93.民衆の不安

 戦争が近い。

 その噂は一瞬にして広まってしまった。

 誰かが口を滑らしたのだろうか。

 あるいは意図的に流したのだろうか。

 そんなことは今さらどうだっていいことだ。

 もう噂は広まっているし、民衆の不安は漏れ始めている。


「戦争って、相手はどこの国だ?」


「お、俺たちまで戦えって言われないよな?」


「子供たちをつれて逃げましょう!」


「逃げるってどこにだよ!」


 不安は不安を呼び、混乱へと変化していった。


「陛下! このままでは暴動が起きてしまいます!」


「わかっている! だが何を言う! 噂は事実だと肯定するのか? それこそさらなる不穏を招くだけだ!」


「しかし……」


 仮に否定したところで変わらないだろう。

 実際に戦争が近いのは事実なのだ。

 どれだけ嘘をついてもいずれはバレてしまう。

 陛下は頭を悩ませた。


「陛下」


「クロト君?」


「協力しますよ。俺に考えがあります」


 その三十分後、陛下は全国民に向けて演説を行った。

 王城の周囲には、隙間もないほどみっちりと人だかりができていた。

 

「親愛なる国民諸君! 私はアルステイン国王リガルド=ワイズマンである!」


 陛下が演説する傍らに、俺とユノアが控えていた。

 演説に合わせてあるものを準備するためだ。


「まず最初に伝えておこう! 皆が耳にした戦争が近いという噂、あれは紛れもない事実である!」


 陛下はハッキリと公言した。

 当然民衆はざわめき始めた。

 不安や恐怖にかられ、精神的に不安定になる若者も見受けられる。


「しかし! まだ戦争が始まると決まったわけではないのだ! 我々は全力で戦争を阻止するために動く。だから、どうか安心してほしい」


 誠意の篭った陛下の発言。

 それに対する民衆の反応は、もちろん「ふざけるな!」だ。

 根拠も何もない。

 それでどうやって安心しろと言うのだ――と、俺でもそう思うだろう。

 誠意だけでは人は納得しない。

 重要なのは根拠、確固たる理由を示すことだ。

 それもなく漠然と安心しろなどと言われても、余計に心配になるだけだろう。

 そう、だから根拠を示さなくてはならない。


「クロト」


「ああ」


 その根拠を示すために俺たちがいる。


「もし戦争になったとしても皆の安全は保障しよう! なぜなら我々には――水神の加護がついているのだから!」


 王城の空に巨大な水の竜が出現した。

 竜は空を覆い隠すほど巨大で、光る眼が民衆を見下ろしている。

 水霊の宝玉。

 以前、海底ダンジョンで手に入れた魔道具だ。

 あの竜は魔道具で生み出していて、さらに俺の魔術を加えて巨大に見せている。

 強力な魔道具ではあるものの、実際には国を守るだけの力はない。

 民衆には悪いけど、混乱を治めるために必要な嘘だ。


「この竜はわが国を守護する天の使いである! 故に怯える必要はない! たとえ争いが起ころうとも、我々に刃が届くことはないのだ!」


 民衆は騒ぐのをやめた。

 圧巻な光景に唖然として、言葉も出ないほど驚愕していた。

 その驚きはやがて安心へと変わり、あふれ出していた不安は、一先ず治まった。


 ただし、この嘘を嘘だと知っている者たちがいた。

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