98.決戦②

 現れた魔神は千を越えていた。

 太陽が雲に隠れ、魔神の黒く禍々しい光が星のように並んでいる。

 この地にいる人間は、俺とシェフィールしかいない。

 そして、もうすぐ一人だけになる。


「いくぞ」


 怒りが全身を支配し、荒れ狂う魔力が身を焦がす。

 激流のような魔力はさらに膨れ上がり、天候すら変化させていく。


「魔神化ですか。しかし、たった一人では――」


 何だ?

 彼の魔力が変化していく?


 シェフィールは異変に気付いた。

 魔神の魔力はどす黒く荒々しいものだ。

 かつてそれを制御したときも、身に纏った魔力の性質までは変わらなかった。

 それが今回はどうだろう。

 一度は荒れ膨れ上がった魔力が、清流のように整っていく。


「残念ながら、この間とは違うぞ」


 あの戦いから今日まで、魔神化を制御する修行を続けてきた。

 強力な力を手にしたところで、一分も保たないようじゃ話にならない。

 これからの戦いに勝利するためには、あの力を完璧に制御する必要があるんだ。


 そうして修行を続け、ついにたどり着いた。


「正調――魔神化」


 青く神々しい魔力が全身を包んでいる。

 荒々しさも禍々しさも感じない。

 まるで眺めているだけで身が清められるような神聖な光を放っていた。


「なんだ……なんなんだ一体!」


「これが本来の魔神化だよ。お前では決してたどり着けない――真の神たる領域だ」


「神……神だと……」


「さぁ、始めようか」


 それから、三日三晩戦いは続いた。

 千を超える魔人対、神の領域へ踏み込んだ魔術師の激闘は、街の原型を保てないほど激しかった。


「馬鹿な……ありえない。この私が二度も……」


「現実だ。お前は負けたんだよ」


 結果は俺の勝利だった。

 完全な存在となった俺に、不完全の集合体が勝るわけがないのだ。

 残されたのはシェフィール一人。


「くっ……ですが、あちらはどうでしょうねぇ? 三日も経っているのです。もう誰一人残っていないかもしれませんよ?」


「ふっ、それはないな」


「なぜそういいきれるのです?」


「忘れたのか? あっちにはユノアがいる。それに――」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 アルステイン郊外に、大量の兵が集結していた。

 ルグドニア王国の兵と、リベレーターの構成員が混ざり合っている。

 総勢四十万を超える軍勢が、今まさに進軍しようとしていた。


「進めえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」


 侵攻を開始する軍団。

 しかし、すぐにその足を止めた。


「ここから先は行かせないよ」


 立ちふさがったのはユノアだった。

 彼女が生み出した竜巻が、行く手を阻むように並んでいる。


「ちっ、だが相手は一人だ! このまま――」


「一人じゃないよ!」


 ユノアの後ろから、十二の影が現れた。


「よぉーおっさんたち。オレらが相手になってやるよ」


「ここは僕たちの国だ。絶対に手出しはさせない」


「クロ先生が帰ってくるまで、私たちがこの国を守るんだ!」


 立ちふさがったのはユノア一人ではない。

 彼女と、そして俺の生徒たちだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あの国には俺の生徒たちもいる。あいつらは強いよ」


「何を馬鹿なことを」


「クロト!」


 遠くから声が聞こえた。

 俺の名を呼ぶ声、聞きなれた彼女の声だ。


「ユノア」


「なっ、精霊使いユノア! なぜ彼女がここに……まさか!」


「終わったのか?」


「うん」


「そんな……ありえない。ありえないんだこんなことぉ……」


 シェフィールは頭を抱えた。

 もはや自身の敗北は揺るがない。

 積み上げてきた自身も、思い描いた夢も崩れ去った。

 そんな彼の心を支配したのは絶望だった。


「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 彼は魔神化した。

 負の感情に支配され、自分自身が駒となった。


「眠れ――永遠に」


 そうして彼は、人でなくなってこの世を去った。



 

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