50.今まで通りで

 いつもの朝、いつもの玄関。

 身なりを整えて靴を履き、相方の準備を待つ時間。

 何も変わらない、いつも通りの日常。

 この日は休日だった。


「じゃあ行こうか」


「うん」


 休みに二人で出かける。

 何度か経験したことだけど、今日は少し違っていた。

 何気に初めてだった。

 ただデートしたいか、なんて理由で出かけるのは、今回が初めてだった。

 言い出したのは俺からだったけど、どうやら彼女もそうしたかったらしい。

 いつもよりおしゃれな服装、どこか落ち着かない様子だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「やっぱり男から行くべきだと思いますよ」


「う、うん……そうだよなぁ~ でもタイミングがさ。やっぱり雰囲気とかも大事だろ?」


「そう思うなら、そういう場所に行けばいいんですよ」


 二日ほど前、男子生徒に秘密を打ち明けた。

 その流れで、どうすれば自然にキスまで行けるか、という話になっていろいろ作戦を考えた。

 あとで知ることになるが、どうやらユノアの方も女子生徒と同じ話をしていたようだ。


「今度の休日です! そこで勝負をかけましょうよ!」


「しょ、勝負って、大げさじゃあ」


「大げさじゃないですよ! 恋人同士にとって、これはとっても重要な問題なんですからね!」


「は、はい……」


 女性人の力強い押しに、ユノアはたじたじだったようだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そういうわけで、幸か不幸か同じ目的で今日という日を迎えたわけだ。

 当然お互いがそうであるとは知らない。

 知っているのは自分と、秘密を共有した生徒たちだけだ。

 そして、その生徒たちはというと――


「クロ先生大丈夫かな」


「男を見せろよぉ~」


 建物の影に隠れるローランたち。


「よし、良い雰囲気」


「なんだかこっちまでドキドキしちゃうねぇ~」


 同じく別の建物の影に隠れるレノアたち。

 別々にストーキング中、もとい見守っている最中だった。


「く、クロト! 今日はどこにいくの?」


「え、あぁー、えっとな。つくまで秘密だ」


「そ、そっかぁ。楽しみだなぁ~」


「はっははは……それは良かった」


「「……」」


 ぎこちないやり取り。

 お互い意識しすぎている所為で、普通の会話すらおぼつかない。

 そのまま俺たちは、話題のレストランに行ったり、王国有数のデートスポットを回ったりした。

 大事なのは雰囲気づくりだと頭に叩き込んできて、もう本当に必死だった。

 俺もユノアも……。


 そしていつの間にか夕方になっていた。


「楽しかったか?」


「う、うん。楽しかったよ」


 結局何もないまま終わろうとしていた。

 デートプランも、残すところあと一箇所に行くだけだ。

 俺たちを見守る生徒たちも、何もなさに焦りを感じていた。

 隠れるという意識が薄れていって――


「なにやってんだよクロ先生!」


「いつもの二人じゃないみたい」


「だよなぁ~ やっぱお前もそう思うか? ミズキ」


「うん。あんたにしてはよく見てるわね」


「んだと? また馬鹿に――……あれ、ミズキ?」


「今さらなによ。私は……えっ、イズキ?」


「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇ」」


 気づかず急接近していた彼らは、ついに鉢合わせしてしまった。


「なんでレノアたちが?」


「ローランたちこそ、どうしてこんな……もしかしてそっちも?」


「じゃあ君たちもか?」


 今の状況から互いの目的を察したようだ。


「ってあれ、クロ先生たちは?」


 互いに気をとられた一瞬で、どうやれ俺たちを見失ったようだ。

 彼らには詳しいデートプランを伝えていない。

 だからこれ以上追跡はできない。

 俺たちが最後に向かったのは、王国の街並みを一望できる丘だった。


「綺麗だね。クロト」


「そうだな」


 沈む夕日を眺めながら、俺は今日を振り返った。

 そうしたら、自分の不甲斐なさとか、戸惑っている感じが連想できて、呆れて笑ってしまった。


「やっぱり駄目だな」


「クロト?」


「ごめんなユノア。今日は疲れただろ?」


「そ、そんなことないよ」


「無理しなくて良いって。実はさ――」


 俺は彼女に経緯を話した。


「そっか。君もだったんだね」


「ユノアも? 道理で妙に緊張してるわけだよ」


「うん。ボクこそごめんね」


「良いって。にしてもそうか、お前もか」


 沈む夕日を浴びながら、互いの顔を見つめあった。

 どうやら俺たちは、ずっと同じことを思い浮かべていたらしい。

 それがわかったら、もうおかしくて笑うしかなかった。

 そして、二人で一頻り笑った。


「雰囲気とか流れとか、俺たちには合ってないな」


「そうだね。今日でよくわかったよ」


 変に意識し合って、単純に疲れただけだった。

 新鮮さは感じられても、これだけ疲れるんじゃ意味がない。


「俺もよくわかったよ。大事なのはそこじゃない。俺たちは、いつも通りが一番良いんだと思う」


「うん。ボクもそう思う。それに勘違いしてたよ。雰囲気とか場所とか、ボクたちには関係ないよね」


「ああ」


 思い返せば俺たちは、出会ってからずっと生きるのに必死だった。

 場所は戦場だし、雰囲気なんて皆無な旅を続けてきた。

 言いたいことを言って、したいことをする。そういうスタンスで一緒にいた。

 そんな旅の中で惹かれあって、こうして恋人同士になったわけだ。

 俺たちは普通じゃない。

 存在も、経緯も、これからも普通の人生はおくれない。だけどそれで良いと思っている。

 普通の人生じゃなくても、普通の恋人同士じゃなくても構わない。

 一緒にいられる幸福を、今を生きているという実感さえあれば良い。

 俺たちは普通じゃない。だからこそ単純のほうが合っている。

 駆け引きも、王道も必要ない。

 正直に、まっすぐに想いをぶつけ合うのが正解なんだと思う。

 だから――


「「キスをしよう」」


 俺たちはこれで良い。

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