第12話 白銀の塔


 カイ、リディア、ルーアの三人が宿屋から新しい自分達の家へ引っ越しをして一週間が経過した。新たな家の周囲に他の家はなかったので、静かで落ち着く場所と言えなくもないがある意味では寂しい場所だ。しかし、今カイが抱えている悩みにとっては理想的と言える。その悩みとはルーアのことだ。以前、スーから指摘された使い魔の契約をせずルーアを自由にさせていれば何らかのトラブルに巻き込まれる可能性が高い。問題が起こる前にルーアを守る方法がないかとカイは頭を悩ませ考えるが良い案が何も思い浮かばずにいる。


(はぁー。どうしよう? 家の中にいれば問題ないけど、ルーアがそんなこと納得するわけないし……。そもそも家の中に閉じ込めているようで俺もいい気分じゃない。でも、どうすればいいんだろう? 師匠にも聞いたけど、そもそも師匠はルーアを怖がる理由がわからないようだったし。はぁ、困った……)


 悩みを抱えたカイが何度目かの溜め息をついた……そのとき、誰かが家の扉を叩く音が聞こえた。扉へ視線を向けたカイは扉へ近づきながら返事をする。


「はーい。どちら様ですか?」


 返事を待たずに扉を開けると、ルーがいつもの笑顔で立っている。白銀しろがねの館で着ている服装とは違い鮮やかな緑色のワンピース姿だ。


「あれ? ルーさん。どうして?」

「はいー。突然、お邪魔してごめんなさい。今、大丈夫ですか?」

「はい。上がって下さい。あっ! 師匠に用事ですか?」

「えーっと。できれば、カイ君、リディアさん、ルーア君の三人にお話をしたいんですけど?」


 何の用事かはわからなかったが、カイはルーの希望を叶えるため全員を集める。リディアは部屋でくつろいでいたが、ルーアは呑気に昼寝をしていたので叩き起こす。起こされたルーアは目をこすりながらカイに不満を漏らす。


「何だよ……。せっかく、昼寝してたのに起こしやがって……」

「どうした。カイ。うん? ルー。来ていたのか」

「えーっと。全員集まりました。ルーさん」


 カイ、リディア、ルーア、ルーの四人がテーブルを囲むように席へ着く。


「はいー。ありがとうございます。えーっと。では単刀直入に言います。このまま、ルーア君を街中で自由にさせているのは駄目です」


 まさに悩んでいたことをルーに指摘されカイは驚きの表情になる。しかし、意図を理解していないリディアは不思議そうな表情で首を傾げ、話題の主役であるルーアは明らかに不機嫌な表情になる。三人の反応は三者三様だが、ルーはいつもの穏やかな笑顔をしている。


「おい! エルフの姉ちゃん! それは俺様が気に入らないってことか!」

「おい、ルーア――」

「カイは少し黙ってろ! 俺様はこの姉ちゃんに話してんだ!」


 声を荒げてルーアはルーを睨みつけていたが、対するルーは笑顔を崩すことなく頭を横に振り否定をする。


「いいえー。私はルーア君のこと好きですよ。……でも、街の人みんながみんなルーア君のことを好きだとは思わないで欲しいんです。ルーア君は悪魔です。つまり魔物です。人間にとって魔物とは忌むべき存在として認識されています。例えルーア君に敵意がなくても、その気持ちをすぐに消すなんて不可能です。いずれは大きな問題になってしまいます」


 理路整然と説明されルーアは押し黙る。一方のカイはルーからの話に興味を持つ。もしかしたら、何か解決する糸口を持ってきてくれたのかと期待を込めていたからだ。


「そこで私は使い魔の契約をお勧めします! ――」


 「使い魔の契約」という言葉を聞いたカイは横目でルーアを窺う。ルーアは眉をひそめて険しい表情をしている。しかし、ルーの話には続きがある。


「――っと、普通ならするんですが……。ルーア君の場合は難しいと思いますので別の方法を試してもらおうと思っています」 

「えっ? 別の方法って? 使い魔の契約以外にも何か方法があるんですか?」

「さぁー? わかりません」


 ルーの返答を聞いたカイは思わず転びそうになる。しかし、カイの反応を見たルーは両手を交互へ横に振りながら説明を続ける。


「あー、勘違いしないで下さいね? 私がわからないだけで、わかりそうな人に相談をしてきて欲しいんです」

「わかりそうな人……ですか?」

「はいー。一週間前にカイ君がルーア君を連れてきた時、私の知り合いに手紙を出しておきました。ですから、明日にでも会って来て下さい」


 唐突な申し出にカイ、リディア、ルーアの三人は顔を見合わせる。


「えーっと。その知り合いの方は、どちらにいるんですか? 白銀しろがねの館ですか?」

「いいえー。白銀はくぎんの塔にいます」

「えっ? 白銀はくぎんの塔?」

「はいー」


 ◇


 翌日、カイ、リディア、ルーアの三人は白銀はくぎんの塔を訪れる。


白銀はくぎんの塔:魔術師が魔術を学ぶ場所。入るためには一定以上の魔力か推薦が必要になる。この場所では、新しい魔術の開発、新たなる魔術の流用方法、新しい魔法マジック道具アイテムの作成なども行っている。


 高くそびえ立つ白銀はくぎんの塔を見上げながらカイは口を大きく開けている。リディアはいつも通り特に驚きもなく冷静でいる。ルーアはというと険しい表情で塔を睨みつけている。


「ここが白銀はくぎんの塔か……。大きいなぁー」

「そうだな、私もここまできたのは初めてだ」

「えっ? 師匠もですか?」

「あぁ、特に用事もないからな」


 白銀はくぎんの塔についてカイとリディアで話をしていたが、ルーアは何も話さずに難しい表情をしている。


「どうしたんだよ。ルーア。元気ないぞ?」

「……そんなんじゃねーよ。……ただ、俺様は魔術師が嫌いなだけだ」


 かつてルーアと使い魔の契約をしたのは魔術師だ。しかし、それは無理矢理の契約で拒否すれば殺されると脅されていたからだ。


(……そっか。嫌なことを思い出させちゃったか……)


「ルーア……。ルーアが嫌なら俺と師匠だけで話を聞いてくるけど……?」

「けっ! 冗談じゃねぇ! 俺様のことなんだから俺様が行かなくてどうすんだよ! ガキじゃねぇーんだ! ……だから、余計な心配はすんなよ……」

「ルーア……」


 ルーアなりの気遣いにカイが感激していると横にいたリディアが爆弾を投下する。


「なるほど。これが、カイの言っている照れ隠しというやつか?」


(――ッ! 師匠! それをルーアの前で言っちゃ駄目です!)


 カイは心の中でツッコミを入れるが、次の瞬間には案の定というようにルーアが顔を真っ赤にさせてリディアへ噛みつくように暴言を浴びせる。


「誰が照れ隠しだ! このペチャパイが!」


 その言葉を皮切りに、リディアとルーアの喧嘩が始まる。なんとか二人をなだめたカイがリディアとルーアをともない白銀はくぎんの塔へと進んで行く。


 三人は白銀はくぎんの塔を守護している門番へ声をかける。門番は全身鎧フルプレートを装着して片手に槍を持っている。


「あのー、すみません。ちょっと、いいですか?」

「はい。何かご用でしょうか?」

「えーっと。こちらの塔にいる方に用事があるんですけど……。入れてもらえますか?」

「はい。それは可能ですが……。お約束はされていますか?」

「はい。えーっと。直接じゃないんですけど、手紙で俺達が来ることは知っているはずです」

「わかりました。では、確認をしますのでお会いになる方のお名前を教えて下さい」


 門番の言葉にカイは安心する。見た目は全身鎧で威圧感があり話が通じるか不安を持つが、この様子なら問題なくルーの知り合いに会えると確信したからだ。しかし、カイがルーから聞いた名前を伝えると門番の態度が一変する。


「はい。クリエさんです」

「えっ? クリエ……さん? もしかして……、クリエ先生!?」


(先生……? この人の先生なのかな……? でも、この人は魔術師っぽくないけど……? それとも結構有名な人なのかな……?)


 カイが疑問を持っていると門番は先程までとは違い困惑した様子で他の門番と内輪で話を始める。するとカイ達へ何の説明をもなしに門番の一人が塔の中へ慌てた様子で入っていく。明らかに変化した門番の行動にカイ達は首を傾げる。不思議そうにしているカイ達へ残った門番が声を震わせ「だ、大丈夫ですよ……」とフォローが入る。だが、声が震え自信なさげなフォローにカイは不安しかない。


(何だろう? もしかして怖い人なのかな……)


 クリエという名前を出してからの流れにカイは一抹の不安を感じるが、ほどなくして塔から門番が戻ってくる。門番に案内されてカイ、リディア、ルーアの三人は揃って白銀はくぎんの塔へと入る。初めて入る白銀はくぎんの塔だが、一階部分は白銀しろがねの館と似た作りで広いフロアーに受付がある。しかし、魔術師による塔のため塔の内部にいる者はローブを着た魔術師の風貌がほとんどだ。一部には全身鎧フルプレートを着た先程の門番のような者もいたが、彼らは白銀はくぎんの塔を守護する雇われ兵士である塔の関係者だ。門番に案内されてフロアーを歩いていると、青いローブを着た魔術師らしき茶色い髪の青年がカイ達を待っていた。中肉中背で整った顔立ち、目は少し垂れている。なぜか表情は暗く明らかに落ち込んだ様子だ。茶髪の青年はカイ達を見ると一礼して挨拶を交わす。


「……初めまして、僕はナーブです。この白銀はくぎんの塔で魔術を学んでいます」

「あ、はい。初めまして俺はカイといいます」

「私はリディアだ」

「……ルーアだ」


 カイとリディアは普通に挨拶をするがルーアは魔術師が気に入らないのか、ふてくされたように挨拶する。しかし、ナーブはルーアの無礼な態度は気にせずため息を漏らす。


「……えーっと。クリエ先生にご用事ということですが、どなたのご紹介でしょうか?」

「はい。白銀しろがねの館で受付をしている。ルーさんの紹介です」


 カイの答えを聞いたナーブは、手で顔を覆い「やっぱり」と小さく呟く。


「わ、わかりました。……では、行きましょうか……」

「あれ? 確認をとらなくてもいいんですか?」

「あー……。そうでしたね……。でも……、どうせ意味がないので……。きっと、クリエ先生に直接会って頂いた方が早いですから……」


 カイ達はナーブの言っている意味は理解できないが、会わずに帰るわけにもいかないのでナーブに黙ってついていく。ナーブの案内で三人は塔の地下へと降りて行く。すると、ナーブはある部屋の前で立ち止まる。その部屋の扉は鋼鉄製のような作りで明らかに普通の扉とは違っている。まるで何かを閉じ込めるような重々しい印象を扉からは感じられる。厳重な扉の前でナーブは深呼吸して気合を入れる。表情を引き締めたナーブは覚悟を決めたように扉を乱暴に叩く。


「クリエ先生! お客様がおみえですよ!」


 大声をあげて扉を強く叩いたが反応はない。カイが留守なのかと、思った瞬間に部屋の中から声が聞こえる。


「あー! 失敗したー!」

「――ッ! まずい! みなさん伏せて!」


 突然大声を出しながらナーブが伏せる。理解が追いつかないカイが「えっ?」っと疑問を出す前にリディアがカイとルーアの首根っこを掴んで扉から大きく離れる。カイとルーアがリディアへ何か言おうとした次の瞬間、爆音が響くと同時に扉が吹き飛んだ。


「えっ!? な、何で!」

「何だぁー?」


 突然の爆発にカイとルーアは驚きの声を上げる。一方で声を上げていないがリディアは警戒したように周囲へ視線を走らせる。爆発の影響で廊下には煙が立ち込めて焦げたような臭いが充満してくる。すると無残にも破壊され瓦礫と変貌した扉を押しのけて爆発の中心となった部屋から人影が出てくる。


「おほ。ごほ。ごめんなさーい! 大丈夫? 誰か怪我してなーい?」


 部屋から出てきたのは、一人の少女だ。見た感じは十歳ほどだろう。大きめの白衣のような服装、身長は百二十センチメートル程で桃色の髪をツインテールにしている。大きな瞳は煙のせいで少し涙目になっている。牛乳瓶の底にあるような眼鏡を耳にかけているが、目には装着せずに頭の上に置いている。また、耳が普通の人間よりも長く特徴的だ。


「せ、先生……。またですか?」

「あっ、ナーブだったんだ! あー、良かった……」

「いや……、僕でも駄目だと思うんですけど……?」

「そんなことないわよ。ナーブなら許してくれるでしょう?」


 手前勝手な言い分を口にしながら少女はナーブに可愛くウインクをする。少女の態度に呆れたような、諦めたような、ため息を出してナーブは軽く肩を落とす。


「……はぁー、はいはい。僕だけなら問題はないですよ。……ですが、今回は僕だけではありません。クリエ先生にお客様を連れてきました」


 ナーブの言葉に少女は何度か瞬きしたあとに周囲を見渡す。すると、カイ、リディア、ルーアの三人と目が合う。三人を認識した少女は軽く舌を出して「ごめんなさい」と可愛らしく謝る。この少女こそがルーの知り合いのクリエだ。


 クリエとナーブはカイ、リディア、ルーアを爆発した部屋へと招き入れる。部屋の中は爆発のせいで書類や実験道具のような物が床に散乱して、壁や床にはいくつかの焦げ跡もみられる。まるで嵐が通り過ぎたように物が散乱した状態ではあったが、クリエとナーブはカイ達に謝罪をしながら椅子に座るよう促す。


 椅子に座ったカイは、あることに困惑していた。それは目の前にいるクリエのことだ。どうみてもクリエはただの子供にしか見えない。ルーの知り合いでナーブが先生と呼んでいることを含めると子供である筈がないと疑問しか出ない。だが、困惑するカイをを余所にクリエは子供らしい笑みを浮かべながら謝罪する。


「あはははは。ごめんねー。研究中だったんだけど、失敗して爆発しちゃったの。でも、誰も怪我がなくて良かったー」

「先生。笑い事じゃないです。研究も大事ですが、もう少し安全には気をつけて下さい」

「はいはい。ナーブは心配性なんだから。……ところで、みなさんはどこのどちらさまですか?」


 謝罪をした後、カイ達を見たクリエは首を傾げながら質問をする。事前にルーからカイ達が尋ねることを説明したと聞いていたので、カイが手紙について確認をしようとする。しかし、その前にナーブがクリエを問い詰める。


「先生……。恐らくですが、一週間程前に渡した手紙を読んでいないのでは? 僕はルーさんからの手紙ですから必ず読むようにと念を押しましたよね?」

「えっ? 手紙? あー……。そういえば、そんなものをもらった気も……。ごめん! 忘れてた!」


 両手を合わせながら軽く舌を出して可愛らしく謝ったクリエは、謝罪した直後に爆発で散らばったであろう紙の束を押しのけて手紙を探し始める。しばらく探しているとクリエは右手を掲げ、その右手にはルーの手紙が握られていた。封が切られていない手紙をクリエはすかさず開けて手紙を読み出す。手紙を読みながら「ふむ、ふむ」と頷き、読み終わった手紙を机に置くとクリエが口を開く。


「……なるほど。つまり、そこにいる小悪魔インプ君が街にいても問題ないようにして欲しいってことね? しかも、使い魔の契約なしでか……」

「はい、可能ですか?」

「うん。大丈夫だと思うよ」


 心配そうなカイに対してクリエは満面の笑顔で頷く。簡単に「大丈夫」と言うクリエにカイは驚くが同時に喜んだ。しかし、一方のルーアは険しい表情でクリエを睨みつけながら吠える。


「ちょっと待てよ! 先に言っておくぜ! 俺様はお前達が――魔術師が好きじゃねぇ! 信頼もしてねぇ! だから、その方法っていうのをちゃんと説明しろ。じゃないと、その提案はお断りだ!」

「おい、ルーア落ち着け。……すみません。クリエさん、ナーブさん」

「けっ!」


 感情的なルーアの言葉にナーブ眉を寄せるが、クリエは特に気分を害した様子もなく笑顔でいる。


「気にしないでいいよ。好き嫌いは誰にでもあるから……。あーっと。そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はクリエ。この白銀はくぎんの塔で主に魔法マジック道具アイテムの研究をしているわ――」


 自己紹介の途中だがクリエは言葉を躊躇させると少し困った顔をする。困り顔のクリエをナーブが心配そうに眺める。


「――えーっと。……ちなみに人間じゃないわ。……私はハーフエルフよ」


 クリエの自己紹介を聞いてリディアとルーアは表情を変える。クリエのハーフエルフという説明にリディアとルーアはなぜ躊躇したのか理解する。二人の表情の変化を見たクリエは少し寂しげに笑顔を浮かべる。しかし、カイだけはクリエの自己紹介を聞いても特段の変化なくいつも通りに接する。


「あっ、すみません。頼みにきているのに自己紹介が遅れてしまって、俺はカイっていいます」

「……えっ……?」


 全く変化のないカイの対応にクリエは目を見開いて驚愕する。それはクリエの横にいたナーブも一緒だ。しかし、リディアとルーアはカイのことをよく知っていることから軽く笑みを浮かべる。


「失礼した。私はリディアだ」

「あー、俺様はルーアだ。大悪魔ルーア様って呼んでくれ」

「おい! ルーア。そういう、紛らわしい言い方はもうするなよ!」

「いいじゃんかよー」

「気にするな、カイ。それは、ただの羽虫と思っていろ」


 カイ、リディア、ルーアの会話にクリエは割って入る。どうしても確認をしたいことがあるからだ。


「えーっと……。話の途中で悪いんだけど。カイ君だっけ? 君は私がハーフエルフって聞いて何も思わないの?」

「えっ? はい、先程も聞きましたけど……。すみません。俺は世間知らずで、ハーフエルフって言われてもよく知らなくて……。もしかして、特別な種族なんですか?」

「そっか……。知らないんだ……」


 クリエは目を閉じて少し考える。心配そうな視線を送るナーブだが全てクリエに任せようと決心して口出しはしない。リディアとルーアも事の成り行きを見守る。暫しの沈黙後にクリエはゆっくりと目を開けて真剣な口調でカイへ説明する。


「ハーフエルフっていうのは、エルフと人間の間に生まれた者のことをいうのよ。エルフの魔力と寿命、人間の感性と考えを持っているのが私達ハーフエルフよ」


 説明のあと、クリエはカイの反応がどう変化するのかを注視する。しかし、説明を聞いたカイはクリエの予想に反して感心したような表情で目を輝かせている。


「へぇー、すごいんですね。じゃあ、クリエさんは長生きなんですね」

「えっ……? そうね。私は今年で九十九歳になるわ」

「きゅっ!? ……九十九歳……。そ、それは失礼しました。年上の方に失礼な話し方でしたか?」


 年齢のことで恐縮するカイの態度を見たクリエは拍子抜けしてしまう。すると、今までのカイとのやり取りを思い出し子供のように腹を抱えて笑いだす。


「あははははははは。……はぁ。ごめんね。いきなり笑っちゃって。あははは。でも、こんな可笑しいのは初めてだったから。あはははは――」


 突然、せきを切るかのように笑うクリエを見て「何か失礼なことをしたのか?」と不安なカイは助けを求めるようにリディアを見る。だが、リディアはカイの視線に気づいても微笑むのみ。狼狽えた様子のカイに気づいたクリエが笑顔で話題を変える。


「ごめん。ごめん。カイ君。そんな不安そうな顔しないでよ。何でもないの。そう、ただ面白かっただけなの」

「は、はい。わかりました……」


 意味は理解できていないが、クリエを不機嫌にさせたわけではないことがわかりカイは胸を撫で下ろす。


「さてと、時間をとらせてごめんね。じゃあ、ルーア君の件ね。こういうのはどうかしら? 契約を交わさずに交わしたように見せかけるの」

「見せかける? どういうことですか?」

「使い魔の契約なんて傍から見ても普通はわからないものよ。だから、簡単に確認する方法として……使い魔の契約をすると契約の証になる道具アイテムが使い魔に装備されるのよ。その道具アイテムを見て使い魔の契約をしていると判断するの。だから、それらしい道具アイテムをあげるからルーア君はそれを装備しておけばいいのよ。勿論、誰かに聞かれたときは、その道具アイテムが契約の証だって言ってね」


 説明を聞き終えたカイは理解する。


(なるほど。つまり実際は契約を交わしてないけど、表面上は契約を交わしたことにするってことか。確かにこれならルーアも自由に動ける。……でも、それをルーアが受け入れるかどうか。……あとはルーア次第かな)


 不安そうにカイはルーアを見る。カイの視線に気づいたルーアは親指を立てる。


「へっ。いいんじゃねぇか? メガネちびの案に乗った!」

「ルーア! ちゃんとクリエさんって呼べよ!」

「あははは。いいよ、カイ君。呼び方なんて本人がわかりやすいのが一番よ」

「すみません、クリエさん。じゃあ、見せかけの道具アイテムを頂いてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、いいわよ。じゃあ、ナーブ。カイ君とルーア君を隣の部屋に案内してあげてー」

「あっ! は、はい、先生! では、どうぞこちらです」


 唐突に話を振られて少し驚いたナーブだが、気持ちをすぐに切り替えカイとルーアを隣の部屋へ先導する。隣部屋へ向かう三人の背中にクリエがある忠告をする。


「あっ! 部屋の中に契約の証っぽい道具アイテムは何個かあるから、ルーア君が好きな物を選んでいいよ。でも、整理整頓はしてないから頑張って探してねー!」


 カイ、ルーア、ナーブの三人が部屋に入ると「うわっ!」「きったねー!」「す、すみません……」などといった声が聞こえてくる。三人の声を聞いたクリエは子供のように笑う。残っていたリディアはクリエと二人になると謝罪する。


「すまなかった」

「うん? 何がですか?」

「カイは何も知らないんだ。お前達の……ハーフエルフについて何もな……」


 リディアが言いたいことが理解できてクリエは笑った。


「えぇ、そうみたいですね。それなりに有名な話だと思ってたんですけど私の被害妄想だったみたい……。あははは。カイ君が全然表情を変えないから変な質問しちゃった!」

「そうでもない。旅をしていれば、あちこちから噂は聞こえてきた」

「……そっかー。じゃあ、リディアさんは知っているんですね……」

「あぁ、お前も苦労しただろう」

「あはは。まぁ、人並みには苦労したと思います。でも、私はまだ幸せですよ。きっとね……」


 ハーフエルフは人間とエルフの間に生まれた者のことをいう。ハーフエルフはエルフの魔力と寿命、人間の感性と考え方を持っている。そのため、二つの種族から迫害されてきた。


 ハーフエルフはエルフの魔力と寿命を持っていることから身体的にはエルフに近いが、エルフとは考え方があまりにも違っていた。エルフは調和を大事にして変化を好まない種族だ。しかし、ハーフエルフの考え方は人間の考え方に近い。変化に対して柔軟であり、むしろ変化することが当然という考えが強い。そのため、エルフはハーフエルフを仲間とは認めず交流を持たない。いや、むしろハーフエルフがエルフの里や集落に入ることを禁止して締め出してしまう。例え、里や集落にハーフエルフの親がいようとも近づくことを許さなかった。


 人間は単純で自分達とは違い魔力が高く寿命の長いハーフエルフを人間とは認めなかった。逆にその力を恐れてハーフエルフには人権を与えない。しかし、サイラスは白銀はくぎんの塔という魔力を持つ者を優遇する制度があるため、サイラスに限っていえばハーフエルフということを特には気にしていない。逆に魔術師にしてみれば、生まれながらに普通の人間よりも強い魔力を持つハーフエルフは憧れともいえる。だが、それは白銀はくぎんの塔の中だけの話だ。一般的にハーフエルフは人間の社会から迫害され続けている。


 迫害されたのはクリエも同様だ。小さい頃にエルフだった父親を事故で亡くし母親と二人きりで生活していたが、周囲の人間はクリエから距離をとり陰口を叩かれ嫌われていた。そんな生活でも強く優しい母親と暮らしていたクリエは寂しさを感じずに成長していく。だが、母親は人間……、クリエが六十歳になった頃に母親は寿命で亡くなる。母親を失い一人になったクリエは家を出て旅に出る。そこからサイラスへと流れつきクリエは魔術師としての人生を送ることになる。幸いなことにクリエは魔術師として優れた才能を持っていた。特に魔法マジック道具アイテムの開発は天才的だ。そのため、現在ではサイラスでも高名な魔術師の一人として名を馳せている。


 過去の経験からハーフエルフが嫌悪されるというのはクリエにしてみれば常識だ。以前よりは人間の受け取り方は改善されてきているが、エルフに関しては頑なにハーフエルフを認めようとしない。勿論、人間の中にも昔と変わらずにハーフエルフに偏見の目を向ける者もいる。そのため、ハーフエルフだと聞いても全く変化がないカイの反応にクリエは驚かされる。


「すまない。嫌なことを思い出させたな」

「全然! 気にしないで下さい。リディアさん。それに、さっきのカイ君の話を聞いて思ったの!」

「何をだ?」

「私は……。いえ、私達ハーフエルフは周りの言葉に惑わされてるだけだってね。カイ君みたいな人もいるのに、ハーフエルフだからってだけで特別な存在だって……。周りが見るように、私たち自身も特別に見ていた。……でも、さっきのカイ君の反応を見て、そうじゃないんだって思えました!」


 満面の笑顔で語るクリエを見たリディアもまた微笑む。


「そうか」


 リディアは目を閉じ考える。


(私も同じだな。私もカイがいてくれて救われた。カイがいなかったら、私は――)


 そのとき、隣の部屋から何かが崩れるような音が響くと同時にカイ、ルーア、ナーブが慌てた様子で駆け込んでくる。


「はぁ、はぁ。あ、危なかった……」

「ったく! 何なんだよ! もう少し整理しとけってんだ! 危うく生き埋めになるところだぞ!」

「す、すみません。こ、今度……、先生と一緒に片付けます……」

「あれ? みんなおかえりなさい。そんなに大変だった?」


 あっけらかんとしたクリエの言葉にカイとナーブは息を切らせ疲労した顔で頷く。一方のルーアは顔を真っ赤にして喚く。


「あったりまえだろうがー! あんな適当に物を積み重ねやがって! あとちょっとで死ぬところだったぞ!」

「あはは。ごめんね。でも、目的の物は見つかった?」

「あ、はい。ルーア。クリエさんに見せろよ」

「けっ! ほらよ。これにしてくれ」


 ルーアは小さな指輪をクリエに差し出す。


「ふーん。これにするんだ。じゃあ、ちょっと貸してね」


 指輪を受け取るとクリエは頭に乗せていた牛乳瓶の底のような眼鏡をつけて研究用の机に座ると指輪をいじり始める。その様子を見ていたナーブは何かを察して渋い顔をする。作業中のクリエにカイは確認のために声を掛ける。


「そうだ。クリエさん。その道具アイテムはおいくらですか?」

「うん? お金? そんなのいらないわよ」

「えっ? そんな……。さすがに無料タダで頂くわけには……」


 鮮やかな手際で作業を終了させたクリエはかけていた眼鏡を頭の上に戻しながらカイ達の方へ笑顔で振り向く。クリエの笑顔を見たナーブはさっき抱いた予想が当たっていたことを確信する。


「お金はいらないわ。でも、無料タダとも言ってないわよ。……ルーア君!」

「あん? なんだよ?」

「お礼はあなたの身体で払って!」


 指定された張本人のルーアを含め、カイとリディアも何を言われているのか分からずにしばらく思考が停止する。微妙な空気を感じたナーブは慌てた様子で補足する。


「あ、あの! みなさん! 先生が言いたいことはですね。実験に協力をして欲しいということなんです! 身体で払って欲しいというのは、開発中の道具を装備または使用して欲しいということです」

「あれ? 私、そう言わなかった? ナーブ?」

「先生……。言葉が不足しています……」


 ナーブの説明を聞いてカイ達は安心する。特にルーアは心底安堵して逃げ出そうとした身体の向きを元に戻す。


「いいぜ! 実験ぐらい手伝ってやる。でも、危ない実験とかじゃないだろうな?」

「大丈夫、大丈夫。ルーア君に使ってもらう道具アイテムは、ほとんど完成していてあとは上層部の審査待ちよ。それにしても人間以外にも使用できるかどうかの実験ができるなんて最高ね!」


 興奮して目を輝かせるクリエとは対照的にカイ、ルーアは苦笑いを浮かべる。また、心配そうに眺めるナーブを余所にクリエはルーアに指輪を渡す。指輪はルーアが装着しようとすると、ルーアの指に合わせて大きさを変える。魔法マジック道具アイテムのため、自然と使用者の体格に適した形態をとる。


「そんで? この指輪に何をしたんだ?」

「ふっふーん。よくぞ聞いてくれました! じゃあ、ルーア君。ちょっと耳を貸して!」


 クリエはルーアにだけ聞こえるよう小さな声で耳打ちする。説明を聞いたルーアは邪悪な笑みを浮かべる。


「おい……。本当なんだろうな?」

「えぇ! 私の自信作よ! 絶対に大丈夫よ!」

「よっしゃー!」


 二人で盛り上がるルーアとクリエだが、何を思ったのかリディアの前までルーアがふわふわと飛んでいく。ルーアはリディアの前まで行き大きく息を吸うと。


「このペチャパイが!」


 喧嘩を売るかの如くルーアが暴言を吐くとすぐさまリディアが殴りつける。しかし、殴られる前にルーアが何かを叫ぶと周囲に硬い何かが衝突したような音が響く。よく見るとリディアの拳がルーアに直撃せず、その周囲に貼られた光の壁に阻まれていた。


「よっしゃー! どうだ! これで、もう俺様を殴れねぇーだろう!」

「よし! 実験は成功ね!」

「な、何ですか? これは?」


 一連の光景を見ていたカイは驚いた様子で疑問の声を上げる。


「うん? よくぞ聞いてくれたわね。カイ君。これは私が開発した攻撃を防ぐための魔法マジック道具アイテム。攻撃を受ける前に、『防御』とか『バリア』って口に出すだけで身を守る障壁を生み出す魔法マジック道具アイテムよ! その名も『絶対防御くん』 略して『防御くん』ね」


 満足気に答えるクリエを余所にナーブは両手で顔を覆い苦悩する。一方のカイは道具の名前にツッコミを入れたかったが、満足そうなクリエの表情を見て何も言えない。


「せ、先生……。その道具が実用化された場合は『シールド指輪リング』にすると、会議で決定したことを通達したじゃないですか……」

「うん? 知ってるわよ。でも、私は嫌よ! 何よシールドリングって? そんなわかりづらい名前よりも絶対に『防御くん』の方が可愛いし覚えやすいわ!」


 子供のように頬を膨らませてクリエは不満を口にする。一方でナーブは深いため息をつくが、それ以上は追及できずにいた。苦労している様子のナーブを少し自分と被る部分を感じながら憐れむような視線を送った後にルーアとリディアに視線を戻す。


(しかし、すごいな。師匠の拳を止めるなんて……)


「へん! どうだ? これで、何もできないだろうがペチャパイ!」


 調子に乗ったルーアが暴言を吐き挑発するとリディアは無言で右拳を握り込む。すると拳が淡く輝き出しリディアは障壁をもう一度殴る。次の瞬間にルーアの張った障壁は粉々に破壊されリディアの拳はルーアを直撃する。殴られたルーアは吹き飛ばされると壁にめりこんで動かなくなる。


(……まぁ、今のはルーアが悪い。でも、一応は助けるか……)


 ルーアを助けるため、カイは吹き飛ばされた壁へと向かう。一方のクリエは興奮したように飛び跳ねながらリディアを称賛する。


「すっごーい! リディアさん。すごいわ! 今のって拳に魔力を集中させたんでしょう?」

「あぁ、そうだ」

「へぇー。確かにリディアさんって、よく見るとすごい魔力だわ。どこかで魔法を学んでいたの?」

「いや、魔法を学んだことは一度もない」

「えっ? そうなの? じゃあ魔法は使えないの?」


 首を傾げて質問するクリエにリディアはいつもの口調で返答する。


「いや、魔法を使っているのを見て使えるようになった」


 唐突なリディアの答えにクリエとナーブは目を見開き顔を見合わせる。二人とも同じことを考えていた魔法を見ただけで使用するなんてあり得ないと。だが、クリエは腕を組んで何かを考えるとリディアにある提案をする。


「うーん……。じゃあ、リディアさんは『ウィング』っていう飛行魔法は使える?」

「いや、その魔法は見たことがない。私は使えない」

「なるほど。じゃあ、私が今から使うから見ててね」


 クリエはリディアとナーブから少し距離を置くと呟くように呪文を唱える。


ウィング


ウィング』:飛行魔法。浮くだけなら魔力を持っている者は誰でもできるが、空中を自由自在に飛ぶには魔力のコントロールと高い魔力が必要になる。そのため、使用できる者はほとんどが上級魔術師のみ。魔力の放出量を調整できれば速度も自由に変更できる。


 呪文を唱えたクリエはゆっくりと宙へ浮かぶと部屋の中をふわふわと移動する。部屋を一周すると元いた場所へと戻る。


「どうかな? 今の魔法は使えそう?」

「いや、先生。いくらなんでも一度見ただけで魔法を使えるなんて不可能です。きっと、リディアさんの冗談ですよ」


 クリエの言葉にナーブが首を横に振りながら口を挟むがリディアは平然と応じる。


「可能だ」

「えっ!?」

「本当! じゃあ、やってみて!」


 先程と同じようにリディアがクリエとナーブから距離を置くと目を閉じ集中する。一瞬だけ静寂が支配する部屋でリディアは呪文を唱える。


ウィング


 呪文を唱えたリディアは、先程のクリエと同じようにゆっくりと宙へ浮く。リディアが『ウィング』を使用したことでクリエは興奮する。一方のナーブは「信じられない」と驚愕の表情を浮かべる。


「ふむ。なかなか集中力のいる魔法だな」

「……そ、そんな。あ、ありえない……。普通は自由に飛べるようになるのに、どれだけの練習が必要だと……」

「リディアさん。すっごーい! 本当に見ただけで魔法を使えるんだ! ねぇねぇ! 私の助手にならない? お給料は奮発するよ?」

「断る。興味がない。それに私はカイの剣の師匠だ。カイを鍛える使命がある」

「そっかー。残念。でも、手が空いたときには手伝ってね!」

「考えておこう」


 淡々と答えるリディア、笑顔で興奮して矢継ぎ早に提案するクリエ、衝撃の余り呆然とするナーブ。そんな三人の元に白目を剥いたルーアを抱えてカイが戻ってくる。


「すみません。こいつが余計なことをしてお騒がせしました」

「そんなことないよ! おかげさまで『防御くん』にはまだ改良の余地があるってわかったよ。逆にルーア君には感謝だね。ありがとう!」


 クリエからの感謝を受けてもルーアは小刻みに動くだけで返事はない。リディアからの損傷ダメージが深刻で意識が戻らない。虫の息なルーアにカイはため息を吐く。そのとき、ある視線を感じてカイは顔を上げる。するとクリエが興味深そうにカイを見ている。


「あ、あの、クリエさん。何か?」

「うーん。よく見るとカイ君もそれなりに魔力があるんだなぁーって」

「えっ? 俺に……魔力があるんですか?」

「うん? そうだよ。というより、魔力の全くない人間なんてほとんどいないよ? みんな大なり小なり魔力は持ってるもん。その中でも、カイ君は魔力を持っている方だと思うよ。ねぇ、魔法は使えるの?」


 突然のクリエからの説明と質問にカイは両手を振り驚きながらも否定する。


「いいえ、俺は魔法を使えません。……というより、今まで魔法を使えるなんて夢にも思ってなかったですから……」

「あはは。そっか。確かに普通の人は魔法についてそう思うよね。でも、カイ君なら修行すれば結構いい魔術師になれると思うよ」

「……俺にも魔法が……」


 こうして、カイ達は白銀はくぎんの塔をあとにする。カイはまだ元気のないルーアを抱えて、リディアと一緒に自宅への帰路に着く。その帰り道にカイはあることをリディアへ伝える。


「……師匠」

「うん? どうした? カイ」

「……俺に魔法を教えてくれませんか!」


 思いがけないカイの言葉にリディアは驚く。

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