38.彼のいない日

「忘れ物はない?」


「おう。ちゃんと全部持ったよ」


 早朝。

 玄関の前で話す俺たち二人の姿がある。

 以前受けた陛下からの頼みごと、今日はその当日だった。

 いつもは一緒に家を出る俺たちだが、今日だけは俺一人が先に出る。

 こうして見送られるのも案外悪くないな。


「予定通りいけば、夕方には帰れると思う」


「だったら夕飯作って待ってるね。生徒たちのことも任せて」


「任せたよ。じゃあ行ってくる」


「うん。いってらっしゃい」


 ユノアは手を振って見送ってくれた。

 それが嬉しくて、つい浮き足立ってしまったようだ。

 王城に到着した際、陛下にこう聞かれた。


「なにかいいことでもあったのかい?」


「ええ、まぁ」


 急に恥ずかしくなったけど、素直にそう答えた。

 会合の開催地までは馬車で向かう。

 そして護衛は俺一人ではない。

 魔術師団の団員たちに加え、魔術学校の校長ロバート・デイガルク氏も同行している。


「これだけいるなら、俺っていらなかったんじゃ」


「いいや、君にいてもらわねば困る。なにせ敵は、どれだけの戦力を所持しているかわからんのでな」


「敵……ですか。前に話してた【人間主義】を掲げる組織ですよね? あれって一つじゃないんですか?」


「もちろん一つではない。ただ近年、複数あった組織が一つにまとまり始めている。噂では、圧倒的力を持った指導者が現れたとか」


「指導者、魔術師ですかね」


「わからん。だがもし噂通りなら、君に匹敵する力の持ち主という話だ」


 陛下と話しながら、同じ馬車に乗った。

 俺に匹敵するねぇ~。

 そんなやつがいるなら、ぜひともあってみたいもんだよ。

 はてさて、そろそろこの国を離れるわけだし、俺不在での語り手は彼女に任せることにしよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そういうわけで、クロト不在の学校では、ボクが語り手をつとめさせてもらうよ。

 今日の学校はとても静かだ。

 クロトを含む半数の教員が、例の会合に合わせて外出しているからね。

 だから担任のいないクラスは、一日中自習ということになっている。

 そういう点では、うちのクラスは運が良い。


「今日はボクが全部の授業を担当するよ」


「はーい!」


 元気の良い返事が返ってきた。

 Aクラスはボクが残っているおかげで、いつも通りに授業を進めることができる。

 おかげで、なんていうのはおこがましいかな。

 とにもかくにも、授業をとりおこなっていく。


 キーンコーンカーンコーン。


 午前の授業が終了した。

 チャイムが鳴ると同時に書くのをやめて、休み時間へ入るように指示を出した。

 するとクラスの女の子たちが一斉に集まってきた。

 なにか質問があるのかな?

 そう思って尋ねてみると――


「ユノア先生とクロ先生って、付き合ってるんですか?」


 予想外の質問にボクは驚いた。

 この質問の主はレノアだったけど、他の女の子たちも興味津々だ。


「えっと、どうしてそう思ったの?」


「だって昨日、仲良く買い物してましたよね?」


 そうか見られてたんだね。

 どうしようかなこれ、正直に答えたいいのかな。

 でも彼はいないし、勝手に教えちゃまずいよね?

 あれ、そういえばなんで隠してるんだったかな。

 う~ん、よく覚えてないけど、とりあえず誤魔化してみよう。


「あれは偶々――」


「あと一緒の家に住んでるんですよね? ネロちゃんが見たって言ってましたよ」


 ボクは言いかけた言葉を急いでしまい込んだ。

 ギリギリ間に合ってよかった。

 そこまで知られちゃってたんだね。

 どうしようかな、素直に話した方が楽なんだけど……。


「えっと――」


 ガラガラガラ。

 教室の扉が開く音が聞こえた。


「ユノア先生、職員室で資料の整理を手伝っていただきたいのですが」


「あっはい、わかりました」


 グットタイミングで他の先生がやってきた。

 これに乗じて立ち去ろう。


「ごめんねみんな。この話はまた今度」


「えぇ~」


 はぁ、こまったなぁ。

 もしかして、これが今日一日続くのかな。

 クロト、早く帰ってきてよ。


 

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