第17話 お見舞い

 カイ、リディア、ルーアの三人がオーサの大森林での調査――いや、謎の魔物を討伐したことでサイラスにある白銀しろがねの館は騒然とする。実際に謎の魔物が存在していた事実に加え魔物をリディアが討伐したことで白銀しろがねの館では、カイ達を称賛する一方で疑惑を持つ者も少なからずいた。

 

 そのため、真偽を確認するために調査団を編成することになる。調査には確認のため、カイ達も同行して欲しいと依頼されるが……依頼はリディアによって却下される。理由はカイの怪我が完治していないためだ。だが、カイの怪我は回復薬ポーションとリディアの回復魔法でほとんど完治していた。戦闘行為はできなくとも普通の生活を送ることは可能で一週間ほど安静にしていれば完治すると神官からのお墨付きも貰えている。カイ本人も問題はないとリディアへ訴えるが、リディアとルーアはがんとしてカイへ休養するようにと譲らない。一方で白銀しろがねの館としては、真偽の確認が主なのでリディアもしくはルーアだけでも構わないので同行をして欲しいと再度依頼をする。しかし、リディアとルーアは自分達がカイの看病をすると調査依頼を再度断る。リディアとルーアの二人からすると自分達がいないとカイがしっかりと休養するのか不安を持っていた。目を離せば、また無茶をする可能性があると心配をしていた。双方の主張は折り合いをみせずに平行線を辿るが、最終的にはカイが完治をしたら調査へ同行して欲しいということで落ち着く。そのような経緯があり、カイは自宅のベッド上で横になって暇を持て余していた。


(はぁ……。暇だ……。別に少しなら動いても問題ないって神官さんにも言われたのに……。師匠もだけど、ルーアも絶対に安静にしろって俺の意見を聞いてくれなかったからなぁ……。まぁ、確かに死にかけたんだよなぁ。俺……)


 思い出しながらカイはレイアーによって受けた脇腹の傷を手で触る。治療のおかげで痛みはなく、傷もほとんど残ってはいない。だが、今でも身体を貫かれた感覚が残っていた。


(……運が良かっただけなんだよなぁ。あの魔物に大勢が殺されたんだから……。下手をしたら俺も死んでいた……。だから師匠とルーアには感謝しないといけないな。……うん。ここは大人しくいうことを聞いておこう)


 リディアとルーア、二人への感謝を改めて感じながらカイは安静にすることを心掛ける。


 一方で一階にいるリディアとルーアは険しい表情で向かい合いながら、ある問題について話し合っていた。


「全く……。話にならん!」

「けっ! こっちのセリフだ! 偉そうに言いやがって何にもわかってねぇじゃねぇーか!」

「貴様こそなんだ! 任せろと言ったのを私は忘れていないぞ!」

「俺様はオメーがいるから大丈夫だと思ったんだよ! だけど、こんなことなら白銀しろがねの館にいた連中の提案を受ければ良かったんだ!」


 怒鳴り合う二人は徐に戦闘態勢へ移行する。リディアは剣に手をかけ、ルーアは両手に魔力を集中させる。正に一触即発の雰囲気となるが、すぐに戦闘態勢を解除して二人は同時に椅子へ腰かける。落ち着きを取り戻した二人は再び話し合う。


「……でも、ホントにどーすんだよ? カイの看病をするっていっても方法がわからねぇーんじゃ。何にもできねぇーぞ?」


 ルーアの指摘にリディアは険しい表情で目を瞑りながら考える。二人が話し合っていた内容はカイを看病する方法についてだ。カイを看病するとリディアとルーアは明言したが、実際に二人とも看病とは具体的にどのように行うかをよく理解していなかった。カイに安静にしてもらうことは理解していたが、他に何をすればよいのか全く不明なのだ。今まで大きな怪我や病気などしたことがないリディアは看病を受けた経験がなくわからない。ルーアは悪魔なので当然だが看病された経験がない。そのため、二人はどうするべきかを話し合っていた。しかし、話し合いをしてもお互いに答えを持っていないため、実りの全くない話し合いが続いていた。この状況に危機感を持ったリディアが口を開く。


「……仕方がない。余計なことをしてカイに負担をかけるわけにはいかん。私は今から白銀しろがねの館へ行きカイの看病をしてもらうように依頼を出す」


 カイのために一刻も早く正しい看病を行うことを決意したリディアは白銀しろがねの館へ行くために立ち上がる。リディアからの提案を聞いたルーアも無言で頷き移動するために空中へ浮かぶ。


「はぁ……。格好が悪いけど仕方ねぇか……。カイのためだしなぁ……」

「そうだ。カイのためだ。……ルーア。お前はここに残ってカイを手伝ってやれ。依頼には私が一人で行く」

「うん? あぁ、そうだな。カイを一人にするわけにはいかねぇーか」


 こうして、リディアは白銀しろがねの館へ依頼を出すため動き出そうとするが一抹の不安を感じていた。


(……しかし、依頼を出してもすぐに受領されるかはわからないのが問題だ……。すぐに誰かが依頼を受けてくれるのであれば問題はないが……。そう上手くはいかないだろう。依頼が受領されるまでの間は、私とルーアでなんとかするしかないのだが……。困った……)


 不安を胸に抱きながらリディアは玄関の扉を開けて白銀しろがねの館へと出かけようとする。玄関を出ると自宅から少し離れた場所から見知った声が聞こえくる。


「あー! リディアさん。見ーつけた!」

「……うん? あれは――」


 ◇


 コンコン。コンコン。


 扉を叩く音でカイは目を覚ます。


(……あれ? いつの間にか眠ってたのか……。ルーアの昼寝については怒れないかも……)


 ベッドから身体を起こすとカイは扉へ視線を向ける。


「はーい。どうぞ」


 扉が開くと目にも止まらぬ早さで人影が部屋へ入ってくる。部屋へと侵入した人影は迷うことなくカイをベッドへと押し倒すと抱きつく。


「あーん! カイ君。会いたかったわー! 怪我をしたって聞いて心配してたんだからー! でも、安心してね! あとはお姉さんが手取り足と――」


 スパーン!


 闖入者が勝手なことを喚いていると気持ちの良い程の快音が部屋中に響き渡る。音が響くとカイに覆いかぶさっていた人物――アリアは頭部を押さえ呻きながらベッドから転げ落ちる。呆然としているカイを尻目に、血管を浮き上がらせハリセンを持つスーが目を三角にしてアリアを睨みつけている。


「馬鹿姉……。いい加減にしろ!」


 状況の飲み込めないカイが改めて周囲に視線を走らせる。ベッドの下には頭を押さえながら転げ回るアリア。転げるアリアへハリセンによる追撃を繰り出しているスー。扉の前には、いつの間にかアリアとスーの弟であるムーが苦笑いをしながら姉二人を眺めている。因みにムーの腕の中には、諦めたような顔をしたルーアが抱きしめられている。


 スーによるアリアへの折檻がひとまず終了するとムーに抱かれているルーアが口を開く。


「まぁ、要するにだ。こいつらがオメーの見舞いに来たんだよ」


 ルーアの言葉を皮切りにそれぞれがカイへと声をかける。


「そうそう! カイ君が怪我をしたって聞いて心配だからお見舞いにきたのよ!」

「はい。お怪我をされたと聞いて心配しました。ですが、思ったよりもお元気そうなお姿を見られて安心しました。……しかし、先程は姉が大変に失礼なことをしました。カイさんは病み上がりだというのにご迷惑をおかけしてしまいました。カイさんがお望みでしたら、この馬鹿姉には即刻帰ってもらいますので遠慮せずに言って下さいね?」

「あー! スー汚い! 私だってカイ君の看病をしたいのにー!」

「……来る前に言いましたよね? カイさんにご迷惑をかけないようにと!」


 軽率なアリアの言葉に対して、スーの身体から怒りのオーラのようなものが立ちのぼる。尋常ではない怒りのオーラを見たアリア渋々と「すみませんでしたぁー」と謝罪をする。


「あ、あの、カイさん。だ、大丈夫ですか? 噂だと、すっごい怪物と戦ったって……」


 不安そうな表情でムーは尋ねるが、カイは余計な心配をかけないように笑顔で応対する。


「うん。大丈夫だよ。確かに危なかったけど師匠とルーアが助けてくれたから、もうほとんど問題ないよ」

「そ、そうなんですね。よ、良かったです」


 「問題ない」というカイの言動でムーは安心した様子で笑顔を見せると腕の中に抱きしめているルーアへ視線を移す。


「ルーア君がカイさんを助けたんだ。すごいんだね!」

「……チッ! ……そんなことねぇ。カイの怪我は俺様のせいなんだから……」


 褒め称えるムーの言葉にルーアは表情を曇らせる。ルーアの態度にムーは何かを感じ取り心配そうな視線を送る。ルーアの気持ちを感じ取ったカイが口を開こうとするが、その前に満面の笑顔でアリアがツッコミを入れる。


「あれー? ルーア君。いつもみたいに言わないの? 俺様に任せとけって?」


 アリアの軽口にルーアは不機嫌そうに吐き捨てる。


「けっ! そんな気分じゃねぇーんだよ! 今回のことは俺様のせいなんだ! あんたはあの場にいなかったからわかんねぇーだろうけどな!」

「ルーア! そんな言い方は――」


 攻撃的なルーアの言葉を注意しようしたが、アリアはカイへ手をかざして制止させる。


「そうだね。私はその場にいなかったわ。だから、私には何があったのか全然わからない。でも、ルーア君がカイ君のために頑張ったのはわかるわよ?」

「あん? 何でだよ?」

「だって、カイ君がさっき言ってたじゃない。『ルーアが助けてくれた』って。ルーア君は、カイ君の言葉を疑うの?」


 アリアからの指摘を受けたルーアはカイへ視線を移す。ルーアの視線を正面から受けとめながらカイは笑顔で頷く。しかし、ルーアは視線をそらすと伏し目がちになる。


「……そんなことねぇ。……でも、カイの怪我は俺様のせいなんだよ。だから――」


 珍しく反省の言をしているルーアへアリアは腰を落とし視線を合わせて語りかける。


「違うよ。ルーア君。君のせいじゃないよ。君達は、みんな仲間なんでしょう? きっと立場が逆なら君はカイ君がやったように、カイ君やリディアさんを守ったはずだよ。だから後悔するよりも、いつも通りの君でいることがみんなのためだし、君のためでもあるんだよ?」


 アリアの言葉にカイ、スー、ムーが頷く。暫しの静寂の後にルーアがいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。


「……けっ! 口うるせぇ姉ちゃんだな。でも、……あんがとよ。確かに柄にもなく落ち込むなんて俺様らしくねぇーな!」


 いつものルーアが戻って来たことで全員が笑顔になる。自分達のことを理解してくれているアリアにカイは深く感謝する。スーとムーも自分達の姉を誇らしげに感じていた。アリアの株が急上昇する中、ルーアからとんでもない投げかけをされる。


「しかし、姉ちゃんらしくねぇーな。あんたは真面目に話すよりも、いつも通り馬鹿やってる方が似合ってるぜ?」

「うん? そう? じゃあ、私らしくさせてもおうかなぁ……」


 ルーアとの会話を終えるとアリアはカイの方へ肉食獣が獲物を狙うような視線を飛ばす。妙な視線を感じたカイが寒気を感じるのと同時にアリアは素早く動くと、即座にカイのベッドへ潜り込む。


「なっ!? あ、アリアさん! 何をしているんですか!」

「うーん。気にしないで、カイ君のために添い寝をしてあげてるだけだから……。さぁ! カイ君! 力を抜いてあとはお姉さんにまか――」


 全てを言いきる前に、ハリセンを持ったスーがカイのベッドから馬鹿姉アリアを叩き出す。仁王立ちしたスーは、怒りのオーラを纏いながら叫ぶ。


「調子に乗ってんじゃねぇーーーー! 馬鹿姉がぁーーーーーーー!!」



 二階でスーの怒りが爆発している時、一階ではリディアがある人物と向かい合っていた。透き通るような白い肌、銀色の髪、長い耳が特徴的なエルフの女性――ルーだ。二階が騒がしくなったことでリディアは階段へ視線を向け呟く。


「少し騒がしいな……。カイに迷惑をかけていないといいが」


 カイの身を案じるリディアの言葉を聞き終えたルーは沈痛な表情で頭を下げて謝罪する。


「ごめんなさい!」


 唐突なルーの謝罪にリディアは首を傾げて不思議そうに眺める。ルーからの謝罪さに心当たりがないリディアは怪訝そうに尋ねる。


「ルー。何を謝っている? ここへ来た時から少し思いつめているような感じはあったが……。私はお前に謝罪されるようなことがあったか?」


 リディアの疑問を受けても、ルーは頭を上げずに頭を下げた状態で話を始める。


「……はい。カイ君が怪我をしたのは、……元を正せば私のせいです。私が……みなさんにあの仕事を依頼しなければこんなことには……。本当は一人で来るつもりでした。でも、途中でアリアちゃん達に出会って……。彼女達はリディアさん達が住んでいる自宅の正確な場所を知らなかったようなので一緒に来ました……。ごめんなさい……。話が逸れていますね。でも、でも、……私……どう謝ればいいか……本当にごめんなさい!」


 謝罪するルーの瞳からは大粒の涙が雫となり止め処なく流れている。涙を流すルーに対してリディアはいつもの口調で言い切る。


「お前のせいじゃない」


 予想だにしない言葉にルーは思わず顔を上げる。涙に濡れた瞳でルーはリディアを見る。


「依頼を受けたのは私だ。そして、カイが怪我をしたのも私があの魔物にすぐに気づくことができなかったのが原因だ。だから、お前のせいではない。もし、カイに責められるなら私だ……。お前は私達の身を案じてくれていた。しかし、私はお前の意見を聞かずに危険へと飛び込んだ……。私の落ち度だ……」


 かつての自分が下した軽率な判断に対して、リディアは悔しさと後悔を滲ませ拳を強く握り込む。しかし、ルーは涙を拭いながらリディアへ訴える。


「違います! そもそも私が依頼の話をしなければ、リディアさんがあの依頼を受けることはありませんでした。ですから、今回のことは私の責任なんです!」


 リディアとルーがお互いに自らを責めていると階段を下りてくる音が聞こえる。二人は話を止めて自然と階段へ注目する。


「えーん。スーに部屋から追い出されたー! せっかくカイ君に会えたのにー!」


 涙を流し恨みごとを口にしながらアリアが下りてくる。目を潤ませているアリアはリディアとルーを見つけると脱兎の如く二人の元へ駆け寄りすがり付く。


「ねぇねぇ! 聞いてよ! リディアさん! ルーさん! スーが私をカイ君から遠ざけようとするんですよ! もう、我が妹ながら腹立たしいわー!」


 少し前まで泣いていたアリアの瞳には、もはや涙は無く今度は頬を膨らませ拗ねたような表情だ。次々と変化するアリアの表情や態度を見ていたリディアとルーは呆気にとられる。希有な者を見るような二人の視線を感じたアリアは疑問を口にする。


「うん? どうしたんですか? 二人とも?」

「あ、いえ……、何でないですよ」

「アリア……。お前はいつも楽しそうだな」


 何気ないリディアからの問いかけにアリアは本当に楽しそうな笑みを浮かべる。


「えっ? だって楽しいですよ! カイ君に会えたし、リディアさんやルーさんにも会えた。……それに、今は明るくしなきゃ駄目だと思います。……そうじゃないと、一番大変な思いをしたはずのカイ君が心配しちゃいますよ?」


 満面の笑顔で二人へウィンクをするアリアの言動にリディアとルーは顔を見合わせ、言わんとしていることを理解して微笑み頷く。


「……そうですね。ありがとう。アリアちゃん」

「あぁ……、感謝する。アリア」

「えっ? 何をですか? あっ! そんなことより、私達でカイ君に食事を作りましょうよ! そうすれば、スーの奴も私が部屋へ入ることに文句を言えないし! そうしましょう! そうしましょう!」


 思い立つと同時に行動へ移すアリアに手を引かれリディアとルーも一緒に台所へと移動する。二人は苦笑しながらアリアの提案に従う。



 リディア、ルー、アリアの三人が料理を作り始めて三十分ほど経過した時、玄関を叩く音と誰かの声が聞こえてくる。来訪者に気がついたリディアは玄関へ向かう。


「誰だ?」


 玄関の扉を開けるとまたも見知った顔がそこにはあった。


「お前達は――」


 リディアが言葉を言い終わる前に、斧槍ハルバードを背中に携えている男性――アルベインが軽く右手を上げながら挨拶をする。


「どうも、リディア殿。カイ君のお見舞いに来させてもらいました。こちらが、リディア殿の自宅だったのですね。地図は貰ったのですが……。この辺りに誰かが住んでいるとは聞いたことがなかったので半信半疑でしたよ。……あぁ、そうだ。後ろの彼らは途中で一緒になった――」


 アルベインが後ろにいる二人の青年を紹介しようすると、一人が背筋をまっすぐに正し声を張り上げ挨拶をする。対するもう一人は猫背でけだるそうに挨拶をする。


「どうも、お久しぶりです! 戦士ナイトソウルで鍛冶見習いをしているテツです!」

「同じく、レツっすー」

「レツ! もっと気合を入れろよ! また親方に怒られるぞ!」

「いやー、俺はこれぐらいがちょうどいいんだよ」


 テツとレツが言い合いをしているとリディアとアルベインの視線を感じてすぐに謝罪する。謝罪するテツを見てレツも遅れて頭を下げる。


「す、すみません! 急にお邪魔したのに……ご迷惑をかけてしまいました!」

「すみませーん」

「いや、特に迷惑とは思っていないが……。お前達二人もカイの見舞いか?」


 リディアの疑問にテツは焦ったように頷き懐から何かを取り出す。


「は、はい! えーっと。それと親方は仕事で手が離せないんですが……手紙を預かっています。あと、親方から頼まれたことがあるんです」

「そうか感謝しよう。それでドランからの用件とは何だ?」

「はい! あのー。今回、カイさんが怪我をした際に鎖帷子チェインメイルが破損したと聞いたのですが……?」

「あぁ、確かに敵の攻撃はカイが装備していた鎖帷子チェインメイルを貫いたが……。それがどうかしたのか?」

「はい。親方から壊れた鎖帷子チェインメイルを鍛え直すから預かってこいって……。あっ! 代用としてミスリル製の鎖帷子チェインメイルを持ってきてます!」


 唐突な申し出にリディアは首を捻る。


「鍛え直す? しかし、私はまだ修理の依頼を出してはいないぞ?」


 そう、修理依頼を出すつもりではいたリディアだが……。実のところまだドランへ依頼をしていない。理由は単純でカイが怪我を負ったので他のことは全て後回しにしていた。リディアの疑問に対してテツはドランの気持ちを代弁する。


「いえ、これは親方の……職人としての誇りの問題なんです! ……親方は自分の作った鎖帷子チェインメイルを壊されて、尚且つ所有者のカイさんが怪我をしたことに憤りを感じているんです。だから、どうしても早く自分の手で修理をしたいんです……。大変なときに申し訳ないとは思います。……ですが! もう一度、親方にチャンスをもらえませんか? お願いします!」


 思いの丈を吐きだしたテツは深く頭を下げて懇願する。また、横にいたレツも先程とは違いテツと同時に頭を下げる。真剣な二人の姿を見たリディアは黙って家の中へ姿を消す。「怒らせてしまった……」と不安を抱くテツとレツだが……。戻ってきたリディアの手には穴の空いた鎖帷子チェインメイルが収まっていた。リディアは鎖帷子チェインメイルをテツとレツへ差し出す。


「ドランへ伝えてくれ。お前の腕を信じていると。それから、今回カイの命が助かったのはお前が作った防具のおかげだ。後日になってすまないが直接感謝を伝えたいと……」

「は、はい! ありがとうございます! リディアさん! 必ずお伝えします!」


 テツとレツはリディアへ感謝の言葉を伝えると、踵を返して戦士ナイトソウルへ戻ろうとする。帰宅しようとするテツとレツの行動に驚いたアルベインが疑問をぶつける。


「お、おい! もう帰ってしまうのか? カイ君には会っていかないのか?」

「はい。申し訳ないですけど俺達がカイさんのためにできることは、親方を手伝ってカイさんの命を守る防具を早く直すことだと思うんです! だから、行きます!」


 自分の役割を決意を持った表情で語るテツの言葉にアルベインは納得したように頷く。


「そうか……。わかった。呼び止めてすまなかったな」

「いえ。アルベインさん。俺達の分までカイさんのお見舞いをよろしくお願いします!」


 リディアとアルベインはテツとレツの二人を見送った。


「では、アルベイン。入ってくれ」

「はい、おじゃまします。リディア殿。これは、お見舞いの品です。みんなで食べて下さい」


 お見舞いの品としてアルベインはバスケット一杯に入った果物をリディアへ渡す。


「そうか。わざわざすまない」

「いえ、当然のことをした――」

「あれー? アルベインじゃない? 何でいるの?」


 聞き慣れた声を耳にしたアルベインは言葉を途中で止めると声の方へ視線を送る。視線の先にいたのはアリアだ。


「ア、アリア? お前こそ何でここに?」


 アルベインの質問に対してアリアは両手を頬に当てると身体をくねらせる。


「えー、そんなの決まってるじゃない。大好きなカイ君のお見舞いに来たのよー!」


 アリアの言い方でアルベインは大体のことを察すると溜息をつく。


「そういうことか……。全くお前は変わらないな……」

「うん? 何が? それよりも、アルベインはどうしてここにいるの? カイ君達と知り合いだったの?」

「あぁ、私はカイ君達とは懇意にさせてもらっているよ」

「へー! そうなんだー。世間って狭いねー!」


 リディアはアリアとアルベインの二人を交互に見るように視線を走らせる。視線を感じたアリアがリディアへ説明する。


「あはは。実は私とアルベインは幼馴染なんですよ! あいつが寝小便していたことも知ってますよ!」

「おい! アリア! そういうことを人前で言うな!」

「何で? 子供の頃なんだから別にいいじゃない」

「そういう問題じゃない! それに、さっきの言い方では誤解を生じる可能性がある。言葉は正確に話せと――」

「もー、相変わらず細かいわねー。別に――」


 リディアをそっちのけでアリアとアルベインの言い合いは続く。言い合う二人をリディアが眺めていると台所からルーも出てくる。ルーはリディアの近くへ寄ると耳打ちをする。


「気にしないで下さいね。あの二人は昔からあんな感じですから」

「そうなのか? ルーは二人が知り合いだと知っているのか?」

「はいー。お忘れかも知れませんけど、私は白銀しろがねの館で二十年は働いているんですよ? 彼らが子供の頃から知っていますよ」


 ルーは昔を思い出したかのように微笑みながらリディアへ説明する。


(そういえば、ルーはアリアの敬称を『さん』ではなく『ちゃん』と言っていたな……。ルーにしては珍しいと思ったが……、子供の頃から知っていたからか……)


 リディアの疑問が解消されていく中でもアリアとアルベインの言い合いは続く。言い合いの止まらない二人へルーが声をかける。


「はーい。アリアちゃんもアルベイン君もそこまで! 二人ともカイ君のお見舞いに来たんでしょう?」


 ルーの指摘を受けて二人は言い合いを止め反省の言葉を口にする。


「そうでした。ごめんなさい。ルーさん。リディアさん」

「申し訳ありません。お見舞いに来たというのに迷惑をかけてしまうとは……。しかし、ルーさんもカイ君のお見舞いですか?」

「えぇ……、カイ君達は私がよく担当をさせてもらっていますし。今回の依頼をしたのも私なので……」


 少し悲げな表情になったルーがアルベインへ事の経緯を説明す。しかし、先程アリアから言われたことを思い出すと頭を振りいつもの笑顔を見せる。


「そう。……だから、カイ君のために美味しい料理を作りました! 早く元気になってもらわないとね!」


 前向きなルーの言葉に全員がく。こうして、リディア、ルー、アリア、アルベインの四人は料理を持ち二階へと向かう。


 カイの部屋へ入るとスーとムーがアルベインへ丁寧に挨拶をするが、ルーアはいつもの口調で軽口を叩く。続いて料理を持ったアリアが部屋へ入ろうとするとスーは『部屋に入るな!』と言いながらハリセンで牽制する。しかし、アリアが胸を張りながら食事を作ってきたと自慢気にみせびらかす。険悪な二人を見たルーがスーをなだめる。ルーの説得もあり、スーが折れて部屋へ入ることを許可する。そのとき、外で大きな音が響き地震のような揺れが部屋を襲う。


「何だ……、今の揺れは?」


 怪訝な表情でリディアが部屋の窓を開けて外を見る。すると、自宅のすぐ近くで土煙が立ち込めていた。何かが爆発でもしたかのように土煙が立ちのぼる中心である人物が大はしゃぎしている。


「やったー! 大成功よ! 見てみなさいよ。ナーブ!」

「お、おめでとうございます……。で、でも、……せ、先生……。ぼ、僕の魔力がほとんど残ってないんですけど……?」

「うん? あ、本当だ。そっかー、そこは改良しないと駄目ね。よし! 帰ったら魔力消費を抑えるための改良を考えるわ!」

「お前達は……クリエとナーブか?」


 外にいる二人に対してリディアが困惑しながらも声をかける。リディアの問いかけにルーも窓から外を覗く。


「あらー、本当です。クリエちゃんにナーブ君じゃないですか」


 二階から飛び交う言葉に気づいたクリエは二人の元へ手を振りながら『ウィング』で浮遊していく。


「どうも! リディアさん。それにルーさんもいたんだー。お久しぶりでーす!」

「あぁ、クリエ。お前もカイの見舞いに来てくれたのか?」

「クリエちゃん。挨拶はいいんだけど……。この騒ぎは一体なんなの?」


 二人からの質問にクリエは子供の様な無邪気な笑顔を浮かべる。


「もちろん。カイ君のお見舞いに来たんですよ! でも、せっかくだから実験中の魔法マジック道具アイテムを使ってここまで来たんです! 説明すると――。あっ! その前に……、カイ君! これ、お見舞いの品ね! それと聞いてたより元気そうで良かった!」


 思い出したかのようにクリエは自身の持つ袋からブレスレットの形をした道具アイテムを取り出すとカイのベッドへ投げる。飛んできた道具アイテムを受け止めたカイは瞬きしながら質問する。


「はい。わざわざ来て下さってありがとうございます。えーっと、クリエさん。これって、何ですか?」

「よくぞ聞いてくれました! それは、以前ルーア君にあげた『防御くん』を改良して作った私自慢の道具アイテムよ! 以前よりも能力は向上しているから危ないときはそれで身を守ってね。ちなみに名前は『防御くん』改め……『防御くんⅡ』よ!」


 ストレートなネーミングを聞いたカイは心の中で『まんまじゃん!』とツッコミを入れるが口には出さず感謝を伝える。だが、一方のクリエはすでに次の行動を開始していた。先程の説明の続きをするためにリディアとルーへ視線を移していた。


「お待たせしましたー! では、説明させてもらいます! ここまで移動してきた魔法マジック道具アイテムの説明でしたね! 私がここまで来た方法は……転移です!」


 「転移」という聞き慣れないワードを聞いた何人かが口々に『転移?』『転移って何ですか?』と疑問を呟く。周囲の疑問に対してクリエは目を輝かせて説明を続ける。


「ふっふっふ。転移というのは、要するにどんな距離も一瞬で移動してしまう夢のような移動方法! 現に私達は白銀はくぎんの塔からここまで一瞬で移動したわ。これが完璧にコントロールできるようになれば……街から街へ、街から村へ、といった移動が転移魔法を使用できる魔術師がいなくとも容易に行えるようになるのよ!」


 革新的な技術向上を声高に力説するクリエに驚きと称賛の声がかけらる。しかし、ルーがある疑問を口にする。


「でもー、クリエちゃん。転移の魔法って上級魔法よ? そんな簡単に魔法マジック道具アイテムで応用できるの?」

「流石はルーさん。するどいですね……。まぁ、仰る通り簡単ではないです。今の段階でも私の魔法マジック道具アイテムで転移はできます。……しかし、かなりの魔力を消費するようなんです。実際に私の助手であるナーブは魔力をほとんど消費して外でへばっていますからね。……ですが! まだまだこれから! 実験を繰り返しきっとこの――」


 クリエの話は途中だが、話が長くなると察したルーは全員に聞こえる声で提案をする。


「みなさーん! 提案がありまーす。カイ君のために多くの人が集まってくれました。けれど、このままみんながここにいてはカイ君も休まりません。そこで、一度みんな下へ降りて順番にカイ君の部屋へ行くことにしませんか? それに、みなさんの分のお食事も作りましたから私達も食事休憩ということで――」


 ルーの提案を聞いた全員が賛成とばかりに頷く。


 全員の理解が得られたと判断したルーはあることを思いつき最後に付け加える。


「――それから、怪我を負ったカイ君をお部屋へ一人残すのは心配です。ここは代表としてリディアさんにカイ君のお食事をお手伝いしてもらいたいと思います」

「えっ!?」

「何?」


 唐突なルーの提案にカイとリディアは驚くが、二人以外の全員が理解した様子で頷く。


「では、カイさん。またあとで来ます。馬鹿姉が勝手に部屋へ入って来ないように私が監視しておきますので安心して下さい」

「もー! 失礼ねー! スー! 私はカイ君のためにやってるのにー! じゃあ、またあとでね。カイ君!」

「じゃ、じゃあ、ぼ、僕も下へ行きますね。ルーアくん。一緒に行こうね!」

「けっ! 一緒も何もオメーが俺様を離さないと俺様は自由に動けねぇーんだよ! じゃあな、カイ。あとでな」

「では、カイ君。ほとんど挨拶もできていないが、またあとで来るよ」

「じゃあ、カイ君! あとでねー! あっ! ルーさん! ナーブの分も食事あるかなー?」

「はいー。大丈夫ですよ。……さてと。じゃあ、カイ君。少し騒がしくしちゃいましたけど、リディアさんにしっかり看病されて下さい。……それから、命が無事で本当に良かったです」


 最後にルーがお辞儀をして部屋を後にすると部屋にはカイとリディアだけになる。


「えっと……」

「ふむ……」


 二人はなんとなく気不味くなるが、カイは下へ降りた仲間のことを思い出して笑顔になる。笑顔を浮かべたカイを見てリディアが首を傾げる。


「どうした? カイ」

「はい。師匠。俺、こんなことを言うと不謹慎って怒られるかも知れませんけど……、嬉しいんです!」

「嬉しい?」

「はい。俺はリック村が滅んで家族も友達も失いました。……でも、今は違う。こんなに多くの知り合いができました。それに、師匠やルーアのような家族もできました。それがすごく嬉しいんです!」


(……家族? ……私を家族と言ってくれるのか? ……私は得体のしれない存在のように扱われてきた……。普通の人間とは違うと周囲は言った……。そんな私を家族と認めてくれるのか?)


 疑問を持ったリディアだが、カイの表情を見て聞くまでもなく気持ちを理解する。


 カイはリディアを家族として認めてくれていると。


 そのため、リディアも素直に気持ちを伝える。


「あぁ、私もだ。カイ。……私も嬉しい。君のような家族を持てたんだからな!」


 得られることのないものを得られたリディア……。


 仲間へ、カイへ、感謝を噛みしめるリディアの表情は一番満ち足りた笑顔をしていた。

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