第42話 最終回

 消毒薬の匂いがする。

(……あれほど、医療系の魔法だけは、なくすんじゃないと言ったのに)

 

 負傷したダリルがベッドで目を覚ますと美しい後ろ姿の娘が目に映った。白いコットンのドレスを着て、首にネックレスをしている。


「ローズか?」

 娘は笑顔で振り向く。


「……起きたのねっ! ダリル」

 簡単に髪を束ねただけで、化粧もしている訳ではない。だが改めて見て、これほど美しい女性はそうそう居ないだろうと思った。真っ白な肌に薄く赤みのある唇。 

 今まで、こぎれいにしたローズを見たことが無かったからだろう。ダリルはしばらく見とれていた。


「……わしは随分と長いこと気を失ってしまったようだ」

 寝ぼけまなこが言った。ここは、ベルファーレの城砦の一室のようだ。高い天井の清潔な部屋だった。大きな窓にはガーゼのカーテンがかけられており、涼しい風が入ってくる。


 大きな窓の向こうは、小高い峠から広がる美しい木々の景色が見渡せた。水差しからコップに水を汲みながらローズが言った。


「三日間も寝ていたのよ。本当に、無事でよかったわ」


「そ、そうじゃった。どうなったんじゃ」

「戦争は終わったわ。ダリルのおかげよ」

 背中は汗でべたついていたが、頭はすっきりしていた。


「ふぅ。ならワインの方がええの」

「すぐに、お持ちしましょう。ダリル殿」


 ローズの後ろで、黒いローブを着た男がゆっくりと立ちあがった。その男は、ずっと前から窓に向いたアームチェアに腰かけていたようだ。


「き……貴様はもしや、ノア・ジョードか」

「大丈夫だ、ダリル殿」その紳士は両手を見せて笑顔で言った。

「もう争いは終わったのです」


「正気か? ローズ」コップを受け取ろうと手を出したダリルは、指が無くなっていることに気が付いた。


「三本指でも握り潰せるか試しに握手しようじゃないか、ノア。ひゃっひゃっ」

 ダリルは自分のジョークに笑ったが、ローズは素直に笑えなかった。


「………」

「聞き流してくれ、すまんかった。ローズにとっては父親じゃったもんな」


「ううん、いつものダリルだわ。元気で良かった」

「……げっ、元気じゃとも」

 そう言われると、いつも卑屈な老人だと思われていないかと心配になった。いうほど元気でもないし。気を持ち直してダリルは手を差し出し握手を交わした。


「本当に、やったんじゃな。ついに戦争を終わらせちまったのか。リウトは無理かもしれないと言ったんじゃが、わしはやると信じておった」


「ええ」ローズは老騎士の手を握った。

「ええ」心配そうな面持ちで、こちらを見る。


「……リウトはやったんじゃよな?」

「ええ。そ、それに、今はゴブリンとも友好的に暮らしてるのよ」ローズは話を引き延ばすように、彼から目を逸らした。


「ゴブリンが街に出入りしているのよ。信じられる?」

「おお、本当か! なんて素晴らしい。わしの親友プリティ・ゴブリンボーイをみんな紹介しなきゃならんのぉ」

「あははは、ぜひお願い」


 ほんの少しの沈黙の後、ローズは続けた。

「リウトの妹さんも元気よ。モリスンが用心棒と運送の仕事をするらしいわ」

 彼は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「そいつはいい。モリスンは少し平和に過ごす時間が必要だ。なんせ感情を表に出すのが苦手なヤツだからな。それで……あのバカはどうした? 何をやってる」


 鈍感なダリルでも、さすがにローズの顔色に不安の影を見た。ローズは彼の声が聞こえていないような素振りを見せた。


「……リウトは、魔力の源に接触した」ノアが言った。

「そこから知識や魔力を得ることはもう誰にも出来ない」


 ダリルはベッドから重たい身を起こして言った。

「ううん。わしにも分かるように説明してくれ。やつは居るのだろう?」

「……リウトは魔力の源を隠したのよ。そして魔法を、この世界から隠したわ」


 ローズはダリルの背中をさすって言った。今にも泣き崩れそうな、とても苦しそうな声だった。


「魔力の源に触れたものは……二度と帰って来られないのよ」

 ダリルは黙ったまま、ローズとノアを交互に見上げた。


「本当にすまない」ノアはこうべを垂れて償いの言葉を続ける。「彼は本物の英雄だ。私たちは、偉大な英雄を失った」


 ダリルは目を丸くして言った。

「な、何を言っているんじゃ、あいつは生きている」ダリルは肩を震わせ、笑うような仕草をした。

「あ、あいつが、あいつが死ぬわけがない」


「………」

「お前の親父の力を拝借すると言っていたろ? 言って……」


「え、ええ。でも」

 はっきりしない言葉を遮って、老騎士は続けた。「自分の身体に封印術を施せば、しばらく融合されないはずだとか、時空間魔法で戻る方法がどうとか」


「……なんだって?」ノアは眉をひそめた。「だ、だからと言って離脱できない」

「だから、いろんな力を拝借すると言っていたろ」

「いろいろな力だと?」

「ああ、『隠者』『悪魔』に『吊るされた男』とか、言っていたかな」


「そんなことが……可能なのか? 他の人間のスキルを取り込む魔法が、存在するとは思えない」

「あるさ。魔法じゃなく、リリィの指輪で」


「お、お父さん」ローズは低い声で同時にしゃべっている二人に、順をおって話すように頼んだ。「どういうことなの?」


 ノアは唇をかんで、しばし黙ったあと、興奮した声で説明した。

「魔力に対抗できるのはタロットに例えられるスキルだけだ、というのは知っているね?」


 祈るように指を組んだローズは、しっかりと話を聞こうと、顎を引くだけの返事をした。


 ……まず、リウトは五つの指輪を使い、〝魔力の源〟へとアクセスした。破砕された超濃度のアクセサリーは、ある神聖な空間への片道切符だと考えてほしい。


 そして私の『悪魔』のカード(正位置)を使い、リウト自身の体を保護する〝封印術〟をかけたわけだ。そう、リリィの指輪を使ってスキルを拝借して。


 ローズはベッドに座っているダリルの得意な目を間近に感じて言った。


「封印された肉体は、融合されないということね」

「正確にはそうではない。すぐには融合されないというというレベルだ。強大な魔力によって、封印はすぐに解けてしまうから、ここからは時間との戦いになったはずだ。チャンスは一瞬、一度きりだったに違いない」


 説明に付いてきていることを確認するように二人を見まわし、ノアは更に続ける。


「解封師の力は『悪魔』(逆位置)だ。ローズのスキルを拝借した彼は、魔力の源に直接干渉することが出来た。ユグドラシルと呼ばれる大樹の枝に直接自分の手で触れ、まるで造園技師のように魔力の流れに手を加えることが出来たはずだ」


 私の力……解封術を借りるっていうのは、それだったのかとローズは思った。その枝を動かすには、細かい解封印の仕事が必要で、木を切ったり固定したりするには針金やハサミがいるのと同じように、解封術という道具を揃えなければならなかった。


「そしてリウト自身の能力、『隠者』のカードによって〝魔力の源〟そのものを隠してしまった。おまけに騎士達の武器に細工までしたようだが」


 ここにいた三人は、やっと成された奇跡を感じた。ダリルを愛した、リリィ。そして母を信じ指輪を与えてくれた孤独な花嫁亭の娘。


 竜鱗の腕輪をくれたマンサ谷の少女。天地の指輪を見つけノアとローズを守った騎士たち。


 何か一つが欠けても、この奇跡は成されなかった。だが、それだけではなかった。ローズも最後に切られたカードに気付いた。


「く、黒騎士ミルコのスキル?」

「そうだ。彼の持つ『吊られた男』のカードだ。シャドウホールという時空間魔法のトラップを自動的に発動させた」


 組まれた細い指を見つめ震える我が娘の肩を、ノアはそっとささえた。


「難しい話で、ついていけんわい」ダリルは頭をぼりぼりと掻いた。


「は、はっ、はははは」ノアは、ふらふらと天井を仰いで笑った。「天才だ。あの、愚か者と呼ばれ続けた青年は、誰も思いつかない方法で、〝魔力の源〟を出し抜いた」


「プハハハ、バカと天才は紙一重じゃろ?」

 そう言って笑うと、今度はまじめな顔をしてダリルは何か大切なことを思い出したと言った。


「そうか、そういえば、わしがローズに伝える手筈じゃった」

「……伝える手筈ですって?」


「すまん、すまん。峠の中腹に、弾き出されたら迎えに来てくれと言っておったわ」

「な、なんですって」ローズはダリルの頬を両手で覆うと、じっと目を見て聞いた。


「じゃ、今までリウトは、この近くにいたっていうの?」

「お、落ち着け」

 このままでは喋れないと気づきローズは手を離した。


「……自力で、歩いても半日くらいのはずじゃろ」

 計画どおりにいかなかったのだろうか? とダリルは不安になった。異空間魔法に詳しいノアの顔を見ると、同じように不安を抱えた顔があった。 


「おかしい。もう三日間たつのに……失敗したのか」そう、言いかけるノアを、子供っぽい大きな驚きの声が止めた。


「あっ!」ローズは、広げた手のひらを口元にあてて声を上げた。「北部の沼地に!」

「……ぷっ」ノアが笑う。「まさか、アスホールか?」


 どんな意味かわからずダリルが彼女の顔をうかがうと、生き生きとした目で、今にも吹き出してしまうというように笑って言った。


「峠の中腹にあるシャドウホールは全部手を加えているのよ。だから、リウトは北部の冷たい沼地に飛ばされてしまったんだわ! なんで、そんなことに気が付かなかったのよ! もう、バカだなぁ、ほ、ほんとにバカなんだからっ!」


 口を押えてローズは城門の前に向かって走った。涙で、景色はぼやけていた。


「バカなんだからぁ!」

 煉瓦作りの階段を駆け下り、城砦の中庭を走っていく。木々の間を風が吹き抜けて、緑の葉がかすかに揺れている。


「なんて……ぐすっ、バカなんだろうぉ!」

 拭っても拭っても、涙が溢れ出して止まらなかった。いつの間にか左手の袖がぐっしょりと濡れていて、右手の指先も濡れていた。


「やっぱり、あなたはバガよぉお!」

 息を切らして、泣きながらローズは走った。



 峠を登る長い一本道を、とぼとぼと歩いてくる青年が見える。薄汚れた灰色のローブを腕まくりして、細い腕が見えている。


「ごんなに……ごんなに、心配かけて、ぜったいに大バカなんだからぁああっ!」



 右手には長い杖を持ち、腰には小さなカンテラが揺れている。彼の姿は、いつか見たタロットカード「隠者」の挿絵によく似ていた。


 ローズはふと不思議に思った。北部からここは一月歩き通してもたどり着けない距離にある。伝説の剣を何本も複製して見せたように、彼は五つの指輪も複製し、持っているのかもしれない。


 パンと魚の魔法。だとしたら世界中で彼だけは何時でも魔力の源とアクセス出来る事になる。



「やること……ほんとバカなんだから」

 フードをあげると、青年の金髪がさわやかな風に揺れる。

「おーーーーっい。ローズ!」

 

 ローズは彼を見ると、にっこりと笑って手を振った。


                          

                            END

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9番目のカード 石田宏暁 @nashida

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