36.陛下のお願い

 アルステイン王国に来て二ヶ月弱、魔術学校の先生となって一ヶ月が経過した。

 ここまで概ね順調に、滞りなく時間は過ぎていく。

 慌しさの象徴のようだった生活は、平穏無事に変化していた。

 しかし忘れてはいけない。

 自分たちがどういう存在なのか。

 およそ普通ではない自分たちに、普通の生活など無縁だということを――


「すまないな。急に呼び出してしまって」


「いえいえ、陛下からの呼び出しなら、いつ何時でも応えますよ」


 ある休日の朝、陛下から呼び出され王城へ訪れた。

 現在この部屋には、俺と陛下の二人しかいない。

 呼び出されたのは俺一人だった。

 ユノアは自宅で待機している。

 退屈に時間をもてあましている。


 終わったらなるべく早く帰ろう。

 休日に一人というのは寂しいだろうからな。


「陛下、今日はどうして俺を呼んだんです?」


「うむ、実は折り入って君に頼みたいことがあってな」


「頼み? 仕事の相談ですか?」


「いや、あくまで頼みだ。だから断ってくれても構わないのだが」


 陛下の表情から察するに、頼みというのは荒事の類なのだろう。

 とても言い出しにくそうにしている。


「とりあえず話してもらっていいですか?」


「そうだな。三日後、遠方の国で会合が開かれる。近隣諸国の代表が集まる会合で、毎年開かれている。私もそれに参加することになっている。その移動の際、君に護衛をしてもらいたいのだ」


 護衛?

 案外普通の頼みごとだった。

 魔物退治とかだと思ってたのに、なんだか拍子抜けだ。


「それくらいなら全然いいですよ。でも護衛なら兵士達で十分なんじゃ」


「数年前まではそれで足りたのだが、最近はそうもいかなくなってしまった」


「どうしてです?」


「君は【人間主義】という言葉を知っているかな?」


 人間主義――人間という種族以外を認めない考え方。

 種族間のいざこざの象徴で、他種族への偏見の塊のようなものだ。

 俺を結果的に追放した帝国は、この主義によって構成された国でもある。

 他にもこの主義を元に造られた国や組織は多数存在している。


「人間主義を掲げる組織はいくつもあるが、近年それらの活動が活発化……というより暴力化してきている。他種族は異分子だ、排除しなくてはならないと謳っている」


「……なるほど、大体わかりましたよ」


 つまり陛下は、そういう組織の標的になっているということだ。

 なに考えてみれば簡単だった。

 このアルステインという国は、他種族共存を体現している。

 人間主義とは対極に、いわば反抗的に造られた国なのだ。

 当然彼らには快く思われていない。

 その国の王である陛下は、象徴である陛下は邪魔な存在なのだ。


「そういえば、最初に会ったときも野盗に襲われてましたっけ」


「あの時の相手も人間主義の勢力だった。そこを君たちに救われた縁を結んだわけだが、あれ以来外出は控えているよ」


 本当は今回の会合は欠席するつもりだったようだ。

 しかしそこへ俺たちがやってきた。


「わかりました。お受けしますよ」


「そうか。すまないな」


「構いませんよ。陛下に何かあったら、俺たちの住む場所がなくなりますからね」


 ここはもう俺の国で、俺の帰る場所なんだ。

 それくらい自分で守れなきゃ駄目だろう。

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