32.アイーシャ=フォン=モラレス

 ネロとはあの後、他愛もない談笑で盛り上がった。

 俺もこの国へ戻ってくるまで、冒険家みたいなことをしていたし、いろいろな場所へ行っている。

 その話をすると、彼女は目を輝かせながら聞いていた。だから余計に話しすぎて、少し時間をオーバーしてしまったのだ。


「ごめんなアイーシャ、待たせちゃって」


「いえいえ、私は大丈夫です。楽しそうにお話をなさっていたみたいですね」


「まぁな」


「どんなことを話されてたんです?」


「どんなって、俺が旅をしてた頃の話だよ。どこへ行ったとか、なにを見てきたのかって」


「旅のお話でしたか。もしよろしければ、今度私にも聞かせていただけませんか?」


「別に構わないけど……。アイーシャは旅に興味が?」


「私がというより、妹たちに聞かせたあげたいのです」


「あー、そういうことね」


 彼女には二人の妹がいる。

 そして彼女はなのある貴族の家系だ。

 まだ幼い妹たちは、ほとんど屋敷から出してもらえない。

 危険だからという理由で……。

 親としては心配なのだろうが、妹たちにとっては退屈でしかなかった。


「少しでも退屈しのぎになれば……か。良いお姉さんだな、アイーシャは」


「そんなことありません。姉として当たり前のことしかしてませんから」


 そう思えることがすごいんだよ。

 自分で気づいているのか知らないけど、彼女は彼女が思っている以上に良き姉だ。

 それを微笑ましく感じて、不意に笑みがこぼれた。


「おっと、時間も無いんだったな。さっそくだけど質問していいか?」


「はい。お願いします」


「うん。アイーシャは将来、どうなりたいってのはある?」


「あります。私は私や妹たちの暮らす家を、モラレス家を守っていきたいと思っています。そのために魔術学校へ入学しました」


 ここで言う「守る」とは、魔物や人的被害から守るという意味ではない。

 貴族の家では基本、後継には長男を選ぶことになっている。

 貴族の家は男子が継ぐ。

 そういう慣わしのような文化があるのだ。

 しかし、彼女の家には男の子が生まれなかった。

 長女アイーシャと妹二人。女の子しかいない場合、長女が家を継ぐことになる。


「女が当主の家は脆い……貴族の間では、そういう風に言われています」


「たかが性別で比べるなんて、嫌な文化だな」


「私もそう思います。ですが仕方がありません。そう皆さんが思っているのですから」


 彼女が魔術師を目指すのは、端的に言えば格を身につけるためだ。

 女であるというハンデを背負い、それでも他の貴族と対等であり続けるためには、そのハンデを補う格がいる。

 優れた魔術師の称号は、ハンデを埋めるに値する名誉だった。


「私がしっかりしなくては、妹たちを守れません。だから強くなりたいと思っています」


「家族を守るために強くなりたい……か」


 アイーシャは強く頷いた。

 おっとりとした彼女に、こんなにも力強い表情ができるとは意外だった。


「守る強さ……良い理由だ。それにやっぱり、君は良い姉だよ」


「ありがとうございます」


 最後に見せた笑顔は、普段通りのおっとりとした彼女の表情だった。

 

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