最終日

 それからぼくと義姉は一言もかわさなかった。眠れないぼくは眠剤に頼らずに、コックピットの外に出て、生き残りのスキルについて考え続けた。

 チャンスはあと1回。


 少し、うつらうつらしていたのかもしれない。ラジオ体操の音楽でハッとしてぼくは首を上げた。もそもそと身体を動かす。この3日でだいぶぼくもラジオ体操の動きを覚えた。身体が軽い。ちょっとうれしい。不思議だ。地球に戻れば、またもとのぼくに戻ってしまうのに。

 義姉は、まだぼくに話しかけない。気持ち悪いから仕方がない。ぼくから話しかけたらもっと気持ち悪がられるだろう。ぼくは義姉とまた抱き合って発射しない自信がない。むしろたぶん、きっとする。あんなに嫌いだった義姉なのに、今は気持ち悪がらせてほんとうに申し訳ないと思う。ぼくなんて、消えてなくなればいい、ほんとうは生き残らなくたっていい。でもそれはたぶん正答じゃない。どうして生まれてしまったら、生き続けることが前提になるんだろう。でも今は考えるしかない。ぼくの答えに、義姉の命もかかってる。


『オーケー、今日は最終日だ。カケルくん、最終回答を聞こう。生きのびるために、必要なことは、何だと思う?』

 ぼくはすうっとエアーを吸い込んで、答えた。

「ひとりにならないことです」

『……ほう。嘘はついてないようだ。聞こう』

「2人以上ならできることが増えるだけじゃなくて、自分じゃない誰かに自分が関係しているってことが、生きのびる確率を上げると思います」

 長い沈黙があった。くそサカキダ、クイズ番組みたいな無駄なタメはやめてとっとと答えろ。ダメなら一思いに首を落とせ。


『……大変いい答えだ。しかし、きみの答えとは関係ないが、機材トラブルが発生した。結果から言うと、1人しか乗れない。大変申し訳ないが格安プランだ。保護者であるおねえさんに、どちらが乗るかの決断をしてもらいたい』

「なんだよサカキダふざけんなてめえ勝手なことぬかしてんしゃねえ! 責任とって2人乗せろ!」兄に病院に連れていかれそうになった時以来の大声をぼくは久しぶりに出した。

『勘違いしないでほしい。私は正解とは言っていない。おねえさん、どちらがロケットに乗りますか』

 義姉が今日初めて、声を発した。

『未来のある方。若い方が、乗るべき。それが筋だと思う』

 貴女はぼくより10歳年上だ。お義姉さん、貴女という人は。ぼくは言葉を失った。

『それが、最終回答でいいですか』

『……はい』義姉の、涙ぐんだ声が聞こえる。


『オーケー、ロケットに乗るのはおねえさん、貴女だ』

『えっ、なんで』義姉は驚いて尋ねる。

『おねえさんのバイタルと生理周期、気持ち悪いという症状。おねえさん、貴女のお腹には新しい命がいる。気づかなかった?』

『……いや、全然』


 サカキダは無情にことを進めていく。

『カケルくん、ごめん、ほんとごめん』義姉は泣きながらコックピットに乗り、ぼくを置いてロケットはほんとうに旅立っていった。

 これで、いいんだ。

 だって義姉はひとりじゃない。



 残りの食糧とおむつとエアーを置いていかれたぼくは、膝を抱えて地球を見上げる。生きのびても一週間だろう。発射の衝撃で、4コママンガも消えてしまった。



 耳にK-POPが流れる。

 まだ通信できるのか。

「こちらカケル」言ってみる。

『サカキダだ』

 ぼくは必死で物資の量を伝えた。

「サカキダ室長。これからどうしたらいい。わからない。教えてくれ」


『おめでとうカケルくん、それが正解だ。迎えのロケットをやろう。到着まで、体力を温存し都度指示を仰ぐように』







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odd essay 和泉眞弓 @izumimayumi

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