第36話 風見鶏

 回廊を抜け、中庭に出るとライナスはどこからか古めかしいソリを引っ張り出していた。魔術師と小隊長は雪の上で地図を開き帰路について話し込んでいる。凍り付いた風見鶏は、動くことなく反射した朝の光を中庭に落としていた。


 ワンドと毛皮だけ運べと言われたノアとジョシュアは、倉庫とソリを何度も往復した。


 赤ん坊がぐずりはじめた時、ノアは氷の魔女がしていたように指輪をはめて抱いてみた。理由は分からないが落ちつくらしい。赤ん坊はノアのマントの下に結び付けられ、時折背中でもぞもぞと動いた。


「ふひゃっ、くすぐったい」

「……お前、ここから砦まで赤ん坊を連れ帰るのが、どれだけ大変か分かってるのか?」

「で、でもステイトの子かもしれないよ」


 ジョシュアは呆れたという顔でため息をついた。毛皮を持ち直して、言う。


「なあ、その目でちゃんと見てたか。じゃなぜ、ひと思いに殺さず、あの場に保管するような真似をしたんだ?」

「……見せしめにしては手が込んでいるね」

 ノアの両肩をあげる仕草にイラついた表情を向け、言った。

 

「黒の呪術師か何かに決まってるだろ。おおかた、いつまでも儀式が終わらないから置いてきぼりにされたんだ。棺に戻したらどうだ。助ける義理なんかない。どの民だろうがな」


 ノアは足元を見下ろすように項垂れた。

「で、でも……でも」ゆっくり首を振る。

「あれは柩じゃなかった。た、宝箱だよ。さっき、僕が開けたんだ」

「知ってるよ、俺もいたんだ。バカなのか?」


 ノアは気の弱い男だった。屈強な白騎士に混じって、いかにも職人風なずんぐりとして猫背の貧弱な男だった。みすぼらしい毛皮を被り、白騎士達の後ろをコソコソと付いて歩く従者の身分である。


「その二足歩行も出来ないお荷物が大事なお宝だとでも言うのか」

「そ、そうかもしれないよ」

「外には、ホワイトウルフがいるんだぞ。赤ん坊を守って帰るなんてのは御免だ」


「……ほ、放っては行けないよ。まさか見殺しにする気かい」

〝見殺し〟という言葉に、ためらいの感情が込められていた。


「言葉に気をつけろ、ノア。お前なんかに決める権限はない」

「あ、ああ。そうだったね。ごめんよ」ノアの唇が震えていた。


「いいか、ノア。その子のせいで俺達が危険な目に合うことになったら、迷うな。ホワイトウルフのエサにしろ」

「え、エサだって!?」

「ああ、そうだ。新鮮な肉だろうが。細切れにして、ばら蒔くんだ」


 その冷たい目は真剣そのものだった。この赤ん坊に起きることは、いつ自分に起きても不思議ではなかった。退却する時に、お役御免になった解封師が見捨てられるというのはよくある話だ。

 ここでノアが置き去りにされたとしても、だれも同情しないだろう。自分と同じ……それどころか自分より、もっと低い立場に置かれた幼い命だった。


 この広い世界で産まれ、無意味に消えてしまいそうな小さな命だ。


「そんな……エサだなんて。も、勿論そうするよ。言われた通りにする」


 ノアは涙を留めていたが、気が立っている白騎士には、そう言う以外なかった。額は汗で濡れていた。


「お前に出来るか? 出来ないなら俺がやる」

 わざとらしく剣の柄をぶつけ、刺すような目を向ける。

「……で、出来るさ」


 まるで自分は風見鶏みたいだと思った。自分の意思を持っていても、いなくても同じだ。本当になりたかったのは、解封師みたいに弱い立場の従者ではなく、銀色の甲冑をつけ鍛え上げられた肉体を持つ英雄だった。

 ……誰だってそうに決まってる。



    ※    ※    ※


 ソリに毛皮を積み重ね、杖を贅沢に使い補強した。ノアは余ったロープを担いで、ソリに付いて歩いた。

 見た目は悪いが金銭価値が高いのは間違いない。ライナスは得意げな顔をしてソリを引き、小隊長を呼びつけた。


「……!!」 

 その時、木の柵で出来た落とし扉がギシギシと音をたて落ち、城門をふさいだ。閉じ込められたようだ。


「だ、誰かいやがるのか!?」

「剣を持て」

 騎士たちは騒然とし、緊張感が走った。誰もいないはずの門が閉じると中庭には何かが走り回っている気配がした。ネイサンは影を目で追いながら、ライナスと連携をとる。


「素早いぞ。取り囲めっ」

「待て! 動かないほうがいい。トラップかもしれない」

 魔術師のモーガンが皆を静止する。ノアとジョシュアは、ソリの後ろで訳も分からず立ちつくしていた。


「おい……お前の責任だぜ、ノア。入城する時に見落としたんだろ」

「い、いや。落とし扉にトラップは無かったはず……」

「出ようとしたら、閉まったんだ。裏まで見てなかったんじゃないのか? 完全に信用を失ったな、役立たずのくそ野郎」


 走り回っているのは小さな白い物体のようだった。ジョシュアは目を細める。 

「兎か何かじゃないのか。ここにいたんじゃ何も見えない。ネイサンのところまで行くぞ」

「う、うん」


「だあ……だあ……」

「どうしたの?」 

 何かが足元をすり抜ける瞬間、ノアの後ろ髪を赤子が引っ張った。


 ビチャ、ビチャ、ビチャとジョシュアから奇妙な音が漏れた。 

「……ひっ!?」

 ノアは半歩前に、切り刻まれた肉の塊が飛散しているのを見た。それはさっきまで、隣で会話をしていたジョシュアの変わり果てた姿だった。

「ひゃあああっ!」


 震えるノアにライナスが声をかけた。

「落ち着け。動くんじゃねえ、錠前破り」

「……だ、だけど」


 ライナスの声はいつになく冷静だった。

「魔法使いはトラップだって言ってる。動いたこいつが迂闊だったんだ。ここはお前の出番だろ。ミンチになりたくなかったら仕事をしろ」

「……う、うん」


 両手をかざして魔力の流れを探してみるが、神木や宝珠が見当たらない。ジョシュアの死体が視界に入り、吐き出しそうになる。自分の意思とは無関係のように、目からは涙がぼろぼろと流れ落ちていた。


「こ、これ……まずいことになってる。床設置型のトラップが、発動してる。でも地面は雪が覆いつくしてるから、どこを踏んでも……駄目みたいだ」

「何だって? 春まで動けねえってか。ひでえ冗談だな」

 

 ネイサンは左手に付けられた手甲をはずし、雪に向かって放り投げた。

 

 ザ、ザ、ザザっという風切り音と共にその手甲は切り刻まれていく。


革鎧ボイルドレザーが紙切れ同様に、ズタズタだな」

「……やれやれ。なんとかしろよローガン」


「神木は魔法では破壊できない。解封師の仕事だ。宝珠の埋め込まれた神木がどこにあるのかも分からないし。手の打ちようがないな」

「はあ……」

 

 モーガンには浮遊術の知識がなく、アローグラスを乱造して駆け上がるような瞬発力も期待出来なかった。ライナスは眉を吊り上げてノアを見た。

「そのロープを使って、きり抜けるしかない」

「む、無理だよ」

「ソリに乗せて、先をこっちによこせ」


 ロープの先端をローガンまで渡し、マジックアローの要領で城門に打ち出す。いや、距離がありすぎる。いったん厩舎に打ち出すべきか。ノアを余所に三人は話し合っていた。どちらにしても、全員の立ち位置からロープを張るには距離がありすぎた。ソリを使って城を抜け出すにも門は閉ざされている。



 

 議論は二時間続いたが、解決の糸口すら見つからなかった。


「だあ……だあ……」

 また赤ん坊は後ろ髪を掴んだ。ノアは冷静さを取り戻し厩舎の上で光っている風見鶏を見た。太陽は薄い光に変わっていた。


「ひかりの反射位置が変わっていない。あれだ、あれだったんだ!」

「……我らが錠前破りさまは、二時間掛けて宝珠の位置をめっけました。って、風見鶏までどうやって行くんだ!? マジックアローを使える魔法使いは足が痙攣してるんだぞ」


「すまないが、アローを当て此方側に落とす自信はない。さっきから痙攣が止まらん」

「風見鶏の死角をまわれないか」

「また議論かよっ!」

 ソリごしにライナスの罵声が響いた。


 ノアはロープで輪を作り、地面に向かって置いた。

「なっ、何してやがる」

「ロープが、千切れたら……」


「そうか……分かったよ、ライナスさん。この指輪だよ。白と黒で、ぼくの解封術とは逆の効果が出せるみたいだ。それに、何か変なんだ。胸に熱いものが込み上げてくるみたいな」

「ネイサン大変だ、ノアが吐くぞ」


「は……吐かないよ」

 ノアは輪っかの中に足を踏み入れた。トラップは発動しない。

「みんな、ぼくが行くまで動かないでよ」

「なっ、何してる!?」

「輪っかの中を安全地帯にしたんだ。解封術じゃなくて、何て言うんだろう。封印術かな」

「……何だって」

 

 ノアはロープを使い、器用に道を作った。厩舎に着くと、またロープを使い屋根にあがる。屋根は滑りやすく、赤ん坊を背負いながら登るのは、容易ではなかった。

 何度も雪に足を滑らせ、必死の思いで屋根に上がった。息があがり、乾いた汗が冷たかった。

「………」


 ノアは風見鶏を見て、腹がたった。細切れにしてエサにしろと言ったジョシュアは、あっけなく自分がそうなった。こんな卑怯なトラップのせいで。


 ――ぼくは彼よりも、自分に腹がたったんだ。この風見鶏みたいに、いいなりに赤ん坊を殺すと言った自分に。


 ノアは風見鶏にロープをくくりつけ、指輪を近づけた。ふとガラクタ街に暮らしていたころの、解封術の師匠を思い出した。痩せて歯も髪もない爺さんだったが、腕はあった。



        ※


「ノア、この錠前を見てみろ。スゲー技術だろ? 時代を越えて、知恵比べができらぁな」

「……すごいですね、師匠」


「どうした? うなかい顔して」

「だって、精密な分析力と腕を研いたとこで、解封師の仕事なんて、世間じゃまったく評価されてませんよ。師匠だって、ろくに飯も食えてないじゃないですか」


「まあ、錠前破りは盗人だと思われてるからな。俺たちを利用するやつらは多いんだ、特に……悪いことにな。お前は真面目すぎるから、才能があっても一人前にはなれんかもな」

「ひっ、ひどいな」


「でもな、ノア。解封師には魔力の流れを読み、解放する力があるんだ。少なくとも、いつの間にか魔法に惑わされてるような人間にはならない。一流の解封師には、本当に利用されてるのが、誰かわかる」


 お前は一人前の解封師にはなれないかもしれない。だが、ここでの経験は役にたつはずだ。お前が何者になるにせよ、絶対にな。


      

        ※


 しばらくすると、ノアは屋根から降りてきた。


「おまたせ。もう、歩いて大丈夫だよ」

「は、早かったな。解封術なら、お手の物か?」

 モーガンはその場にへたりこむように倒れた。ライナスは尻をつき、小隊長ネイサンも片膝をついてうずくまった。


「ひーっ、まったく疲れたぜ。もう錠前破りとは呼べねえな、ノア。立派な解封師だよ」


「いや、風見鶏は封印したんだ」


 赤ん坊が、きゃっきゃと笑った。

 


 


 







 



 

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