第34話 封印術師

 十三年前――北部をめぐる戦争があった。

 その年は酷い寒波で、大地は雪に覆われ、豚や馬は死に絶え、穀物や備蓄された食料も底をついていた。

 そんな状況で城を攻める事は無謀な試みだ。白騎士は時期を待つ為、湖畔に砦を築き戦に備えていた。しかし、黒騎士は凍る砦へと南下してきた。

 

 黒騎士の襲撃は、何日も何日も続いた。青白いくそびえる山脈から、重なった尾根を越え、積もる雪をかき分けて、ここにくるのだ。無謀な敵の進軍は善戦したほうだと言えるかもしれない。


 砦からは、黒騎士が焚く火を見つけては狩りに向かう毎日が続いた。敵も寒さと食料不足によって苦しんでいたのだ。長い冬だった。多くの騎士達が傷つき、死んでいった。


 小隊長のネイサンは、魔術師モーガンと二人の騎士、大男のライナスと青年騎士ジョシュアを呼びつけ偵察部隊を編成した。背のまるまった大きな解封師も呼ばれていた。大雪で孤立していた黒騎士の城への捜索任務だった。

 

「錠前破り。賭けに乗るか?」

「や、やあライナスさん。たったの、五人で敵の城に向かうなんて、き…緊張するね。悪いけど賭けには乗れないよ……だ、だって全員ぼくが死ぬほうに賭けてるんだろ?」

「ひゃっはっは。ひでぇよな、いくらお前がノロマだからって」

「は、はは……気にしないで。でも、ぼくは錠前破りじゃなくて、解封師だよ」


 数日後、ノアは四人の白騎士と共に凍り付いた黒い城に入った。その城には既に何者も居なかった。


「孤立する前に退去したようだな」

「やっぱりな。暖炉まで凍ってやがる」


 小隊長に指示されたジョシュアは、薪を集め魔術師に火を炊かせた。暖炉に集まり濡れた長いマントを脱いだときは何年ぶりかと感じるほどだった。


 旅の行程で暖をとるのは魔法使いの作る小さな火球だった。それに比べチラチラと激しく動く薪の火は、暖かく命が息づいているように見えた。


「あったけぇ」

「ほんと……綺麗だ」

「ぷっ、何が綺麗だって? 錠前破りは詩人にでも転職するのか」


「は、はは……解封師だってば」

 ライナスは解封師のケツを蹴りあげて続けた。「どう違うってんだ。わざわざ少数部隊で行動してるのに、でかくてノロマなお前がいたら、何にもならねぇ」

「ご、ごめんよ。でも城が閉められていたり、宝箱があったらぼくがいるだろ。そ、それに閉じ込められたりしたら大変だよ」


「……ふん。なんで解封師になんかなったんだ? お前みたいなデカぶつには向いてないだろ」

「す、数字を解いたり、小さい鍵の構造が好きなんだ。没頭してると……孤独を感じないっていうか」


「お前、バカなのか? 孤独を感じない為に、孤独な仕事で孤独に死ぬかもしれないのに」

「は、はは……た、確かにそうだね」

「ブハハハ、変わったやつだ」


「いつまでも無駄話してないで、仕事をしろ。宝物庫と城主の部屋に鍵がついてる。玉座の間に封印された宝箱だ」


 ひとり、静かな玉座を覗くと大きな宝箱を見つけた。孤独を忘れ、仕事に没頭したいと思っていた。仕事をしている間だけは、寒さも恐怖もなかった。ただ、目の前の鍵に集中しピッキングと解封印を続けるだけだ。


 ――カチャンと至福の音がなる。

 解封師は、宝箱からする物音に気付き、後退りした。トラップは無いはずだ。

 何度も部屋を行き来して、やっと宝箱をそっと開いた。その宝箱の中には、赤ん坊を抱いた美しい女が眠っていた。


「ひいっ!?」

 女は真っ白なブーケに被われて凍え死んでいた。抱かれた赤子も、ピクリともしなかった。


「……し、死んでる。死んでるに決まってる」

 でも、解封術に何かが反応したように感じた。動いたように……。 

 女だろうが赤ん坊だろうが、ヴィネイスを見つけたなら殺さなければならない。解封師は腰から短剣を抜くと、ゆっくりと死体を確認する。

 

 ――綺麗だ。

 折り畳まれた女の死体は、誰かに対する報復か脅しであるとも思われた。しかし女は凍え死んだのか、餓死したのか、外傷も何もなかった。

 美しい女は両手に一つずつ指輪をしていた。左右の薬指に白い指輪と黒い指輪だった。まるでヴィネイスとステイトを象徴するような……。


 若き解封師はじっと指輪を見つめた。ゆっくりと、手を伸ばしそっと触れてみた。すると、その女の両手に包まれていた、赤子がすうううっと息を吸った。


「!! い、生きてる。い、生き返ったのか?」

 解封師は尻もちを付いて、じたばたと玉座を離れた。何がおきているのか分からなかった。触れた指先がピリピリとするのを感じた。

 解封師ノアは立ち上がり、乱れた声で騎士たちを呼んだ。

 

 

     ※    ※    ※ 



 峠道には黒騎士がぞろぞろと砦塞にむけ上がってくる。その数、ざっと二百。森の奥に黒騎士の援軍は隠されていた。騎士たちを隠す能力者、黒騎士ベインによって。


 リウトはアンサラーをダリルに渡そうとした。ダリルは受け取ろうとはせず、だまって首を横に振った。老騎士は自分の使い慣れたショートソードを抜き、静かに歩き出した。


「こちらは任せておけ。リウト、何時間でも、何十時間でもこいつらを足止めしてやる。わしの命に代えてもな」


「……お、俺も行こう」モリスンは剣を持ちダリルに続こうとした。

「いや、怪我人は休んでおれ。立っているのもやっとじゃろ」


 その一本道は小高い山になっており、下から弓や槍を使うことは難しかった。落盤した大きな岩が道をふさぎ、せいぜい二人か三人しか同時に登ってこられない。

 あらかじめ、リウトと話し合って作られた小道である。


「……む、無茶よ!」その道に向かうダリルにローズが叫んだ。

「た、たった一人でどうしようっていうの!? ねえ、リウト。ダリルを止めて、お願い! みんなも」


「ダリルは、一人の方が強い」リウトは、険しい目を向けて言った。

「俺の知っている騎士のなかで、一番強い。だから、臆病なのさ」

 リウトはそう言うと、また空高く舞い上がって行った。


         ※

 


 上空三百メートル――霧の雲海の向こうには丸みを帯びた地平線が広がっている。太陽は真上にあった。先に見える山脈には万年雪が光を反射している。


 ――風は無く、音もない。


 リウトは目の前に一人の魔法使いが浮いているのを見た。ただの魔法使いではない。『吊られた男』ミルコ、魔女アネス、『死神』ベインまでもが忠誠を誓った男。高濃度アクセサリーをかき集め、世界を変えようと企てる男である。


「……すこし、話し合えないか?」リウトは言った。「あんたの目的はローズなんだろ?」


〝封印術師〟は真っ黒なローブのフードを下ろして顔をみせた。

「いいだろう」白髪の混じった男は、低く聞き取りづらい声を発した。「きみは魔力の何を知っている?」


 濃いブラウンの瞳でこちらを見つめていた。迷いのない、それ自体が魔力を帯びたような視線に射すくめられると、身体が硬直するような緊張を感じた。首筋の毛が逆立っている。


「魔力とは」リウトは言った。「この『世界』、自身の力だ。そして、この戦争も世界が自身を守るための仕組みだ」


「……そのとおりだ、若者。人間は環境を破壊する生き物だからだ。世界の形をも変えてしまうほどの生物だということだ。では戦争を終わらせるにはどうすれば良い?」


「俺もこの仕組み〝魔力の源〟を封印することだと思ったよ。ノア・ジョード」

 黒いローブの男は、少しの間、口を開けたまま青年を見つめた。成り行きを待ち受けながら、まだまだほんの序の口だという顔をして黙っていた。


「……だが、その考えは間違っていた。まったく逆の発想が必要だったんだ」

 何気ない口調でそう答えたが、ノアが内心では驚いているのが分かった。


 リウトは話を続けた。

「魔力という大きなシステムを魔力で封印することは出来ない。全く逆の能力が必要だったわけだ――それは、解封師の能力だ」

 同じ答えに到達した若者に賞賛の笑みが漏れた。三回ほど、手を打ち鳴らし小さな拍手をしてノアは息を吸った。


「だが、解封師は魔法使いのトラップが無ければ決して成長しない。ローズがこれほどまでに立派に成長したのは君のおかげでもある。リウト・ランド」

「全て仕組まれていた事だ。アンタにね」


「なかなか鋭いな」言葉とはうらはらに興味はないと目は語っている。

「文字通り、あんたは育ての親でもあったわけだ」


「そうだ、だからローズは貰っていく。私のすることで、この戦争は終わるだろう。戦争がなくなれば世界は平和になるのだ。君と闘う理由など無いと思いたいのだが」


「彼女の命を使って、魔力を独占しようとでもいうのか? 自分に都合のいい呪われた力を解き放つつもりか? それで親だなんてよく言えるな」


 何時の間にか――リウトの後ろには、白い軽鎧ライトアーマーを着たローズが浮いている。空中にいるにもかかわらず、うっすらと足元に地面の土が見えている。実際に、この場にいる訳ではなく……投影魔法だった。

「残念ながら、彼女は誰にも渡さない」


「お父さん!!」

「ろ、ローズ……聞いていたのか」

 少女は父の顔を真っ直ぐと見た。その父親の名はノア・ジョード。名の通った解封師。母親はいない。彼女が、ノアの実の娘であるという保証はどこにもなかった。


 会いたかった父に、絶対的に信じていた唯一の肉親に裏切られたことは、ローズのこころを傷つけた。

「父さん。私は、私は……ヴィネイスの民なの?」

 ノアは鼻で笑った。


「そんな事は、どうでもいいことだ」

 喉の奥に酸っぱい物を感じ、ローズは口元に手をあてた。頬を赤らめ目を落とした。その表情には、一年ぶりに再会を果たした父親に対する感情は何処にも見られなかった。


「同じようなものだ。私にとってはな」

 ノアはなだめるように言った。


「お父さんの目的は、戦争を終わらせることなのね?」

「そうだ、お前が必要だ。恐れることはない。たった一人の犠牲で世界が救えるのだから」ノアは秘密めいた笑みを浮かべた。


「聞け、ノア。ローズの命を捧げても争いの呪いは解けない」

「……お前の目は確かだ。見込みのある青年だ。だが、決めるのはコイツではない」


「私は……リウトを信じる」

「世界はどうでもいいと?」ノアは眉をひそめた。「犠牲になるのは他の子がいいか? まさか、その男を信じる気か」

「ごめんなさい……私は、私は」


 リウトは遮るように彼女の前に立った。

「ローズは渡さないって言ってるだろ? ローズは貢物みつぎものじゃないんだよ。どうしてもって言うなら、俺は全力で逆らう」


「フン、誰だろうと邪魔をする者であれば」ノアはリウトをじっと見て言った。


「……排除するしかないな」


 

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