第10話 救出と失敗

 夜になった。

 王都とは言え、文明が発達していない都市では夜は完全な暗黒ではないが街灯も殆ど無く暗闇が支配する。そして魑魅魍魎が跋扈し犯罪者が幅を利かせている。

 昴と莉々菜の二人は腰に剣を刺し宿を抜け出す。


「あれ、どちらへ。夜の街は危険ですよ。」


「ちょっと、散歩してきます。一応危険がないように剣を佩いて行きますから。ついでに、彼女に剣を教えてもらうんです。」


「そうですか。気をつけていってらっしゃい。」


 店主は快く二人を送り出しながらも不穏なものを感じていた。二人が怪しいというのではなく、未だ成人したて位の年齢の二人が危険に巻き込まれてしまうかもしれないと考えたからだ。その為、もし、帰りが遅くなるようであれば街の護衛兵に救助を依頼することを考え始めていた。


 昴と莉々菜の二人は走ることもせず、只散歩をしているだけのカップルのように振る舞い、周囲に不信感を抱かせないようにほんの少し足早に歩き続けアジトへ向かっている。


「ちょっと宿を遠くにしすぎたな。」


「ほんと。でも、近くだと危険だし。」


「だけど、灯台下暗しという言葉もある。アジトに近いほうが逆に安全かも知れないぞ。」


「大丈夫。その言葉は元の世界の諺だから。」


「関係ないと思うけどな。」


「あるのっ!煩いわね。」


「同じ人間の行動なんだから一緒だろ。」


 流石に剣道部の部長を務め部員を纏めていただけあって莉々菜は気が強く、周囲に合わせるのではなく周囲を自分に合わせようとする。しかし、彼女は周囲に対する気遣いを忘れずきちんとフォローするので部長として人気があった。フォローは専ら帰り道で食べる間食だったのだが・・


 アジトに到着すると周囲に護衛は一人だけ。何かあれば屋敷の中に護衛を呼びに行くのだろう。


「護衛は一人だ。あいつを気絶させれば簡単に侵入できるぞ。」


「倒すことが一番の難題だけどね。」


「よし。莉々菜、あいつを鑑定しろ。レベルを教えてくれ。」


「だから、私鑑定なんてスキル持ってないって言ってるでしょ。持ってたら今頃お城の大きなベッドで柔らかな布団に包まれて安眠してるわよ。」


「護衛だぞ。強いはずだ。レベルが分からないと怖いぞ。」


「だったら、強いことを前提に奇襲をかけるべきね。」


「それで行こう。莉々菜が娼婦のフリをしてあいつに近づけ。俺が後ろから殴り倒す。」


「私が娼婦役?なんでいつも私が損な役になるのよ。」


「気にするな。『あ〰ら、お兄さんいい男っ。遊ばない?そっちの影でもいいわよ』とか言って注意を引け。そこを俺が殴り倒す。」


「影で何するのよ!?」


「ナニするんだよ。」


「ナニって何?」


「・・・セクハラは止めとく。ほら先に行け。」


「行ってくる。」


 そう言うと、莉々菜は酔っ払っている演技をしながら護衛に近づいていく。


「あ〰ら、お兄さんいい男っ。遊ばない?そっちの影でもいいわよ?」


「(あいつ、本気で言いやがった。グッジョブ、莉々菜。)」


 莉々菜が護衛の注意を逸しているすきに昴が遠回りしながら護衛に近づく。

 二人の会話が聞こえてくる。


「いくらだ。」


「え、イクラは好きよ。オレンジで丸いのがいいわよね。」


「オレンジ?そうか、金貨で支払ってほしいのか?そりゃ高すぎる。」


 微妙に話が噛み合っていない。

 スバルは剣で峰打ちをしたかったが、両刃の剣に峰はあるのか余計なことを疑問に思ってしまった。

 一瞬考えていると護衛が振り返って昴が見つかってしまった。


「お、おま・・」


 大声を出されると思い剣の刃で思いっきり切ってしまった。


「しまった・・・」


「仕方ないわよ。声出されそうだったし。」


「よし、中にはいるぞ。いいか?」


「いいよ。」


 昴がドアのノブを掴んだ瞬間だった。

 ここ最近のこのノブを触れたものの記憶が流れ込んできた。


「や、やばい!逃げるぞ!!」


「え?な、何?どうして、ここまで来たのに?」


「説明は後だ。早く。」


 昴は莉々奈を急かすと音を立てないようにしながら、慌ただしくにで出す。しかし、こういう時だからこそ音を立ててしまうのが人間だった。


 ガンッ!


 昴が足を何かにぶつけて大きな音が周囲に響き渡る。

 すると、屋敷の中から慌ただしい足音が響いてきた。


「やっべぇ〰、走れ。」


 逃げた、走った、躓いた。


「痛ーい。」


 昴は倒れたまま後ろを振り返る。

 既に撒いたか、最初から見られなかったのかも知れない。兎に角二人は追手から逃げることができた。


「一体何を見たの?」


 宿へ帰る途中莉々菜は昴を問い詰める。


「大変だ。」


「だから何がよ。」


「あいつはヤバイ。」


「あいつって誰よ。」


「ニセンコーだよ。」


「ニセンコー?」


「偽物の先生がいたろ?あいつだよ。」


「あの先生がヤバイの?お城の回し者?」


「ちがう。あいつ以前もこの世界に召喚されていて元の世界に戻ったんだ。そして、あの日再びこの世界に召喚された。先日の召喚の目的は多分、あのニセンコーだ。だけど、あいつは『隠蔽』のスキルを持ってる。だから、お城を出てこれたんだ。それにあいつ『未来視』のスキル持ってる。俺とは知らないけど今晩誰かの襲撃があることを知ってた。だから中でかなりの数の護衛が屋敷の中に隠れていたんだ。」


「ほんと?捕まるところだったね。それで、私の友達は?」


「既に別の場所か街に連れて行かれたみたいだな。」


「他に分かったことはないの?連れて行かれた場所とか。」


「いや、分からなかった。なにせ、あのニセンコーのイメージが強烈過ぎて。」


「そう・・か。」


「もう一つあのニセンコーの事なら分かるぞ。」


「何?」


「あいつはこの世界で好き放題やってこの世界を滅ぼし元の世界に帰るつもりだ。詳細は分からなかったがニセンコーは前回の召喚で多量のスキルを得てるし、力もすごい。この国が人が全てが終わるかもしれない。」


「だったら、あいつが魔王ね。あの王女は魔王を倒す為に魔王を召喚したのね。」


「魔王はニセンコーが前回倒したらしいぞ。だからこの世界に魔王はいなかったんだ。王女の目的は別にあるんだろ。」


「何?王女は居もしない魔王を倒す目的で魔王を召喚したの?藪蛇ってやつ?あほね。阿保。」


「ホント、阿呆だな。王女のせいで魔王がこの世界に出現しこの世界は終わる。元の世界に帰る方法が分からない今、この世界が終われば俺達も死ぬ。だから魔王を倒さないといいけないな。」


「どうやって?」


「これから考える。死にたくないだろ?」


「王女はこのこと知らないよね?」


「まぁ、王女は自分の事が第一だろうからな。」


「だったら澪を仲間に引き入れないと。」


「お城から攫うか?」


「ずっとお城に居る訳じゃないだろうから王都から出たところでエンカウントしましょ。」


「だったら明朝直ぐに王都を離れ別の国に行く。多分この国からだ。この国がまず戦場になるぞ。」


「そうね。普通にコロビア村の住人の振りして出れば大丈夫でしょ。」



 翌朝、宿を出る。

 辺りはまだ日が昇る前ではあるが既にどこかへ向かう人たちが歩いている。

 その人達も門へ向かうようだ。

 後を付いて門へ歩く。

 門に到着すると既に行列が出来ていて自分の番を待っている。

 出る時は入る時に比べて簡単ではあるが少し時間がかかる。

 十数分後、スバルたちの順番が回ってきた。

 門の衛兵に身分証を見せる。


「お前たちコロビア村から来てたのか?」


「はい。そうですよ。」


「だったら知ってるか。」


「何をでしょう。」


「知らないのか?クーデターが起こったんだ。村長が殺され村の代表が代わりをやっているようだ。先程、国の大臣がコロビア村に兵士を連れて向かった。代表は処罰されるかもしれないぞ。」


「えっ!?」


 驚いた表情を、衛兵は好意的に知らなかったことに対する驚きだと捉えてくれたようだ。訝しむ表情が現れなかった。


「早く帰った方が良いぞ。何人も捕まるかもしれん。」


「だって、クーデターが起こるとしたら村長が悪いのでは?」


 昴はクーデターを知らない体で話を合わせた。


「そうだな。村長の噂は俺も聞いた事がある。それでも国が今まで動いてなかったことに鑑みれば国は黙認してたのかもな。だとすれば、処罰は免れないかもな。」


「そうですか、心配です。・・急いで帰ります。」


「気を付けてな。」


 衛兵は親切だった。彼を魔王ニセンコーの所為で殺させる訳にはいかない。なのに、王女は魔王よりも悪い役人の擁護に躍起になっているのだろうか。まだ知らないのだろうけど。


 昴と莉々菜は王都の郊外の朝靄の中をコロビア村へと急ぐ。

 大臣たちはコロビア村へ馬車で向かったのだろう。だからかなり距離が離れているはずだ。


 約二時間後、二人はコロビア村に到着した。

 王都から来ているはずの兵士に見つからないように村の中へ入り込む。一見、村は平穏を保って入る。しかし、ただならぬ声が聞こえてくる。場所は昨日処刑が行われた広場の方だ。

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