90.魔術を従える者

 力強く握り締めた両手は、まるで天に祈りを捧げているようだった。

 絶対的な差に絶望して、神に奇跡を願ったのか?

 残念ながら正解のようだ。

 そして、できれば当たってほしくない正解だった。


 彼の足元から漆黒の沼が出現し、そこから漆黒よりもどす黒いオーラが出現した。

 重く暗い魔力が激流のように周囲へ流れていく。

 俺はこの感覚をよく知っている。

 なぜなら、ずっと追い求めてきたから――


「魔神……しかも三体だと!?」


 彼の傍らに現れたのは、かつて討伐した魔神と同じ魔力を放つ化け物だった。

 身を包む淀んだ魔力で空間が腐ってしまいそうだ。

 一度見ているから間違えるはずもない。

 あれは紛れもなく魔神だった。


「どうです? 懐かしいですか?」


「お前……また魔神を生み出していたのか」


「ええ。来るべき戦いに備えてね。もっとも今回材料にしたのは教え子ではありませんがね?」


「やっぱり外道だな」


 一度ならず二度までも、彼は超えてはいけない線を越えてしまった。


「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」


「くっ……」


 三体の魔神が雄叫びを上げた。

 およそ攻撃ですらない雄叫びで、周囲の瓦礫がさらに崩れてしまった。


「あなたは強い。どんな魔術師でも、あなたの前では無力でしょう。ですが、彼らはもう魔術師ではありません。魔神となった彼らなら、あなたを殺せるでしょう」


 一体でも恐ろしかった魔神が三体もいる。

 その意味がわからない者など、この世界には存在しないだろう。

 

 魔神と戦ったときのことは、今でも鮮明に覚えている。

 常にギリギリの攻防を繰り広げ、やっとの思いで討伐したんだ。

 倒した直後なんて、よく生き残れたと我ながら驚いたものだ。

 そんな相手が三体もいるなんて、普通なら絶望してしまう状況だ。

 事実こうしている間も身が震えていた。

 

 なのにどうしてだろう?

 不思議と勝てないなんて思えなかった。


「何を笑っているのです……」


「あー悪い。色々考えてたらついな」


「この状況がわかっていないのですか? 今目の前にいるのは、かつてあなたを苦しめた魔神なのですよ」


「もとろんわかってるよ。正直驚いているしな」


「ならばなぜ――」


「シェフィール。俺はお前に感謝しなくちゃならない」


「感謝? 一体何を言っているのです?」


「ずっと引っかかってたんだ。でも、お前は教えてくれたお陰でわかったよ」


「だから何を――」


「そこで見てろ」


 俺の身体を激痛が襲った。

 荒波のような魔力と感情が、俺の身体をかき回していく。


「魔力の暴走を自ら起こした? まさか――」


 負の感情と魔力の暴走。

 それが魔神を生み出す条件ならば、俺でも魔神になることはできる。

 負の感情は恨みや妬みだけではなく、怒りや悲しみも含まれている。

 だから俺は連想した。

 かつてユノアを傷つけられたときの怒りを。

 膨れ上がった怒りは火山の噴火のように爆発した。

 さらに魔力を暴走させた。

 常人なら人為的に起こせない暴走も、この眼をもつ俺ならば起こせる。

 そして、この眼を持ってすれば魔力の暴走すら制御できる。

 

 魔術王の眼とは、あらゆる魔術を支配する眼。

 その眼を持つものは――


「さぁ、準備は出来たぞ」


 すべての魔術を従える者なのだ。


「馬鹿な……ありえない! 魔神の力を制御したと言うのか!」


 俺の全身から放たれる魔力は、紛れもなく魔神のものだった。

 彼は肌身で感じる魔力は、よく知っている魔力だ。

 口ではありないと言いながら、感覚と経験が肯定してしまっている。


「あいにく事実だ」


「っ……」


「さて、終わりにしようか」


「「「ぐおおおおぉぉ――」」」


 刹那。

 瞬きすら許されない一瞬に、三体の魔神は討伐された。

 たった一人の魔神によって。 

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