第22話 ドラゴンスレイヤー

 フウは、リディアとの出会いについて話を始めた。


 そう、あれは約二年前のこと。鳥人間ハーピー領域テリトリーに侵入した人間を捕らえるためフォルネが率いる鳥人間ハーピーの一団が向かうと……。


「フォルネ様!」

「わかっている。この下だな……。よし、いつもの手順でいくぞ!」


『はい!』


ホワイトミスト


ホワイトミスト』:周囲に霧を発生させる魔法。霧の濃さや霧の範囲を術者は操ることができる。


 フォルネ率いる鳥人間ハーピーの一団は侵入者を中心に霧を発生させ視界を奪うと侵入者を取り囲むよう配置へ着き四方から一斉に襲いかかる。この方法で幾度となく人間を捕獲してきたフォルネは今回も問題なく成功すると確信を持つ。しかし、侵入者はフォルネ達の姿が見えているかのように攻撃を避け逆に剣撃をフォルネ達へ叩きこんだ。


「きゃあ!」「ぐはぁ!」「がっ!」


 予想だにしない侵入者の攻撃でフォルネを含む全ての鳥人間ハーピーは大地へ倒れ伏す。だが、誰も死んでいなければ致命傷を受けた者もいない。その理由は、斬りつけた女戦士――リディアが手加減したからだ。攻撃を受け大地へ倒れるフォルネはリディアを恨みがましく睨みつける。


「き、貴様は……何者だ……」

「私はリディア。近くの村で人間をさらう魔物の討伐依頼を受けた者だ」


 平然と答えるリディアにフォルネは腑に落ちない様子で吐き捨てる。


「なぜだ……? なぜ、止めをささん? 貴様の腕であれば容易なことだったはずだ」

「貴様らを殺さなかった理由か? 村の者達から、できることならさらった者達を取り返して欲しいと頼まれているからだ」

「……なるほど、そういうことか。……だが、残念だったなさらった人間はもういない。……すでに死んでいるだろう。理解したなら殺すがいい人間……」

「……そうか、残念だ。だが、私からも質問をさせろ」


 フォルネはリディアの言葉に怪訝な表情を浮かべる。


「質問だと……? 人間よ。なぜ、我らと話をする。我らは鳥人間ハーピー。……魔物だぞ?」

「知っている。だが、魔物でも話せるだろう?」

「……貴様、変わっているな」

「そうかも知れんな。では、質問するぞ? なぜ、人間をさらう?」


 質問に対してフォルネは項垂れるように力なく答える。


「……ふん。我らが人間をさらう理由など一つだけだ。子孫を残すためだ……」

「それは知っている。だが、貴様らは成人した男性以外に女性や子供もさらっているそうではないか? それはなぜだ? 食うためか?」


 度重なる疑問を受けたフォルネは何か考え込むと不意にリディアを見つめる。


「貴様……。いや、リディア殿だったな。もし、本当にその理由が知りたいのであれば、ここでは話せない。我らの女王様である。鳥人間ハーピー女王クイーン様に直接聞いてもらいたい。……だから、我らの集落へと来てはもらえないだろうか?」


 突然の発言に周囲で倒れていた鳥人間ハーピーが騒ぎ出す。


「な、何を! フォルネ様!」

「そ、そうです……。このような危険な人間を我らが隠れ里へ連れ帰るなど……」


 周囲から反対意見が続出するがフォルネは精一杯の力を込めて声を絞り出す。


「わかっている! だが、これしか方法はないのだ……! 責任は私がとる」


 決意を込めたフォルネの宣言を受け周囲の鳥人間ハーピーは一様に押し黙る。


「それで、……どうだ。リディア殿。来てくれるか?」

「……いいだろう。そこまで連れて行け」


 こうして、リディアはフォルネ達に連れられ鳥人間ハーピーの隠れ里ハーピーツーリーへ案内される。


 鳥人間ハーピーの隠れ里へ着いたリディアは周囲を見渡す。立派な大樹とは裏腹に集落は荒れ果て鳥人間ハーピーの数も少なく。鳥人間ハーピーの表情もどことなく暗い影を落としている。


(ふむ。なんとなくだが……。魔物に襲われた村人の表情と似ているな。……うん? あれは……)


 リディアは自分を抱えて飛行しているフォルネに声を掛けある鳥人間ハーピーの元へと降り立つ。降りた先には、まだ小さいが子供の鳥人間ハーピーが大地に力なく倒れていた。


「どうした? 大丈夫か?」


 子供の鳥人間ハーピーは、リディアの声に反応して弱々しく顔を上げるがすぐに気を失う。


「……リディア殿。その子はもう助からん……。放って置いてくれ……」

「何? どこがだ。見たところただの疲労と栄養失調だ」

「……そうだ。だが、今の我らには……いや、我らが里には弱った鳥人間ハーピー……。しかも、戦力にもならない子供の鳥人間ハーピーを助けている余裕はない。ひどいことを言っていると感じるかもしれないが、……それが自然の摂理だ」


 苦しい現状を訴えるフォルネも表情を歪めている。フォルネの訴えを聞いたリディアは理解したとばかりに頷く。


「なるほど、わかった」

「では、女王様の――」

治癒魔法キュア

「なっ!」


 唐突にリディアが倒れている子供の鳥人間ハーピーへ回復魔法を使用する。すると子供はすぐに目を覚ます。目覚めた子供の鳥人間ハーピーは目の前にいるリディアを見上げる。


「気がついたか?」

「……あ、あなたは……?」

「私はリディアだ。多少の疲労は魔法で回復させたが、完全に回復するには栄養を取らねばならない。携帯食だがお前にやる。しっかり食べろ」

「あ、ありがとう……。でも、いいの……? 私なんかに……?」

「構わん。私が好きでやっていることだ」


 一方的に告げるとリディアはその場を離れる。すると子供がリディアへ精一杯の力で声を上げる。


「あ、ありがとうございます! 私の名はフィーネです。このご恩は一生忘れません!」


 リディアは一瞬だけフィーネと名乗った子供の鳥人間ハーピーを見るが、特別なことは何も言わずにその場を後にする。


「リディア殿……。なぜ、あのようなことを? 放って置いて欲しいと言ったはずだ!」

「あぁ、わかっている。お前の言いたいことも理解はした。だが、私がお前に従う理由はない。助けられたから助けたまでだ。別に全ての者を助けるなど大層なことを言うつもりも行うつもりもないから安心しろ。私も旅をして多くの者の死を見てきたから現実は理解している。それでも、助けることのできる命は出来る限り助けたい。それだけだ……」


 それ以上は何も言わずフォルネはリディアを連れ大樹の頂にある鳥人間ハーピー女王クイーンがいる居城へと到着する。社へ入るとすぐに鳥人間ハーピー女王クイーンと謁見することになる。そこでリディアは驚愕する。鳥人間ハーピー女王クイーンと呼ばれる者が幼児どころか赤子に近い姿をしているためだ。


「しゅまぬの。このようなしゅがたで」(すまぬの。このような姿で)

「ふむ。本当にお前が鳥人間ハーピーを束ねる女王なのか?」

「うみゅ。まちゅがいないぞ。このしゅがたには、わけがありゅのじゃ」(うむ。間違いないぞ。この姿には、訳があるのじゃ)


 鳥人間ハーピー女王クイーンから経緯が話される。


 このライネス山は、古くから鳥人間ハーピーが暮らし支配してきた土地だ。しかし、約五十年前にあるドラゴンが移り住んできた。ドラゴンの名は雷竜ボルク。ボルクは移り住んですぐに鳥人間ハーピーへ服従するように迫ってきた。しかし、一方的な要求を呑むわけにはいかず拒否をする。すると、ボルクは力を持って鳥人間ハーピーを襲い始めた。ボルクの圧倒的な力を前に鳥人間ハーピーは為す術なく窮地に追いやられる。泣く泣く鳥人間ハーピーはボルクへ服従することを承諾した。それからはボルクの要求で定期的に財宝などを貢物として渡すことになる。理不尽なボルクからの要求を鳥人間ハーピーは守ってきた。しかし、三年前に突然ボルクは新しい要求をしてくる。その要求とは財宝以外にも人間を生贄として差し出せというものだ。要求を聞かなければ、鳥人間ハーピーを滅ばすと一方的に言い放つ。理不尽な要求に鳥人間ハーピー達は激怒して、全ての鳥人間ハーピーとライネス山に住む他の魔物達と協力をとりつけ一斉に奮起してボルクへ戦いを挑むことになる。だが、その戦いの結果は鳥人間ハーピーの惨敗で終わる。結果的に多くの魔物と鳥人間ハーピーの命が失われ、戦いの最中に鳥人間ハーピー女王クイーンは深手を負い幼態ようたいするしかなくなる。


 鳥人間ハーピー女王クイーンは死ぬことのない存在。しかし、不死身なわけではない。寿命を迎える、瀕死の重傷を負うなどした時、もう一度赤子からやり直して死を回避する秘術を持つ。その秘術を幼態ようたいという。だが、幼態ようたいにはリスクがある。それは成長するまで力が低下すること。勿論、赤子になっても鳥人間ハーピー女王クイーンとしての能力、知識、魔力は衰えない。けれど、体力面においては赤子と同等へ低下する。更に、もう一つ厄介な問題がある……成長速度だ。普通の鳥人間ハーピーは、一年もすれば成人するが幼態ようたいからの成長は人間と同じぐらいの時間ときを要する。つまり、成人するには約二十年の年月が必要となる。しかも幼態ようたいしてから成人するまでの間は幼態ようたいすることができない。もし、今の状態で瀕死の重傷を負えば鳥人間ハーピー女王クイーンは死んでしまうのだ。


 鳥人間ハーピーは自分達の命を守るため人間をさらい雷竜ボルクの元へ送っていた。鳥人間ハーピー女王クイーンの話を聞いたリディアは状況を理解する。


「なるほど。だから、男以外の人間もさらっていたのか。だが、その話をなぜここまで来て話した? 先程の場所でも問題はなかったと思うが?」


 鳥人間ハーピー女王クイーンの近くに控えていたフォルネは突如としてリディアへ頭を下げ懇願する。


「恥を承知で頼む! 力を貸してくれ! リディア殿の力を見せてもらい。あなたなら、ボルクを倒すことができると確信したのだ! 是非とも力を貸して欲しい!」


 額を床につけ懇願するフォルネへリディアは軽く息を吐く。


「嘘を言うな」

「なっ!? 何を! リディア殿! 嘘など言っていない。本当に雷竜ボルクに我々は――」


 興奮するフォルネの言葉が終わる前にリディアは口を挟む。


「そこは疑っていない。私が嘘と言ったのは私へ協力を要請している理由の方だ――」


 リディアの言葉にフォルネは表情を曇らせる。一方で鳥人間ハーピー女王クイーンの表情に変化はなく成り行きを見守っている。


「――お前は私がドラゴンを倒せるなど思ってない。お前の狙いは私を雷竜ボルクとやらの生贄として差し出すことだろう?」


 リディアの追及にフォルネは動揺を隠せず目が泳ぐ鳥人間ハーピー女王クイーンは黙して語らず。


「お前達にしてみれば私は一番邪魔な存在だ。私がいれば人間をさらうことはできない。かといって、ボルクに逆らうわけにはいかない。ならば、どうするか? 邪魔な人間の私をボルクへ差し出す。もし、私がボルクを倒せばよし。失敗しても生贄だったと説明する。そして、私がいなくなれば人間をさらうのは今までと同じで容易になる。そういうことだろう?」


 苦虫を噛むような表情でフォルネは歯ぎしりをして俯く。フォルネの狙いはまさにリディアの言った通りだ。リディアは確実に鳥人間ハーピーよりも強い。しかし、雷竜ボルクに逆らうこともできない。では、どうするべきか? 人間にも勝てない。ドラゴンにも勝てない。答えは単純だ。リディアとボルクで潰し合うように仕向ける。そうすれば、どちらが勝とうがどちらが負けようが鳥人間ハーピーに被害はないのだから……。しかし、その狙いはリディアに看破されてしまう。


「くっ! もはや、これまでか。申し訳ありません。女王様……。我らではもう……」

「よい。きにすりゅでない。おにゅしは、よくやってくりぇた。ちゅべてはわらわがふがいにゃいせいじゃ。すみゃぬな」(よい。気にするでない。お主は、よくやってくれた。全ては妾が不甲斐ないせいじゃ。すまぬな)


 鳥人間ハーピー女王クイーンの言葉にフォルネは涙する。


「……滅相もございません。女王様のために我らは存在するのです」


 過酷な状況に追い込まれてしまっているフォルネと鳥人間ハーピー女王クイーンのやりとりを見ていたリディアは呆れる。


「はぁ……。お前達、諦めるのが早すぎるぞ」


 唐突なリディアの発言にフォルネと鳥人間ハーピー女王クイーンは意味が理解できずに顔を向ける。


「普通に依頼しろ。勝てるかはわからんが、とりあえず戦ってきてやる」

「はぁ!?」


 余りにも予想外な提案にフォルネは驚きのあまり目を見開き大口を開ける。赤子姿の鳥人間ハーピー女王クイーンも驚愕の表情を浮かべる。


「な、なぜだ? 騙そうとした我らに腹を立てたのでは……?」

「そうだな。だが、別にお前達が追い詰められていることはわかっている。助けて欲しいのは事実だろう? だから、依頼しろ。お前達が払える分で構わん。ただし、勝てるとも思うなよ? 私はドラゴンと戦った経験などない。せいぜいが翼竜ワイバーン程度だ」

「……は、はい。リディア殿。お願いします。ドラゴンを――雷竜ボルクを倒して下さい!」


 心から願うフォルネの姿を見たリディアは力強く頷き依頼を承諾する。こうして、リディアはフォルネの案内で雷竜ボルクの住処へ向かう。到着した場所は岩肌がむき出しで岩石しかない寂しい景色だ。


「この辺りには、木々が生えていないのだな……」

「いえ。ボルクが来る前は、ここも木々が覆い茂っていました。しかし、ボルクが住むようになったせいで地形が変化しました。奴が頻繁に雷を落とすことが原因だと思われます……」


 二人が会話をしている中、突如として周囲に雷が落ち始める。急速に暗雲が立ち込め周囲が薄暗くなるとフォルネは身震する。怯えるようなフォルネに気づいたリディアが忠告する。


「ご苦労だったな、もう案内はいいぞ。お前は里まで引き返せ」


 役目を終えたと言うリディアに対してフォルネは頭を横に振り否定する。


「いえ! 騙そうとした我らのためにあなたはここまで来てくれた。あなただけに戦わせるわけには参りません。微力ながら私もお手伝いします!」


 勇ましくフォルネは吠えるが、その身体は震えている。本当はすぐにでも逃げ出したい恐怖はあったが、リディアの助けに少しでもなろうと勇気を振り絞る。リディアもフォルネの覚悟を理解する。


「わかった。だが、無理はするなよ」

「はい!」


 その直後、一際大きな雷が落ちると同時に大きな雄叫びが周囲に響く。姿を現したのは、体長十二メートル近くもあり、大きな爪と翼を持つ黄色いドラゴンだ。


 そのドラゴンこそがライネス山を支配している雷竜ボルクだ。


 雷竜ボルクは大地へと降り立つとリディアとフォルネに視線を送る。


「ほぉ……。珍しいな。いつも、ぎりぎりまで生贄の人間を連れてこなかったのに……。今回はどうしたのだ? しかも、意識のある状態か? いつもは意識を奪って物のように人間を置いているお前らが。……どういうことだ?」


 雷竜ボルクの質問にフォルネは一切答える気はなく。それどころかフォルネは精一杯の勇気でボルクを睨みつける。しかし、フォルネの態度が気に入らないボルクは怒りの咆哮をあげる。


「答えんか! 鳥人間ハーピー風情が! 我が問いに答えぬのであれば、人間だけでなく貴様も噛み殺すぞ!」


 ボルクの咆哮で周囲の大気が震える。大気が震える余波を受けたフォルネは尻持ちをつくように倒れてしまう。すると、フォルネの代わりにリディアが答える。


「私は生贄ではない」


 リディアの言葉にボルクは目を細めるように注目をする。リディアを見て何かを感じ取ったのか笑みを浮かべた様子で口を開く。


「ほぅ。貴様……ただの人間ではないな? 尋常ならざる魔力を感じるぞ。まさかとは思うが鳥人間ハーピーに雇われたのか人間?」

「そうだ。貴様がしていることを聞いた。はっきり言って気分が悪い。強さを盾にして平和に生きる者を苦しめるというのは見るのも聞くのも腹立たしい」


 リディアの発言にボルクは目を見開くと次の瞬間――大笑いをする。


「がははははははは! 人間よ! よく言った! この雷竜ボルクを見ても恐れるどころか我に対して意見をするとはな。こんな愉快なことは久しくなかった。……よかろう! 貴様の勇気に免じて人間の生贄は今後とらないと約束してやる。だから、この場を去れ!」


 突然の譲歩にフォルネは驚愕するが少し安堵する。これで人間達とのいざこざは解決するだろうと。しかし、ボルクから衝撃の発言が飛ぶ。


「だが……、鳥人間ハーピーよ! 貴様らは我に逆らった! よって今後は貴様らから毎月生贄を出してもらうぞ!」

「なっ!?」


 フォルネは絶句する。まさに天国から地獄へと落とされた気分だ。しかし、ボルクに対してリディアは剣を抜き構える。リディアの行動に気がついたボルクは少しだけ首を傾げる。


「うん? 何だ、人間? 何のつもりだ? 我は人間の生贄をとらんと約束したのだぞ? 早々にこの場を去らんか!」

「去るつもりはない。私は貴様を倒すため鳥人間ハーピーに雇われた。貴様を倒すことが私のやるべきことだ」


 戦う姿勢を崩さないリディアにフォルネは目を見開く。同族である人間の安全を約束させたにも関わらず、リディアは鳥人間ハーピーのために剣を構える。意志を曲げないリディアを見てフォルネは感極まり瞳に涙が溜まる。だが、対照的にボルクは怒りを露わにさせ瞳を充血させリディアを睨みつける。


「我を倒す……? 人間が我を……倒すだと! 自惚れるなよ! 人間風情が!」


 怒りが収まらないボルクは咆哮を上げる。先程よりも強い咆哮のため大気が震えるだけでなく天からは雷が降り注ぐ。怒髪天を衝くような勢いでボルクは叫ぶ。


「確かに普通の人間よりは強い魔力を持っているようだが所詮は人間! この我に、雷竜ボルク様に勝てると思っているのかぁ!」

「それは、やってみなければわからんな」


 何気ないリディアの言葉がボルクに残されていた我慢の限界を叩き壊す。激しい怒りに任せたボルクは吠えながらリディアへ突進していく。


「戦うまでもなくわかるわ! この愚か者がー!」


 ボルクの咆哮が上がると大地へ無数の雷が雨あられのように降り注ぐ。降り注ぐ雷が合図のようにリディアと雷竜ボルクの戦闘が火蓋を切る。戦闘が始まるとフォルネはすぐ雷に打たれ羽を負傷してしまう。気がついたリディアはすぐに岩陰へ隠れるよう忠告する。これ以上の迷惑をかけないようにフォルネは岩陰へ隠れる。


 そのため、フォルネは全てを見ることになる。壮絶な戦闘の全てを……。


 戦闘は一瞬……、数時間……、数日……だったのか……。


 熾烈を極めるリディアとボルクの戦いは、フォルネの常識を遥かに超えていた。戦闘が開始されるとボルクは雷を雨のようにリディアへ降らせる。対するリディアは降り注ぐ雷を容易に避けボルクの元へ前進する。攻撃範囲へ近づいたリディアは目にも止まらぬ剣撃をボルクへ叩きこんだ。しかし、鋼鉄以上の硬度を持つドラゴンの皮膚には傷をつけることができず攻撃は全て弾かれる。その様子を見たボルクは口元に笑みを浮かべ勝ち誇りリディアへ雷のブレスを吐き出す。嵐の様な雷のブレスを間一髪で避けたリディアは態勢を整えると再度ボルクへ突撃する。無策に突撃を繰り返すリディアの姿にボルクは笑いを堪えることができず嘲笑する。攻撃できる間合いへ入ったリディアがボルクを斬りつける。


 次の瞬間――無駄な攻撃と高を括るボルクの皮膚から真っ赤な鮮血が吹き出す。斬られたことに……傷つけられたことに焦ったボルクはリディアから距離をとるため翼で空中へ逃げる。傷を負ったボルクは理解ができず困惑した表情で、傷とリディアを交互に見る。その時、ボルクはリディアの剣が輝いていることに気づく。そう、リディアの攻撃を方法をボルクは理解して驚愕のあまり声を出す。


「なっ!? 剣に魔力を流しているのか! ……この、人間風情がー!」


 リディアの攻撃方法に驚愕する一方で、人間如きに傷を負った怒りで我を忘れたボルクは感情的に突撃する。その考えなしの行動はリディアにとって最大の好機となった。突進を避けたリディアはチャンスとばかりにボルクの両翼を真っ二つに切り裂く。翼を両断されたボルクは激痛のあまり恐ろしいまでの絶叫を上げる。しかも、翼を失ったことでボルクは空中へ逃れる術を失う。大失態を犯したボルクだが、そのお陰でようやくリディアの規格外な強さを理解する。リディアの強さを理解したボルクは油断せずに本気で戦闘を再開する。


 無数の雷、爆発、何かを切り裂く音、大地を崩壊させる衝撃、まばゆい輝き……。


 長い戦闘の末……この世のものとは思えない戦いに終止符がつく。


 そう、勝負はついた。


 リディアの勝利という結果で……。


 最初から戦闘を見ていたフォルネは信じられないという表情で周囲を見渡す。先程までの地形が、信じられない程に変形していたからだ。立ち込める煙が晴れ始めるとリディアが姿を現す。


 勝者であるリディアだが、激しい戦闘により満身創痍の姿だ。持っている剣はひび割れ、鎧もほとんど砕け消失している。頭部からは出血、肋骨は数本折れ、両足の筋も一部が断裂して立っているのが精一杯という状態だ。しかし、対するボルクは両翼を両断され、右足と左腕を失い、身体を切り裂かれ心臓は刃で貫かれていた。もはや、いつ心臓が鼓動を止めてもおかしくない状況だ。終わりを迎えようとしているボルクだがリディアへ――戦いの勝者へ賛美を送る。


「み、……見事だ……人間。……まさか、わ、我が……人間に敗れるとは……。ごはっ!」


 咳込むと同時に口から大量の血液を吐きだしたボルクは大地へ倒れる。力尽きたボルクを尻目にフォルネがリディアの元へ駆けより涙を流しながら感謝を伝える。


「り、リディア殿。……いや、リディア様。ありがとうございます! 本当にありがとうございます! あなた様のおかげで我ら鳥人間ハーピーは救われました」


 肩で息をしながらもリディアはフォルネへ視線を移す。


「はぁ、はぁ、依頼をこなしただけだ……。勝てないと思ったら、途中で逃げるつもりだったのだ。……だから、気にするな……」

「いいえ! 仮にそうだとしても……リディア様。あなたは我らの大恩人です!」


 フォルネは涙を流し続けリディアへ感謝を伝える。大怪我を負ったリディアをハーピーツーリーへ連れて行こうとしたフォルネへ突然声がかけられる。


「ま、待て……」


 その言葉を聞いてフォルネは驚愕する「この声はボルクの声だ」と。


 リディアも呆れた表情を浮かべる「あの状態でまだ話せるのか」と。


 だが、ボルクの死は時間の問題だ。そんな死に際のボルクから思いがけない発言がある。


「我に……勝った。お前に、渡したい物がある……」


 息も絶え絶えながらボルクは咆哮を上げある地点に雷を落とす。


「今……、雷を落とした……場所に、我の財宝がある。……お前の物だ。持っていけ……」

 

 ボルクの意外な提案にフォルネは驚愕する。一方で託されたリディアは憮然とした様子で言い切る。


「別にいらん。そんな物のために戦ったわけではない」


 リディアの返答を聞いたボルクは死の間際だというのに楽しそうに笑う。


「くっくく。本当に面白い人間だ……。まぁ、貴様の好きにしろ……。だが、……剣と鎧だけは持っていけ……。あれは、貴様のような……いや、我を倒した貴様こそが持つに相応しい武具だ……。他は……どうでもいいが……。それだけは、持っていってくれ、……頼む」


 リディアとフォルネは驚愕した。死の間際とはいえボルクが懇願するということが信じられなかった。命が尽きようとしているボルクだが、リディアから目を離さずに願いを込めた瞳で見続ける。懸命なボルクの姿にリディアも根負けする。


「わかった。剣と鎧はもらっておこう。だが、大した物でなければ使用するかはわからんぞ?」

 

 リディアの減らず口にボルクは笑う。 


「くっくっく。……言ってくれる。……だが、安心しろ。その剣と鎧は伝説になるほどの逸品だよ。……名を教えておこう。剣の名は、ナイト・ティアー。その昔、夜を総べる神が生み出したと言われている漆黒の剣よ。……そして鎧は戦神の鎧、古の神々が創造したと言われている深紅の鎧だ。……どちらも貴様が持つに相応しい武具だ……。では……、さらばだ、……人間の戦士リディアよ……、ドラゴンを倒せし、ドラゴンスレイヤーよ……」


 その言葉を最後にボルクは身動き一つとらなくなる雷竜ボルクの死亡。同時にドラゴンスレイヤーが誕生した瞬間だ。


 その後、怪我をしていたリディアはハーピーツーリーへ運ばれ養生する。回復魔法の使用もあったが、リディアの回復力は凄まじく一日程度で怪我は完治した。治療が完了したリディアは鳥人間ハーピー女王クイーンへフォルネと共に謁見する。


「うみゅ、ほんとうにかんちゃちゅる。おにゅしのおかげでわりぇりゃはすくわりぇた」(うむ。本当に感謝する。お主のおかげで我らは救われた)

「気にするな。受けた依頼をこなしただけだ」


 平然と返答するリディアに、鳥人間ハーピー女王クイーンとフォルネは苦笑いをする。二人からすればリディアの偉業は、いくら感謝をしても不足するほどのことだ。しかも、リディアはボルクから譲り受けた剣と鎧以外の財宝は全て鳥人間ハーピーへ渡していた。当初は拒んだがリディアから「この財宝は元々お前達が奴から巻き上げられた物だろう。だったら所有者に返ってきただけのことだ」と頑なに譲らなかった。


 何一つとして恩返しできない歯痒さからフォルネはリディアへ願う。


「リディア様。何でもよいので望みを言って下さい! そうでなければ、我らはリディア様に申し訳がありません!」


 フォルネの嘆願にリディアは頭を捻らせて考える。その時、あることを思いつく。


「では、お前達に頼みがある」

「はい! リディア様! 何でも仰ってください!」

「お前達、鳥人間ハーピーは子孫を残すために人間をさらうこともあるのだろう?」

「はい。仰る通りです」

「そのさらった人間はどうしている?」


 問われたフォルネは少し考える。実のところさらった人間をどうするかという明確な決まりはなかった。全てはその人間をさらった。もしくは人間をあてがわれた鳥人間ハーピーの自由だからだ。大抵は山へ離され自由になるが、鳥人間ハーピーによっては殺してしまうこともある。


「申し訳ありませんが明確な決まりはありません。それは各々の鳥人間ハーピー次第となっています」

「なら、鳥人間ハーピーへ危害を加えるなどの行為がない限りは無事に帰してやってくれないか?」


 リディアの提案を聞いたフォルネは鳥人間ハーピー女王クイーンを窺う。鳥人間ハーピー女王クイーンは静かに頷き肯定する。その姿を確認した後で、フォルネはリディアの願いを承諾する。


「わかりました。今後、我々は人間を捕らえる際には細心の注意を払い。人間を殺すようなことがないよう心掛けます。そして、ことが済んだあとは無事に村々へ送り届けることをお約束します」

「そうか、感謝する」

「いえ、リディア様が感謝することは一切ございません。いつでも我らが集落ハーピーツーリーをお訪ね下さい。我らはあなた様から受けた大恩を永遠に忘れぬことを誓います!」

「あぁ、何かあったときには寄らせてもらおう。では、麓まで送ってもらえるか?」

「はい! 直ちに準備をして来ますのでしばしお待ちを!」


 フォルネが準備のためにその場からいなくなる。リディアと鳥人間ハーピー女王クイーンの二人になる。すると、鳥人間ハーピー女王クイーンがリディアへ小さな玉を放り投げる。しかし、力不足で投げた玉は床を転がりリディアの足元で止まる。その玉をリディアは拾い上げる。


「これは、……何だ?」

「そりぇは、りゅうちゅいちょうじゃ。なにかのやくにたつじゃりょう。みょっていけ」(それは、龍水晶じゃ。何かの役に立つじゃろう。持っていけ)

「龍水晶。これが、そうか。ボルクの龍水晶か。……そうだな。何かの役に立つかもしれん。貰っておこう」


 こうして、リディアはハーピーツーリーを後にした。


 その後、ハーピーツーリーでは鳥人間ハーピーを救った大恩人、大英雄……ドラゴンを打ち破った最強の戦士、ドラゴンスレイヤーとしてリディアの名が広まり語り継がれることになる。

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