるんだけど……。ユダ。あなたは私に借りがあるわよね?」

「何? 借りだと? 何のことだ?」

「あら? 忘れたの? トリニティのお守りを今も私はしているのよ?」


 レイブンの言葉にユダは一瞬だけ呆然とするが、意味を理解して苦笑する。


「ふふ。お守りとは……。トリニティが聞いたらなんと言うか……。私としては協力を要請しただけなんだが?」

「どっちでも大差はないでしょう?」

「言い方で印象というものは変わるものだぞ? まぁ、いい。それで、何を言いたいのだ?」

「手伝って欲しいの。『深淵アビスリーパー』の件でね」

 

 『深淵アビスリーパー』とユダは聞いても瞬時には理解できなかった。そのため、怪訝な表情を浮かべるがすぐに思い出す。


「『深淵アビスリーパー』……? あぁ、ドラゴンゾンビを手に入れる際に偶然だが手に入れたという不死者アンデッドのことか? 奴がなんだというのだ?」

「困ってるのよ……。あいつ、どうやら謀反を考えているようだから」


 レイブンの言葉にユダは眉をひそめる。一方のレイブンは淡々と説明を続ける。


「……冗談だろう? 奴を作ったのはトリニティだろう? トリニティの能力である『リビングきるデッド』で生みだされた者はトリニティに従うはずだが?」

「えぇ、確かにそう。表面上は従っているわ。でも、あいつは私達を舐めている。自分の方がトリニティや私よりも優れていると過信をしている」

「ふん。そうなのか……。ならば、構わん滅ぼせ。従わない者などいても邪魔なだけだ」

「簡単に言うのね……。あれでも一応は最強の不死者アンデッドといわれる一体なのよ?」


 レイブンの言葉にユダは声は押さえてはいるが強い口調で反論する。


「それは人間達の中での話だ。我らからすればとるに足らんただの魔物に過ぎん。そもそも、我らの力も推し量れないような愚か者など重要視する必要など微塵もない」


 ユダからの言葉にレイブンは大きく頷き同意するが、あることをユダに提案する。


「えぇ。確かにあなたの言っていることは当然よ。……でも、あいつはそれなりの戦力よ? わざわざ手に入れたのにただ処分するのはもったいないとは思わない?」

「ふむ……。それはそうだが……。では、どうするのだ? 反逆心を残した状態で使うのか?」


 ユダの疑問に対して、レイブンはユダには気付かれないように仮面の下で意地の悪い笑みを浮かべながらユダに協力を要請する。


「それはリスクが高いでしょう? だから、あなたが協力をしてくれない?」

「協力?」


 レイブンの真意が掴めないユダは怪訝な表情で聞き返す。


「えぇ。あなたが『深淵アビスリーパー』に格の違いを見せつけて」

「……なぜ、私がやらねばならない? その程度のことはお前やトリニティでも……いや、リコルでも十分なはずだ」

「そうね。でも、さっきも言ったけど、あなたは私に借りがあるでしょう? 借りを返すという意味で頼まれてくれないかしら?」


 レイブンの要請にユダは考え込む。


(なんだ? 何を考えている? こんなことを頼むのはレイブンらしくないような……。ふむ。まぁ、いいだろう。要するに『深淵アビスリーパー』と戦えということだからな。その程度のことで、レイブンの気が済むなら使われてやるか……)


「わかった。いいだろう。『深淵アビスリーパー』に格の違いを見せつけてやろう」

「そう。良かった」


 そう答えたレイブンは仮面の下で満足気な笑みを浮かべていた。


◇◇◇◇◇◇


 レイブンの管理する闘技場。ここでは『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティが配下の不死者アンデッドを並べて演説をしていた。トリニティに生みだされた不死者アンデッドは一糸乱れぬ姿勢でトリニティの演説を聞いている。いや、聞いているように見えるだけだ……。ここに集められているのは不死者アンデッド、ほとんどの不死者アンデッドには知能というものがない。命令に従うことはできるが、自分自身の意志というものが不死者アンデッドにはないのだ。大抵の不死者アンデッドは本能のままに行動するか命令に従うのみ。それ故にどのような命令にも従順に従い、恐怖も躊躇もせずに行動できるメリットもある。しかし、デメリットとして思考ということができないため、命令がとんでもない愚策だとしても従うことしかできない。今のようにトリニティが演説をしているが、聞いているように見えるだけで全く意味をなさない。そんな現状を他の不死者アンデッドと並んで聞いている知能のある不死者アンデッドである『深淵アビスリーパー』は嘆息していた。


(……下らん……。知能のない不死者アンデッドが多いというのには何を言っているのだ? 全く……、こんな者に我が生みだされたとは考えにくい……。何かの偶然が重なり我を生んだのだろうな……。我は『深淵アビスリーパー』だぞ。この世界を深淵へいざなう者だ! そんな我がこのような者に従わなければならぬとは……。まぁ、いい。我は不死……。永遠を生きる者……。いずれ、自由になり……。この世界に深淵を……)


 『深淵アビスリーパー』はトリニティを……自分を生みだした主を愚か者と軽んじていた。自分の方がトリニティよりも優れていると信じている。しかし、生みだされた故に逆らうことができない現状を疎んでいた。


 その時、闘技場へ転移してきた人物がいた。


 五大将軍である『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンと『魔人王デーモンキング』ユダだ。


 二人に気がついたトリニティは不死者アンデッドらしからぬ明るく爽やかな声を上げて近づいてくる。


「これは、これは、これは、我が友であるユダにレイブンではないか! ちょうどよいところに来たな! 我は今、配下の者達へ来るべき戦いに備えての心構えを伝えていた! そこでどうであろう? 貴公達も我が配下へ激励をしてもらえないか?」


 トリニティの要請を聞いたユダとレイブンは呆れていた。そして、ユダがトリニティへ伝える。


「……トリニティ。ここにいる不死者アンデッドで言葉を理解できるのは魔術師の力を持った『死霊スピリット魔術師ウィザード』か中位の不死者アンデッドである『骸骨スケルトン戦士ウォリアー』……それに、『深淵アビスリーパー』ぐらいではないか?」


 ユダの質問に対してトリニティは首を捻る。そのままの姿勢で二分ほど考える。そして、考えがまとまると思い出したかのように口を開く。


「なるほど、なるほど、なるほど。言われてみれば、そうかもしれぬな。しかし! 言葉を理解せずとも! 魂には刻まれるはず! 何しろこの者達は我の配下であるからな!」


 トリニティの根拠にも理屈にもならない言葉にユダとレイブンは頭を抱える。そんな会話を聞いていた『深淵アビスリーパー』はトリニティを小馬鹿にしたように鼻で笑う。トリニティは気がつかないが、ユダとレイブンは『深淵アビスリーパー』の配下らしからぬ態度に気がつく。


(なるほど……。確かに、こいつはトリニティを主とは認めていないな……。全く、身の程知らずな奴だ)


 『深淵アビスリーパー』の態度にユダは静かな怒りを感じていた。その状況にレイブンも気がつき仮面の下で笑みを強めて自分の計画を実行する。


「ねぇ? トリニティ」

「なんだ、なんだ、なんだ、レイブンよ?」

「これから戦闘を始めるから配下の不死者アンデッドを全て闘技場の観客席へ移動させて。あぁ。でも、ドラゴンゾンビは大きすぎるから外周へ飛ばすわよ?」

「うむ、うむ、うむ。それは構わぬが……。誰が戦闘をするのだ?」


 トリニティの問いにユダは心の中で「私と『深淵アビスリーパー』だ」と思っていたが、レイブンの口からは予想外の言葉が放たれる。


「喜びなさい。よ。あなたは前からユダと戦いたがっていたわよね? 願いが叶ったわよ」

「……何?」


 レイブンの言葉にユダが疑問を口にする。しかし、反論をする前にトリニティが全身を動かしながら歓喜して叫んでいた。

 

「なんと! なんと! なんと! ユダが我との戦いを望むというのか! それは素晴らしい! この『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ! 全身全霊を持ってお相手しよう!」

「えぇ、頑張ってね」


 トリニティが歓喜している一方でユダはレイブンを睨みつけながら抗議をする。


「待て! レイブン! どういうことだ! 貴様、私を騙したな!」

「騙した? 何を言っているの?」

「貴様は『深淵アビスリーパー』に格の違いを見せろと言っていたではないか! それなのに、なぜトリニティと戦わねばならない!」


 ユダからの抗議にレイブンはわざとらしく言い返す。


「そうよ。だから、あなた達に戦ってもらうのよ。考えてもみなさいよ? 五大将軍を束ねるあなたが『深淵アビスリーパー』如きと戦ったら一瞬であいつは滅ぶわ。それじゃあ、矯正にならないじゃない? だから、格の違いを見せつけるには五大将軍の実力をあいつに見せるのが手っ取り早いでしょう?」

「貴様……。最初からそのつもりで……」

「ふふふ。あら? 最初からも何も、私はあなたに『深淵アビスリーパー』と戦って欲しいなんて一言も言っていないわよ? 私はあなたに格の違いを見せつけてと言っただけよ?」


 レイブンの言葉にユダは不機嫌な表情を見せるがトリニティを見て諦める。トリニティはユダと戦うと心に決めていたからだ。この状態のトリニティへは口で何を言っても無駄とユダは理解している。そのため、ユダは覚悟を決める。


「……全く。面倒なことをさせる……。十分間だぞ? それ以上はトリニティを相手に加減したままで戦うのは不可能だ。……やりすぎて殺してしまうからな……」

「……不死者アンデッドだから殺すじゃなくて、滅ぼすでしょう……? まぁ、そうね。確かに十分間が限度でしょうね……。多分、それ以上は闘技場の方が持たないでしょうね」


 こうして、『魔人王デーモンキング』ユダと『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティの戦いが幕を開けることになる。


 闘技場にいた不死者アンデッドは全て観客席へ移動するかレイブンによって邪魔にならない場所へと転移させられる。観客席へと移動させられた『深淵アビスリーパー』は不機嫌だった。理由は先程のユダとレイブンの会話を聞いていたからだ。


(我に格の違いを見せる……? ふざけた奴らだ。我は『深淵アビスリーパー』だぞ! 深淵を……混沌を……この世にもたらす存在だぞ! 身の程知らずな愚か者どもが! 我を生みだしたことで増長しおって、貴様等の様な者とは存在理由が違うのだぞ)


 『深淵アビスリーパー』が不快感と怒りを感じている中で、レイブンは淡々とユダとトリニティの戦闘準備を整える。『通信テレパス』でリコルへ指示を出す。


≪リコル。聞こえる?≫

≪はい! レイブン様! 聞こえています≫

≪記録の準備はできてる?≫

≪はい! こちらはいつでも準備万端です!≫

≪そう。良かった。ユダを騙して、ここまで段取りをしたのだからちゃんと記録をしておかないとね≫

≪はははは……。でも……、ユダ様……。怒っていませんでしたか……?≫


 ユダを騙したことに対して一抹の不安があるリコルは乾いた笑いをしながら尋ねる。


≪えぇ。怒っていたわね。でも、大丈夫よ。別に本気で戦って欲しいわけじゃない。前回のこともあるから、トリニティの力を少し確認しておいた方がいいと思うのよ≫

≪あれ? メインは『深淵アビスリーパー』の馬鹿に格の違いを見せつけることじゃないんですか?≫


 リコルの疑問に対してレイブンは嘲るような口調で伝える。


≪『深淵アビスリーパー』? あぁ、あのできそこないの不死者アンデッド……。別にあんなのどうでもいいわよ。あんなのが欲しいというなら面倒だけど、同じクラスの悪魔を私がいくらでも召喚してあげるわ。あんなはどうでもいいわ。重要なのはトリニティの力を把握すること。この間のように暴走した時に対処しないといけなくなるかもしれないから……。ところで、リコル?≫

≪はい。なんですか? レイブン様≫

≪そろそろ、あなたも闘技場へ来なさい。せっかくだから直接見ましょう? 五大将軍同士の戦いを……。それに、闘技場の障壁を張るのをまずはあなたにやってもらうから≫

≪はい! わかりまし……。えっ! ぼ、僕がユダ様とトリニティ様の戦いの障壁を張るんですか!?≫


 レイブンの発言にリコルは驚愕する。驚愕するリコルを余所にレイブンは少しからかうように告げる。


≪えぇ。これも経験よ? 何事もやっておいて損はないわ。安心しなさい。危険と判断すればすぐに手伝ってあげるから≫

≪わ、わかりました……。す、すぐに行きます……≫


 会話のあと、すぐにリコルはレイブンの元へと転移する。そして、リコルは緊張した面持ちで闘技場全体へと障壁を展開させる。闘技場の中央にはレイブンに騙されたユダとそそのかされたトリニティが向かい合っている。ユダは面倒そうにしているが、トリニティは気合十分に身体を動かし戦いの幕開けを待っている。



 闘技場のユダとレイブンの準備が整ったと判断すると、レイブンが声をかけてくる。


「こっちの準備はできたわ! あとは始めたい時に好きに始めて!」


 レイブンの言葉にユダは軽くレイブンを一瞥する。一方のトリニティは姿勢を正すとユダへ宣言する。


「では、では、では、ユダよ。行くぞ……?」

「あぁ……。いつでも来い……」


 ユダの言葉を最後にトリニティは動き出した。六本の剣を抜くと同時にユダへと斬りかかる。今までの相手ならば、その瞬間に勝負はついていただろう。しかし、ユダはトリニティの攻撃を何事もなかったかのように避ける。そのことにトリニティは歓喜する。一方のユダはトリニティを油断なく見据えながら距離を保つ。次に動いたのもやはりトリニティだ。トリニティは六本の剣をそれぞれ違った型で構える。そう、この構えこそが本来のトリニティの構え。今までのよう闇雲に剣を振っていたのは、戦う相手との実力が開きすぎていたことからトリニティが力を押さえていただけだった。だが、本気で戦うことのできる相手と判断したトリニティは自分自身の構えをとりユダへ向き直る。そんなトリニティの状態に気がついたユダはようやく自分の腰から剣を抜いた。


(……ふむ、ふむ、ふむ。ようやく剣を抜いたか……。いや、ユダに剣を抜かせることができたというところか? さて、どのように攻略するか……)


 剣を抜いたユダについて思案しているとユダが予想外の行動をとる。


次元固定ディメンショナルフィクス


 剣を抜いたにも関わらずユダは剣ではなく魔法を使用した。そのことにトリニティは驚き魔法を無防備で受けてしまう。本来ならトリニティには『血濡ブラッドウェットれの外套マント』の特殊能力により魔法は効かないが、『次元固定ディメンショナルフィクス』はトリニティ自体ではなく空間そのものへと作用する魔法のため、『血濡ブラッドウェットれの外套マント』では防ぐことができない。


次元固定ディメンショナルフィクス:任意の空間を固定する魔法。固定された空間にあるものは全て動きを止める。但し空間自体を固定しているため、攻撃をしても固定された空間が邪魔で攻撃を当てることはできない。主な用途は相手を捕らえることや時間稼ぎ。


 ユダはトリニティのいる空間を固定して動きを封じる。突然のことにトリニティも対処ができずに動きが停止する。このまま時間が過ぎるのを待つ――とはいかなかった。固定された空間が「バキバキ」とした音を立て始め、空間に亀裂が走る。そして、空間が粉砕されるように破壊される。トリニティが固定された空間を己の力のみで破壊したのだ。その様を見たユダは呆れていた。


(はぁ……。固定した空間を力で破壊するか……。不可能というわけではないが……。全く、予想外の行動をする奴だ)


 空間が破壊され自由を取り戻したトリニティはユダへと斬りかかる。先程よりも数段早い太刀筋だがユダはトリニティの剣を避け続ける。ユダはこのままトリニティの攻撃を避けながら時が過ぎるのを待とうとしていた。しかし、相手は五大将軍最強の騎士である『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ……。そんな選択など許されるはずもなかった。攻撃を避けていたユダだが徐々に表情が変化する。


(何……? まさか……? まだ、全力ではないのか?)


 そう、トリニティの攻撃を避け続けていたが速度が徐々に速まることに違和感を覚え始める。そんな時、トリニティの姿がユダの眼前より消え去る。ユダは目を見開き驚愕する。ユダが驚愕している時、すでにトリニティはユダの背後に立っていた。そして、六本の剣でユダを斬り刻む。


 鮮血が飛び散る。赤い血……ではなく魔族であるユダの青紫の血が頬から滴り落ちていた。大した傷ではないが、トリニティの攻撃でユダは頬を斬られていた。六本の剣撃のほとんどを自らの剣で防いだが、全ての剣撃を防ぐことはかなわず剣撃を受けてしまう。


 その光景に観客席から見ていたレイブン、リコルは驚愕していた。



「ゆ、ユダ様に傷を……」

「やるわね……。トリニティ……。かすり傷とはいえユダが傷を負うのを見るのは、もう何十年振りかしらね」


 驚愕する一方でレイブンはある懸念が頭をよぎる。そのため、仮面の下で表情を引き締めリコルへ注意する。


「まずいかも……。リコル!」

「えっ? あ、はい! レイブン様」

「障壁の強度をあげなさい」

「えっ? あ、は、はい!」


 リコルへ指示を出した後、レイブンは闘技場の二人へ視線を移す。傍から見ている分には先程と何も変化していない。先程と違うことはユダが傷を負ったことだけだ……。



「大したものだ……。私に傷をつけるか……」


 ユダの呟きのような言葉にトリニティは無言を貫く。それは、決して無視をしているわけではない。トリニティは戦い――本気での戦いの最中には言葉を出さないと決めているからだ。それこそが騎士の礼儀と考えているからだ。真剣な本気の戦いに言葉は不要。必要なことは剣で語り合える。トリニティはそのように考えている。そんなトリニティの思考をユダは理解している。だが、予想だにしないトリニティの実力を目の当たりにしてユダの感情は昂り始めた。トリニティが見たことがない笑みをユダが浮かべる。そして……


 突如としてユダはトリニティを蹴り飛ばした。蹴られたトリニティはすぐに体勢を立て直すが、今までにないユダの表情や行動に警戒を強める。一方のユダは軽く息を吐くと口を開く。


「……こうなるから嫌だったんだ……。しかし……、仕方ないか……。お前も望んでいるんだからな……。私の……いや……との戦いをな!」


 叫ぶようなユダの宣言と共にユダはトリニティへ斬りかかる。ユダの腕は二本、剣は一本。対するトリニティの腕は六本、剣も六本。そして、お互いに類まれない剣の腕を持つ者。単純に考えれば、剣を六本持っているトリニティが圧倒的に有利……。しかし、実際はトリニティが押されていた。


(……なんと、なんと、なんと! ここまでか! 速度、剣の腕、腕力、全て……。ユダの方が一枚上手か……)


 ユダの剣撃をトリニティがなんとか押さえているという状態だった。このままではじり貧と感じたトリニティは覚悟を決める。トリニティは距離を大きくとると口を開き全てをさらけ出す。


「ゆくぞ! ゆくぞ! ゆくぞ! !」


 トリニティの言葉に呼応してトリニティの持つ六本の剣が真の姿を現す。


『炎の魔剣』『氷の魔剣』『雷の魔剣』

『風の魔剣』『闇の魔剣』『光の魔剣(聖剣)』


 魔剣の解放を見たユダは驚愕するでもなく笑みを強めて言い放つ。


「いいぞ! 全力で来い! それでも、まだまだ物足りんがな!」


 そこからの戦いは人知を遥かに超える。闘技場内では炎が、氷が、雷が、風が、爆音が、休むことなく荒れ狂っていた。そのため、闘技場の障壁が限界を迎えようとしていた。



「うぅ……! こ、これ以上は……!」

 

 リコルが悲痛にも似た声を上げているとレイブンが力を貸す。


「いいわ。あとは任せなさい。リコルは少し休んでいなさい」

「あ……、ありがとう……ございます……。レイブン様……」


 そういうとリコルは荒い呼吸をして両膝を着く。しかし、闘技場内の戦いは激しさを増すばかりだった。その戦いをレイブンは涼しい顔で眺めている。


(ふーん。ユダの奴。楽しそうじゃない。まぁ、これが本来のあいつなのよね……。今のようにすました顔は、あいつらしくなかった)


 その一方で、戦いを見ていた『深淵アビスリーパー』は無言だった。何も感じていなかった……、何も言葉を発せられなかった……、何も……何も……。唯一の感情は恐怖だった。不死者アンデッドが恐怖することは本来はありえないことだが、『深淵アビスリーパー』は間違いなく恐怖していた。


(……我は……愚か者だ……。……この者……違う……、このお方達は……我とは……違う……存在が……次元が……何もかも……違う……なんと……我は愚かなのだろう……)



 闘技場内での人知を超えた戦い。優勢なのはユダだ。ユダは余裕で戦っているが、トリニティには余裕が全くなかった。しかし、そんな状況でもトリニティは歓喜している。自分以上の強者と戦える喜びに心が躍っていた。だが、そんな戦いに制止が入る。


「はい! 終了よ!」


 その言葉と同時にレイブンが睨み合うユダとトリニティの間に割って入ってくる。突如として出現したレイブンに二人は抗議する。


「まだだ! まだだ! まだだ! 我はまだ満足していない!」

「レイブン……、邪魔だ。失せろ」


 二人の殺意をも剥き出しにした抗議を受けてもレイブンは特に恐れなど感じずに淡々と伝える。


「はぁ、本当に馬鹿なんだから……。ユダ? あんたが言ったのよ? 十分間だって。もう十分は経過した。これ以上やるのも別にいいけど、余所でやってくれない? 私の管理する闘技場をこれ以上荒らされるのは御免よ」


 レイブンの言葉を受けてユダは冷静さを取り戻し始める。


「……そうか。時間か……。それならば、これまでだな……」


 そういうとユダは剣を収める。その姿を見たトリニティはユダへと食ってかかる。


「なぜだ! なぜだ! なぜだ! ユダよ! 我は満足していない! それは貴公も同じはずだ! なのに、なぜ剣を収める!」

「やるべきことが済んだからだ……。お前と殺し合いをするのは私ではない……。お前の相手は勇者だろう?」


 ユダの言葉にトリニティは一瞬だけ身体を跳ねさせると口を開く。


「まさに! まさに! まさに! その通りだ! 我は勇者との戦いを望んでいる! ……しかし、ユダとも戦いたいのだが……」


 名残惜しいような口調のトリニティにユダが声をかける。


「安心しろ。お前が勇者を倒したのなら、その時にまた相手をしてやる。それまでの楽しみとして私との戦いはとっておくんだな」

「なるほど、なるほど、なるほど。楽しみ……。その考えはなかった! さすがはユダだ! 友として我は汝を尊敬するぞ!」


 トリニティの感謝にユダは苦笑しながら片手あげて返事をする。そんなときに一体の不死者アンデッドが闘技場内へと舞い降りる。それは『深淵アビスリーパー』だった。


 『深淵アビスリーパー』はユダ、レイブン、トリニティの前に平伏しながら口を開く。


「……我は何も知らない愚か者でした……。お許し下さい……。これより、あなた様方に絶対の忠誠をお約束します! 故に何卒! 我にチャンスをお与えください!」


 地面に骸骨の額を擦りつけながら『深淵アビスリーパー』は嘆願する。その姿を見たユダは満足、レイブンは意外な表情、トリニティは状況が理解できずに首を傾げる。


「そうか……。では、これより貴様はトリニティへ忠誠を誓い。我々の命令に絶対服従するのだな?」

「はい! 勿論でございます!」

「よかろう。貴様の愚かさは、その謝罪を持って許してやる。……ふん。レイブン。お前の望み通りだろう?」

「うん? えぇ……、そうね」


(面倒……。ユダとトリニティの戦いが終わったらすぐに処分するつもりだったのに……。意外に小心者なのね。いや……、意外に謙虚だったと言うべきかしらね?)


 レイブンは『深淵アビスリーパー』を興味なさげに眺めていた。


 こうして、『深淵アビスリーパー』は完全にトリニティの配下となる。

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