54.雲の向こう

 モッテル山脈には、一年を通して気候が荒いという特徴がある

 そしてその特徴は、ある一定区間に強まる傾向があった。

 標高一五〇〇から二〇〇〇メートルの区間。分厚い雲が漂うこの区間において、悪天候の猛威は最大威力を発揮するのだ。


「み、みえねぇ……」


 イズキを含む全員が、腕で目を守りながら進んでいた。

 吹き荒れる強風に身体をあおられ、弾丸のように降り注ぐ雨が体中を攻撃する。

 彼らも初めての体験だろう。ただの雨で痛みを感じるということは。


「慌てるなよ! しっかりよく見て進むんだ!」


 俺は彼らに声をかけた。

 簡単なアドバイスだったが、彼らは何も返さなかった。

 普段なら必ず反応を示す彼らが、俺の声を無視した。

 いや、答える余裕がなかったのだ。

 風と雨の影響で目を開けることすら困難な状況。そうでなくとも視界が悪く、足元なんてほとんど見えない。

 さらには高さが増すにつれて空気が薄くなり、この環境もあいまってまともに呼吸もできない。


「やれやれだな」


 一五〇〇を超えてから一時間が経過したか。

 一時間で大体一〇〇メートル、このペースならギリギリ日の入り前に到着できるか。

 ただしこの荒れた天候は、高さがあがるごとに強くなる。

 今登ってきた一〇〇メートルより、これから登る一〇〇メートルのほうがずっとキツいんだよ。

 はたして予定通りにたどり着けるかどうか。


「はぁ……はぁ……」


 少しずつ登っていくにつれ、環境に耐えられない者が出始めた。

 呼吸が乱れて意識が朦朧として、ミズキはふらついてしまった。


「おい、大丈夫かよ」


「う、うん、ごめん」


「ったくしっかりしやがれ。ほら、肩貸すから」


「うん、ありがと」


 ふらついたミズキを助けたのはイズキだった。

 助けに入ろうかと思ったけど、あの様子なら必要なさそうだ。

 しかしイズキのやつ、さっきまであそこにいなかったはずなんだけどな。

 どうやら彼も、ミズキの限界に気付いていたらしい。

 普段は喧嘩ばかりしているけど、なんだ、よく見てるじゃないか。


 彼らだけではなかった。

 生徒たちは互いに助け合い、手を取り合いながらも進んでいた。

 少しだけ諦めようかと考えていた俺は、その光景を見てまだ大丈夫だと感じた。


 それから四時間後。

 次第に荒れていった天候も、残り五〇メートルまで登れば落ち着いてくる。

 空気は薄いままだけど、雨も風も止んでいた。

 目の前にあるのは、僅かに残った薄い雲の層だけだ。

 これを超えてしまえば――


「到着だ。向こうを見てみな」


 一面の白いじゅうたんに、西に沈む夕日がオレンジの光を当てている。

 青かった空も夕日色に染まり、光の線が上へ昇っているようだった。

 登山開始から十一時間で、俺たちは雲より高い場所へたどり着いたのだ。

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